この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR

ばたっちゅ

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【 それぞれの未来 】

謁見 リッツェルネール その1

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 碧色の祝福に守られし栄光暦218年4月16日。
 リッツェルネールは、真っ白い廊下を歩いていた。
 廊下といってもアーチ状のトンネルで、高さは3メートル、幅も同じくらいだろう。
 長さは百メートルほどで、その先にはオスピア帝の待つ離宮がある。

 名称は白磁の間。その名の通り壁や床、そして天井にも強化白磁のタイルが張られ、白く淡く反射する光はどこか幻想的だ。
 歩くたびにカチン、カチンと固い音が廊下全体に反響する。まるで、来訪者をその奥に控える者に告げるように。

 入り口までは黒燕尾服の執事に案内されたが、この廊下を歩くのは一人。帯剣など、一斉の武器の持ち込みも禁止されている。
 奥の扉を開けたら完全武装の兵団が……などということは有り得ないが、謀略と裏切りの世界で生きてきたリッツェルネールとしては、それなりに緊張してしまう。

 ――オスピア帝か……。

 当然、事前に相手の情報は収集した。だが、実に謎の多い人物だ。産まれた年も不明、いつから帝位にあるのかも不明。付いた異名は”女帝”。過去の歴史を見れば、他の帝国に女帝が就いた事は珍しくはない。だが、実際に女帝という言葉が示すのは、いつの時代もオスピア帝ただ一人だ。

 本当は名を継いでいるだけで、時代毎に別人だという憶測もあった。だがそれは真実では無いだろう。
 女帝の戦闘記録は、様々な形で世に伝わっている。あんな特徴的な見た目で、同じ力を持つ怪物がそう何人もいてはたまらない。




 廊下の突き当りにあるのは粗末な木製の扉。そこには何の飾りも無ければ表札も無い。
 重要な謁見の場にはふさわしくない、まるで古民家の入り口のようだ。

 入る前に、リッツェルネールはこれまでの経緯を考えていた。
 今から28年前、第6次魔族領侵攻戦から、彼は魔族領での戦いに参加していた。
 その16年後、第7次魔族領侵攻戦の最中、コンセシール商国である一つの兵器が開発された。
 人馬騎兵である。

 キスカ・キスカによって開発されたこの大型兵器は、魔族領に多く見られた大型魔族に対する対抗兵器となるはずだった。
 だが商国内部の軍事勢力は、これを独立戦争に使おうと考えた。
 人馬騎兵と飛行騎兵、これにムーオス自由帝国が保有する特殊兵器を購入する事で、ティランド連合王国と戦えると踏んだのだ。

 当然、軍部の重鎮である彼の元にも話は来た。いや、より正確に言うのであれば、彼を主導者として担ごうとしたのだ。
 表に出る事を極力嫌う人間であったが、ナンバー1のアルドライト血族、そして”軍略の天才”の異名。神輿みこしとして担ぐに、十分な資格を有していると言えるだろう。

 提案したのはコンセシール商国ナンバー5、商家統括のアーウィン商家。ナンバー6、実働軍統括のマインハーゼン商家。ナンバー7、兵器開発部のキスカ商家。それにナンバー8、海運統括のペルカイナ商家だ。

 それぞれ国家に対する忠義などではない、明確な利害関係による結びつき。だがそれ故に、リッツェルネールはこの提案に乗り気であった。
 大義など、より強い力で叩けば簡単に砕けるガラスの様なものだ。曖昧で柔軟、だが欲で繋がった関係こそが、商人である彼にとっては信頼に足りた。
 それに商家同士は同じ国の同志ではあるが、同時に競合相手でもある。横の繋がりは希薄であり、その微妙な関係も、彼にとって都合の良いものだった。

 当時の情勢から、成功する可能性は五分五分と言った所だっただろう、
 その当時、魔族領侵攻戦の主力はティランド連合王国であった為だ。
 まさか属国の反乱程度で、人類の命題である魔王討伐軍を引き揚げたりはすまい。
 そして本国にいるのは、僅かな守備隊と民兵程度。しかもコンセール商国はその属国であり、この内乱に他国の介入はない。

 確率は決して高くは無いが、これだけのチャンスもまた滅多にない事は事実だ。
 それにメリオもまた、この計画に乗り気であった。
 だが一つだけ、この作戦には重要な問題があった。それは計画をギリギリまで秘匿するため、リッツェルネールが魔族領にいると思いこませる必要があったと言う事だ。
 その為には、情報士官であり副官であるメリオを魔族領に残し、活動を続けてもらう必要があった。
 誰もが大した問題ではないと思う中、彼は熟考の末に、この計画を凍結した。
 結局のところ、彼にとっての祖国独立とは、その程度の価値でしかなかったのだ。

 本来であれば、そのまま自分は魔族領で死ぬはずであった。そして独立への志は、次の誰かへと引き継がれるのだろう。そんな風に考えていた。
 だが……こうして生き残ってしまった。

 リッツェルネールはしばし考えた後ノックをし――、

「コンセシール商国、国防軍最高意思決定評議委員副委員長、リッツェルネール・アルドライトです」

 そう宣言して扉を開けた。


 中もまた、質素な造りであった。
 それなりの広さのある部屋で、奥には柔らかな日差しが差し込む3つの窓。そして飾りのない白いカーテンが窓の左右に畳まれている。左手にも窓があり、右手には赤々と炎を揺らす暖炉が一つと、その奥には入り口と同じような粗末な木の扉がある。

 中央には奥へと長いテーブルが置かれ、その上には白いカバーと陶器のポット、ティーカップ、そして、切った蒸し芋に砂糖をまぶした、この地域の菓子が置かれている。
 その奥に……オスピア帝が静かに座っていた。

 131センチの小さな体を白と金のドレスに包み、頭の上には美しいティアラを乗せている。
 威圧するような様子は無い。表情無く、ただ静かに座る少女。だがリッツェルネールは、そこから一歩を踏み出すのを躊躇ためらっった。
 嫌な汗が首筋を伝う。百何十年ぶりだろうか……恐怖を感じるのは。

「どうした、座るがよい」

「それでは、失礼いたします」

 目の前に置かれた粗末な椅子に腰を下ろす。
 座る事で、少しだけ緊張が解される。だが、この威圧感は何なのだろうか。
 目の前にいるのは、ほんの幼い子供に見える。だがそれは見た目だけだ。感じる空気、魔力、視線、それが先ほどから、うるさいくらいに警告を鳴らす――目の前にいる者が怪物であると。
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