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【 魔族と人と 】
無限図書館 前編
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火山帯を通って3日後。
「戻って来たぞー! 俺はついに戻って来たんだー!」
目の前にあるのは、直径20メートルほどのチョコレートケーキ……ではなく、無限図書館の地上部分だ。
この領域は相変わらずの雨模様。止む事は無いのだろうか?
エヴィアはこの領域に入るとセーターをしまい、いつもの帯三本だけのえっちい服に戻る。
一方ユニカは、藁で編んだような雨具姿。なんだかミノムシのようにも見えるぞ。
「ここが魔道炉ね」
そんな事を考えている内に、ユニカが迂闊にも魔道炉に近づいてしまう。
「いやいや、ストーップ!」
慌てて制止すると、センサーにでも引っかかったのだろうか? 以前来た時のように、錆が軋むような音とともにスライド式の扉がギギギギと開く。
「え、あ? ごめんなさい。注意不足だったわ」
その様子を見て、何か危険があると感じたのだろう。しょぼーんとしてすごすごと下がるユニカにはちょっと申し訳なく思う。
実際には危険とかそういったものでは無く、ここの明かりは俺が付けたかっただけだ。
無限図書館……初めてその名を聞いた時のワクワク感。そして、俺の力不足で入れなかった時の落胆。
そう、俺はこの手でリベンジを果たしたかったのだ。
魔道炉の前に手をかざし、頭の中で魔道言葉を唱える。
同時に俺の手に浮かんだ銀の鎖は、地面から延びるゴルフクラブのようなでっぱりに吸い込まれていった。
暗闇で起こる一瞬の明滅。
だがそれはすぐに終わり、パカッと全体が明るくなる。相変わらず古い蛍光灯の様だ。
人間世界の明かりは、俺が見た限り一瞬で点灯していた。やはり機械が相当に古いのだろう。
中は螺旋階段だ。だが、奥行きは全く分からない。隙間が何処にもないのだ。
階段は金属製。一歩踏み出すと、カンッ! と乾いた音を立てる。この下は、予想通り空洞だ。
今は床だが、螺旋階段なのだから降りて行けば天井になる。
左右は金属の壁だ。左回りだから、左側は階段に合わせて円筒形になっているのだろう。
右側の壁外は土だろう。剥き出しではなくきちんと金属の壁になっているところから見て、ここはそれなりにしっかりと建てられているって事だ。
見た感じ、スースィリアもギリギリ通れそうだけど、底は大丈夫なのか? ちゃんとした広さはあるのか?
「吾は外で栄養補給をしているのである。失った部分を取り戻すのであるぞ」
なるほど、こちらも食べれば増えるのか。なら、ひとまずは安心だな。
「じゃあ、行ってくるよ。朗報を楽しみにしていてくれ」
◇ ◇ ◇
……と、降り始めたのはいいのだが――キツイ。
ただひたすら下るだけなのだが、下はクッション性皆無の金属階段だ。
そして何より、手すりが一切ついていない。ハッキリ言えば、怖い!
もうずいぶん降りたのだが、途中で踊り場のような休憩場は無かった。
もし何かのはずみで足を踏み外しでもしたら、下まで転がっていきそうな予感だ。
背中に背負った大荷物が、この危険度に拍車をかける。
スースィリアが来れないので、当分の食料をリュックに詰めて背負っているからだ。
水や布団なんかは不要だと聞いたので持ってこなかったが、正直いつもとバランス違うので怖い。
「さすがにきつくなってきたな。エレベーターみたいなのは無いのか?」
「あったけど、魔王が聞かなかったから言わなかったかな」
「おーまーえーはーまーたーかー!」
餅のように伸びるエヴィアのほっぺたを、ぎゅうぎゅうと引っ張る。
だがしかし、困ったものだ。
もう一度登れと言われても、体力が持たない気がする。
「今どのくらいの地点なんだ?」
「入口から7割は降りたかな。目的地はすぐそこだよ」
ここまで1時間ちょいといったところだから、残りは30分位か。
ユニカを見ると、疲労は見えるがまだ何とかなりそうだ。
「じゃあ頑張って降りるか」
◇ ◇ ◇
金属階段をカンカン鳴らしながら降りる.
もう足は棒のようになって、膝が痛みで震えだす。
荷物が重い。これだけ下に転がしてしまおうか……そうも考えたが、割れ物が入っているからそうもいかない。
こうしてひいふう言いながら降りていくと、視界が突然に開けた。
「これは……凄いな」
俺は、その景色に見入ってしまった。
俺のいる地点から、下の床まではおおよそ80メートル。30階建てのビル位だろうか。
伸びる螺旋階段には黒く美しいゴシック調のレリーフが彫られた柵と手すりが付いている。
ここから先はゆっくりと行けそうだ。
その螺旋階段を中心に、直系600メートル程の円形の床が広がっている。
壁を見ると、そこにはずらりと3層に並んだ無数のライト。そして天井にもびっしりと明かりがついている。
下を照らしているのでここからでは眩しくはないが、底はかなりの明るさだ。
そしてその円形の床の上には、放射線を描くように無数の棚が並べられていた。
「あれが無限図書館か……」
聞いた話では、この世界が出来てから、魔人や歴代魔王達が収集してきた本の山を保管する場所。
正確に言えば本だけではなく、様々な収集物もあるらしい。
今回の目的地。いや、着いただけで終わりではない。ここにある膨大な知識の中から、人類への対抗策を見つけなければいけないのだ。
「ルリア、いるか?」
「当然。魔王様のいるところ、何処にでも死霊ありですのよ」
喜んでいいのだろうか? まあ良いとしておこう。
「人類軍の動きはどうなっている?」
「南はもう毎日毎晩ドッカンボッカンですわ。でもあれはダメですわねー。消えるのが一瞬過ぎて、何も残りませんもの」
「やはり南は順調に進んでるって事か」
軍隊蟻たちには、サキュバスを経由して回覧板で自重を要請。
更に、死霊達に頼んで人間がいない方面への誘導も行っている。
今は、無駄に数を減らしてほしくないからだ。
だが、彼らにそれを理解するほどの知性が果たしてあるのかが心配だ。
「大体半分くらいは、こちらの誘導に従ってますわ。ただ人間を感知すると、そっちに行っちゃいますわねー」
「本能には勝てないか……それで東の方は? 浮遊城や人間はどこまで侵攻している?」
ハッキリ言えば、こちらの方が緊急だ。
北と東は白き苔の領域の様に遮るものが無い。
新たに作った領域も、あくまでリアンヌの丘を使えなくするための緊急措置だ。人類を足止めするには至らない。
時間的に考えると、そろそろ何処かの領域近くに布陣していてもおかしくはない頃だ。
彼らの今の目的地は……何処だ!?
「あーそれなんですけど、帰っちゃいましたよ」
「……は?」
本当に……人類軍の考える事は分からない。
だがおそらく、相当な何かがあった。魔族領侵攻を止めてまでも、やらなければいけない事。
――内乱でも起こったのだろうか……?
一番考えられそうなのがこれだ。
だけど、今あるか? 人類の使命とやらを放棄して、人間同士で始められる国があるのか?
「ルリア、人間世界で、短期的に大量に死者が出ている地域はあるか? 具体的に言えば殺し合いだ」
「ありませんわねー。まだ餓死者とかも出ている様子もないですわ」
いきなりその線が消えたか。
しかしなんだろう? 本当に分からない。
だがこれは、俺がここで悩んでも答えは出ない問題だろう。
「今後も監視を続けてくれ。何か急変があったら、即動かなきゃいけないからな」
そう、俺が今すべきことは、分かりもしない事に頭を使う事じゃない。
やるべきことは、目の前にあるのだ。
「戻って来たぞー! 俺はついに戻って来たんだー!」
目の前にあるのは、直径20メートルほどのチョコレートケーキ……ではなく、無限図書館の地上部分だ。
この領域は相変わらずの雨模様。止む事は無いのだろうか?
エヴィアはこの領域に入るとセーターをしまい、いつもの帯三本だけのえっちい服に戻る。
一方ユニカは、藁で編んだような雨具姿。なんだかミノムシのようにも見えるぞ。
「ここが魔道炉ね」
そんな事を考えている内に、ユニカが迂闊にも魔道炉に近づいてしまう。
「いやいや、ストーップ!」
慌てて制止すると、センサーにでも引っかかったのだろうか? 以前来た時のように、錆が軋むような音とともにスライド式の扉がギギギギと開く。
「え、あ? ごめんなさい。注意不足だったわ」
その様子を見て、何か危険があると感じたのだろう。しょぼーんとしてすごすごと下がるユニカにはちょっと申し訳なく思う。
実際には危険とかそういったものでは無く、ここの明かりは俺が付けたかっただけだ。
無限図書館……初めてその名を聞いた時のワクワク感。そして、俺の力不足で入れなかった時の落胆。
そう、俺はこの手でリベンジを果たしたかったのだ。
魔道炉の前に手をかざし、頭の中で魔道言葉を唱える。
同時に俺の手に浮かんだ銀の鎖は、地面から延びるゴルフクラブのようなでっぱりに吸い込まれていった。
暗闇で起こる一瞬の明滅。
だがそれはすぐに終わり、パカッと全体が明るくなる。相変わらず古い蛍光灯の様だ。
人間世界の明かりは、俺が見た限り一瞬で点灯していた。やはり機械が相当に古いのだろう。
中は螺旋階段だ。だが、奥行きは全く分からない。隙間が何処にもないのだ。
階段は金属製。一歩踏み出すと、カンッ! と乾いた音を立てる。この下は、予想通り空洞だ。
今は床だが、螺旋階段なのだから降りて行けば天井になる。
左右は金属の壁だ。左回りだから、左側は階段に合わせて円筒形になっているのだろう。
右側の壁外は土だろう。剥き出しではなくきちんと金属の壁になっているところから見て、ここはそれなりにしっかりと建てられているって事だ。
見た感じ、スースィリアもギリギリ通れそうだけど、底は大丈夫なのか? ちゃんとした広さはあるのか?
「吾は外で栄養補給をしているのである。失った部分を取り戻すのであるぞ」
なるほど、こちらも食べれば増えるのか。なら、ひとまずは安心だな。
「じゃあ、行ってくるよ。朗報を楽しみにしていてくれ」
◇ ◇ ◇
……と、降り始めたのはいいのだが――キツイ。
ただひたすら下るだけなのだが、下はクッション性皆無の金属階段だ。
そして何より、手すりが一切ついていない。ハッキリ言えば、怖い!
もうずいぶん降りたのだが、途中で踊り場のような休憩場は無かった。
もし何かのはずみで足を踏み外しでもしたら、下まで転がっていきそうな予感だ。
背中に背負った大荷物が、この危険度に拍車をかける。
スースィリアが来れないので、当分の食料をリュックに詰めて背負っているからだ。
水や布団なんかは不要だと聞いたので持ってこなかったが、正直いつもとバランス違うので怖い。
「さすがにきつくなってきたな。エレベーターみたいなのは無いのか?」
「あったけど、魔王が聞かなかったから言わなかったかな」
「おーまーえーはーまーたーかー!」
餅のように伸びるエヴィアのほっぺたを、ぎゅうぎゅうと引っ張る。
だがしかし、困ったものだ。
もう一度登れと言われても、体力が持たない気がする。
「今どのくらいの地点なんだ?」
「入口から7割は降りたかな。目的地はすぐそこだよ」
ここまで1時間ちょいといったところだから、残りは30分位か。
ユニカを見ると、疲労は見えるがまだ何とかなりそうだ。
「じゃあ頑張って降りるか」
◇ ◇ ◇
金属階段をカンカン鳴らしながら降りる.
もう足は棒のようになって、膝が痛みで震えだす。
荷物が重い。これだけ下に転がしてしまおうか……そうも考えたが、割れ物が入っているからそうもいかない。
こうしてひいふう言いながら降りていくと、視界が突然に開けた。
「これは……凄いな」
俺は、その景色に見入ってしまった。
俺のいる地点から、下の床まではおおよそ80メートル。30階建てのビル位だろうか。
伸びる螺旋階段には黒く美しいゴシック調のレリーフが彫られた柵と手すりが付いている。
ここから先はゆっくりと行けそうだ。
その螺旋階段を中心に、直系600メートル程の円形の床が広がっている。
壁を見ると、そこにはずらりと3層に並んだ無数のライト。そして天井にもびっしりと明かりがついている。
下を照らしているのでここからでは眩しくはないが、底はかなりの明るさだ。
そしてその円形の床の上には、放射線を描くように無数の棚が並べられていた。
「あれが無限図書館か……」
聞いた話では、この世界が出来てから、魔人や歴代魔王達が収集してきた本の山を保管する場所。
正確に言えば本だけではなく、様々な収集物もあるらしい。
今回の目的地。いや、着いただけで終わりではない。ここにある膨大な知識の中から、人類への対抗策を見つけなければいけないのだ。
「ルリア、いるか?」
「当然。魔王様のいるところ、何処にでも死霊ありですのよ」
喜んでいいのだろうか? まあ良いとしておこう。
「人類軍の動きはどうなっている?」
「南はもう毎日毎晩ドッカンボッカンですわ。でもあれはダメですわねー。消えるのが一瞬過ぎて、何も残りませんもの」
「やはり南は順調に進んでるって事か」
軍隊蟻たちには、サキュバスを経由して回覧板で自重を要請。
更に、死霊達に頼んで人間がいない方面への誘導も行っている。
今は、無駄に数を減らしてほしくないからだ。
だが、彼らにそれを理解するほどの知性が果たしてあるのかが心配だ。
「大体半分くらいは、こちらの誘導に従ってますわ。ただ人間を感知すると、そっちに行っちゃいますわねー」
「本能には勝てないか……それで東の方は? 浮遊城や人間はどこまで侵攻している?」
ハッキリ言えば、こちらの方が緊急だ。
北と東は白き苔の領域の様に遮るものが無い。
新たに作った領域も、あくまでリアンヌの丘を使えなくするための緊急措置だ。人類を足止めするには至らない。
時間的に考えると、そろそろ何処かの領域近くに布陣していてもおかしくはない頃だ。
彼らの今の目的地は……何処だ!?
「あーそれなんですけど、帰っちゃいましたよ」
「……は?」
本当に……人類軍の考える事は分からない。
だがおそらく、相当な何かがあった。魔族領侵攻を止めてまでも、やらなければいけない事。
――内乱でも起こったのだろうか……?
一番考えられそうなのがこれだ。
だけど、今あるか? 人類の使命とやらを放棄して、人間同士で始められる国があるのか?
「ルリア、人間世界で、短期的に大量に死者が出ている地域はあるか? 具体的に言えば殺し合いだ」
「ありませんわねー。まだ餓死者とかも出ている様子もないですわ」
いきなりその線が消えたか。
しかしなんだろう? 本当に分からない。
だがこれは、俺がここで悩んでも答えは出ない問題だろう。
「今後も監視を続けてくれ。何か急変があったら、即動かなきゃいけないからな」
そう、俺が今すべきことは、分かりもしない事に頭を使う事じゃない。
やるべきことは、目の前にあるのだ。
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