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【 魔族と人と 】

領域の旅 後編

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 翌日――俺達は白き苔の領域へと到着した。
 境界線の少し手前にはボロボロになったテント跡や武器防具、それに無数の白骨が散乱していた。

「この辺りは確か……スパイセンって国が駐屯していたんだったな」

「そうなのであるな……」

 ん? なんか妙だ。
 リアンヌの丘の時は、これといって何の変化も無かった。だが今の言葉には、確かな感傷を感じる。
 そういや、ここで戦ったんだったな……。

 だけどそれも変だ。スースィリアは人間に対して良い感情を抱いていない。ハッキリ言えば人間嫌いだ。他の魔人と違い、ユニカとも明確に距離を置いている。
 だから、それが理由とも考え難いが……。

「気にしなくていいのであるぞ、まおー」

 そうか……スースィリアがそういうのなら、それで良いだろう。だがもし話せるのなら、いつか聞ける日が来るかもしれない。
 ――などと、以前の俺なら思っただろう。

「些細な事でも、何か感じ入る所があるなら教えてくれ。勿論、それは伝えたくない事なら言わなくて構わない」

「スースィリアは、以前ここで人間を取り込んだかな」

 代わりにエヴィアが答えるが、結構衝撃的な内容だ。

「人間を!? 何で?」

「発声器官と、会話の基本制御機構が欲しかったのであるー。形態を変えずに機関を追加する事は、たまにあるのである。だが別に、その人間の記憶の記憶などは無いのであるぞ」

 だけど、何処か影響はされているのか……。

「どんな人間だったんだ?」

「吾にはまだ理解できないのであるー」

 そうか……まあ、色々と考えているんだろう。
 魔人は生き方を設定し、それに沿った生活をする。だが、同じ行動を繰り返す機械なんかじゃない。
 次第に生き方や考え方に変化が出てきたとしても、それは決して間違ってなどいないさ。




 そしてようやく白き苔の領域に踏み込んだわけだが……俺の居場所はスースィリアの頭の上。直接大地を踏んだわけではない。

「苔には毒の棘が沢山生えているかな。それに毒虫や毒蛇も多いよ。生き物は注意すれば噛まないけど、踏んだりしたら本能で噛んじゃうね」

「ああ、一応来るのは二度目だからな。その辺りは予想してたよ。問題は、大気を漂っている毒の強さだな」

 魔障の沼程ではないが、ここも毒の世界だ。その大元は、苔が出す胞子によるものだという。
 養分を摂取した時に大量に出すそうなので、今はそれほど強くは無い。だが、普段から撒き散らしてはいるんだよな。

 以前ここを通過した時、俺はスースィリアの上で気絶していた。
 それが幸いして無事通れたわけだが、普通に行動すると1日で毒が回って死ぬらしい。かなり厄介な場所だ。
 だけど、人間はここを突っ切って来るらしい。どうやって?

「飛甲騎兵なら、一応飛んでくるんだよな?」

「ここには魔人ギュータムがいるかな。ギュータムは人間が大嫌いだから、侵入を感知したらすぐに移動して墜とすよ」

 そんな守護神がいるのか!?

「会ってみたいけど、今どこにいるか分かるか?」

「魔王を感知して、凄い勢いで逃げて行ったのである」

 くっそー、あの3体の魔人達と一緒か。そういやラジエヴやアン・ラ・サムともあれから会って無いな。ちょっと聞いてみたい事もあったんだが仕方がない。

「まあ、領域自体に変化が無いかの確認と、実際に改めてこの目で見たかっただけだからな。またいずれの機会に会うとするさ」

 こっちはさすがに、不毛な追いかけっこをするわけにはいかないからな。

「下は確か、硬い岩盤なんだっけ?」

「そうかな。かなり硬いし深いから、そこを掘るのは難しいよ。岩盤の下には、苔の本体が根を張っているよ」

 毒の苔、硬い岩盤、それに人間嫌いの魔人か。なかなか鉄壁の布陣だ。

「そういやトンネルで思い出したんだが、領域の再生はどんな風に働くんだ? 例えば領域に家を建てた場合とか。掘った穴とか刺した杭とかどうなるのかなと」

「修復には何の力も無いのであるぞ。掘った穴に袋を入れておけば、それ以上は戻らないのである」

「でも埋めちゃったらだめかな。完全に包み込んだものは、領域の深くに沈んで元の地へと戻るよ」

 少し分かりにくかったが、要するにトンネルは掘ろうと思えば掘れると。
 だがもし埋まったら、その部分は修復されて素材は地に還るか。
 なら、やろうと思えばできるはずだ。だけど何十年、いや何百年単位で考えればだ。今回当てはまるとは思えない。

「実際来て説明を受けても、俺の頭じゃわからん。少し情けないが、やはり場当たり的に対処するしかないな」

「それでいいかな。それじゃ、帰ろうね。ユニカがいっぱい芋を蒸してくれるよ」

「それは楽しみだな。では、帰って練習を再開するとしよう」

 白き苔の領域は、あの時と何も変わらない。
 まるで雪景色の様に美しい死の世界。
 ここからでは見えないが、あの強力な軍隊蟻が生息する地でもある。
 今の俺では、人間がどうやって攻略するつもりなのか? それを知る術は無かった。




 ◇     ◇     ◇




 領域を廻った帰り道。針葉樹の森を通っていると、前方に丸いものが転がっている。
 直系は2メートルほどの、完全な球形だ。

 これ自体に見覚えは無いが、灰褐色の斑模様にはいささか見覚えがある。

「テルティルト……なにやってるんだ?」

「あ、魔王。ちょうど良い所に来たわ」

 ゴロンと転がり、顔をこちらに向けてくる。
 短い脚を振っているが、よく見ると先端にはどこかで見たような丸い木の実を持っていた。
 いちいち思い出す必要も無い。ユニカが書いていたアレだ。
 もう何となく、何を言いたいかが判る。これも魔人との付き合いに慣れてきたせいだろうか。

「さすが魔王ね……お願い、運んで!」

 やっぱり……。
 間違いない。こいつの中身は、全部あの砂糖の実だ。
 おそらくパンパンに詰め込んだ後、ゆっくりとここまで転がって来たのだろう。
 つか数は少ないとか言われてなかったか? それをここまで集めて来るとは……この執念には恐れ入る。

「お前はもっと計画性を持った方が良いんじゃないのか?」

「ちゃんと考えているわよー。それより、さっきヨーヌが来て回覧板置いてったわよ」

 そう言って取り出したのは一枚の板だ。

「ああ、もう戻って来たのか。案外早いんだな」

 それは、出かける前に回しておいたものだった。
 生き物は魔人の命令を聞くが、それはあくまで種としてだ。
 だがいざ戦闘となれば、個々に対しての命令が必要になる。
 そこで死霊レイスやサキュバスと協議してハンドサインを作り、その内容を各領域の生き物達に広報として配ったわけである。

 戻って来た回覧板には、大小様々な足跡が付いてぐちゃぐちゃだ。
 だが、俺にはその意図が分かる。
 たとえただの足跡だったとしても、そこに伝えたい意志さえ込められていれば文字として読めるからだ。
 考えてみれば、新語や新解釈など、言葉の世界は日進月歩。
 だが、この能力がいちいちアップデートなどされるわけもない。
 不思議に思って調べてみたら、これに気づいたわけだ。

 因みに書く方は、相手さえ思い浮かべればその言語で書かれる。
 こちらは過去に、人間語や首なし騎士デュラハン語を試しているから問題なしだ。

「一周廻っている間に、随分進んだ気がするよ」

「成せばなるかな」

「困ったことがあったら、いつでもいうのであるぞ」

「いつでも協力してあげるわよー」

 協力してくれる三体の魔人。だが……なんかテルティルトの言葉だけは、信じていいものか悩む。
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