179 / 425
【 それぞれの未来 】
雨中の激闘 後編
しおりを挟む
天に雷鳴が響き、地には激しい雨が降りしきる。
両軍互いに譲らぬも、マリセルヌス王国軍の優勢は明らかだった。
ジェルケンブール王国軍が弱い訳ではない。だが、やはり軍事一辺倒の国を相手では分が悪い。地の利が無い上に、雨による視界の悪さがそれに拍車をかけた事も災いした。
「奴の足を抑――」
配下に命令を出していた漆黒鎧の指揮官が、ロイの一撃を受け首から上が吹き飛ばされる。
もはや元の色なのか血の色なのかも分からないほど真っ赤に染まった重甲鎧は、ジェルケンブール兵にとっては魔族にも等しかった。
しかも場は乱戦になっており、敵の数も状況も未だに把握できていない状況だ。ロイの果敢な突撃が、それを確認する時間的な余裕を与えていなかったのだった。
だが遠くから、大地を響かせる重低音の地響きが届く。その音はジェルケンブールの兵士達に光明と余裕を与え、逆にマリセルヌスの兵士達には雷光で撃たれたかのような動揺が走る。
「陛下!」
「分かっている! やはり出してくるか」
雨を切り裂き猛進する三体の巨兵。靄がかかったような視界の中、それは黒く巨大な死神のように映る。
ジェルケンブール王国の人馬騎兵だ。
戦場に落雷のような轟音が響くと同時に、1枚の浮遊式輸送板が潰れ地面に叩きつけられる。巨大な長柄戦斧による一撃。その一振りで、戦況は一変した。
人馬騎兵と浮遊式輸送板の全長はさほど変わらない。むしろ幅で見れば浮遊式輸送板の方が上だ。だが高さが違う、装甲が違う、速さが違う。そして何より戦闘力では別次元の差があった。
歩兵の上陸による斬り合いではなく、ただの一発。それだけで、悠々と浮遊式輸送板を無力化できる。彼らにとってフワフワ進む浮遊式輸送板など、宙に浮いたビニールプールでしかないのだ。
「マリセルヌス軍を蹴散らせ!」
人馬騎兵隊に強襲された右翼軍は、瞬く間に崩壊した。
指揮をしていたゲルトール将軍の重甲鎧はランスの一撃で穿たれ、その死骸は戦場に高々と掲げられた。
残った残存部隊もまた、軽々と墜とされ屍を晒してゆく。懸命の応戦も、巨兵の前では無力だ。
「陛下、右翼に人馬騎兵が――」
「分かっている!」
部下の報告を遮って、襲い掛かるジェルケンブール兵を粉砕する。その棘付メイスの一撃は、地面である大型浮遊式輸送板の天板を凹ませるほど。まだまだ魔力には余裕があるが、戦闘開始から既に4時間。通常の人間であれば、重甲鎧の稼働は限界に近い。
その魔力切れに期待し、或いは人馬騎兵の援護で士気を高め、漆黒の兵士達は怯むことなくロイ王に殺到した。
◇ ◇ ◇
アヴァンダ湖畔からも、その戦闘の様子は見えた。大雨で距離も遠く色合いだけでしか大勢は分からないが、人馬騎兵の姿は十分に確認できる。
「ご決断を……」
全身鎧を纏った兵士の一人がポレムに進言する。
「決断など、とうに出来ているわ」
絞り出すようなか細い声。だが芯の通ったその声には、臆してる様子は微塵も無かった。
ただ待っていたのだった。
◇ ◇ ◇
右翼軍はゲルトール将軍を失ってもまだ潰走はしていなかった。ただ陣形は崩壊し、倍近い数を相手にもはや成す術はない。
その様子を確認した人馬騎兵隊は、1機を残し、残る2騎がアスターゼン将軍率いる左翼軍へと移動を開始する。
「こりゃダメだな。一応、ワイヤーも試してみるか」
全身真紅の全身鎧に三日月の飾りを付けた兜を被った男。アスターゼン・ハイルドは、迫る人馬騎兵を相手にしながらも落ち着いていた。
勝算があるわけではない。単に、死んだら死んだで良いやと思っていた程度である。だが、その前にやれることは全て済ませておく主義であった。
遺品となるものは整理して出かけた。血族に別れも済ませた。ロイに苦言も呈した。そして今、二枚の浮遊式輸送板が人馬騎兵の左右に散る。
間に張られたのは太さ5センチのワイヤーロープ。重機を使い、この為に必死で設置した物だった……のだが――
――ブチンッ!
足に引っかかったワイヤーは、何の抵抗も与えることなく易々と千切れ飛ぶ。
「コンセシールが使ったって聞いたが、やっぱりダメだな」
商国の飛行騎兵が出来たのは、複数、そして上空からの多種な角度、それに空中制御の柔軟性があっての事だ。単に足元に引いたワイヤーでは、5センチどころか10センチでもたいして変わりはない。
「全員敵浮遊式輸送板に乗り込め! ここでアレに殺されるよりはマシだ。各員、訓練の成果を見せろよ!」
アスターゼンは愛用の両刃斧を掴むと、圧倒的多数が待つジェルケンブールの浮遊式輸送板へと乗り移った。
中央のロイ王の本隊は、敵に完全に囲まれる形ながら奮戦している。
右翼軍は風前の灯火であるが、左翼では多くの味方が敵浮遊式輸送板の上で乱戦を始めている。
この状態であれば、暫くは人馬騎兵は遊兵化する。だが――
「陛下! 4騎目が現れました!」
その漆黒の人馬騎兵は、突入中のロイの部隊の背後から現れた。まだ到着にはわずかの猶予があるが、あれに背後から切り込まれたら中央に斬り込んだ本隊は完全に袋のネズミとなってしまう。しかし、ロイ王に焦りは見られない。
「やっと4騎目がお出ましか。確か、この周辺で確認されている人馬騎兵は4騎のみだったな」
「飛行騎兵からの偵察によれば、その様です」
「ならば良し。あいつは臆病で小さいが、それでもやるべき事を投げ出したりはしないさ」
両軍互いに譲らぬも、マリセルヌス王国軍の優勢は明らかだった。
ジェルケンブール王国軍が弱い訳ではない。だが、やはり軍事一辺倒の国を相手では分が悪い。地の利が無い上に、雨による視界の悪さがそれに拍車をかけた事も災いした。
「奴の足を抑――」
配下に命令を出していた漆黒鎧の指揮官が、ロイの一撃を受け首から上が吹き飛ばされる。
もはや元の色なのか血の色なのかも分からないほど真っ赤に染まった重甲鎧は、ジェルケンブール兵にとっては魔族にも等しかった。
しかも場は乱戦になっており、敵の数も状況も未だに把握できていない状況だ。ロイの果敢な突撃が、それを確認する時間的な余裕を与えていなかったのだった。
だが遠くから、大地を響かせる重低音の地響きが届く。その音はジェルケンブールの兵士達に光明と余裕を与え、逆にマリセルヌスの兵士達には雷光で撃たれたかのような動揺が走る。
「陛下!」
「分かっている! やはり出してくるか」
雨を切り裂き猛進する三体の巨兵。靄がかかったような視界の中、それは黒く巨大な死神のように映る。
ジェルケンブール王国の人馬騎兵だ。
戦場に落雷のような轟音が響くと同時に、1枚の浮遊式輸送板が潰れ地面に叩きつけられる。巨大な長柄戦斧による一撃。その一振りで、戦況は一変した。
人馬騎兵と浮遊式輸送板の全長はさほど変わらない。むしろ幅で見れば浮遊式輸送板の方が上だ。だが高さが違う、装甲が違う、速さが違う。そして何より戦闘力では別次元の差があった。
歩兵の上陸による斬り合いではなく、ただの一発。それだけで、悠々と浮遊式輸送板を無力化できる。彼らにとってフワフワ進む浮遊式輸送板など、宙に浮いたビニールプールでしかないのだ。
「マリセルヌス軍を蹴散らせ!」
人馬騎兵隊に強襲された右翼軍は、瞬く間に崩壊した。
指揮をしていたゲルトール将軍の重甲鎧はランスの一撃で穿たれ、その死骸は戦場に高々と掲げられた。
残った残存部隊もまた、軽々と墜とされ屍を晒してゆく。懸命の応戦も、巨兵の前では無力だ。
「陛下、右翼に人馬騎兵が――」
「分かっている!」
部下の報告を遮って、襲い掛かるジェルケンブール兵を粉砕する。その棘付メイスの一撃は、地面である大型浮遊式輸送板の天板を凹ませるほど。まだまだ魔力には余裕があるが、戦闘開始から既に4時間。通常の人間であれば、重甲鎧の稼働は限界に近い。
その魔力切れに期待し、或いは人馬騎兵の援護で士気を高め、漆黒の兵士達は怯むことなくロイ王に殺到した。
◇ ◇ ◇
アヴァンダ湖畔からも、その戦闘の様子は見えた。大雨で距離も遠く色合いだけでしか大勢は分からないが、人馬騎兵の姿は十分に確認できる。
「ご決断を……」
全身鎧を纏った兵士の一人がポレムに進言する。
「決断など、とうに出来ているわ」
絞り出すようなか細い声。だが芯の通ったその声には、臆してる様子は微塵も無かった。
ただ待っていたのだった。
◇ ◇ ◇
右翼軍はゲルトール将軍を失ってもまだ潰走はしていなかった。ただ陣形は崩壊し、倍近い数を相手にもはや成す術はない。
その様子を確認した人馬騎兵隊は、1機を残し、残る2騎がアスターゼン将軍率いる左翼軍へと移動を開始する。
「こりゃダメだな。一応、ワイヤーも試してみるか」
全身真紅の全身鎧に三日月の飾りを付けた兜を被った男。アスターゼン・ハイルドは、迫る人馬騎兵を相手にしながらも落ち着いていた。
勝算があるわけではない。単に、死んだら死んだで良いやと思っていた程度である。だが、その前にやれることは全て済ませておく主義であった。
遺品となるものは整理して出かけた。血族に別れも済ませた。ロイに苦言も呈した。そして今、二枚の浮遊式輸送板が人馬騎兵の左右に散る。
間に張られたのは太さ5センチのワイヤーロープ。重機を使い、この為に必死で設置した物だった……のだが――
――ブチンッ!
足に引っかかったワイヤーは、何の抵抗も与えることなく易々と千切れ飛ぶ。
「コンセシールが使ったって聞いたが、やっぱりダメだな」
商国の飛行騎兵が出来たのは、複数、そして上空からの多種な角度、それに空中制御の柔軟性があっての事だ。単に足元に引いたワイヤーでは、5センチどころか10センチでもたいして変わりはない。
「全員敵浮遊式輸送板に乗り込め! ここでアレに殺されるよりはマシだ。各員、訓練の成果を見せろよ!」
アスターゼンは愛用の両刃斧を掴むと、圧倒的多数が待つジェルケンブールの浮遊式輸送板へと乗り移った。
中央のロイ王の本隊は、敵に完全に囲まれる形ながら奮戦している。
右翼軍は風前の灯火であるが、左翼では多くの味方が敵浮遊式輸送板の上で乱戦を始めている。
この状態であれば、暫くは人馬騎兵は遊兵化する。だが――
「陛下! 4騎目が現れました!」
その漆黒の人馬騎兵は、突入中のロイの部隊の背後から現れた。まだ到着にはわずかの猶予があるが、あれに背後から切り込まれたら中央に斬り込んだ本隊は完全に袋のネズミとなってしまう。しかし、ロイ王に焦りは見られない。
「やっと4騎目がお出ましか。確か、この周辺で確認されている人馬騎兵は4騎のみだったな」
「飛行騎兵からの偵察によれば、その様です」
「ならば良し。あいつは臆病で小さいが、それでもやるべき事を投げ出したりはしないさ」
0
お気に入りに追加
71
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
無限に進化を続けて最強に至る
お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。
改稿したので、しばらくしたら消します
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語
Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。
チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。
その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。
さぁ、どん底から這い上がろうか
そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。
少年は英雄への道を歩き始めるのだった。
※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。
転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~
ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。
コイツは何かがおかしい。
本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。
目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ
ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。
間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。
多分不具合だとおもう。
召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。
そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます
◇
四巻が販売されました!
今日から四巻の範囲がレンタルとなります
書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます
追加場面もあります
よろしくお願いします!
一応191話で終わりとなります
最後まで見ていただきありがとうございました
コミカライズもスタートしています
毎月最初の金曜日に更新です
お楽しみください!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生
野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。
普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。
そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。
そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる