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【 魔族と人と 】
繋がれる想い 前編
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魔王たち一行がホテルへ向けて出発すると、魔王の居城は再び深い闇に包まれる。
その大ホールの玉座に残された、かつて魔人ヨーツケールのであったモノの一部。
それはどことなく金属の様だが、水のように波紋を起こし、またある時は震え、四角くなったりと絶えず変化を繰り返していた。
微かに残る、ヨーツケールとして生きた思い出。そしてエヴィアらの魔人から受け取った、外から見たヨーツケールとして生きた姿。
ヨーツケールは他の多くの魔人がそうしたように、もう地上を捨て海へと生活の場を移そうと考えていた。
だが一方で、魔王にも興味があった。
それぞれの道を進めばいいかと言えば、そう簡単ではない。
残った側はそれぞれが合流するまで、もう一方の道への未練を抱えて生きる事になる――そんな、あやふやだが切り離せないほど大きな想いだったからだ。
その結果、海の物とも山の物とも言えない、そして2匹の蟹が融合したような曖昧な姿形となってしまった。
結局地上に残ったヨーツケールは、魔王を観察する生活を送り続けた。
だが、魔王はいつも行動しているわけではない。そんな時期は暇を持て余す。
時には水路を流れる水を、百年以上も眺めるだけの日々もあった。
極稀に興味深いが、概ねは退屈な日々。
そろそろ海に行くか――そう考えていた矢先、事件が起きる。
先代魔王の死。そして、白き苔の領域に立ち昇った魔王の魔力。
ヨーツケールはどの魔人よりも早く、その場に急行した。
元から白き苔の領域で生活していた魔人スースィリア、それに魔人エヴィアと状況を共有したヨーツケールは、海に行く前に新たな魔王を観察する事にした。
先回りし、領域の生き物達に『驚かせない様、魔王の教育が終わるまであまり顔は出さないようにと』念を押し、しどろもどろに死霊に魔王が来ることを知らせ、ホテルの外壁を清掃し、庭の雑草を鋏で刈り取り、魚を用意して魔王を待った。
廃墟の森で初めて会った新たな魔王。それは、特に物珍しくもない”人間”に見えた。
落胆はあったが、それでも観察を続けた。
その内に巻き込まれ、共に行動をするようになり、魔王が人間世界に出かけた後も、ユニカにあちこち引っ張りまわされた。
今までの1100年程の生活に比して、僅か1年。
だが、たったこの1年間に起きた出来事、変化、新たな概念、知識――この充実ぶりを、一体なんと表現したら良いのだろうか……。
ぽこり……暗闇の中、ヨーツケールの一部であったモノから小さな何かが浮き上がる。
それは、極小の羽虫のような姿。かつてゲルニッヒが撒いた病の元よりは大きいが、それでも魔人としての力を持たない小さな欠片。
――タノシイ。
乗せた想いは、ただそれだけ。
その一匹を皮切りに、まるで蚊柱のように、噴き出すように、羽虫の群れが一斉に羽ばたいて行く。
――タノシイ。
――タノシイ。
――タノシイ。
かつてヨーツケールだったモノの想い。それは坑道を通り、外へと飛翔し、やがて世界中へと散って行く。
各地に生きる魔人の元へ。
たった一つの想いを伝えるために。
最後に残ったモノは、ほんの小さな豆粒程の欠片。
――自分が本当にやりたい事……やりたかった事。
ころり。
最後に残ったひと欠片は玉座から転げ落ちると、そのまま坑道の奥へと転がって行った。
◇ ◇ ◇
碧色の祝福に守られし栄光暦218年8月27日。
魔王が居城を立った翌日――浮遊城ジャルプ・ケラッツァの指令室では、リッツェルネール他の面々が深刻な面持ちで資料に見入っていた。
いや、深刻などと言う軽い表現は妥当ではないだろう。
通信士はおろか、傍に立つケインブラやミックマインセの顔面は蒼白となり、あまり感情を表に出さないリッツェルネールやマリッカさえも、事の深刻さに言葉を失っていた。
「もう一度確認しよう。この情報に間違いは無いんだな?」
玉座に座るリッツェルネールの右手には、通信機から出力された写真があった。
それは数枚の風景写真だ。
「間違いない。複数の飛甲騎兵隊が撮影した情報だ」
ケインブラの報告を聞きながら、渡された資料に目を通す。
「長さ330キロメートル。高高度の垂直な山脈により奥行きは不明。山脈の最高高度は5000メートル程。他に目立つのは、地表を走る溶岩と、赤い翼竜の群れか……」
「それと、鉄花草の領域が完全に元通りになっていると、地上部隊からも報告が入っています」
そう言って、ミックマインセから新たな資料が渡される。
「――そうか」
静かに息を吐くように答えながら、この最悪の状態に想いを馳せる。
この世界は領域を組み合わせて出来ている。
それは神話であり、伝説であり、また歴史が証明している。この世界は、かつては様々な領域がパズルのように組上がって出来ていた。
人類の歴史とは、それを一つ一つ解除し、自分たちの世界を広げていった苦難の道のりである。
そうして人間世界は殆どが解除されたが、かつての様子は魔族領に今も残る。
その解除の過程で、領域が完全に元に戻った例があると歴史には記されている。
人間の解除法は未だ完全とは言えないのだろう。そういった意味では、鉄花草の領域に関してはさほど驚くに値しない。
だが新たな領域の誕生など、創世神話の世界にしか例はない。
あの辺りは腐肉喰らいの領域だった。それは間違いない。
だが今現れた領域は、過去に観測された例のない土地だ。
その大ホールの玉座に残された、かつて魔人ヨーツケールのであったモノの一部。
それはどことなく金属の様だが、水のように波紋を起こし、またある時は震え、四角くなったりと絶えず変化を繰り返していた。
微かに残る、ヨーツケールとして生きた思い出。そしてエヴィアらの魔人から受け取った、外から見たヨーツケールとして生きた姿。
ヨーツケールは他の多くの魔人がそうしたように、もう地上を捨て海へと生活の場を移そうと考えていた。
だが一方で、魔王にも興味があった。
それぞれの道を進めばいいかと言えば、そう簡単ではない。
残った側はそれぞれが合流するまで、もう一方の道への未練を抱えて生きる事になる――そんな、あやふやだが切り離せないほど大きな想いだったからだ。
その結果、海の物とも山の物とも言えない、そして2匹の蟹が融合したような曖昧な姿形となってしまった。
結局地上に残ったヨーツケールは、魔王を観察する生活を送り続けた。
だが、魔王はいつも行動しているわけではない。そんな時期は暇を持て余す。
時には水路を流れる水を、百年以上も眺めるだけの日々もあった。
極稀に興味深いが、概ねは退屈な日々。
そろそろ海に行くか――そう考えていた矢先、事件が起きる。
先代魔王の死。そして、白き苔の領域に立ち昇った魔王の魔力。
ヨーツケールはどの魔人よりも早く、その場に急行した。
元から白き苔の領域で生活していた魔人スースィリア、それに魔人エヴィアと状況を共有したヨーツケールは、海に行く前に新たな魔王を観察する事にした。
先回りし、領域の生き物達に『驚かせない様、魔王の教育が終わるまであまり顔は出さないようにと』念を押し、しどろもどろに死霊に魔王が来ることを知らせ、ホテルの外壁を清掃し、庭の雑草を鋏で刈り取り、魚を用意して魔王を待った。
廃墟の森で初めて会った新たな魔王。それは、特に物珍しくもない”人間”に見えた。
落胆はあったが、それでも観察を続けた。
その内に巻き込まれ、共に行動をするようになり、魔王が人間世界に出かけた後も、ユニカにあちこち引っ張りまわされた。
今までの1100年程の生活に比して、僅か1年。
だが、たったこの1年間に起きた出来事、変化、新たな概念、知識――この充実ぶりを、一体なんと表現したら良いのだろうか……。
ぽこり……暗闇の中、ヨーツケールの一部であったモノから小さな何かが浮き上がる。
それは、極小の羽虫のような姿。かつてゲルニッヒが撒いた病の元よりは大きいが、それでも魔人としての力を持たない小さな欠片。
――タノシイ。
乗せた想いは、ただそれだけ。
その一匹を皮切りに、まるで蚊柱のように、噴き出すように、羽虫の群れが一斉に羽ばたいて行く。
――タノシイ。
――タノシイ。
――タノシイ。
かつてヨーツケールだったモノの想い。それは坑道を通り、外へと飛翔し、やがて世界中へと散って行く。
各地に生きる魔人の元へ。
たった一つの想いを伝えるために。
最後に残ったモノは、ほんの小さな豆粒程の欠片。
――自分が本当にやりたい事……やりたかった事。
ころり。
最後に残ったひと欠片は玉座から転げ落ちると、そのまま坑道の奥へと転がって行った。
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魔王が居城を立った翌日――浮遊城ジャルプ・ケラッツァの指令室では、リッツェルネール他の面々が深刻な面持ちで資料に見入っていた。
いや、深刻などと言う軽い表現は妥当ではないだろう。
通信士はおろか、傍に立つケインブラやミックマインセの顔面は蒼白となり、あまり感情を表に出さないリッツェルネールやマリッカさえも、事の深刻さに言葉を失っていた。
「もう一度確認しよう。この情報に間違いは無いんだな?」
玉座に座るリッツェルネールの右手には、通信機から出力された写真があった。
それは数枚の風景写真だ。
「間違いない。複数の飛甲騎兵隊が撮影した情報だ」
ケインブラの報告を聞きながら、渡された資料に目を通す。
「長さ330キロメートル。高高度の垂直な山脈により奥行きは不明。山脈の最高高度は5000メートル程。他に目立つのは、地表を走る溶岩と、赤い翼竜の群れか……」
「それと、鉄花草の領域が完全に元通りになっていると、地上部隊からも報告が入っています」
そう言って、ミックマインセから新たな資料が渡される。
「――そうか」
静かに息を吐くように答えながら、この最悪の状態に想いを馳せる。
この世界は領域を組み合わせて出来ている。
それは神話であり、伝説であり、また歴史が証明している。この世界は、かつては様々な領域がパズルのように組上がって出来ていた。
人類の歴史とは、それを一つ一つ解除し、自分たちの世界を広げていった苦難の道のりである。
そうして人間世界は殆どが解除されたが、かつての様子は魔族領に今も残る。
その解除の過程で、領域が完全に元に戻った例があると歴史には記されている。
人間の解除法は未だ完全とは言えないのだろう。そういった意味では、鉄花草の領域に関してはさほど驚くに値しない。
だが新たな領域の誕生など、創世神話の世界にしか例はない。
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