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【 それぞれの未来 】
雨中の激闘 前編
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互いに射る無数の矢が、雨と共に双方の兵士を射抜く。
豪雨により効果が薄いとはいえ、全身鎧を纏えぬ魔力量の者にとっては脅威だ。
だが双方怯まない。特にマリセルヌス王国軍は、倍以上の数を相手に一切怯むことなく突進する。
「ロイだ! ロイが来たぞ!」
互いに金属音を響かせ激突する浮遊式輸送板の上から、ロイ王の重甲鎧が乗り移る。
「貴様ら! 生かしては帰さん!」
3メートルを超す巨大な棘付メイスの一振りで、二人のジェルケンブール兵士が虚空へと消える。大型浮遊式輸送板は1枚当たり40人前後の兵士を乗せている。
十分に余裕がある配置だが、3メートル級の重甲鎧が飛び込むと、一気に狭くなったように感じられてしまう。
いや、それは単純な大きさではない。ロイ王の迫力と勢いによるものだろう。
一歩踏み出すごとに血飛沫が跳ね上がり、得物の一振りで重装甲の兵士が弾け散る。漆黒の兵士達も応戦するが、剣も槍も、その紅蓮の装甲に傷一つ付けることは出来ない。
「怯むな! 奴とて魔神ではない! 所詮は人間だ!」
「囲んで押し包め!」
数で圧倒するジェルケンブール兵士は、次々とその周囲から乗り込み集結するが、ロイを止めることが出来ない。
たった一人の猛将が戦況を支える。近代的な集団戦になる程に個人の価値は下がっていくが、それを上回って余りある獰猛な力。彼の本分は本来は戦略面において発揮されるものだが、今の彼は獰猛な悪鬼そのものだった。
迫りくる漆黒の重甲鎧の斧を肩で受けると、返す棘付メイスで相手の上半身を一撃で吹き飛ばす。
足元で踏み潰された兵士は粘土細工のように潰れ、新たに迫る重甲鎧も頭を潰され浮遊式輸送板から転げ落ちて行く。
その間に友軍により操縦士と動力士が倒されると、大型浮遊式輸送板は制御を失いゆっくりと地面に着地した。
「さて、これで何枚目だったか」
「13枚目です、陛下。そろそろ一度ご休憩を! まだ我らが優勢です。ここでこれ以上の無理は!」
だが水晶の覗き穴から覗くロイの顔に疲労の色は無い。彼の身に滾る怒りが、
普段以上の魔力を引き出していた。
「俺の方は問題ない。それよりアスターゼンの右翼とゲルトールの左翼はどうなっている」
「両軍とも優勢です。地の利はこちらにありますからね」
「そうか、なら良い。このまま連戦だ! 続け!」
マリセルヌス王国軍は本隊であるロイ王の部隊が中央に突撃し、左右が両翼から包み込むような形状になっていた。
倍する相手を包囲できたのは、ジェルケンブール軍が不慣れな地域に警戒し密集していたからと、豪雨の為に速度を落としていたからだ。だが、両翼どちらが失われても、残る二軍は逆に包囲されてしまう。中央にいかに敵を集めるかが鍵であったのだ。
◇ ◇ ◇
その頃、アヴァンダ湖畔の防塁には、武装した一団が待機していた。
正規兵僅かに3千。民兵5千人。それに旧式の装甲騎兵に、更に旧式の飛行騎兵が一騎。
ケールオイオン王国の生き残りであった。
既に国土は蹂躙され首都も陥落し、生存者は全国民の2割残っているかどうか。
そして指揮をするのは一人の少女。
背は150センチギリギリ有るかどうか。左側だけ長く伸ばした歪な銀髪に金色の瞳。小さく薄い唇は横一文字に結ばれており、顔面は蒼白で白い肌をさらに白く見せている。
身に纏うのは薄手の鎖帷子。大人用の物を無理に着ているように見え、腰をベルトで止めているためワンピースの様にも見えた。
頭には鍋をひっくり返したような大きな兜。こちらもサイズがあっておらず、見た目以上に子供っぽく見せている。
現国王、ポレム・ハン・ケールオイオン。開戦時の王位継承権は107位。
僅か66歳の若輩だ。一応は兵役にも参加し、魔族領へ赴いた事もある。だが戦歴と言えば、補給任務に就いていた時に屍喰らいを発見し逃げ出したくらいである。
髪の右側は、その時掴まれて切った。以後、ゲン担ぎで左側だけは伸ばしていた。
王位継承順位など、誰かが功績を立てればホイホイ抜かれていく。とても自分が王位を継ぐなどとは、今日の今日まで考えた事も無かった。
だが、無情にも淡くピンク色に輝く双翼の護符。 ケールオイオン王族が持つ宝飾だ。それが輝くという事は、上位の106人は全員死んでしまったという事である。
今までピンクは好きな色だったが、もう生涯二度と見たくないと思えた。
暗雲垂れこめ、大きな雨粒が降る天を眺める。
――もう、ケールオイオン王家は終わりだわ……。
この世界では、力なき王家は内乱であっさりと滅ぶ。後は運が良くて奴隷だが、自分の様に何の力も実績も無い者がなれるとは思わない。奴隷として生かしてもらえるには、良質な血統や見た目、特殊技能など、何かしらの付加価値が必要なのだ。
ロイに戻ってきてもらえれば何とかなるかもしれないが、この状況では望み薄だ。彼はこの戦いが終われば、普通にマリセルヌス血族に入るだろう。
「陛下、支度が整いました。どうぞ装甲騎兵の中へ」
「そう……そのまま別名あるまで待機よ。わたしは良いわ……最後に、この景色を見ておきたいの」
「畏まりました」
遥か先まで広がる畑では浮遊式輸送板隊による血みどろの死闘が繰り広げられ、トラトの町からは黒煙が上がっている。
陛下などと呼ばれるのも、あと幾日だろうか。だが、ケールオイオン王国の王として、きちんと務めは果たさなければいけない。
痛いほどの雨に打たれながら、 ポレムはぼんやりと天を仰いでいた。
豪雨により効果が薄いとはいえ、全身鎧を纏えぬ魔力量の者にとっては脅威だ。
だが双方怯まない。特にマリセルヌス王国軍は、倍以上の数を相手に一切怯むことなく突進する。
「ロイだ! ロイが来たぞ!」
互いに金属音を響かせ激突する浮遊式輸送板の上から、ロイ王の重甲鎧が乗り移る。
「貴様ら! 生かしては帰さん!」
3メートルを超す巨大な棘付メイスの一振りで、二人のジェルケンブール兵士が虚空へと消える。大型浮遊式輸送板は1枚当たり40人前後の兵士を乗せている。
十分に余裕がある配置だが、3メートル級の重甲鎧が飛び込むと、一気に狭くなったように感じられてしまう。
いや、それは単純な大きさではない。ロイ王の迫力と勢いによるものだろう。
一歩踏み出すごとに血飛沫が跳ね上がり、得物の一振りで重装甲の兵士が弾け散る。漆黒の兵士達も応戦するが、剣も槍も、その紅蓮の装甲に傷一つ付けることは出来ない。
「怯むな! 奴とて魔神ではない! 所詮は人間だ!」
「囲んで押し包め!」
数で圧倒するジェルケンブール兵士は、次々とその周囲から乗り込み集結するが、ロイを止めることが出来ない。
たった一人の猛将が戦況を支える。近代的な集団戦になる程に個人の価値は下がっていくが、それを上回って余りある獰猛な力。彼の本分は本来は戦略面において発揮されるものだが、今の彼は獰猛な悪鬼そのものだった。
迫りくる漆黒の重甲鎧の斧を肩で受けると、返す棘付メイスで相手の上半身を一撃で吹き飛ばす。
足元で踏み潰された兵士は粘土細工のように潰れ、新たに迫る重甲鎧も頭を潰され浮遊式輸送板から転げ落ちて行く。
その間に友軍により操縦士と動力士が倒されると、大型浮遊式輸送板は制御を失いゆっくりと地面に着地した。
「さて、これで何枚目だったか」
「13枚目です、陛下。そろそろ一度ご休憩を! まだ我らが優勢です。ここでこれ以上の無理は!」
だが水晶の覗き穴から覗くロイの顔に疲労の色は無い。彼の身に滾る怒りが、
普段以上の魔力を引き出していた。
「俺の方は問題ない。それよりアスターゼンの右翼とゲルトールの左翼はどうなっている」
「両軍とも優勢です。地の利はこちらにありますからね」
「そうか、なら良い。このまま連戦だ! 続け!」
マリセルヌス王国軍は本隊であるロイ王の部隊が中央に突撃し、左右が両翼から包み込むような形状になっていた。
倍する相手を包囲できたのは、ジェルケンブール軍が不慣れな地域に警戒し密集していたからと、豪雨の為に速度を落としていたからだ。だが、両翼どちらが失われても、残る二軍は逆に包囲されてしまう。中央にいかに敵を集めるかが鍵であったのだ。
◇ ◇ ◇
その頃、アヴァンダ湖畔の防塁には、武装した一団が待機していた。
正規兵僅かに3千。民兵5千人。それに旧式の装甲騎兵に、更に旧式の飛行騎兵が一騎。
ケールオイオン王国の生き残りであった。
既に国土は蹂躙され首都も陥落し、生存者は全国民の2割残っているかどうか。
そして指揮をするのは一人の少女。
背は150センチギリギリ有るかどうか。左側だけ長く伸ばした歪な銀髪に金色の瞳。小さく薄い唇は横一文字に結ばれており、顔面は蒼白で白い肌をさらに白く見せている。
身に纏うのは薄手の鎖帷子。大人用の物を無理に着ているように見え、腰をベルトで止めているためワンピースの様にも見えた。
頭には鍋をひっくり返したような大きな兜。こちらもサイズがあっておらず、見た目以上に子供っぽく見せている。
現国王、ポレム・ハン・ケールオイオン。開戦時の王位継承権は107位。
僅か66歳の若輩だ。一応は兵役にも参加し、魔族領へ赴いた事もある。だが戦歴と言えば、補給任務に就いていた時に屍喰らいを発見し逃げ出したくらいである。
髪の右側は、その時掴まれて切った。以後、ゲン担ぎで左側だけは伸ばしていた。
王位継承順位など、誰かが功績を立てればホイホイ抜かれていく。とても自分が王位を継ぐなどとは、今日の今日まで考えた事も無かった。
だが、無情にも淡くピンク色に輝く双翼の護符。 ケールオイオン王族が持つ宝飾だ。それが輝くという事は、上位の106人は全員死んでしまったという事である。
今までピンクは好きな色だったが、もう生涯二度と見たくないと思えた。
暗雲垂れこめ、大きな雨粒が降る天を眺める。
――もう、ケールオイオン王家は終わりだわ……。
この世界では、力なき王家は内乱であっさりと滅ぶ。後は運が良くて奴隷だが、自分の様に何の力も実績も無い者がなれるとは思わない。奴隷として生かしてもらえるには、良質な血統や見た目、特殊技能など、何かしらの付加価値が必要なのだ。
ロイに戻ってきてもらえれば何とかなるかもしれないが、この状況では望み薄だ。彼はこの戦いが終われば、普通にマリセルヌス血族に入るだろう。
「陛下、支度が整いました。どうぞ装甲騎兵の中へ」
「そう……そのまま別名あるまで待機よ。わたしは良いわ……最後に、この景色を見ておきたいの」
「畏まりました」
遥か先まで広がる畑では浮遊式輸送板隊による血みどろの死闘が繰り広げられ、トラトの町からは黒煙が上がっている。
陛下などと呼ばれるのも、あと幾日だろうか。だが、ケールオイオン王国の王として、きちんと務めは果たさなければいけない。
痛いほどの雨に打たれながら、 ポレムはぼんやりと天を仰いでいた。
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