この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR

ばたっちゅ

文字の大きさ
上 下
224 / 425
【 それぞれの未来 】

選択

しおりを挟む
 碧色の祝福に守られし栄光暦218年4月40日。
 コンセシールが十家会議を行った翌日の朝、魔王はホテル幸せの白い庭に到着した。
 行きに比べると、帰りはかなりのハードスケジュールだ。移動だけでへとへとになる。
 だが、休むためにホテルに戻ったわけではない。

「ヨーツケール……」

 ホテルの庭では、魔人ヨーツケールが倒れていた。
 崩れ落ちた様に転がり、微動だにしない。一瞬、死んでしまっているのかと思ったほどだ。
 力なく横たわるハサミでてみるが、ピクリとも動かない。

「ヨーツケールはショックが大きすぎて動けないかな。ゲルニッヒは中で待っているよ」

「そうか……」

 よく見れば、反対側の鋏で何かを抱きかかえている。
 見た事の無い、木琴だ。
 それをどこからか持って来たのか、それとも誰かが作ったのかは分からない。
 だが、それが誰の為であったのかは、俺にだって痛い程に分かる。

 入り口には、初めて来た時のようにルリアが立っている。違いといえば、全てが黒のメイド服に着替え、頭を深々と下げている所だろう。
 俺は深呼吸をして覚悟を決めると、皆に促されるままにホテルへと入って行った。


 2階に用意されたユニカの部屋。
 今まで何度もチャレンジし、何度も追い返され、結局一度も足を踏み入れることが出来なかった一室。
 いつも彼女が使っていた机には、糸をっている最中の糸車。それにホテルにあったのだろうか、古い編み物の本、動植物図鑑、何冊ものメモ帳などが置かれている。
 ユニカが生きていた証。彼女がこの世にあったという残滓ざんし
 彼女がホテルに来て以来、いったいどんな生活をしていたのか。
 俺は今まで、そんな事すらも知らなかった……。

 ベッドには、俺の部屋にも無い暖かそうな羽毛布団と、これまた見た事も無いふかふかの毛布。
 相当に、大切にされていたのだ。

 しかし、椅子にもベッドにも――部屋の何処にも彼女の遺体が無い。
 待っていたのは、ゲルニッヒただ一人。
 だがいつもと姿が違う。円錐形だった胴体は、まるで人間が入っているかのように膨らんでいた。

「どういう事だ、ゲルニッヒ」

「私がユニカ様を見つけた時、そこは貴方が氷結の地と呼んでいる場所デシタ」

 ……そんな所に入り込んでしまったのか。
 ユニカがこうなった原因、死因ではなくそもそもの要因。色々考えたが、それはもう予想はついている。
 魔人は殺すまい。魔族も同様だ。ならば事故だろう。
 ただ普通の事故であれば、やはり魔人が助けるはずだ。だがそれは出来なかった――何らかの事情で、ユニカと魔人が離れたのだ。
 そして離れた理由も、予想が付いていた。

「それで……どうしたんだ」

「ハイ。最初に見つけたのは死霊レイスデシタ。人の死に敏感な不死者アンデッドの特性によるものデスネ」

「つまり、その時点で間に合わなかったんだな」

「その通りデス。デスガ、場所がとても寒い場所デシタ。そして見つけたのが早かったノデ、アマリ壊れてはいませんデシタ。エエ、とても良い保存状態デス」

 今一つゲルニッヒの意図が判らなかったが、要は安置していてくれたと言う事か。
 そういえば、俺の切断された右腕をエヴィアが保管した事があったな。
 あの時は数日が経過していたのに、血がしたたり、まるでたった今斬られたかのように新鮮だった。彼らには、そういった保存能力があるのだろう。

 確かに、戻るまでに大分時間が経ってしまった。俺としても、腐敗したユニカに合うのはちょっと辛かったところだ。感謝しないとな。
 そう考えながら、ふと思う。あの時確か、大事な話をした気がするが……。

「じゃあ、会わせてくれ」

「その点なのですが、会ってどうするのデスカ?」

 ……少し意外な質問だ。
 それに今まで気が付かなかったが、ゲルニッヒの様子がいつもと違う。微妙におかしい……。
 いや、その原因はすぐに分かる。いつもの大仰おおぎょうな動きが無いのだ。
 四本の手は完全に体に張り付き、大豆の頭も微動だにしない。不自然な膨らみだけに気を
 取られ、そんな事も気が付かなかったとは。

「どういう事だ、ゲルニッヒ」

「質問の通りです、魔王よ。ユニカ様は死にました。中のお子もです。既にタダの肉であり、ソレは貴方が普段食べている物と何も変わりマセン。貴方がココに来るまでの様子は受け取りマシタ。ソコまで必死になって、見る必要性があるのデスカ?」

 そう言われれば、少し困ってしまう。移動中も考えてはいたのだ――対面してどうするのかと。
 あえて言うのであれば、現実を受け入れる為であろうか。
 ユニカは死んでしまった。俺の子も一緒にだ。その事実を認め、受け入れ、先に進むために遺体と会う。

 だが、そうしなければ受け入れられないのか?
 そんな事は無い。俺はもう、覚悟を決めてここに来た。
 これは、会ってどうするかとかの話ではない。区切りでもけじめでもない、そう……言葉にするのであれば――
 それを口にしようとした途端、ふとした疑問が浮かんでくる。

「ゲルニッヒ……そう思ったのなら、どうしてユニカ達を保存した。これは俺の指示じゃない、お前の考えだな」

「ソノ通りデス。状態を確認した所、魔王の判断を仰ぐ必要があると判断致しマシタ。」

「判断……?」

 口の中が乾く。いつものゲルニッヒとは違い、何か異様な雰囲気を漂わせているせいか。
 それとも、俺が一つの予想を立ててしまったからか。
 頭の中に浮かんだ疑問。それを確認するために、俺は言葉を続ける。

「なあ、ゲルニッヒ。お前は以前、死んだ人間は決して生き返らないと言っていたな」

「ハイ、間違いありマセン。人間は壊れたら死ぬのデス。それを動かシテモ、壊れているのですカラ、すぐにまた死んでしまうデショウ。ソレに、死ぬと更に壊れて行く……生き物とは、はかなもろい存在デス。壊れた部分を何かで補えば再び動く可能性はありマスガ、ソレはもう元の人間とは言えマセン」

「……ああ、以前に聞いた通りだな」

「デスガ、今回は幸いデス。ホボ、同じといえる予備の部品が多数存在シマス。コレなら修理が可能デス。元の人間と同じ……ソウ、呼んでいいほどにデス」

 ――ああ、これは神の救済であり、また悪魔の選択だ。

「モチロン、部品取りした方はどうしようもアリマセン。修復不可能デス」

 ――二人には、まだ生きる道が残されている。だがどちらかの道を、俺の選択が断つのだ。

「サテ、魔王よ。貴方はドチラを残すのデスカ?」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

異世界遺跡巡り ~ロマンを求めて異世界冒険~

小狸日
ファンタジー
交通事故に巻き込まれて、異世界に転移した拓(タク)と浩司(コウジ) そこは、剣と魔法の世界だった。 2千年以上昔の勇者の物語、そこに出てくる勇者の遺産。 新しい世界で遺跡探検と異世界料理を楽しもうと思っていたのだが・・・ 気に入らない異世界の常識に小さな喧嘩を売ることにした。

転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~

ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。 コイツは何かがおかしい。 本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。 目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

おっさんの異世界建国記

なつめ猫
ファンタジー
中年冒険者エイジは、10年間異世界で暮らしていたが、仲間に裏切られ怪我をしてしまい膝の故障により、パーティを追放されてしまう。さらに冒険者ギルドから任された辺境開拓も依頼内容とは違っていたのであった。現地で、何気なく保護した獣人の美少女と幼女から頼られたエイジは、村を作り発展させていく。

処理中です...