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【 魔族と人と 】

人類の反撃 後編

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 白き苔の大地に、幾つもの黒い穴が開いている。
 この黒色は、苔の下に広がるこの領域の岩盤だ。
 よく見れば、黒い穴の数か所に白い点が見える。地表の苔と地下茎を繋ぐ茎の部分だろう。

 黒い穴はあちらこちらまばらに空いているが、一か所幾つもの穴を集め、道のように連なっている場所があった。
 そこでは工兵達が、穴の上にコンクリートを流し込んでいる真っ最中だ。

 領域の回復は、限りなく力の無い形状記憶能力だ。
 放っておけば元の状態に戻るが、植物の生育や動物の営巣などを妨げないように、何らかの負荷が掛かれば機能はしない。
 人間は、もう何万年も領域攻略を行っている。人類の歴史とは、領域との戦いの歴史なのだから。
 当然、対処する知恵も存在しているのだった。

 だがここは、人類未踏の地。領域の中でも特に過酷とうたわれた白き苔の領域だ。
 事はそう、簡単なわけにはいかない。

「敵襲! 敵襲―!」
「軍隊蟻が来たぞ! 各員、持ち場につけ!」
「我等は犬死ではない。無駄ではないのだ!」

 工兵達が一斉に武器を取り、盾が取り付けられた飛甲板に乗り込む。
 だが彼らは分かっている。これの速度では逃げきれない事を。そしてこの程度の高度では、蟻から逃れられない事も。
 だから留まる。そして一方的に蹂躙じゅうりんされ、命を落とす。
 だが彼らは満足して死んでゆく。なぜなら、この死は決して無駄にはならないと信じているのだから。




 その上空4000メートル。
 20を超える巨大な飛行物体の編隊が、綺麗なV字隊列を組み浮遊していた。

 形は円盤のようにも見える。全体的に流線型で、尾の無いカブトガニのような形状フォルムだ。
 全長38メートル。全幅44メートル。
 少し黒に近いが、光の当たり方で虹色に輝く金属製。壁と同じ材質だ。
 左右に塗装された白、緑、青、黄の4つの三角を四角に纏めた図柄は、自由帝国ムーオスの国旗を表している。
 重飛甲母艦……それが、この巨大な空中要塞の名前だった。

 前方上部にはドーム状に水晶の窓をはめ込んだ操縦席――いや、艦橋と呼んで良いほどの広さの部屋があり、そこには1人の操縦士、2人の副操縦士、2人の通信使、長身の男女、それに“地面に穴をあける一族”、“魔族の次に嫌われる者”の2つの異名を持つ男――ヘッケリオ・オバロスが居た。

「ほら、蟻が出たそうですよ。さっさとやっちゃってくださいよ」

 ヘッケリオは猫背のままシートに座り、目の前の計器に目をやったままだ。
 いつから洗っていないのか分からない、少しグレーにくすんだ白衣を羽織り、その下にはカーキ色のシャツにズボン――ムーオス自由帝国の軍服を着ている。
 ブーツは厚い金属底の革靴で、こちらも官給品だ。
 左の腰には刃渡り30センチほどの曲刀ククリを装備しているが、白衣の為にシルエット程度にしか分からない。

 身分は今も変わらず、ムーオス自由帝国特殊兵器開発局局長のままだ。通常は、こんな最前線に出てくる立場ではない。
 だが今回は、自らが開発した兵器の実地試験とデーター取集。その為にこんな場所にまで出向いてきたのだった。

 そして言われた方は、長身の男女。
 男の方は身長273センチ。ムーオス人は他の人種より大きいが、それでもここまで大きな人間は少ない。
 全身の肌は黒く、赤い髪はバッサリと角刈りにしている。紅の白目に紺色の瞳。いかつい岩のような顔と、それに似合った強靭な鋼のような筋肉の持ち主だ。

 今は軍服の上に、白と赤の菱模様が連続した柄のローブを纏っている。
 腰には茶色い布を巻き、そこに下げているのは刃渡り20センチほどのナイフ。実戦用はおろか、護身用ですらない。鞘、柄、そして刃にも、細かな狩猟文のレリーフが施された儀礼用、ただの宝剣である。
 どちらも派手な柄だが、これはファッションではない。この場において、最高位の地位にある事を示す制服だ。

 ムーオス自由帝国航空師団団長にして、“比翼の天馬”と謳われた飛甲騎兵乗りの一人。
 名を、ルヴァン・マルファークという。

 もう一人の女は、オベーナス・ヘルト・レッケラー。
 身長は269センチと、ルヴァンにもそう引けは取らない。
 肌はムーオス人らしく漆黒で、白く長い髪は大した手入れもされず、腰まで伸ばしっぱなしにされている。

 軍服、ローブ共に同じであり、腰に飾った宝剣も同様だ。
 ルヴァンと同じく“比翼の天馬”と謳われた飛甲騎兵乗りの一人であり、双方共に同階級の身分が与えられている。

 通常は、1つの組織に同一階級のトップを据えることは有り得ない。
 だがこの二人は、特例中の特例だ。これまでの実績から、二人一組が最適と判断されたからであった。

「どうしたんですか? さぁ、早くしてください。それとも臆したんですか? もう何発落としたんです?」

 ヘッケリオの挑発的な態度に、彼等ではなく周囲の兵士達が憎悪し、同時に恐怖する。
 国家――いや、世界レベルの英雄、この世で最強の飛甲騎兵乗り。その二人によくもまあ、あのような口が利けるものだと……。

 だが、二人は苦々しい表情を浮かべるだけで、怒っているといった様子ではない。
 このような礼儀知らずの男の言動など、今の二人には取るに足らない事なのだ。

「それでは、行って参ろう」

 その紺の瞳に憂慮ゆうりょの色をたたえながら、ルヴァンは艦橋後部の螺旋階段から、下の格納庫へと降りて行った。
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