この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR

ばたっちゅ

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【 それぞれの未来 】

泥沼の戦い

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 ティランド連合王国とジェルケンブール王国の戦いは、カルタ―がパーシェ要塞群に入った事で完全に泥沼の戦いへと突入していた。

 ジェルケンブール王国の国土は縦に長く、国境から首都までの距離は短い。要塞群に入ったティランド王国の本隊は、まさにそこへ突き付けた刃であったのだ。
 勿論、首都を失っても国家機能にさほどの支障はない。だが首都は国家の中央部に位置しており、そこが失われると言う事は国家が南北に分断されるという事だ。
 それだけは避けたいジェルケンブール王国としては、この地を突破させるわけにはいかなかった。

 結果、互いの最大戦力は睨み合ったまま戦線は膠着する。だが一方で、長い国境線では一進一退の混沌たる戦いが続いていた。
 互いに機動部隊による後方攪乱と、歩兵隊による面制圧。戦場となった町や村はたちまち灰塵と化し、勝者は更に奥へと進む。
 廃墟となった町には民兵隊が入るが、そこへ敗者の機動部隊が乱入し取り戻し、また奪われるの繰り返しだ。

 逃げない人間達による白兵戦での斬り合い。その壮絶さは、ある意味魔族達との戦いよりも凄惨だ。ぶつかり合った双方から弾ける赤色は、遠くから見れば、まるでペンキをかけあっているかの様にも見えた。
 町や村は燃え、橋や道路は見る間に死体で埋まる。川は堰き止められるほどに死体で溢れ、漂う死臭が鼻を衝く。
 だが虫や獣が群がる死体の山には一瞥もくれず、兵士達――いや、人類はただ生者を求め殺し合っていた。
 一体全体ではどれほどの人間が死んだのだろうか。
 だが、それを知る者はいない。ただそこに立ち、武器を振るうのみであった。




 ◇     ◇     ◇




 ジェルケンブール領、ハストラ村。
 元々人口千人にも満たない農村であったが、たった今、その人口も0になった。

 ユベント率いる装甲騎兵隊――死神の列は、ジェルケンブール王国軍の主力を避けながら敵領内深くで殺戮を行っていた。
 村の粗末なバリケードには百を超す死体がハリネズミの様に横たわり、民家の周辺にもまた、漆黒鎧の正規兵や民間人であった死体が転がっている。
 平和だった頃は、さぞ平和な農村だったのだろう。戦闘用の施設など無く、周囲に広がるのは一面の畑。それぞれの家の門には冬の安全を祈願する魔除けが飾られているが、それも今は赤く血で染まっていた。

「外の制圧は完了しました」

「残りは妊婦や子供くらいだろうが、用心しろよ。突撃!」

 粗末な建物に、完全武装した兵士達が突入する。この程度の村など、殲滅するのに1時間と掛からない。

 だが飛甲騎兵や人馬騎兵に見つかったら一巻の終わりだ。
 彼が指揮する装甲騎兵は優秀な機動兵器であり、また数を揃えられ、多数の兵員も運搬できる。相手が歩兵であれば、たとえどれ程の数だろうが恐れることは無い。
 だが一方で、飛甲騎兵や人馬騎兵相手にはまるで歯が立たない。速度も相手の方が上であり、見つかったら生贄を差し出して逃げるしかないのだ。

 兵士達が突入した民家からは悲鳴、怒声が上がるが、それも長くは続かなかった。直ぐに火の手が上がり、武装した兵士達は何事も無かったように外へと退去していく。
 入る前との違いと言えば、武器にも鎧にも真っ赤な血がこびりついているくらいだろう。
 他の民家も同様に火の手が上がり、煙は天を突き広がって行く。

「撤収準備、急げ! もう通信されている。すぐに飛甲騎兵が飛んで来るぞ!」

 彼らがしたことは、ただの一方的な殺戮だ。それこそ、大人も子供も関係なく皆殺しにした。
 だがユベントの心は痛まない。これは戦争なのだ。
 こんな風景は、見飽きるほどに見てきた。それこそ、日常と言って良いほどに。
 だがその中を走るベテランの兵士の一人の姿に、彼はふと違和感を覚えた。

「おい、ちょっと待て!」

「ハッ、何でしょうか?」

 重装甲の鎧を纏い、大斧を持った普通の兵士。屈強な体格と勇猛な性格で、ユベントの信頼篤い部隊長の一人だ。その姿にいつもと変わった所は無い。だが一つだけ――

「お前、何を泣いている?」

「えっ?」

 本人も気が付いていなかったのか、慌てて目に手をやる。その手には、確かに水滴が付いていた。

「何があった? 目をやられたのか?」

「いえ、何もありません。ちょっと子供の集団を処分してきただけで……いえ、大した抵抗もありませんでしたし、怪我もありません」

 そう言いながらも、斧を持つ兵士の手は震えていた。

 妙だな――ユベントは少し不安を感じていた。
 このところ、村などの小集落を襲撃しては移動するというゲリラ戦術を繰り返している。
 補給線の切断と後方攪乱。それは装甲騎兵隊の普通の任務であり、特別に変わったことはしていない。
 だが最近、民兵どもを殺した兵士達が不調を訴えることが多い。

 ――いったい、何が起きていやがるのか……。

 世界に溶け込む魔王の魔力。人間に対する蓄積された憎しみと憤り。
 だがそれ以上に大きな、相和義輝あいわよしきの人を守りたいという心。それは、極々僅かだが、人間社会の常識を蝕みつつあった。




 ◇     ◇     ◇




 ホテル幸せの白い庭。その広い庭には、魔人ヨーツケールとユニカがいた。

「それで本当に作れるの?」

「大丈夫だ、奥方。ヨーツケールには造作もない」


 そう言いながら、ヨーツケールは集めた木材を、鋏で器用に頭に中に収納していく。どこかが開いたりとかではない。エヴィアが魔王の腕を収納したように、水に沈むように入っていく。

「だからその奥方って言うのやめなさいよ! いったい何度言えばわかるの? 頭が良いように見えて、結構馬鹿よね」

 ユニカは少しお怒りだ。それもポーズではなく、実際に怒っている。目の前の蟹は、何度呼び名を注意しても変えるそぶりが無い。今までは流してきたが、二人っきりで奥方と呼ばれることには、いい加減嫌気がさしてきたのだ。

 ――あたしは、魔王にこの身を捧げたつもりは無いわよ……。

「だが他に適切な言葉を知らない。ヨーツケールの記憶には無い」

「それだけ話せるんだから、何かあるでしょ? 少しは知恵を絞りなさい」

「………………穴奴隷?」

「何でそう極端なのよ!」

 まるで爆竹のような怒りが飛び、ヨーツケールは迫力負けして一歩下がる。
 その様子を見ながら溜息を一つつくと――

「もう少しマシなのは無いの? もっとちゃんと考えなさいよ」

 ユニカはやれやれという感じで手をひらひらさせ、一方でヨーツケールはピクリとも動かない。互いの間にしばしの沈黙が流れ――

「奥方奴隷」

「変な造語作ってるんじゃないわよ! あーもうっ、ユニカで良いわよ」

「……穴方、魔族に名を呼ばれる事に、抵抗は感じないのか?」

「どんどん変な呼び名になって来るわね。まあ、エヴィアは普通にあたしをユニカって呼ぶわよ。それでいいとは思うけど……そうねぇ」

 ――確かに言われてみれば奇妙な関係よね……魔族に名前を呼ばれるなんて、今まで意識した事も無かったわ。

 顎に手を当て、視線を泳がせながら考える。だが、ではどうするかと言われても早々は思いつかない。
 とは言え、この呼び方が自分を気遣っての事だと言われてしまうと、何か変わりを提示しないと収まりが付かない。
 これといって良い案は浮かばなかったが、ふと頭の隅に閃きが走る。

「じゃあ、ユニカっぽいもので良いわよ。これからそうしましょう」

「フム、ユニカっぽいものか。了解した、ユニカっぽいものよ、これからはそう呼ぶとしよう」

 ――なんか連呼されると物凄く馬鹿っぽいわね……。

「それで、どのくらいで出来そうなの?」

 もう呼び名の話は良いだろう。そう思いこの話は打ち切った。
 どちらかと言えば、最初に頼んだ物の方が楽しみだったのだ。

「ユニカっぽいもの、それなら既に出来ている」

 そう言うと、頭から器用に出来上がった物を取り出す。
 それは職人が作ったように、しっかりと作られた木琴だった。しかも二段式の本格的なもの。ちゃんとマレットもついており、ユニカは飛び上がりそうな程に喜んだ。

「本当に作れるのね。あんたの頭の中って、どうなっているのよ」

 言いながらもマレットを受け取ると、ポンポンと小気味よく鳴らす。

「構造さえ知っていれば大概の物は作れる。だがヨーツケールはそれの使い方は知らない」

「慣れれば簡単よ。良いわ、聴かせてあげる。故郷の曲よ」

 そう言いながら、両手を器用に動かしながら旋律を奏でてゆく。
 その寂しくも美しい調べを、ヨーツケールはうっとりと聞いていた。
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