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【 それぞれの未来 】

謁見 リッツェルネール その3

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 人類が海を失うと同時に、リッツェルネールはゼビア王国を始めとした、反乱国家の全ての情報をハルタール帝国に売った。
 同時に、オスピアに一つの要請を願い出た。

「まさか商国の重鎮から、自らの輸出規制を要請するように頼まれるとは思わなかったの」

「ゼビア王国へ送る予定の人馬騎兵、あれをジェルケンブール王国に売る必要がありましたからね。予想通り、カルタ―王はこちらの思う通りに動いてくれましたよ」

 海に変調の兆しが見えた217年10月18日から、検閲が始まる218年1月17日の間に、230騎の人馬騎兵が部品のまま秘かに運ばれた。
 単純にジェルケンブール王国に売っただけでは、当然ゼビア王国との契約は破棄となってしまう。だがこの貿易封鎖によって、この横流しは発覚しなかった。
 しかもゼビア王国は敗れるが、契約は生きたままだ。今後、ゼビア王国はコンセシール商国に対して、契約不履行の違約金を払わねばならない。これだけでも、金銭的な利益は計り知れない額となるだろう。

「全ては計画通りに進みました」

「確かに、見事であったの」

 つまり、ゼビア王国が反旗を翻した217年10月31日。これより以前から、オスピアは内乱が起こる事、そしてその内容まで全てを把握していた。そしてその対処法までも。
 裏で糸を引いていたのはリッツェルネール。助言という形で反乱軍を誘導し、同時にオスピアを介して防衛隊の指示も行う。この内乱は、完全に彼の掌の上で踊らされていた形であったのだった。

「こちらも、随分と人口を削減できた。これで当分は国内も安定するであろう。最も、ティランドとジェルケンブールには迷惑だったがの」

 オスピアがこの提案を受けたのはそれが理由だった。
 海の利用は他の国に対して少ないが、それでも海と無関係ではいられない。
 およそ4割の食料は、東の大国であるジェルケンブール王国からの輸入に頼っていたのだ。
 それが停止したことは、国家の死活問題である。

 国民全員で備蓄を消費すれば、そう遠からず帝国は破綻する。
 食料が乏しくなったところから反乱の火の手が上がり、やがてその炎は全土を覆いつくすだろう。ならばいっその事、ここで大幅に人口を削減する事にしたのだ。
 全容を知れば、為政者としての冷酷な判断を非難する者も出るかもしれない。
 だがこの決定が、最も死者の数を減らし、なおかつ生存者の生活も圧迫しない方法だ。人道主義を捨て去れば、確かに最善手であることもまた、疑いようが無かった。

 一方で、ジェルケンブール王国もまた、全ての国がそうであるように追い詰められていた。
 海という巨大な食糧生産地を失い、隣に控えるのは軍事大国のティランド連合王国だ。
 もし魔族領遠征が成功してしまったら、その連合王国を相手に戦争しなければならない。いや、更にムーオス自由帝国とハルタール帝国までもが加わるのだ。

 だが、国土は連合王国の半分程度しかない。このまま弱体化すれば、最後には宗教を捨て領域をすべて解除するか、それとも勝ち目のない戦争に突入するか……どちらかを選ばねばならない。

 そこにもたらされた、人馬騎兵という強大な兵器。
 実用化されたばかりの新鋭機であり連合王国は保有していない。それどころか、まだ対策すら取られていない。
 だがこのまま第九次魔族領遠征が行われれば、間違いなく人馬騎兵も投入される。
 当然実戦の形で様々なデータが収拾され、対策法も色々と確立されてしまうだろう。
 東の大国ジェルケンブール王国としては、もうここで戦う以外に生きる道は残されていなかったのである。

 こうして東と中央、二つの大国は、リッツェルネールの思惑通り泥沼の戦争へと突入した。
 そして今も戦いは続いており、この瞬間にも兵士達は戦い、民間人の虐殺は続いている。

 これまでに億を超える人命が失われたが、ここまでに彼は一つも条約を犯さず、また契約不履行も行っていない。
 不義と言われるのはゼビア王国の情報をハルタール帝国に流した事くらいだが、それすらも、別に軍事顧問として雇われていたわけではない。商人が武器を売り、また情報を売った、ただそれだけに過ぎない。

 こうして自らは何一つ泥をかぶることなく、世界を業火に包み込んだ。
 自らに与えられた権限を最大限利用し、また時世を完全に読み切った結果だ。
 だが、もちろん一人だけの力ではない。
 この動きには、コンセシール商国の商家がいくつも関わっていた。
 その理由は、国家体制に対する不満である。

 当主であるビルバックは、連合王国に言われるがままに資金を提供し、物資を提供し、連合王国内の商社に出資した。
 それは、従属国としてはやむを得ないものであっただろう。
 だがその資金は、商人達が汗水流し働いて得た金だ。提供した物資は、昼夜問わず働いて作った物だ。そして他国に作った工場製品は、すぐに自分達の商売敵となる。
 各商家の忍耐にも限度があり、また生きる事にさほど価値を見出していない社会だ。こんな事ならいっそ、戦って散った方が良いと考えるのは自然な流れだった。

 当初の独立戦争を目論んでいたアーウィン商家、マインハーゼン商家、キスカ商家、ペルカイナ商家に加え、この頃にはナンバー9、外商総括ズーニック商家。ナンバー10、商工会元締めコルホナイツ商家も加わった。
 こうして、商国10家中6家がリッツェルネールに協力したのだった。

 だが一方で、情報漏洩じょうほうろうえいを抑えるために、商家同士は計画の全容は知らされていない。
 誰が味方で誰が敵か、各商家が互いに牽制している内に、コンセシール商国は既にリッツェルネールの掌中に収まっていた。


「お主がコンセシールの独立を目指していたのは知っておった。だが少し妙ではある。お主は、その様な事に拘泥こうでいする男には見えなんでな。それが利益に絡むとも思えぬ。博打に手を出す性格でもあるまい。ならばなぜかの? 他の商家の者にほだされたか? まさかのう」

わたくし自身としては、確かにさほど興味はありません。一応は商人ですので、どのような立場であろうとも構わないと思っています。ですが、共に戦った戦友たちの願いでもありますので」

「ほぉ? それこそ意外だの。お主に、そんな人間らしい心があるとは思わなんだ」

 人間らしい――そう言われても、自分では分からない。そんなものが、僕に残っているのだろうか……。

「いえ……死人には、違約金を支払って契約を反故ほごにすることが出来ませんので。ただそれだけですよ」

「そうか。やはり、面白い男よ。それで、あの両国の争いは何処まで燃やし続ける気かの? ティランド連合王国が滅びるまでか?」

「放置しても良いのですが……必要なら動きましょう。勿論もちろん、独立後の事ですが。とはいえ、特に口を出す必要もないかと存じます。なにせ、魔族領侵攻戦の期日は迫っていますからね。その辺りは、女帝陛下の方がお判りでしょう」

「魔族領侵攻戦か……それを分かった上で始めたのであろう? お主の真意は何処にある? 独立だけの為とは、到底思えぬの」

「そうですね――」

 お茶を一口含み、少しの間を置く。

「当然、魔族領侵攻戦の成功も目的に入っていますよ。その上で、両国の戦いが必要だったのです。より正確に言うのであれば、魔王を討伐した、その後の世界の為とも言えますね」

「……申してみよ」

「ハルタール帝国がそうであるように、どの国も今の人口を支えられるだけの食料はありません。こんな状況で魔族領へ兵を送った所で、満足に戦える状況にはなりません」
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