この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR

ばたっちゅ

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【 それぞれの未来 】

神はいない

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 ケールオイオン王国に所属するトラトの街。人口は4万人程度の中規模都市だが、ここは巨大な穀倉地帯として知られている。
 高くそびえるダムの様な防塁に囲まれたアヴァンダ湖。そしてそこを中心とした、放射状に広がる水路と広大な農地。
 きちんと区画整理された農園は、上空から見れば農地というより近代的な幾何学アートの様だ。

 湖に隣接するトラトの街は、張り巡らされた美しい水路を利用した観光地としても知られていた。
 街には金属ドームの近代的な建物もあるが、全体としては極僅か。多くの建物はレンガ造りの町並みで、昔ながらの風情ある情緒を伺わせる。だが、内部は近代的な設備が整い、明かりも冷暖房も整備されていた。

 規模はそれほど大きくはないが、牧歌的で美しく、また豊かな街。
 しかしその街を、滝のような雨が包んでいる。まるで大地が、周囲で燃え上がった炎を消そうとするかのように。
 轟音ともいえるような雨音と、それでも消える事の無い激しい業火。そんな街中を、武器を持った兵士達が亡霊の様に徘徊していた。

 既に市街の抵抗は殆どが沈黙していた。
 今は僅かな生き残りが、市庁舎等の金属ドームの建物に籠って最後の抵抗をしている程度だ。
 そんな中、狭い水路を小さな二人の子供達が、腰まで水に浸かりながら逃走中であった。
 一人は男の子、もう一人は女の子だ。幼い……まだ10歳そこそこだろうか。服は二人とも粗末な綿製品。ごく普通の市民だ。

「がんばれ! がんばれ! ここさえ越えれば、一度橋の下に出る。そうしたら少し休もう」

 男の子は女の子の手をしっかりと握り、励ましながら懸命に進んでいく。
 ここは普段はくるぶしが浸かるまでしか水深がない。いざという時に、逃走するルートとして用意された偽装水路だ。
 だが今日に限って降った大雨の為に、水深はいつもよりもずっと深くなっている。小さな子供達では進むことは困難だ。
 しかし、足の速いみんなは先に行ってしまった。もう自分達だけで頑張るしかない。

 幸い、ここは他とは孤立したダミーの水路。水深はあっても流れはほとんどない。それに大雨のせいで、湖から水を引くための水門は閉じられている。もし開いていたら、あふれた水はこの水路にまで流れ込んできただろう。
 だが大雨と腰まで浸かった水で体は冷え、体力をじりじりと奪っていく。まだようやく春の風が感じる頃。しかも油絵の具の雲に覆われたこの世界では、春はまだ寒い季節。だけど橋の下まで行けば、そこからは地下通路を使える。後は町の外まで――

 ザブンッ――だが、それは水音を立て橋の下から現れた。
 全身を負う漆黒の鎧には、斜めに走る水色の卍継のマーク。ジェルケンブール王国軍の兵士だ。長剣には雨でも洗い流せない程に血と脂がこびりつき、面壁の奥の瞳は生者の色をしていない。

「逃げろ! 早く!」

 男の子は女の子を後ろに庇い、逃げるように促す。だが二人とも、恐怖で足が動かない。
 力ない子供の必死の抵抗。両手を広げ、女の子を守る。だが、ジェルケンブールの兵士が水を掻き分け迫る。

 ――神様……!

 だが、この世に慈悲深き神などいない。弱者を守る英雄ヒーローもここにはいない。何の抵抗も無く、あまりにもあっけなく、一刀の下に男の子は肩から股まで真っ二つに切り裂かれた。
 水路の水は一瞬にして真っ赤に染まり、内臓がぷかりと浮いて女の子の元へと流れて行く。

「うわああぁぁぁ! おにいちゃん! おにいちゃぁん! わあああああー!」

 女の子は沈んでしまった男の子の半身を必死で持ち上げるが、無情にもその前まで兵士が迫る。
 兵士の瞳に映るもの。それは人ではなく、斬れば血が出るだけの――ただの肉。

 幼き兄妹を屠った兵士達は、無言で足を進め生者を探す。抵抗するものは斬り、命乞いをするものを突き、赤子を潰し、全ての敵を殲滅する。
 彼等だけではない。全ての兵士達、そしてこの街の人間も、幼き兄妹の親も、かつてはそうやって殺し、生き抜いてきた人間達だ。慣れてはいる……だが人を殺す毎に、心は凍り、魂は死んでいく。

 彼らは飢えた野盗ではない。略奪などは行わない。ただ粛々と……静かに殺していく。
 街には多数の死体、そして切断された腕や首が転がり、雨水と共に流れゆく血が、かつて美しかった町の石畳を染める。
 激しく降りしきる雨の中、死体を踏みしめ進む兵士達の姿は、まるで幽鬼の群れであるかの様だった。




 ◇     ◇     ◇




 ”逃避行”ロイ・ハン・ケールオイオンは、その郊外で戦っていた。
 トラトの街は、かつて彼が生まれ育った場所だ。友と遊び、学び、淡い恋をし、子を成し、育み、そしてその子や孫が暮らす町。だが今、その町は侵略者の手により陥落した。
 大雨にも関わらず街から立ち昇る黒煙を見ながら、何人が生き残っているだろうかと考える……だが感傷にふけることは出来ない。

「突撃だ! 奴等を生かして返すな!」

 いつもの洒落た軍服ではない。普段垣間見せる、おどけた様子もない。
 深紅の塗装に大流星の紋章を付けた重甲鎧ギガントアーマーを纏い、頭部には尖角、両手にはそれぞれ棘付メイスモーニングスターを構える。
 浮遊式輸送板に乗って疾走する彼の眼前には、ジェルケンブールの大型浮遊式輸送板が映っていた。

 双方共に浮遊式輸送板。マリセルヌス王国軍浮遊式輸送板1200枚、兵員約3万人。対するジェルケンブール王国軍は、大型浮遊式輸送板1600枚、兵員約6万人。
 普段の移動であれば倍の人数を積めるが、今回は機動戦だ。互いに速度を維持できる限界までに抑え、相手の浮遊式輸送板にぶつけ、飛び移る。

 浮遊式輸送板同士の戦いは、相手の操縦士か動力士の2名を倒せば実質的な勝利となる。当時相和義輝あいわよしきにその目的は分からなかったが、操縦席と動力席が窪んでいるのは飛び道具対策だ。互いに矢を撃ち合いながら接近し、接舷したら乗り込んでの白兵戦となる。その戦いぶりはまるで、海賊船の戦いだ。

 互いに射る無数の矢が、雨と共に双方の兵士を射抜く。
 豪雨により効果が薄いとはいえ、全身鎧フルプレートを纏えぬ魔力量の者にとっては脅威だ。
 だが双方怯まない。特にマリセルヌス王国軍は、倍以上の数を相手に一切怯むことなく突進する。
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