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【 それぞれの未来 】

海中の旅路

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 その頃、相和義輝あいわよしきは海中の景色に感動していた。
 魔人ファランティアの中は明るく、また外も硝子の様に透けて見える。他に見えるものは真っ赤なクッションとエヴィアとテルティルト。
 クッションはどうやら魔人の一部ではないらしい。因みにテルティルトはそこで丸くなって気持ち良さそうにくつろいでいる。
 当然俺は真っ裸……もう慣れたが、人間世界での行動が心配で堪らないぞ。

 航行しているのは比較的浅い部分、それも海岸に近い場所だ。外の明るさもあって、海の中は実に良く見えた。
 下にはぎっしりと赤や緑、黄色の珊瑚が密集し、その中には数多くのカラフルな魚が群れを成して泳いでいる。その鮮やかで美しい景色は、今までの苦労を忘れさせるほどに幻想的な光景だった。

「凄く綺麗で、それに魚もいっぱいいる。海の中はかなり豊かなんだな。エヴィア、あれは食べられるのか?」

 見た目の美しさもそうだが、どうしても食い気の方も刺激されてしまう。

「あれは美味しいかな。甘みとコク? そんな感じだよ」

「アカメクサフグです。魔王が摂取した場合、約15分で死に至ります」

「おーまーえーはー!」

 エヴィアの両のほっぺたを、ぎゅうぎゅうと引っ張る。

「魔王の口には合わないかな? それに魔王なら、食べる時に危険かは判るよ」

「合う合わないの話ではないわ! 人間と生活したいなら、ちゃんとそういったことも覚えないとだめだぞ。相手に毒を食わせちゃダメだろ?」

 言われたエヴィアはぽかーんと口を開け、まるで感心したかのような顔をしている。本当に表情豊かになったと思うが、中身はまだまだだな。

 因みに食事はファランティアが捕まえて切ってくれている。内側からは透明な体に取り込み、目の前で卸し切り分ける。まるで全自動調理器だ。そんなわけで刺身しか食べられないが、魚や海老、貝など種類も豊かで意外と飽きがこない。
 トイレの時だけ浮上しなければいけないのが難点だが、そこは仕方が無い。ここで出すわけにもいかないしな。

 夜はもっぱら俺が住んでいた世界の話で盛り上がった。
 魔人達は知識を欲する。それぞれ求める知識によって生き方は変えているが、異世界の話はどの魔人も興味津々だ。
 楽しい時間はあっという間に過ぎていくが、ふと話題が途切れると、不安の影が頭をよぎる。やはり人間の世界に行くのは少し怖い。死ぬのが怖いのではなく、失敗が怖いのだ。

 そんなことを考えていると、ふいにファランティアが話しかけてくる。

「魔王よ、言っておくべきことがあります。もし貴方が死んだ場合、我々は人間を死滅させるでしょう」

 突然の宣言だが、魔人が時や言葉を選ばないのは毎度の事だ。
 それにいきなり飛び出す物騒な物言いも、さすがにもう慣れてきた。ここはそういった世界なのだ。

「どうしてそんな結論になっているんだ?」

「魔王が失われれば、今の管理システムが機能しなくなるからです。そして、新しいシステムを構築するまでの間に、人間以外の殆どの生き物が死滅すると思われます」

「その元凶は……言うまでも無く人間という訳だな」

「その通りです。そして魔王が今考えたことも分かります。実際に出来るか、ですね」

「そうだ、人間は強いぞ。昔は分からないが、今は世界の殆どを支配しているし、技術もかなり進歩している。口でいう程に簡単じゃないだろう?」

「勿論そうです。ですが、たとえ千年万年と掛かろうとも、我等は達成するでしょう。もしかしたら、人が勝つかもしれません。ですが、その時はその時でしょう」

 また随分と達観したことを……。
 しかしどうだろうか……俺が死ねば太陽が現れ、人類は今まで以上に発展するだろう。だが時間を気にしないなら、海という安全地帯を持つ魔人が有利だ。
 ゲルニッヒがかつて行った黒骨病。人間の命は軽い、それは十分に分かっている。となれば、医療が発展しているとは思えない。
 魔人達が一斉に病を蔓延させたら、それに抗うことは出来ないだろう。
 だがそれよりも、気になったのは別の方だ。

「ユニカも殺すのか?」

 エヴィアを見ながら聞いてみる。

「エヴィアはユニカを守るかな。でも他の魔人は殺そうとするかもしれないね」

「そういえば魔人の喧嘩とか見たことが無いな。そういった時はどうするんだ?」

「互いの記憶を交換して考えを纏めるかな。どうしても纏まらなかった時は、一人の魔人になって結論を出すよ」

 ……なるほどね。確かにそうすれば喧嘩しなくても確実に結論が出るな。
 しかしそうか、俺が死んだら魔人と人類の全面戦争に発展するのか。神々の戦いラグナロク――そんな言葉が頭に浮かぶ。それが始まってしまったら、もはや人類に平穏は訪れないだろう。
 だが抵抗も激しいものになる。魔人以外の魔族……生き物は滅んでしまうかもしれないな。

 だがやはり、最終的に勝つのは魔人だろう。
 いや、勝つと言ったらおかしいな。残るのは魔人だけ……また大昔の、分裂した自分しかいない寂しい世界に戻るのだ。これを勝利とは言えないだろう。
 再びシステムを構築して異世界召喚を可能にするには、果たしてどれほどの歳月を要するのか……。

「しかし……それは俺にとってだけのプレッシャーだなー」

 頭を掻きながら考える。
 俺が死んだらお前ら滅ぶぞ! なんて人類に言ったところで、笑い返されるのがオチだろう。この話に現実感を持つのは、魔人を知っている俺くらいだ。
 ――胃が痛くなる。

 ――ぷすー。

 そんなことを考えていると、テルティルトはクッションに埋まって寝息を立てていた。
 こういった話はあまり好きではないらしい。
 エヴィアも、そろそろこの話は終わりとばかりに好奇心で満ちた瞳で見つめてくる。

「仕方が無い……じゃあ今度は、産業革命からの歴史について話してやろう」
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