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【 それぞれの未来 】

襲撃 前編

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 ルリアは平伏し、明らかにいつもと様子が違う。
 何も聞きたくない――本能が思考を停止させる。だが、聞かなければいけないのだ。

「…………何があった」

「ユニカ様が、お亡くなりになられました……し、死してお詫びを……」

 言葉の意味を吟味するのに、しばしの時間が必要だった。
 一体なぜ? 有り得ないだろ? 魔人が付いていたんだぞ!
 様々な言葉が浮かび、その全てを飲み込む。
 今すべきことは、決まっているのだから。

「オゼット」

「魔王様、ここに」

 音もなく現れるサキュバスのオゼット。既に事情は知っているのだろう、いつもの陽気な姿は見られない。

「オスピアに伝えてくれ。すぐに出立するとな。それと……」

「私はジャッセムを連れてきます。貴方は飛行騎兵に行っててください」

「分かった……エヴィア、行くぞ」

 俺自身気が付いていなかったが、砂糖の袋を廊下に落としてしまっていた。だがこの時、テルティルトは一言も発しなかった。


 建物を出て気付く。飛行騎兵は何処だ? 帰りに中庭を通った時には既に無かった。何処かへ移動したのだろう。
 だが、エヴィアがスタスタと先に行くので助かった。アンドルスフから場所は聞いていたのだろう。

 だが場所が遠い……すっかり日の暮れた夜の街を、イライラを募らせながら向かう。
 どうしてこうなったのだろう?
 状況が状況だ、魔人達も分かっていない。
 魔族に襲われたのか? それは考えられない。ずっとヨーツケールが一緒だったし、俺の子供が胎内にいる以上、何かしらの精霊が手を出したとも思えない。
 人間が攻め込んできていたのか? ならば、ルリアはそれを報告するはずだ。
 魔人が殺した? エヴィア達の様子を見る限り、それも無いだろう。これは俺に係わる事だ。魔人は勝手に手を出す事は無い。

 だが、そんな事をいくら考えても答えは出ない。
 いや、答えを知ってどうする? 何が変わる? 誰が救われる?

「くそっ!」

 握りしめた拳が痛い。
 魔力をサキュバスたちに与えていて良かった。今の俺に魔王の意志が強くあったら、きっとそこいらにいる人間を殺していたかもしれない。
 ドス黒い思考が行き場を求めて心の内を彷徨っていると、突然前方から眩しい光に照らされる。
 目を細めて見れば、見慣れた飛甲騎兵だ。どうやら、迎えに来たのだろう。
 すぐ脇に着地すると、操縦席のハッチが開きジャッセムが顔を出す。

「飛行許可は既に下りています。早く乗ってください!」

「分かった」

 しかし先に到着して迎えにまで来るとはね。
 考えてみれば、タクシーの様な移動手段があったのだろう。
 結局、人間世界の常識を学べるほどの滞在は出来なかったな。
 そんなことを考えながらも、俺は急いで飛甲騎兵に乗り込んだ。




 ◇     ◇     ◇




 ロキロアから飛び立つ飛甲騎兵を、見つめていた一人の男。

「やはり今夜のうちに出て行ったか。流石に抜け目がないな」

「この寒空に何を見ているんだい? さっさと閉めておくれよ」

 風呂上がりのリンダが、真っ裸のままリッツェルネールの前に現れる。
 ここは彼女が泊っている部屋。少し前に、彼が用事があると訪ねてきたため、急いで体を洗ってきたわけだが……。

「ああ、急ぎ通信を送ってください。コードはこちらの番号で。終わったら処分するようにね。全てが完了したら、寝てしまって構いませんよ」

 そう言って、彼はさっさと出て行ってしまった。
 相変わらず掴みどころのない、淡白な男だねえ……。
 そう思いながらも、通信機にコードを入力する。
 魔族領と違い、ここは人間世界――それも都市周辺は通信の中継基地が多い。わざわざ魔力を使わなくとも、指でなぞるだけで通信は完了だ。

 それにしても――彼の指示の殆どは、暗号化されたコードだ。
 誰に届くのかは分からない。そして、どんな意味を持つのかも不明。だが受信側に対応する命令があれば、それが実行される。

(いったい幾つの可能性を考えて、どれほどの対処法を用意しているのかねぇ……)

 まあ、下手に勘ぐっても仕方が無い。うかつに軍事機密に触ろうものなら、彼は容赦なく自分を処分するだろう。
 リンダはさっさとコードを打ち終えると、そのまま眠りについた。




 ◇     ◇     ◇




 暗闇を飛甲騎兵が切り裂いて行く。
 一体どのくらい飛んでいるのか。かなり長い時間にも感じるが、実際には精々2~3時間といった所か。
 確か、飛甲騎兵で最短距離を通っても2泊。そしてそこからはファランティアと長い航海だ。
 遠い……改めて、魔族領と人間世界の距離を思い知らされる。
 焦っても仕方が無い事は分かるが、思考ばかりが先行する。だが他にやることが無いのだから仕方がない。

 膝の上で抱きかかえているエヴィアも、張り付いているテルティルトも沈黙したままだ。何か話をしていた方が気は紛れるが、こんな時に何を話せばいいのやら。

 目を閉じ、ユニカの事を思い出す。結局俺は、彼女に何をしてあげられたのだろう。
 考えてみれば、何もしていない。本当に何もだ。
 一体、今まで何をしてきたのだろう。
 人類との和平、共存。立派なお題目だ。だが、目の前にいる一人の人間に対してすら、俺は真剣に向き合って来なかったのではないだろうか。
 腫れ物に触るように距離を置き、時間が解決するさと放置し、ある時は相手の気持ちも考えずに我を通そうとした。

 その挙句がこの結果だ。
 たった一人とさえ関係を築けないまま人類との共存? あまりにも空虚な言葉だ。
 あの時、リッツェルネールに「君には任せられない」と言われた。あれは、俺のこの薄っぺらい覚悟を見透かされたからだったのではないだろうか……。


 不意に騎体が急旋回し、突然の衝撃に体が潰される。

「な、なんだ!?」

「敵です! 騎影3!」

 マリッカが座る動力室の窓からは、後方から飛来する3騎の飛行騎兵が見えた。
 黄色い塗装に五角形に五本爪の紋章。円筒状の形で、左右には二枚づつのトンボの翅の様な翼刃、先端には鋭い衝角が付いている。

「あれはゼビア王国の騎体ですが……」

 備え付けのスピーカーから、ジャッセムとマリッカの声が聞こえてくる。
 こんな時に敵襲とか冗談じゃないな。大体、ゼビアって国の内乱は終わったって言っていなかったか?

「こうも早く手を打たれるとは思いませんでしたね」

「女帝と謁見した時に会ったんだってな。なら、あいつならやるだろうさ」

 相変わらず声だけは聞こえるが、正直それどころではない。
 騎体がめちゃくちゃに動き回り、そのたびに全身が引っ張られる。もうシートにしがみつくだけで精いっぱいだ。
 現在いまはまだ夜。足元の窓まで含めて真っ暗で、何が起きていのすら分からない。
 通話が出来ないのはやっぱり不便だ。

 そんな事を考えていると、ひょいとエヴィアが俺の肩越しに上半身を後ろにやる。
 同時にメキョリと金属が引き裂かれる音が響く。ああ、壊したなこれは。
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