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【 それぞれの未来 】
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碧色の祝福に守られし栄光暦218年3月31日。
この日、ティランド王国本隊は戦闘の準備を整えた。
開戦から僅か18日。これは軍事国家だからこそ出来る異例の速さだった。
ジェルケンブール王国が閣議から開戦までの準備期間は48日。だがこれは、閣議の段階である程度の戦支度が整っていた状態であったからだ。全くのゼロから戦支度をするには、通常の国でも1か月。大国ともなれば数か月かかるのが普通だ。
だがその速さを以てしても、人馬騎兵を中心とした機甲部隊に対しては後手を踏んだ。
開戦からここまで僅か18日間。これだけで国境に面していた11中、7つの国家は壊滅。さらに奥へと侵攻を許している場所もある。抵抗している国も”まだ陥落していない”レベルであり、数日もすれば消滅するだろう。
ここまでの戦闘での死者は数千万人。殆どが民間人だ。
人馬騎兵の突破力もそうだが、大陸を横断しての魔族領遠征を可能にした輸送力……十万を超える大型浮遊式輸送板による大規模展開力が問題だった。
百人以上の兵員を搭載し、地形を無視して移動する。速度は時速40キロ程と他国に比べて遅いが、それでも十分な機動力だ。
それにより、数百万を超える兵員が1日で数百キロを移動するのである。この兵軍の展開力は、間違いなく四大国随一と言って良い。
首都ノヴェルドに参集した部隊は正規兵士120万人。民兵隊も動員しているが、こちらは足が遅いため随時先行している。
ティランド王国は第八次魔族領遠征で主力を務めたために、国家全体の装備は大幅に減っていた。
それでも百万を超える数を用意できるのは、連合王国盟主としての意地だ。
現在カルターは、そこで出撃先を決めるための軍議の最中であったのだが……。
「200騎か……」
さすがに、その数相手では軍議も捗らない。どこへ出撃し何処に布陣するか、その決断一つで国家の命運が左右されてしまう。そして誰も、実際に人馬騎兵を知らないというのも難点だった。
運用法が確立していないのと同時に、また対処法も確立していない。脅威は知っているが、ではどのようにして対抗するかがまるで解らないのだ。
現在各地で出現した人馬騎兵は88騎。内9騎の破壊には成功したが、貴重な飛甲騎兵や魔術師の多くを失った結果だ。しかも、まだ100騎以上が後方に控えている公算となる。
更に悪い事に、破壊といっても粉々に粉砕した訳ではないし、尚且つその戦場で勝利した訳でもない。
結局回収され、修理されるか部品取りに使われるだろう。実質的に戦力外に出来たのは、せいぜい1騎か2騎程度か……。
量産機相手にそんな戦いを繰り返していては、最終的にはジリ貧だ。
後方の所属国家も援軍も向かっているが、各戦線の惨状は想定を大きく超えていた。
普通に戦えば、ティランド連合王国に対抗できるのは南のムーオス自由帝国くらいなものだ。だが今回はまともではない。今までの人間同士の戦争での常識が通用しない。
「随分と厄介なものを開発したものですね。それにしても本当に200騎もあるのでしょうか? これでは魔族を相手にしているようなものです。戦争の常識自体が変わりますよ」
幕僚の一人、グレスノーム・サウルス将軍が返答する。
通常鎧と鎖帷子を組み合わせた赤紫色の全身鎧を纏い、濃い栗色の髪の上には兜は乗せていない。今はテーブルの上に置かれている為だ。
「魔族を相手にしているようなもの……か」
カルターはオスピアとの会見を思い出していた。
以前は、壁を挟んで一方的に魔族を駆除していると錯覚していた。今までの魔族は領域から出てこなかったのだから、それで良かったのだ。
だが、相手からすればそれは戦争だ。そして今、魔王を中心に魔族は領域を超え始めた。
もし壁を越えてきたら? その時は、200騎の人馬騎兵どころの騒ぎではない。
だが今は、そんな未来の事を考えている程の余裕はない。
「連中の貿易のデータは情報部が精査中だ。いずれ答えは出るだろう。それで、参謀部は何と言っている?」
「パーシェ要塞群にて迎撃するのが最善となっています」
応えたのは、少し低い女性の声だ。
背は177センチと長身で、肩幅も男性と比べて遜色はない。男性と変わらない黒の軍服をキリっと着こなし、直立不動で報告をする姿からは生粋の武人を思わせる。
鼻筋がよく通り、少し吊り上がった紺の瞳。深紅の髪を肩まで伸ばしているが、手入れの様子はあまり見られない。
普段はもっと短くしているが、最近切るのが面倒で放置していた結果だ。
ミューゼ・ハイン・ノヴェルド・ティランド。カルタ―の7番目の娘であり、またゴツイ見かけによらず参謀長を務めている。
別に戦闘が苦手なわけではない。単に、実戦指揮や白兵戦より考えることが得意だったというだけだ。
「あそこか……」
パーシェ要塞群とは、パーシェ要塞を中心とした防衛陣地だ。飛甲騎兵対策に捻じ曲がった溝が塹壕の様に掘られており、大小の要塞やトーチカを配置した防衛拠点。確かに守る分には良いだろう。
しかしカルタ―の顔は渋い。
籠城戦には利点と問題点がある。
利点は言うまでも無く、防御に適した要地だと言う事だ。だが一方で、問題点は意外と多い。
ティランド連合王国の国土は平地の割合が多いが、これは元々そうだったわけではない。長い年月をかけて、土魔法で地形を変えてきた結果だ。その為、迂回路は幾らでもある。
相手からすれば『無視すればいい』、これに尽きる。
少数で見張っておき、出てきたら叩く。亀のように閉じこもっているなら他を落とす。
それだけで籠った軍など遊兵となってしまう。むしろ数倍の軍勢で包囲してくれた方が助かるくらいだ。
だがそれでも、援軍に期待できないなら同じ事だろう。包囲している方は十分に補給路を確保できるが、籠っている方には限度がある。
どちらにせよ出て戦うのであれば、籠城とは下策なのだ。
だが幸い、パーシェ要塞群は広域にわたった要塞陣地だ。完全な包囲など出来ないし、大軍が駐屯できる故に無視も出来ない。
単純に考えれば、確かに参謀部の考えは分かる。
「わざわざ来ると思うか? 奴らが」
地図を見ながら訪ねてみる。要地だからこそ、根本的に大きく迂回される公算が高い。警戒や包囲以前に、近づきすらしないという訳だ。その連中を攻撃するのなら、やはり結局は外に出るしかない。
そもそも、今回は相手に完全に先手を取られて始まった戦いなのだ。戦場の選択権は、ジェルケンブール王国が持っていると言って良い。
「戦略的に考えれば、ここに入るだけで大きな抑止力になります。何と言っても、相手のの首都に近いですからね。後はディノソラス王国とケールオイオン王国の奮闘次第でしょう」
ミューゼ参謀長としてはそう言うしかない。
パーシェ要塞群はその2国の間に挟まれた地域にあり、どちらかが抜かれれば大きく迂回されてしまう。だがそれは逆に、どちらの国に対しても援軍を送れる位置でもある。
それにジェルケンブールの首都に近い事もまた大きい。もし左右両国を無視するようなら、こちらが逆に相手の王都を落とすことも可能だろう。
その後は、ジェルケンブール王国の選択次第という事になる。
「結局、入っておくしかねぇか……」
カルタ―は、やむなく要塞群へ全軍を動かす事となった。
この日、ティランド王国本隊は戦闘の準備を整えた。
開戦から僅か18日。これは軍事国家だからこそ出来る異例の速さだった。
ジェルケンブール王国が閣議から開戦までの準備期間は48日。だがこれは、閣議の段階である程度の戦支度が整っていた状態であったからだ。全くのゼロから戦支度をするには、通常の国でも1か月。大国ともなれば数か月かかるのが普通だ。
だがその速さを以てしても、人馬騎兵を中心とした機甲部隊に対しては後手を踏んだ。
開戦からここまで僅か18日間。これだけで国境に面していた11中、7つの国家は壊滅。さらに奥へと侵攻を許している場所もある。抵抗している国も”まだ陥落していない”レベルであり、数日もすれば消滅するだろう。
ここまでの戦闘での死者は数千万人。殆どが民間人だ。
人馬騎兵の突破力もそうだが、大陸を横断しての魔族領遠征を可能にした輸送力……十万を超える大型浮遊式輸送板による大規模展開力が問題だった。
百人以上の兵員を搭載し、地形を無視して移動する。速度は時速40キロ程と他国に比べて遅いが、それでも十分な機動力だ。
それにより、数百万を超える兵員が1日で数百キロを移動するのである。この兵軍の展開力は、間違いなく四大国随一と言って良い。
首都ノヴェルドに参集した部隊は正規兵士120万人。民兵隊も動員しているが、こちらは足が遅いため随時先行している。
ティランド王国は第八次魔族領遠征で主力を務めたために、国家全体の装備は大幅に減っていた。
それでも百万を超える数を用意できるのは、連合王国盟主としての意地だ。
現在カルターは、そこで出撃先を決めるための軍議の最中であったのだが……。
「200騎か……」
さすがに、その数相手では軍議も捗らない。どこへ出撃し何処に布陣するか、その決断一つで国家の命運が左右されてしまう。そして誰も、実際に人馬騎兵を知らないというのも難点だった。
運用法が確立していないのと同時に、また対処法も確立していない。脅威は知っているが、ではどのようにして対抗するかがまるで解らないのだ。
現在各地で出現した人馬騎兵は88騎。内9騎の破壊には成功したが、貴重な飛甲騎兵や魔術師の多くを失った結果だ。しかも、まだ100騎以上が後方に控えている公算となる。
更に悪い事に、破壊といっても粉々に粉砕した訳ではないし、尚且つその戦場で勝利した訳でもない。
結局回収され、修理されるか部品取りに使われるだろう。実質的に戦力外に出来たのは、せいぜい1騎か2騎程度か……。
量産機相手にそんな戦いを繰り返していては、最終的にはジリ貧だ。
後方の所属国家も援軍も向かっているが、各戦線の惨状は想定を大きく超えていた。
普通に戦えば、ティランド連合王国に対抗できるのは南のムーオス自由帝国くらいなものだ。だが今回はまともではない。今までの人間同士の戦争での常識が通用しない。
「随分と厄介なものを開発したものですね。それにしても本当に200騎もあるのでしょうか? これでは魔族を相手にしているようなものです。戦争の常識自体が変わりますよ」
幕僚の一人、グレスノーム・サウルス将軍が返答する。
通常鎧と鎖帷子を組み合わせた赤紫色の全身鎧を纏い、濃い栗色の髪の上には兜は乗せていない。今はテーブルの上に置かれている為だ。
「魔族を相手にしているようなもの……か」
カルターはオスピアとの会見を思い出していた。
以前は、壁を挟んで一方的に魔族を駆除していると錯覚していた。今までの魔族は領域から出てこなかったのだから、それで良かったのだ。
だが、相手からすればそれは戦争だ。そして今、魔王を中心に魔族は領域を超え始めた。
もし壁を越えてきたら? その時は、200騎の人馬騎兵どころの騒ぎではない。
だが今は、そんな未来の事を考えている程の余裕はない。
「連中の貿易のデータは情報部が精査中だ。いずれ答えは出るだろう。それで、参謀部は何と言っている?」
「パーシェ要塞群にて迎撃するのが最善となっています」
応えたのは、少し低い女性の声だ。
背は177センチと長身で、肩幅も男性と比べて遜色はない。男性と変わらない黒の軍服をキリっと着こなし、直立不動で報告をする姿からは生粋の武人を思わせる。
鼻筋がよく通り、少し吊り上がった紺の瞳。深紅の髪を肩まで伸ばしているが、手入れの様子はあまり見られない。
普段はもっと短くしているが、最近切るのが面倒で放置していた結果だ。
ミューゼ・ハイン・ノヴェルド・ティランド。カルタ―の7番目の娘であり、またゴツイ見かけによらず参謀長を務めている。
別に戦闘が苦手なわけではない。単に、実戦指揮や白兵戦より考えることが得意だったというだけだ。
「あそこか……」
パーシェ要塞群とは、パーシェ要塞を中心とした防衛陣地だ。飛甲騎兵対策に捻じ曲がった溝が塹壕の様に掘られており、大小の要塞やトーチカを配置した防衛拠点。確かに守る分には良いだろう。
しかしカルタ―の顔は渋い。
籠城戦には利点と問題点がある。
利点は言うまでも無く、防御に適した要地だと言う事だ。だが一方で、問題点は意外と多い。
ティランド連合王国の国土は平地の割合が多いが、これは元々そうだったわけではない。長い年月をかけて、土魔法で地形を変えてきた結果だ。その為、迂回路は幾らでもある。
相手からすれば『無視すればいい』、これに尽きる。
少数で見張っておき、出てきたら叩く。亀のように閉じこもっているなら他を落とす。
それだけで籠った軍など遊兵となってしまう。むしろ数倍の軍勢で包囲してくれた方が助かるくらいだ。
だがそれでも、援軍に期待できないなら同じ事だろう。包囲している方は十分に補給路を確保できるが、籠っている方には限度がある。
どちらにせよ出て戦うのであれば、籠城とは下策なのだ。
だが幸い、パーシェ要塞群は広域にわたった要塞陣地だ。完全な包囲など出来ないし、大軍が駐屯できる故に無視も出来ない。
単純に考えれば、確かに参謀部の考えは分かる。
「わざわざ来ると思うか? 奴らが」
地図を見ながら訪ねてみる。要地だからこそ、根本的に大きく迂回される公算が高い。警戒や包囲以前に、近づきすらしないという訳だ。その連中を攻撃するのなら、やはり結局は外に出るしかない。
そもそも、今回は相手に完全に先手を取られて始まった戦いなのだ。戦場の選択権は、ジェルケンブール王国が持っていると言って良い。
「戦略的に考えれば、ここに入るだけで大きな抑止力になります。何と言っても、相手のの首都に近いですからね。後はディノソラス王国とケールオイオン王国の奮闘次第でしょう」
ミューゼ参謀長としてはそう言うしかない。
パーシェ要塞群はその2国の間に挟まれた地域にあり、どちらかが抜かれれば大きく迂回されてしまう。だがそれは逆に、どちらの国に対しても援軍を送れる位置でもある。
それにジェルケンブールの首都に近い事もまた大きい。もし左右両国を無視するようなら、こちらが逆に相手の王都を落とすことも可能だろう。
その後は、ジェルケンブール王国の選択次第という事になる。
「結局、入っておくしかねぇか……」
カルタ―は、やむなく要塞群へ全軍を動かす事となった。
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