この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR

ばたっちゅ

文字の大きさ
上 下
209 / 425
【 それぞれの未来 】

ユニカっぽいもの 後編

しおりを挟む
 二人の魔人が鋏の場所に戻った時、そこには誰もいなかった。
 ゲルニッヒは腕を体に巻き付け、微動だにしない。
 一方、ヨーツケールの鋏や足を覆っていた珊瑚質の外殻はバリバリと剥がれ、金属質の本来の姿が露になる。

 「ゴォアアアァァァァァァァ!」

 同時に耳をつんざくような叫び声が上がり、体は玉虫色に明滅する。
 ヨーツケールは、パニックを起こしていた。
 同時に跳ね、その場から消える。

 ――探さなければ。

 大地を蹴り、木の幹を蹴り、空を掛ける。

 ――ドコダ、ドコダ、ドコダ!




 一方で、ゲルニッヒは動けなかった。思考が巡り過ぎ、体を動かす余力が無かったのだ。
 魔人達にとって、魔王の家族とはトラウマの塊であった。

 初めてこの世界に召喚した、自分達と意思疎通が可能な存在――魔王。
 苦難の末、彼との意思疎通に成功した魔人達は、生き物という存在の知識を得た。
 そして共に研究し、管理し、いつしか魔王は、魔人を友と呼ぶようになった。




 「ガアアアァァァァァァァ!」

 針葉樹の森に、魔人ヨーツケールの叫びが響く。
 それは命令。この領域に住む全ての生き物たちに、ユニカの探索を命じていた。

 この世界の生物は、魔人の言葉に服従する。
 だがエヴィアの様にいい加減に命令すれば、常に本人たちの意思が優先される。これはエヴィアが適当なのではなく、魔人はいつも生命を持つ他者を尊重していたからだ。
 しかしヨーツケールは今、強制の命令――友である魔王、そして同じ種族である人間以外には決して逆らえない、命よりも優先する指示を出していた。
 その姿はもはや人に遠慮するいつもの姿ではなく、神格を現した魔神。
 体色は赤と黒が混じり合いながら流れ、輪郭はぼやけ、霞み、まるでこの世界と隔絶しつつあるかの様だ。
 もしユニカがその姿を見たならば、改めて彼らは自分達とは違う存在なのだと認識しただろう。




 その叫びを遠くに聞きながら、それでもゲルニッヒは動けなかった。
 今でも思い出す……初代人類を絶滅させた日の事を。これは、どれほど捨てようとしても捨てられない魔人の記憶。

 魔人は、理不尽な要求をし、身勝手にふるまう人類を持て余していた。だが同時に、彼らの傍若無人な振る舞いは魔人達の興味を惹き付けた。
 なぜそのように考えるのか? 我が儘わがままさえも、魔人達は楽しんだのだ。
 だが彼ら人類が魔王を打倒しようと蜂起した時、興味よりも危機感――自らの考えを優先させた。

 結果、魔王さえいれば問題ないとの結論に達し、魔王以外の人類全てを滅ぼした。そこには、魔王の家族も含まれていた。
 あの時の、魔王の憎悪の目は忘れない。初めての他人、初めての友……そして、初めてそれを失ったのだ。

 魔王の為に新たな人類を召喚し、新たな家庭も築かれた。だが、失ったものは帰っては来ない。
 魔王はもう、自分達を友と呼ぶ事は無かった。
 ただ最後に一つ、オスピアを……娘を頼むとだけ言い残し、彼はこの世から消える。自分たち魔人を置き去りにして…………。


 その後も魔人達は魔王のシステムを継続する事にした。
 もう生き物の知識は十分に蓄えられている。魔王無しでも世界は回るだろう。
 だが、最後の一人まで融合し意見を戦わせても、もう魔人は生命の絶滅に介入すべきでないと判断されたからだ。
 多くの反省を元に、魔王の力に耐えられるよう、より強く、より才覚溢れた人間を召喚した。
 だがことごとく上手くはいかなかった。
 いや、世界の管理自体に大きな問題はない。だが彼らはどれほど優れていても、魔人の友にはなれなかったのだ。

 そんな時、今の魔王が召喚された。
 魔人が選ぶ強靭な人間ではなく、先代魔王自身が選んだ人間。
 これまでの引継ぎ教育を改め、人間世界で生活させることも合意した。

「もしかしたら、新しい魔王はそのまま人間になってしまうかもね」

 先代魔王のその言葉は、魔人達を困惑させた。
 だが結果として、新たな魔王は魔人達を仲間と呼んだ。その時の感動がどれほどであったろうか。

 そんな中、魔人達の心に古の思い出が去来する。
 家族に囲まれ、幸せに包まれていた初代魔王。もう一度、あの環境を作りたい。今度こそ、魔王に……我らが友に、未来永劫の祝福を与えたい。
 魔人達の、魔王の家族を求める考えは日増しに強くなっていった。

 ――ナノニ、ナゼ。

 ゲルニッヒの思考は数万年に渡る記憶の海を彷徨い、肉体は石の様に動かない。
 だが感知する。高速で移動するモノを。
 それが何なのかを理解した瞬間、ゲルニッヒは全ての思考を止め動き出していた。




 ◇     ◇     ◇





「うっ、ぐうぅぅぅ……い、いだぁ……」

 ユニカが落ちた場所、そこは凍てつく世界だった。誤って、領域を越えてしまったのだ。
 高さは5メートルはあるだろうか、切り立った崖だ。
 腹から落ち、激痛が全身を巡る。股からは大量の出血が見てとれ、震えるように伸ばす手も殆ど動かすことは出来ない。

 ――なんでこんな事に……なっちゃったんだろう……。

 痛みと痺れで指一本すら動かない。視界が霞み、だが痛覚が気絶すら許さない。
 意識をお腹の子に向ける。だが――そこには何も感じない。

「ご、めん……ね……」

 どうしてあの時、逃げてしまったのだろう。なぜもっと考えなかったのだろう。何度も考え直したはずなのに、引き返さなかったのは何で?
 あの魔族達に殺されるから――それは嘘。そんな事がないってことは、ずっと分かっていた。彼らなら、笑いながら……呆れながら……絶対に許してくれる。そして、あたしの身を案じて叱るだろう。
 間違いない……そう言い切れる程に、彼らの優しさを知ってしまっているのだから。

 ――ああ、だからだ……。

 怖かったのだ。それを認めてしまう事が。
 百年以上、魔族を憎んで生きて来た。悪い事は全て魔族のせいだった。この世の悪、人類の敵。深く考える必要なんてなかった。
 だけど、ここに来て全てがくつがえってしまった。見ず知らずの相手に抱いていた憎しみなど、簡単に消え去ってしまう程の現実があった。
 だから今までの常識が、過去が、自分自身が――消えてしまうような気がしたのだ。

 ――あたしは、あたしから逃げたんだ……。

 体は動かせないが、もう痛みも無い。
 最後に神に祈ろうとして――可笑しくなる。
 いつも胸から下げていた聖印ホーリーシンボルが無い。いったい、いつから付けていなかったのだろう。頭では抵抗しながらも、心はとっくに認めていたのだ。

 ――ユニカっぽいもの……ああ、あの時すでに、心はもう定まっていたんだわ。

 もし生まれ変わることが出来るのなら、次は魔族に生まれよう。
 力なんて無くてもいい。賢く無くてもいい。小さな小さな、名も無き魔族。
 でも、もしも許されるのなら、あの人たちの近く……微かな温もりを感じられるところで、生きてゆきたい……。

 ふと、目の前で小さな花が揺れている。それはとても小さな、白い一輪の花。

 ――モフギ草……咲いたんだ…………でも小さな花。何十年もかけて……やっと咲いたのがこれなんてね……。

 だけど、その小さな花と自分の姿が重なる。
 そしてもう一人の姿も。
 名前に反し、乱暴でも残忍でもなかった。少し線の細い、優しそうな人。
 彼はいつも遠慮がちだった。でも、何とか打ち解けようと努力していた。だけど、結局受け入れることが出来なかった。それも全部、自分が愚かだったから。
 もし、もう一度会えたのなら……。

「……あ…………」

 ユニカは、最後に何を言おうとしていたのか。
 死の気配を察知したルリアと、それを追ったゲルニッヒが到着した時、それは母子ともに、冷たいむくろとなっていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

知識スキルで異世界らいふ

チョッキリ
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

無限に進化を続けて最強に至る

お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。 ※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。 改稿したので、しばらくしたら消します

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~

ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。 コイツは何かがおかしい。 本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。 目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

処理中です...