220 / 425
【 それぞれの未来 】
祖国への帰還 前編
しおりを挟む
碧色の祝福に守られし栄光暦218年4月36日。
もう太陽も殆ど沈みかかった頃、魔王相和義輝を乗せた魔人ファランティアは、魔族領――あの日に出発した海岸線に到着した。
行きと違い、帰りにかかった日数はほぼ20日。相当に急いでくれたのだろう。
「まおー……」
海岸に降り立った俺を出迎えたのは、魔人スースィリアだけだった。
「詳しい事を聞きたい。ゲルニッヒとヨーツケールはどうした?」
おそらく、スースィリアも記憶は受け取っている。だからここで聞いても良かったのかもしれない。
だが俺としては、やはり当事者から聞きたかった。事の顛末、その全てをだ。
「ゲルニッヒもヨーツケールも、ホテルで待っているのである。なのであるが、ヨーツケールは動けないのである」
「動けない?」
少し分からないが、とりあえず行くしかないだろう。
ホテルまでの5日間が長く、もどかしい。
次第に闇に包まれていく空を仰ぎながら、俺はスースィリアの頭の上へとよじ登った。
◇ ◇ ◇
碧色の祝福に守られし栄光暦218年4月39日、早朝。
リッツェルネールの乗る飛甲騎兵が、コンセシール商国の国境を越えた。第6次魔族領に参加して以来、28年と395日ぶりの祖国の地だ。
だが彼には、懐かしさに浸る時間も気持ちも無い。それよりも、これから行う事の方が遙に重要だったのだから。
飛甲騎兵の発着場に降り立った彼を迎えたのは、当主専用の装甲騎兵だ。
国家の色である鮮やかな青に白い流星のマーク。それに金の装飾が施されている。
リッツェルネールは勿論、前当主ビルバックの趣味でもないが、元々要人を出迎えるためにも使われるものだ。多少は派手であっても問題は無いだろう。
不安があったわけではないが、予定がきちんと進んでいる事に安心を感じる。
「お久しぶりでございます、リッツェルネール様」
装甲騎兵を降り出迎えたのは、身長170センチほどの男だった。
見た目は17歳ほどだろう。黒茶の短髪に覇気の強い緋色の瞳をし、服は商国の軍服だ。
襟についている階位章は8を示している。階級のあり方が地球の軍隊とは違うため一概には言えないが、かなりの高官と言って良い。
君主制の国では、将軍と呼ばれるクラスである。
「生きていたとは驚いたよ、ミックマインセ。君の件については、何の報告も受けていなかったものでね」
かつて炎と石獣の領域で、マリッカが所属していた部隊の隊長だ。
当然、その時の最高司令官であるリッツェルネールの部下という事になる。
だがあの戦い以来行方不明となっており、彼の下には一切消息は入ってこなかった。
「聞かれなかったため、答える必要も無いと判断いたしました」
美しく敬礼をしたのは、後ろに控えていたもう一人の人物。マリッカ・アンドルスフだ。
魔王を北限の海岸に降ろした後、そのまま直通で商国へと帰還していたのだった。
「酷い女でしょう? でも朗報です。彼女は今度、当主様の護衛武官となりました。お好きなように調教してやってください」
「御免被るね」
肩をすくめ苦笑しながら、リッツェルネールは装甲騎兵へと乗り込んだ。
コンセシール商国首都ヤハネバ。
金属ドームの建物が重なり合って並ぶ姿は、遠目に見れば極彩色のマッシュルーム畑にも見える。
建物の色は商家によって決まっているが、国家の色である鮮やかな青は、全て公共の建物だ。
その中の一つ。さほど大きくもない1階建のドームに、リッツェルネールら三人が入る。
だが、彼以外の二人は入り口までだ。その奥は、たとえ護衛といえども入ることは出来ない。
その扉の先は円形に部屋を囲む廊下があり、その先は当然円形の部屋だ。
さほど広くも無い部屋の中央には銀補強されたガラスのテーブルが配置され、その周囲には革張りの豪華な椅子が十脚配置されている。
既にその内8脚は埋まり、2つは空席だ。
一人は欠席となるため、リッツェルネールが最後の来訪者であった。
それぞれ、立場によって就く位置が決まっている。現在空いているのは、当主の席とナンバー8の席だ。
だが彼は、迷わず当主の席を選ぶと周囲を見渡し――
「ビルバックがいないようだね」
第一声として、そう静かに発言した。
部屋からは失笑が漏れる。だが、リッツェルネールは余裕を見せたわけでも冗談を言った訳でもない。
確かに、自分を魔族領で殺そうとした男だ。だがここまで商国を維持してきた彼の手腕と業績はきちんと評価するところだった。
当人が納得するかどうかは別としても、正規の手段で引継ぎを済ませたかったのである。
彼の右に座るのは、眩い美貌を踊り子のきわどい衣装で包んだ女性。濃い褐色の肌に、切れ長の金色の瞳。そして艶やかな黒髪が、天井から灯された魔道の明かりで輝いている。
コンセシール商国ナンバー2、イェア・アンドルスフだ。
その右には、はちきれんばかりの筋肉を真っ赤なドレスで包んだ男。
商国ナンバー4。諜報機関を統括し、情報から宣伝までを全般を扱うフォースノー商家の当主、ケインブラ・フォースノーが座る。
今日のドレスはミニスカートで、胸元にはハート型の穴。そして紅の髪には白いユリの花が飾られている。
共に戦場を駆けぬけてきた仲だが、相変わらず理解が出来ない趣味だ。
だがそれ以上に、恐怖と憎悪を湛える紅蓮の瞳。
――あの一件以来、彼は想定以上に僕を恐れているな……。
もう太陽も殆ど沈みかかった頃、魔王相和義輝を乗せた魔人ファランティアは、魔族領――あの日に出発した海岸線に到着した。
行きと違い、帰りにかかった日数はほぼ20日。相当に急いでくれたのだろう。
「まおー……」
海岸に降り立った俺を出迎えたのは、魔人スースィリアだけだった。
「詳しい事を聞きたい。ゲルニッヒとヨーツケールはどうした?」
おそらく、スースィリアも記憶は受け取っている。だからここで聞いても良かったのかもしれない。
だが俺としては、やはり当事者から聞きたかった。事の顛末、その全てをだ。
「ゲルニッヒもヨーツケールも、ホテルで待っているのである。なのであるが、ヨーツケールは動けないのである」
「動けない?」
少し分からないが、とりあえず行くしかないだろう。
ホテルまでの5日間が長く、もどかしい。
次第に闇に包まれていく空を仰ぎながら、俺はスースィリアの頭の上へとよじ登った。
◇ ◇ ◇
碧色の祝福に守られし栄光暦218年4月39日、早朝。
リッツェルネールの乗る飛甲騎兵が、コンセシール商国の国境を越えた。第6次魔族領に参加して以来、28年と395日ぶりの祖国の地だ。
だが彼には、懐かしさに浸る時間も気持ちも無い。それよりも、これから行う事の方が遙に重要だったのだから。
飛甲騎兵の発着場に降り立った彼を迎えたのは、当主専用の装甲騎兵だ。
国家の色である鮮やかな青に白い流星のマーク。それに金の装飾が施されている。
リッツェルネールは勿論、前当主ビルバックの趣味でもないが、元々要人を出迎えるためにも使われるものだ。多少は派手であっても問題は無いだろう。
不安があったわけではないが、予定がきちんと進んでいる事に安心を感じる。
「お久しぶりでございます、リッツェルネール様」
装甲騎兵を降り出迎えたのは、身長170センチほどの男だった。
見た目は17歳ほどだろう。黒茶の短髪に覇気の強い緋色の瞳をし、服は商国の軍服だ。
襟についている階位章は8を示している。階級のあり方が地球の軍隊とは違うため一概には言えないが、かなりの高官と言って良い。
君主制の国では、将軍と呼ばれるクラスである。
「生きていたとは驚いたよ、ミックマインセ。君の件については、何の報告も受けていなかったものでね」
かつて炎と石獣の領域で、マリッカが所属していた部隊の隊長だ。
当然、その時の最高司令官であるリッツェルネールの部下という事になる。
だがあの戦い以来行方不明となっており、彼の下には一切消息は入ってこなかった。
「聞かれなかったため、答える必要も無いと判断いたしました」
美しく敬礼をしたのは、後ろに控えていたもう一人の人物。マリッカ・アンドルスフだ。
魔王を北限の海岸に降ろした後、そのまま直通で商国へと帰還していたのだった。
「酷い女でしょう? でも朗報です。彼女は今度、当主様の護衛武官となりました。お好きなように調教してやってください」
「御免被るね」
肩をすくめ苦笑しながら、リッツェルネールは装甲騎兵へと乗り込んだ。
コンセシール商国首都ヤハネバ。
金属ドームの建物が重なり合って並ぶ姿は、遠目に見れば極彩色のマッシュルーム畑にも見える。
建物の色は商家によって決まっているが、国家の色である鮮やかな青は、全て公共の建物だ。
その中の一つ。さほど大きくもない1階建のドームに、リッツェルネールら三人が入る。
だが、彼以外の二人は入り口までだ。その奥は、たとえ護衛といえども入ることは出来ない。
その扉の先は円形に部屋を囲む廊下があり、その先は当然円形の部屋だ。
さほど広くも無い部屋の中央には銀補強されたガラスのテーブルが配置され、その周囲には革張りの豪華な椅子が十脚配置されている。
既にその内8脚は埋まり、2つは空席だ。
一人は欠席となるため、リッツェルネールが最後の来訪者であった。
それぞれ、立場によって就く位置が決まっている。現在空いているのは、当主の席とナンバー8の席だ。
だが彼は、迷わず当主の席を選ぶと周囲を見渡し――
「ビルバックがいないようだね」
第一声として、そう静かに発言した。
部屋からは失笑が漏れる。だが、リッツェルネールは余裕を見せたわけでも冗談を言った訳でもない。
確かに、自分を魔族領で殺そうとした男だ。だがここまで商国を維持してきた彼の手腕と業績はきちんと評価するところだった。
当人が納得するかどうかは別としても、正規の手段で引継ぎを済ませたかったのである。
彼の右に座るのは、眩い美貌を踊り子のきわどい衣装で包んだ女性。濃い褐色の肌に、切れ長の金色の瞳。そして艶やかな黒髪が、天井から灯された魔道の明かりで輝いている。
コンセシール商国ナンバー2、イェア・アンドルスフだ。
その右には、はちきれんばかりの筋肉を真っ赤なドレスで包んだ男。
商国ナンバー4。諜報機関を統括し、情報から宣伝までを全般を扱うフォースノー商家の当主、ケインブラ・フォースノーが座る。
今日のドレスはミニスカートで、胸元にはハート型の穴。そして紅の髪には白いユリの花が飾られている。
共に戦場を駆けぬけてきた仲だが、相変わらず理解が出来ない趣味だ。
だがそれ以上に、恐怖と憎悪を湛える紅蓮の瞳。
――あの一件以来、彼は想定以上に僕を恐れているな……。
0
お気に入りに追加
71
あなたにおすすめの小説
神々の間では異世界転移がブームらしいです。
はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》
楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。
理由は『最近流行ってるから』
数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。
優しくて単純な少女の異世界冒険譚。
第2部 《精霊の紋章》
ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。
それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。
第3部 《交錯する戦場》
各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。
人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。
第4部 《新たなる神話》
戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。
連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。
それは、この世界で最も新しい神話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
無限に進化を続けて最強に至る
お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。
改稿したので、しばらくしたら消します
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語
Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。
チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。
その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。
さぁ、どん底から這い上がろうか
そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。
少年は英雄への道を歩き始めるのだった。
※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。
転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~
ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。
コイツは何かがおかしい。
本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。
目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ
ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。
間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。
多分不具合だとおもう。
召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。
そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます
◇
四巻が販売されました!
今日から四巻の範囲がレンタルとなります
書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます
追加場面もあります
よろしくお願いします!
一応191話で終わりとなります
最後まで見ていただきありがとうございました
コミカライズもスタートしています
毎月最初の金曜日に更新です
お楽しみください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる