この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR

ばたっちゅ

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【 それぞれの未来 】

氷壁

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「着きましたよ」

 そう言って、マリッカの入っていた部屋は広い場所だった。
 しかし中は広いだけで、10人程度の人影がチラホラ見えるだけだ。あまり重要そうな部屋には見えない。まあ、あまり重要な場所に連れて行かれても困るんだが。

「マリッカ・アンドルスフ、只今戻りました」

 彼女がピシっとした敬礼をした先には、二人の男性が座っていた。
 一人はとにかくデカい。上背は2メートルを優に超え、肩幅も広い。獅子の様な獰猛な顔立ちだが、威嚇するような空気は感じられない。金色の髪は短く刈り揃えてあるが、もし長かったら本当にライオンの鬣のように見えただろう。
 それにはっきりとした命の形を感じる。これは壁だろうか……氷壁、そんなイメージの人間だ。

 着ている軍服はコンセシールの物ではない。白に三本の緑ライン。中央の一本だけ、よく見ると淵に金彩が施されている。
 外で同じ模様の旗を何本か見た。おそらく、この国のマークなのだろう。

 もう一人は白スーツの男。
 上も下も、完全な白。ベストも白だが、中のシャツは鮮やかな青。そして襟元には三つの星に七流線。コンセシールの人間だろう。
 少し褐色の肌に白に近い、短く刈り揃えたグレーの髪。それに緋色の瞳と、俺的には見慣れぬ風体だ。だが顔立ちがあまりにも特徴が無い。モブ顔……道ですれ違っても、あまり気付かないような何処にでもいる顔。

 だが大きな特徴……それはこの部屋にいる人間には分からないだろう。いや、分かっていたのだとしたら、とんでもない事だと思う。
 彼は――魔族だ。

「ご苦労でしたね、座るといい。そこで茶でも飲んでしばし休みたまえ。こちらの話ももうすぐ終わるよ」

 白スーツの男に促され、マリッカが座る。エヴィアも座ったので、慌てて所在なく座る俺。
 こういう時、どんな行動を取ったらいいのか分からないが、あまり目立たないのが一番だろう。


「それで、コンセシールからの援助は期待していいのかな?」

「それは勿論もちろんですよ、マリクカンドルフ殿。我々は魔族領侵攻を全面的にバックアップします」

 おいおい、なんて物騒な席に座らせるんだ!?
 それに相手の名前、どこかで聞いた事がある。だが直接会った人間じゃないな。こんな人間を忘れるほど、多くの人物には会っていないわけで……。

「リアンヌの丘の最高司令官だった人間よ」

 衝撃の言葉を受け、飲んでいたお茶を吹きそうになる。
 幸い二人がこちらを気にしている様子は無いが、そんな人間の近くに座るとか冗談じゃないぞ。

「しかしティランド連合王国とジェルケンブール王国があの様子でして、当国としても色々と問題を抱えている状態なのですよ」

「それは解るさ。実際ハルタールも見ての通り、次の遠征に主軸を出す余裕はないだろう」

「マリクカンドルフ殿は出られるので?」

「オスピア女帝陛下に進言はする予定だ。リアンヌの丘での借りもある。あの戦いでは多くの人間を失った……俺の子供達も全員な。まだ血族は残っているが、俺の直系はいなくなってしまったよ。今度こそ魔王を殺さねば、もはや生きている意味はないさ」

 逃げたい……いや本気で。
 人を殺す事は覚悟していたが、やはりその遺族に会うのは胃が痛い。しかもあの戦いの司令官? 子供達は全員戦死!?
 彼の動作からは怒りの様な感情は伝わってこない。言葉も、詩を読む様に静かに語っている。だがその内に秘められた想いが、俺の心を痛いほどに締め付ける。

「私達コンセシール商国も、現在主力はここハルタール帝国にあります。可能な限り、貴国の助けになればと思っていますよ」

「契約なしで商人の言葉を鵜呑みにする気は無いが、それでも期待はするさ。人馬騎兵、まだ保有しているのだろう?」

「ええ、中央からの命があれば、いつでも魔族領へ送りましょう。ですが我が国を取り巻く状況が状況だけに……」

「ああ、判っている。俺からも中央に掛け合おう。いつまでも四大国の同士の戦争なんぞしてはいられないからな。それでは俺は失礼するが……」

 そう言い、立ち上がりながら猛獣を思わせるオレンジ色の瞳でこちらを見る。
 だが、ちょっと目を合わせるのは勘弁してもらいたい……。

「彼らは何者だね? 一人は軍属の様だが、他の二人は民間人か? 確かに商国の主力は移動したが、ここはまだ子供を連れてくる場所ではあるまい」

「彼女はマリッカ。あのアンドルスフ商家の人間ですよ。彼はその荷物持ち。女の子はその妹です。今回は、ちょっと見学させてあげようって事です」

「護衛武官のマリッカ・アンドルスフであります」

 起立し美しい敬礼をするマリッカ。こうしていると、いかにもな軍人に見える。

「ほお、コンセシール商国ナンバー2の血族か。俺はマリクカンドルフ。この街の防衛隊長をしている。よろしくな」

「はっ! こちらこそ、お見知りおきをお願いいたします」

 そして一方――

「エヴィアです……よろしくお願いします」

 こちらは座ったまま、上目遣いでおどおどと答えるエヴィア。
 こんな演技が出来るようになったのか! 成長の嬉しさで目頭が熱くなる。
 ……って、次は俺の番か。

「ヘルマン・ルンドホームです。ただ今マリッカ様にお仕えしております」

 果たしてこの言い方で正しいのだろうか? だが最下層の人間となっているのだから、合っていると思いたい。つか、こういった時の問答も用意しておいてくれよ!

「ふーむ、君とはどこかで会っているかね?」

「いいえ、私はこの国に来たのは初めてですし、戦いに出た事もありませんから」

 ――いや、思いっきり戦っているんですけどね。だがその節はお世話になりましたとは、口が裂けても言えないし……。

「そうか、まあいい。しかし良い面構えだ。それに纏う空気が他の人間とは違うな。なんと言うか、俺のよく知っている男に似ているよ」

「恐縮です。その方はどんなお人ですか?」

「人間としては面白味の無い男だったな。だが努力家ではあったし、長く生きていても、常に生きる気概に満ちていた。参謀であった奴の深い思慮には何度も助けられたし、それに個人としての戦闘技量は抜きんでた力があったよ。必ずや魔王を打倒する……誰もが魔王なんて伝説だと笑う中、あの男はずっとそう言っていた」

 もう……誰の事を言っているか察したような気がした。

「リアンヌの丘で戦死してしまったが、俺はきっと、あいつは魔王に一矢報いたと信じている。それだけの力と信念を持った男であった。ではな、君も励みたまえ」

 そう言うと、マリクカンドルフはその巨体を揺らしながら出ていたった。
 全身から嫌な汗が噴き出ている。本当に、生きた心地がしなかったぞとエヴィアとマリッカ、それに白スーツの魔族に目だけで文句を言う。
 それにしてもこの男、結構偉い立場のようだが何者だ?

「それでは君の報告も聞こう。そうだな、近くにいいレストランがある。そこへ行こうか」

「畏まりました」

 そう言ってマリッカは敬礼をするが、「それならここに来なくて良かったじゃん!」と、再び心の中で不平を漏らしたのだった。
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