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【 それぞれの未来 】
勝利
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「作戦開始!」
高い少女の声が、ケールオイオン王国残党軍の陣に響く。
同時に62枚の飛甲板が、一斉に左翼部隊を攻撃している2騎の人馬騎兵へと猛進する。王国最後の精鋭1200人の特攻部隊だ。
その様子はジェルケンブール軍からも確認できたが、数があまりにも少なすぎて脅威には映らない。
だが、丁度手空きとなっていた人馬騎兵にとって、それ格好の獲物であった。
「こちら208。当方に迫る少数部隊を発見。雨で視界が取れないが、おそらくケールオイオンの隊だ」
「209からも確認。視界が悪く数がはっきりしない。だが多くて50枚前後。どういたしますか?」
「こちら206。209は少数部隊の確認と殲滅に当たれ。207、208は予定通りマリセルヌス軍に当たる」
「209了解」
通信を終え、一騎の人馬騎兵がケールオイオン王国軍へと対峙する。
雨でぬかるんだ足元のせいで操作はきついが、飛甲板程度なら恐れるに値しない。そう考えた彼の眼前に、予想もしなかった光景が広がっていた。
精鋭の突撃と共に、通信兵達が一斉に貝を振る。
「成功するでしょうか?」
兵士の一人が心配そうに彼らが新王に尋ねる。しかし ポレムはきっぱりと――
「するわよ。この土地は私たち血族が作ったの。どんな細かい地形だって、すべて把握しているわ」
彼女の言葉の終わらぬうちに、辺りは地響きに包まれる。
一瞬のそれが過ぎ去るや否や、今度は豪快な炸裂音と共に青い壁を戦場に出現させた。
湖を囲む巨大防塁。それを破壊したのだ。
溢れた水は津波の様に戦場を駆けぬけ、地上に落ちていた兵士達に襲い掛かった。
最初は青かった水の壁は、土を巻き込みながら一瞬で黒く染まる。
不気味なほど体の芯に響く、唸り声の様な音を響かせながら迫り来るその姿は、まるで巨大な怪物の様だ。
その前には敵も味方も無い。意思無き水の怪物は、地上に落ちた部隊を飲み込んでゆく。
虚を突かれたジェルケンブール兵士達は悲鳴を上げ逃げ惑う。だが一方で、マリセルヌス兵士達は笑みさえ浮かべながら濁流へと消えていった。
彼らは、自分の運命を知っていたのだ。そして、その後の結末も……。
中空を進む飛甲板は水深の分だけ浮き上がるだけだが、徒歩の人馬騎兵もまた、濁流に足を取られてしまっていた。
水深は3メートル程度。人馬騎兵の高さなら、馬の足の膝丈程度だ。だがここのは一面の田畑。柔らかな土は泥のようになり、千トンを優に超える巨体は勝手に更に深くまで沈んでしまう。
「クソ! こちら209、足を取られて動けない」
「こちらも同じだ。移動不能!」
「落ち着け! 外部ハッチのロックを確認しろ。中に入られなければどうという事は無い。水が過ぎるのを待て! 奴らめ、どうせ奪われるのなら自滅しようって魂胆か!」
人馬騎兵たちは、左右の武器をでたらめに振り回しながら水が過ぎるのを待つ。だがその背後から、旧式の装甲騎兵が半ば水に沈みながら接近しつつあった。
「これ以上の接近は武器が届いてしまいます。行けそうですか?」
「十分でございます。それでは……」
操縦士の言葉に応えた男。身長は179センチ。濃い褐色の肌の上には、灰色の軍服に朱色の革のジャケットを纏う。インナーには濃紺のレオタードを着ているが、男性が着るのは決して珍しくはない。これはサイアナなどが使う魔力増幅器だ。
短く揃えた黒い髪に、知的な色を滲ませる黄色の瞳が、装甲騎兵の司令塔から人馬騎兵を睨めつける。
キルター・キャスタスマイゼン。エンバリ―と同じ魔導士の血族。
以前は中央人事局副局長を務めていたが、魔王が壁を越えた責により失脚。以後はこうして兵役に就いていた。
彼が使う魔法は、風の刃――、
見た目には何の変化も無い。だが、人馬騎兵の後ろ足が畳まれ地に落ちる。
「なんだ!? 後部、連絡しろ! エルゼア、聞こえているのか!?」
209号騎の操縦士が叫ぶ。だが返事が来るどころか、今度は前足まで動力を失い畳まれてしまう。
「こちら209、トラブル発――」
その最後の言葉を残し、209号騎の操縦士は操縦席を自らの血で真っ赤に染めて絶命していた。
操縦席で発生したカマイタチによってズタズタに切り裂かれていたのだ。
魔法には手元で発生させ打ち出す投射型と、座標を指定して発生させる出現型がある。
前者は簡単だが、人馬騎兵の装甲には通じない。一方後者は扱いが非常に難しい。人間には、3次元の座標を正確に把握する能力が無いからだ。オスピアや魔族でもない限り、数百メートル離れた場所に正確に発生させることは難しい。
だが、ここまで近づけばそれも可能だ。
魔法の前ではどのような重装甲も通じない。魔族領で飛行騎兵などの機械化部隊の使用が限定的になる所以であり、同時に魔族が恐れられる理由でもあった。
「ここは完了です。急ぎましょう、水が引くまでに残り3騎を倒さねば、我らは全滅ですからね」
「了解した。本部、こちら装甲騎兵ギュンテル。対象の1騎を撃破。作戦を継続する」
戦闘中にその報告を聞いたロイは、この戦いの勝利を確信した。
碧色の祝福に守られし栄光暦218年4月1日。この日ティランド連合王国は、開戦以来初めてとなる勝利を収める事に成功したのだった。
高い少女の声が、ケールオイオン王国残党軍の陣に響く。
同時に62枚の飛甲板が、一斉に左翼部隊を攻撃している2騎の人馬騎兵へと猛進する。王国最後の精鋭1200人の特攻部隊だ。
その様子はジェルケンブール軍からも確認できたが、数があまりにも少なすぎて脅威には映らない。
だが、丁度手空きとなっていた人馬騎兵にとって、それ格好の獲物であった。
「こちら208。当方に迫る少数部隊を発見。雨で視界が取れないが、おそらくケールオイオンの隊だ」
「209からも確認。視界が悪く数がはっきりしない。だが多くて50枚前後。どういたしますか?」
「こちら206。209は少数部隊の確認と殲滅に当たれ。207、208は予定通りマリセルヌス軍に当たる」
「209了解」
通信を終え、一騎の人馬騎兵がケールオイオン王国軍へと対峙する。
雨でぬかるんだ足元のせいで操作はきついが、飛甲板程度なら恐れるに値しない。そう考えた彼の眼前に、予想もしなかった光景が広がっていた。
精鋭の突撃と共に、通信兵達が一斉に貝を振る。
「成功するでしょうか?」
兵士の一人が心配そうに彼らが新王に尋ねる。しかし ポレムはきっぱりと――
「するわよ。この土地は私たち血族が作ったの。どんな細かい地形だって、すべて把握しているわ」
彼女の言葉の終わらぬうちに、辺りは地響きに包まれる。
一瞬のそれが過ぎ去るや否や、今度は豪快な炸裂音と共に青い壁を戦場に出現させた。
湖を囲む巨大防塁。それを破壊したのだ。
溢れた水は津波の様に戦場を駆けぬけ、地上に落ちていた兵士達に襲い掛かった。
最初は青かった水の壁は、土を巻き込みながら一瞬で黒く染まる。
不気味なほど体の芯に響く、唸り声の様な音を響かせながら迫り来るその姿は、まるで巨大な怪物の様だ。
その前には敵も味方も無い。意思無き水の怪物は、地上に落ちた部隊を飲み込んでゆく。
虚を突かれたジェルケンブール兵士達は悲鳴を上げ逃げ惑う。だが一方で、マリセルヌス兵士達は笑みさえ浮かべながら濁流へと消えていった。
彼らは、自分の運命を知っていたのだ。そして、その後の結末も……。
中空を進む飛甲板は水深の分だけ浮き上がるだけだが、徒歩の人馬騎兵もまた、濁流に足を取られてしまっていた。
水深は3メートル程度。人馬騎兵の高さなら、馬の足の膝丈程度だ。だがここのは一面の田畑。柔らかな土は泥のようになり、千トンを優に超える巨体は勝手に更に深くまで沈んでしまう。
「クソ! こちら209、足を取られて動けない」
「こちらも同じだ。移動不能!」
「落ち着け! 外部ハッチのロックを確認しろ。中に入られなければどうという事は無い。水が過ぎるのを待て! 奴らめ、どうせ奪われるのなら自滅しようって魂胆か!」
人馬騎兵たちは、左右の武器をでたらめに振り回しながら水が過ぎるのを待つ。だがその背後から、旧式の装甲騎兵が半ば水に沈みながら接近しつつあった。
「これ以上の接近は武器が届いてしまいます。行けそうですか?」
「十分でございます。それでは……」
操縦士の言葉に応えた男。身長は179センチ。濃い褐色の肌の上には、灰色の軍服に朱色の革のジャケットを纏う。インナーには濃紺のレオタードを着ているが、男性が着るのは決して珍しくはない。これはサイアナなどが使う魔力増幅器だ。
短く揃えた黒い髪に、知的な色を滲ませる黄色の瞳が、装甲騎兵の司令塔から人馬騎兵を睨めつける。
キルター・キャスタスマイゼン。エンバリ―と同じ魔導士の血族。
以前は中央人事局副局長を務めていたが、魔王が壁を越えた責により失脚。以後はこうして兵役に就いていた。
彼が使う魔法は、風の刃――、
見た目には何の変化も無い。だが、人馬騎兵の後ろ足が畳まれ地に落ちる。
「なんだ!? 後部、連絡しろ! エルゼア、聞こえているのか!?」
209号騎の操縦士が叫ぶ。だが返事が来るどころか、今度は前足まで動力を失い畳まれてしまう。
「こちら209、トラブル発――」
その最後の言葉を残し、209号騎の操縦士は操縦席を自らの血で真っ赤に染めて絶命していた。
操縦席で発生したカマイタチによってズタズタに切り裂かれていたのだ。
魔法には手元で発生させ打ち出す投射型と、座標を指定して発生させる出現型がある。
前者は簡単だが、人馬騎兵の装甲には通じない。一方後者は扱いが非常に難しい。人間には、3次元の座標を正確に把握する能力が無いからだ。オスピアや魔族でもない限り、数百メートル離れた場所に正確に発生させることは難しい。
だが、ここまで近づけばそれも可能だ。
魔法の前ではどのような重装甲も通じない。魔族領で飛行騎兵などの機械化部隊の使用が限定的になる所以であり、同時に魔族が恐れられる理由でもあった。
「ここは完了です。急ぎましょう、水が引くまでに残り3騎を倒さねば、我らは全滅ですからね」
「了解した。本部、こちら装甲騎兵ギュンテル。対象の1騎を撃破。作戦を継続する」
戦闘中にその報告を聞いたロイは、この戦いの勝利を確信した。
碧色の祝福に守られし栄光暦218年4月1日。この日ティランド連合王国は、開戦以来初めてとなる勝利を収める事に成功したのだった。
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