この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR

ばたっちゅ

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【 魔族と人と 】

浮遊城出陣

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 魔王がホテルへと帰った後、碧色の祝福に守られし栄光暦218年7月20日。
 アイオネアの門より北東に150キロメートル地点。
 人類世界と魔族領を仕切る壁。その壁が今、静かに動く。
 壁が誕生してから1495年。南方は2度開かれている。だがアイオネアの門より北が開くのは、これが初めてだ。
 20メートル間隔で一枚ごと、ゆっくりと音もなく浮遊し、進み、横へとずれる。

 いや、遠くからだと音が聞こえないだけだ。近くで活動する作業員は、轟音で会話もままならない。
 壁の一部が浮遊すると同時に、地下に埋められたケーブルや配管がバキバキと外れ、壁自体も自重できしむ音が鳴る。

 壁の移動は一大事業だ。これから30日の時間を掛け、ゆっくりと壁の一部が取り除かれる。
 その背後に控えるのは、人類最強の決戦兵器・浮遊城ジャルプ・ケラッツァ。
 飛行高度は15メートル。その為100メートルの壁は越えられず、出撃の為にはこうして壁を動かす必要があるのだった。

 城は全長が303メートル。全幅は302メートルであり、ほぼ正方形と言って良い。
 下部にはお椀を逆さまにしたような動力装置が隙間なく並べられており、下から見ると、まるで巨大な虫の巣の様だ。

 動力装置は22メートル。その上にあるのは、高さ45メートルにもなる鋼鉄の壁だ。
 その上は平坦で、四角形の四つ角に高さ40メートル、直径40メートルの巨大な円形ドーム。
 そしてそれらに挟まれるように、四辺の中央には60メートル級の同等の物が設置されている。
 よく見れば、鋼鉄の壁の所々に20メートル級や10メートル級のドームを見る事が出来るだろう。
 動力装置、鋼鉄の壁面共に壁と同じ金属であり、光を浴び玉虫色に輝いていた。

 四角い天井の中央には、高さ60メートルの城がそびえ立つ。更にそこから延びる先端の尖った塔まで含めれば、その全高は130メートルにもなる。
 城壁は一見すると石造りにも見えるが、材質はこれまた金属だ。この辺りは、熟練の職人による匠の技である。

 中は4階層であり、1階フロアが特に広く高い。2階3階は少し天井が高い程度の普通のフロアであり、最上階中央には城の主が座る玉座が設置されていた。


 外を見渡せる全水晶ドームのほぼ中央に一段高い場所が設けられ、そこに革張りの立派なソファーが設置されている。
 その前には3面モニター。
 勿論、液晶画面のように綺麗なものではない。そこには武骨な計器類や、ブラウン管モニターの様な画面が配置され、常に何かしらのデータを表示している。

 玉座の位置は、地上から数えて約137メートル。
 全面見渡せる景色は広大にして雄大で、この席に座ると、まるで世界の支配者になったように感じるのだという。
 だが、今そこに座る男には何の感慨も沸いてはいなかった。

「ずいぶんと冷静なのですね。もっと喜ぶかと思いましたが」

 左斜め後ろに起立したまま控えるのは、護衛武官のマリッカ・アンドルスフだ。
 鎧は着用せず、いつもの軍服にスカート、それに商国のジャケット。
 武器もまた、毎度持ち歩いている短剣が二本。護衛武官としては控えめな装備だ。

「まあ、花は必要だろ? たとえあだ花でもな」……等と噂する者もいるが、リッツェルネールとしては“女性”として期待して置いているわけでは無い。むしろ居なくなって欲しいとさえ思っている。
 商国で忠誠に期待するのは、最も愚か者のする事だ。
 魔族――それどころか魔王と繋がりのある女。いつ背後から襲われるか分かったものではない。
 だが出て行けとも言えない。この辺りの人事はマインハーゼン商家が決めている。
 当主であっても、それに異を唱えるのならきちんと理由を述べなければならない。

 ――魔王と関わりがある可能性有りといっても、さて通じたものかどうか……。

 その辺りの話から、商国の中にどれくらいの魔族勢力があるかを確かめようかとも思っていた。
 だが十家会議からここまで、多忙に次ぐ多忙。とてもそんな些末さまつな事に時間をかけている余裕は無かったのだ。

「これは仕事だよ。喜ぶべきことではないさ」

 あくまでも冷静。そこには手にした強大な力と権力に溺れるようなそぶりは見られない。
 勿論、それに怯える様子もだ。
 マリッカの隣――リッツェルネールの右斜め後方に控える男には、そんな彼が……いや、彼の行く先が楽しみでしょうがない。

「相変わらずですね。ですが、仕事を楽しんじゃいけないって事は無いでしょう。炎と石獣の領域に突入する時、貴方はもっと楽しそうでしたよ」

 リッツェルネールの元部下、ミックマインセ・マインハーゼンは、今は正式に彼の副官として配属されていた。

「そうかい? だがそうだね、魔王という存在を拝めるかもしれない……それは楽しみだったかもしれないな」

 ――死ぬ事が決まっていた出征。世界から見れば、大した力のないちっぽけな自分。だけど確かに、あの時の方が生きている実感はあったかもしれない……。


 他には、士官代表として情報を統括するケインブラ・フォースノーが控える。
 こちらはいつもの真っ赤なドレスではなく、きちんとした商国の軍服だ。胸元に差した一凛の赤いバラが、唯一いつもと同じ感じだろうか。

 更に16人のオペレーター。30人の機械操作士、8人の護衛兵士が配備されている。
 それだけ入っていても、この部屋は狭さを感じない。
 浮遊城中央指令室。それがこの玉座のある部屋の正式名称であり、そこは城の謁見室というよりは、宇宙戦艦の艦橋のような様相であった。

「出陣までにはまだ間があるが、この城の本格的な移動は初となる。各員、些細な異常も見落とさない様に」

 勿論、初となるのはリッツェルネール自身もそうだ。限りある時間の中で、この城を完全に掌握しなければいけない。
 個人的な感傷、遠い祖国の内情……今は、そんな些事さじになど気を取られている余裕は無かったのである。
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