この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR

ばたっちゅ

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【 それぞれの未来 】

決意

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 柔らかなベッドで目を覚ます。今は夕刻頃だろうか。
 ここはホテルのベッド。そして、自分に宛がわれた部屋だ。
 今までの事は、ぼんやりと……だがどこかハッキリと覚えている。
 針葉樹の森を逃げ、氷結の地に落ち、花を見て、そして……死んだのだ。

 目の前に、こちらを覗き込んでいる男性がいる。
 心配そうに……本当に心配そうに…………。

「ユニカ、体は大丈夫かい?」

 その言葉を受け、お腹に目を向ける。
 そこにはもう、何も入ってはいない。急速に意識が覚醒し、現実が肌を震わす。
 何も考えられなかった。ただ様々な想いだけが、涙という形となってあふれ出た。

「ご……ごめんな……さい…………」

 両手を固く握りしめ、大粒の涙をボロボロと流しながら、ただそれしか言えなかった。


 肩を震わせ謝るユニカを、俺は静かに抱きしめた。
 謝る――それは俺がすべきことだろう。
 そもそも……そもそもだ。俺は、彼女と本気で向き合って来なかった。
 今は静かにしておこう、時間が解決してくれる、そう言って、逃げ続けてきた。子供が出来た時も、もっとちゃんと話し合うべきだったのに。
 人類との共存を目指す――そんな耳触りの良いことを言いながら、目の前の一人の人間と向き合う事すら避けてきた。そんな俺の怠慢と未熟さが、自分の子供を殺したのだ。

 人間との争いもそうだ。本気で戦いを止めさせたいと思っていた。それは事実だ。
 だけど、本気さが足りていない。全く不足していた。
 怖かったのだ……戦いも、失敗も、人を殺すことも。

 本当に平和を望むのであれば、なぜ戦いが終わった後、何もしなかったのか。
 降りかかる火の粉を払う……ただ本当に、それを繰り返すだけで平和になると思っていたのか?
 思っていなかったから、人間世界に行ったんじゃないのか!

 戦いに勝った後、逆に攻めるべきだったのだ。そして壁を何か所か破壊し、魔族の怖さを教えるべきだった。
 そうすれば、人間は防備を固めるしかない。とてもじゃないが、早々に新たな侵攻部隊を組織する余裕は無かったはずだ。
 混乱を利用する事で、人間世界の情報も今よりもっと早く入手できただろう。そうすれば、人間との会見ももっと早くに実現していた。
 一時的に多くの人間を殺すことになっても……いや、その覚悟さえ出来ていれば、次の戦いは避けられたんだ。
 そうすればきっと、今よりもっと状況は良かった。

 何となくは思っていた。だが、今ははっきりと分かる。
 リッツェルネールが俺に期待出来ていなかったのは、覚悟のほどだ。
 お題目を唱えるだけで、実現するために全力を尽くさなかった俺の甘さ。
 怖れ、怯え、自分から手を出すことを躊躇ためらった俺の弱さ。
 彼の覚悟がどれほどの物かは分からない。だがそれからすれば、あの時の俺など、夢想を語っている子供の様にしか映らなかったに違いない。


「ユニカ、聞いて欲しい事があるんだ」

 俺は、彼女が落ち着くのを待って沢山の事を話した。
 いつか彼女を人間世界に帰すため――そう言い訳して、話してこなかった俺の全てを。

「え……貴方、人間……なの?」

「ああ。これでもユニカと同じ人間だよ。しかも別の世界のさ。驚いただろ?」

 唖然とする彼女に、俺がこの世界に来てからの出来事。見た事、聞いた事、感じた事。元いた世界や、そことの違い。魔王になると決めた事。魔王になった事。お世話になった人を殺してしまった事。何も出来ずに逃げた事。戦った事、泣いた事、悩んだこと、そして……これからも、人と戦わねばならない事も、全部話した。

「そう……信じられないわ。でも、事実なのよね。それだけは分かる」

「これからどうしたいかは、落ち着いたらユニカ自身が決めてくれ。もし人間世界に帰るのなら、必ず全力で返す。決して傷つける事はしない。だけどもし留まるなら、魔人達と話をしてやって欲しい」

「……そうね、考える」

 だが、そういったユニカの心は、とうに定まっていた。
 まだ起き上がる事も出来そうにない。だけど、歩けるようになったら最初にやる事は決まっている。
 ヨーツケールに謝ろう。許してくれるまで、たとえ何度でも。
 でも、今はその前に……。

「ねえ、魔王。ううん、ヨシキって呼んだ方が良いのかな?」

「魔王でいいよ。もうずっとそっちで呼ばれているからね。慣れたよ」

「じゃあ魔王。今度はあたしの話を聞いて。生まれてから、これまでの生活。それに、どうしてこの魔族領に来たのかと、ここでの生活で感じた事。全部聞いて欲しいの」

 その顔は、瞳は、真っ直ぐに俺を見つめ、かつての怯えたような、恐れるような姿は、もうどこにもなかった。
 彼女もまた、一つの覚悟を決めた……そんな印象だった。

 いつの間にか、部屋にはエヴィアが入り込んでいた。
 窓の外からは、スースィリアが心配そうに覗き込んでいる。
 ヨーツケールも、ユニカが起きたと知ったら動き出すだろう。
 ああ、そうだ……俺が目指したもの。守りたかったもの。そして行くべき道は……。




 この後もユニカ達と沢山の話をし、そして寝付いた彼女の部屋を後にしたのは、すっかり日も暮れてからだった。
 ホテルの廊下に出ると、そこにはゲルニッヒが待っていた。
 闇に包まれた中、まるでその黒色と溶け込んだかのように微動だにしない。
 彼女を蘇生させた後、ずっと待っていたのだろうか?

「魔王よ、一つ伺いたい事がアリマス」

 その姿勢と硬い言葉は、いつもの仰々しく芝居がかった雰囲気とは違う。
 ホテルに戻ってから、ずっとこの感じだ。
 だがもしかしたら、今のこの姿がゲルニッヒ本来の性質なのかもしれない。

「ああ、何でも聞いてくれ」

「貴方は、どうして雌の方を残したのデスカ? 雌など、貴方が望むなら幾らでも集めて参りマショウ。何か価値があったのデスカ? 先代魔王の奥方は、瓶詰めした子宮と卵巣、それに魔族の部品を組わせてモノ。あれは苦労して制作した専用の物でしタガ、それでも壊れた時はただのゴミとして処分されマシタ」

 マリッカは――知っていそうな雰囲気だったな。先代魔王の目的のために作られた道具か……。

「デスガ、お子は間違いなく貴方の血を引くモノ。この世に変えの存在シナイ、唯一の物でアリマス。いつでも集められる無数の存在とは比較にもならないデショウ。なのになぜナノデス?」

 そうか……魔人達は、思っただけでこちらの考えを全て理解する。今まではそう思っていた。
 だけど、実際にはそうじゃない。

「ワカラナイ、私にはワカラナイ。ドウシテ? アイというものデスカ? デスガ貴方は、アノ雌を愛してはいなかったのデショウ?」

「……ゲルニッヒ、宿題だ」

「シュクダイ……?」

「そうだ。どうして俺が自分の子ではなくユニカを選んだのかだ。他の魔人と相談しても構わない。だがゲルニッヒ、最後はお前の言葉で結論を出すんだ」

 ゲルニッヒはしばし固まるが、その後は一言も無く闇に溶けるように消えていった。
 別に意地悪をしたのではない。これは、俺自身に対して出した宿題でもあるのだ。
 考えなければいけない。これまでの事、これからの事、やるべき事。

 結局、俺とユニカは共通の痛みを得て、ようやく互いに話し合うことが出来た。
 行けるところまで進む。届くまで手を伸ばす。それは人間――いや、生命の本質だ。
 何も問題が無ければ、今進んでいる道は正しい……誰もがそう考えてしまう。
 だが痛みを感じた時、初めて手を引っ込め、歩みを止める。そして考える。このままで良いのか? ――と。

 もう恐れてはいけない。傷つく事も、傷つける事も。
 これは俺がすべきこと、そう決めたのだから。
 その覚悟から、目を背けてはいけない、逃げてはいけない。

 最後に笑って過ごせるために。

 この結果で良かったと思えるために。

 全てを成し、受け入れよう。

 その先にはきっと……皆の幸せな未来があるのだから。
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