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【 それぞれの未来 】
反抗準備 後編
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「現在動かせる戦力はこの様になっております」
ミューゼ参謀長の手渡した資料を確認する。
要塞軍の守備兵力を除くと、正規兵72万人に民兵220万人。
数だけならそれなりだが、浮遊式輸送板は2万枚程だ。機動戦力として数えられるのは、合わせて120万人といった所だろう。
正規兵の内22万人は騎馬ではあるが、人馬騎兵が走るだけで使い物にならなくなる可能性が高い。今回は、馬は要塞に置いて行くことになる。
そして機甲部隊として用意できたのは、装甲騎兵2千騎、飛甲機兵300騎となる。
――やはり足りねぇな……。
対するジェルケンブール軍は、正規兵100万人に民兵680万人。
大型浮遊式輸送板による機動戦に対応できる兵員は推定で100万人。要は、正規兵は全て高速浮遊部隊となる計算だ。
それに装甲騎兵が数百騎。近隣に展開中の飛甲騎兵は、推定で約200騎。
そして最大の難問である人馬騎兵。その数は40騎と推測されている。
人馬騎兵と歩兵との彼我戦力は測りようがない。一般兵士など、何万人集めても勝負にならないからだ。
だがこれまでの戦闘結果を基にすれば、正規兵がおおよそ20万人殺される間に1騎破壊できる計算となる。40騎が相手となれば用意すべき戦力は800万人となるが……。
「数が足りないのは仕方ねぇ。だが、これ以上は奴らを野放しには出来ん。連合王国の力を見せよ」
叫ぶでも怒鳴るでもない、カルターの静かな言。
それに合わせ、会議室にいた全員が一斉に立ち上がり敬礼する。
同時に響いたザッという軍靴の響きが反響する中、カルターは部隊編成を発表した。
出撃可能な72万人、それが全員投入される。更に装甲騎兵と飛甲機兵も全てだ。ここで余力を残す意味はない。
中央主戦力にカルター王率いる32万人。中央予備部隊8万人。
右翼主力部隊15万人。右翼予備部隊4万人。
左翼主力部隊8万人。左翼予備部隊3万人。
西側から東へと攻める為、左翼が北方、右翼が南方を進む事になる。
右翼軍が多いのは、健在するマリセルヌス王国軍と歩調を合わせる事で、第二の主力部隊として機能させるためだ。
左翼軍は、北方のディノソラス王国領から来る敵兵に対するものだが、もし来なければ遊撃部隊として機能する。
当然ながらどちらの軍も、役割としては中央軍に劣るものではない。
だが最も重要なのは、全軍を束ねる総司令部直属隊2万人。
数としては少ないが、もとより最前線で戦う部隊ではない。全軍の頭脳である。
本来であれば、それはカルター自身が行うのが通例であるが――
「俺は前線に出る。総司令はグレスノーム、お前がやれ」
カルターが将軍達の中から一人を指名すると、会議室にいた幕僚達からざわめきが起きる。
だが、一番狼狽したのはグレスノーム本人だろう。黒い瞳には、明らかな焦りの色が濃く映る。
「お、お待ちください。私ではなく、もっと別の方でよろしいでしょう。ここはティランド血族の者が率いるべきです!」
グレスノーム・サウルス将軍は、元々はティランド血族の出身だ。
だが病弱だったため、サウルス血族に養子に出された男。要は役立たずとして捨てられたのだ。
そしてここには、ティランド血族の将軍が多数控えている。
しかもただの将軍ではない。幾多のティランド血族の中でも、特に軍事的な才覚を示してきた王位継承権保持者たちだ。
彼等を差し置いて、自分が連合王国軍の指揮を執るなど、あってはならぬ事だった。
「お前が一番上手くやると思ったから任せた。他に異論が無ければ詳細配備を通達する。先ずはヘリアナ将軍……」
カルターが部隊編成表を読み上げている中、グレスノームの心を様々な思いが巡っていた。捨てられたことを嘆き、恨んだこともあった。そして、自分自身の弱さを呪った。
努力を重ねたが、今でも正直言えば弱い。だが、用兵術を学び、幾多の戦乱を経て将軍職にまで上り詰め、魔族領では共に戦い、生き延び、今こうして大役を任された。
彼の心にあるものは――自負。努力を認められたことを、何よりも嬉しく感じていた。
そんな感動に打ち震える弟を見ながら、兄であるリンバート将軍は、ふと部隊編成に疑問点を感じていた。
「陛下、民兵隊はいかがいたしますか?」
「補給、整備、設営に必要な分だけ連れて行く。他は要塞に待機だ」
カルターのその言葉は、先程よりも幕僚達を驚かせた。
民兵隊は、確かに一般市民だ。鎧はせいぜい革程度で武器も粗末な物が多い。
だがそれでも、魔道言葉を使える分、魔王である相和義輝が率いる蠢く死体よりも強いのだ。
それに戦いは数がものを言う。
どれ程優れた兵装があっても、使うのは生身の人間だ。戦い続ければ、疲労には勝てない。
たとえ捨て駒ではあっても、使い方次第では王すら倒す可能性だってある。
だが今回は、編成には組み込まれなかった。
その理由を、カルター自身も言葉にすることは難しい。
ただ、無駄に殺したくはない……そんな、曖昧な理由だったからだ。
こうして全軍の出撃計画が決まり、各員が支度に向かおうとした時だった。
「陛下、緊急電文が入っています。北部国境の街ラーンからです。最重要の案件だと……」
北部国境の街……ハルタール帝国への玄関口。そこから入る電文となれば、何処絡みかなどは今更聞く必要もない。
だがその内容は、誰一人として予想しないものであった。
「コンセシール商国”当主”、リッツェルネール・アルドライトが陛下に会見を申し込んできました」
会議室の将兵達が、拳を握りしめ歯をギリリと鳴らす。
彼らがこの世で最も殺したい人間……それは今戦争中のジェルケンブール王国人でも、それを統率するクライカ王でもない。
人馬騎兵を供与し、人類社会に放火し、ゼビア王国の内乱以来、裏で殺戮の糸を引いていたこの男なのだ。
そしてそれは、属国の一軍人と侮り、彼を放置していた自分達への怒りでもあった。
だがカルターはさほど興味がなさそうに――、
「今は忙しい。時間が出来たら会ってやると伝えろ」
――とだけ伝え、会議室を出て行った。
「か、畏まりました……」
その静かな態度の内に、渦巻くように滾る地獄の業火を感じながら、伝令は震えながら敬礼を返した。
ミューゼ参謀長の手渡した資料を確認する。
要塞軍の守備兵力を除くと、正規兵72万人に民兵220万人。
数だけならそれなりだが、浮遊式輸送板は2万枚程だ。機動戦力として数えられるのは、合わせて120万人といった所だろう。
正規兵の内22万人は騎馬ではあるが、人馬騎兵が走るだけで使い物にならなくなる可能性が高い。今回は、馬は要塞に置いて行くことになる。
そして機甲部隊として用意できたのは、装甲騎兵2千騎、飛甲機兵300騎となる。
――やはり足りねぇな……。
対するジェルケンブール軍は、正規兵100万人に民兵680万人。
大型浮遊式輸送板による機動戦に対応できる兵員は推定で100万人。要は、正規兵は全て高速浮遊部隊となる計算だ。
それに装甲騎兵が数百騎。近隣に展開中の飛甲騎兵は、推定で約200騎。
そして最大の難問である人馬騎兵。その数は40騎と推測されている。
人馬騎兵と歩兵との彼我戦力は測りようがない。一般兵士など、何万人集めても勝負にならないからだ。
だがこれまでの戦闘結果を基にすれば、正規兵がおおよそ20万人殺される間に1騎破壊できる計算となる。40騎が相手となれば用意すべき戦力は800万人となるが……。
「数が足りないのは仕方ねぇ。だが、これ以上は奴らを野放しには出来ん。連合王国の力を見せよ」
叫ぶでも怒鳴るでもない、カルターの静かな言。
それに合わせ、会議室にいた全員が一斉に立ち上がり敬礼する。
同時に響いたザッという軍靴の響きが反響する中、カルターは部隊編成を発表した。
出撃可能な72万人、それが全員投入される。更に装甲騎兵と飛甲機兵も全てだ。ここで余力を残す意味はない。
中央主戦力にカルター王率いる32万人。中央予備部隊8万人。
右翼主力部隊15万人。右翼予備部隊4万人。
左翼主力部隊8万人。左翼予備部隊3万人。
西側から東へと攻める為、左翼が北方、右翼が南方を進む事になる。
右翼軍が多いのは、健在するマリセルヌス王国軍と歩調を合わせる事で、第二の主力部隊として機能させるためだ。
左翼軍は、北方のディノソラス王国領から来る敵兵に対するものだが、もし来なければ遊撃部隊として機能する。
当然ながらどちらの軍も、役割としては中央軍に劣るものではない。
だが最も重要なのは、全軍を束ねる総司令部直属隊2万人。
数としては少ないが、もとより最前線で戦う部隊ではない。全軍の頭脳である。
本来であれば、それはカルター自身が行うのが通例であるが――
「俺は前線に出る。総司令はグレスノーム、お前がやれ」
カルターが将軍達の中から一人を指名すると、会議室にいた幕僚達からざわめきが起きる。
だが、一番狼狽したのはグレスノーム本人だろう。黒い瞳には、明らかな焦りの色が濃く映る。
「お、お待ちください。私ではなく、もっと別の方でよろしいでしょう。ここはティランド血族の者が率いるべきです!」
グレスノーム・サウルス将軍は、元々はティランド血族の出身だ。
だが病弱だったため、サウルス血族に養子に出された男。要は役立たずとして捨てられたのだ。
そしてここには、ティランド血族の将軍が多数控えている。
しかもただの将軍ではない。幾多のティランド血族の中でも、特に軍事的な才覚を示してきた王位継承権保持者たちだ。
彼等を差し置いて、自分が連合王国軍の指揮を執るなど、あってはならぬ事だった。
「お前が一番上手くやると思ったから任せた。他に異論が無ければ詳細配備を通達する。先ずはヘリアナ将軍……」
カルターが部隊編成表を読み上げている中、グレスノームの心を様々な思いが巡っていた。捨てられたことを嘆き、恨んだこともあった。そして、自分自身の弱さを呪った。
努力を重ねたが、今でも正直言えば弱い。だが、用兵術を学び、幾多の戦乱を経て将軍職にまで上り詰め、魔族領では共に戦い、生き延び、今こうして大役を任された。
彼の心にあるものは――自負。努力を認められたことを、何よりも嬉しく感じていた。
そんな感動に打ち震える弟を見ながら、兄であるリンバート将軍は、ふと部隊編成に疑問点を感じていた。
「陛下、民兵隊はいかがいたしますか?」
「補給、整備、設営に必要な分だけ連れて行く。他は要塞に待機だ」
カルターのその言葉は、先程よりも幕僚達を驚かせた。
民兵隊は、確かに一般市民だ。鎧はせいぜい革程度で武器も粗末な物が多い。
だがそれでも、魔道言葉を使える分、魔王である相和義輝が率いる蠢く死体よりも強いのだ。
それに戦いは数がものを言う。
どれ程優れた兵装があっても、使うのは生身の人間だ。戦い続ければ、疲労には勝てない。
たとえ捨て駒ではあっても、使い方次第では王すら倒す可能性だってある。
だが今回は、編成には組み込まれなかった。
その理由を、カルター自身も言葉にすることは難しい。
ただ、無駄に殺したくはない……そんな、曖昧な理由だったからだ。
こうして全軍の出撃計画が決まり、各員が支度に向かおうとした時だった。
「陛下、緊急電文が入っています。北部国境の街ラーンからです。最重要の案件だと……」
北部国境の街……ハルタール帝国への玄関口。そこから入る電文となれば、何処絡みかなどは今更聞く必要もない。
だがその内容は、誰一人として予想しないものであった。
「コンセシール商国”当主”、リッツェルネール・アルドライトが陛下に会見を申し込んできました」
会議室の将兵達が、拳を握りしめ歯をギリリと鳴らす。
彼らがこの世で最も殺したい人間……それは今戦争中のジェルケンブール王国人でも、それを統率するクライカ王でもない。
人馬騎兵を供与し、人類社会に放火し、ゼビア王国の内乱以来、裏で殺戮の糸を引いていたこの男なのだ。
そしてそれは、属国の一軍人と侮り、彼を放置していた自分達への怒りでもあった。
だがカルターはさほど興味がなさそうに――、
「今は忙しい。時間が出来たら会ってやると伝えろ」
――とだけ伝え、会議室を出て行った。
「か、畏まりました……」
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