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【 それぞれの未来 】

追憶 前編

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 リッツェルネールが去った後、オスピアは彼の事を考えていた。
 野心も無く、明確な生きる意志も無い。だが才覚だけが一人で走っている。
 それはなぜか? 何のためか? 彼は言う、死者との約束だと。

 面白い事だ――オスピアは思う。
 財を持ち、才を持ち、そして今、権力を持つ男が、個人としては実のところ、何も欲してはいない。
 空虚くうきょな内にあるのは、ただ過ぎ去って行った者達が託した願い。
 それは、より幸せに生きたい、生きて欲しいという人類の希望。

 ――全てを捨てた先に辿り着いた答えが、人類の遥かなる未来とはの……。

 人類が思い描いた夢の未来を実現するためのシステム。彼は今、それになろうとしている。
 だが彼は知るまい。人々が生きる世界を守るために、人間を殺し続ける。そのシステムを、この世界では有史以来、魔王と呼ぶのだ。
 魔王リッツェルネール。彼が管理する世界は、果たして人類にとってより良い未来となるのだろうか……。


 そして、これから会う男の事を考える。
 現魔王、相和義輝あいわよしき。彼の事を聞いたのは、三百年ほど昔であったか……。
 この秘かな謁見の為の離宮。ここに、先代魔王ヘルマン・ルンドホームは度々遊びにやってきていた。正しく言えば人間界との意見交換だが、おおむねはオスピアやこの地に残った魔族達との語らいが主であった。

 そんなある日、彼が嬉しそうに尋ねて来た日を思い出す。丁度、壁の建設が終わって数年後の事だ。
 今と同じ形のテーブルが置かれ、その上で分厚い本を持った二足歩行のカエル――魔神イヤンカイクが、用意したパンを夢中で食べていた。

 先代魔王は伸ばしっぱなしの長い金髪を後ろで縛り、室内であるのに毛皮のロングコートを羽織ったままだ。濃いグレーのズボンのすそには擦り切れが見られ、革張りレザーの靴はすっかりくたびれてボロボロになっている。
 毎度変わらぬ、貧しい旅人を思わせる風体。この姿を見て、伝説の魔王だと判る人間はこの世におるまい。

 だがそう考えたオスピアもまた、膝下丈のロングTシャツの上から毛皮ファーまとっただけの軽装だ。
 もし第三者が見ても、人類と魔族との間で度々交わされる会合の席とは、到底思えないだろう。

 今回もまた、人間世界を旅した後でふらりと寄っただけ……そう思っていたが、今日の彼はいつもと少し様子が違っていた。
 実に楽しそうに――まるで探していた宝石を見つけたかのように、闇の様に深い碧色の瞳を輝かさせながら話し出した。

「ようやく見つけたよ、この世界に決着をつける男がね」

「ほう、そんな人間が産まれたか。それは重畳であるな。いや、お主に決着などと言われると、それなりに胸騒ぎもするが……して、何処の国に生まれたかの?」

「いや、まだこの世に誕生していないよ。これから三百年近くかかるかな」

「それは異な事を。予知とは、見た時点で変わるもの――そう言っていたではないか?」

「その通り。未来は確定しており、そこに揺らぎや不確定要素は無い。最初から最後まで、全ては過去の延長線上に繋がっているのだからね。だが、もし誰かがそれを視てしまったら、知る前と完全に同じ行動をすることは出来ない。その誤差は波のように周囲に波及し、先になればなるほど予知は違う結果になる」

「馬鹿々々しい話よ。それでは三百年も先の未来など、見た時点で消えているのではないかの。いや、それも妙であるな――まだ視えているのだろう?」

「そう。いくら視たところで、この結果は変わらない。なぜなら、その彼はこの世界でない。我々が干渉できない所に誕生するのだから」

「……なるほど、異世界か。確かに歴代魔王は、そんなこことは違う世界から召喚して来るのであるの。しかしそれは魔神だけの技であったはずであるが……会得したのかの!?」

 毎度の雑談と考え、足をプラプラさせながら聞いていたオスピアであったが、さすがにこの話には食いついた。

「正解だよ、オスピア。だがさすがに魔神の技だ。人の身で耐えられるようなものではないな」

 だがその言葉を聞き、オスピアの口から溜息が漏れる。

「それでは意味が無いの。今の世界は、お主が魔王であるから成り立っておる。お主が死に、今までの様な有象無象の魔王に変われば、この平穏も失われよう。しかし異世界からの召喚のう……まさかとは思うが?」

「ああ、召喚するつもりだよ。そして、魔王の座を彼に託すつもりだ」

「馬鹿を申すな!」

 バンッ! と大きな音を立て両手を机に叩きつけると、椅子の上に達が上がる。

「たった今、言ったばかりであろう。お主の言う通り壁を作り、こちらの領域もほぼ解除した。人と魔族の境界線は完成したばかりではないかの。わざわざ時間を戻すようなことをされてはたまらぬ!」

「僕の見立てが甘かった事は、素直に認めますよ。しかしここからどうやっても、最終的に人類は滅びるね。先延ばしにすることも出来るが、それは同時に選択肢を失っていくという事でもある」

「余裕のあるうちに手を打つと言う事かの? だがそれでは……」

「僕がこの世界に召喚されてから千年以上経った。最初の内は確かに色々あったが、今ではこの世界に生きる者として、色々と考えてきたつもりだ。だが……」

 オスピアは静かに着席し、続く言葉を待つ。
 しかし、もう結論は出ているのだろう……何を言っても無駄だ。そう諦めにも似た感情が、オスピアを支配した。
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