上 下
173 / 390
【 それぞれの未来 】

開戦 前編

しおりを挟む
 碧色の祝福に守られし栄光暦218年3月24日。
 ティランド連合王国外周に位置する国、バラント王国首都ヨンネル。
 外周およそ63キロメートルを、高さ15メートルの金属製の防壁が囲む。
 世界でも名の知られた城塞都市であり、その威容は巨大な要塞の様だ。

 都市中央には高さ200メートルを超す螺旋状の王城が聳え立っており、その白い輝きは国家のシンボルとして国民に親しまれていた。
 深夜、その尖塔の先から白いドレスの少女が飛び降りる。バラント血族、その最後の一人……。
 夜の街は炎に包まれ、その中を漆黒に塗装され、幾何学的な水色のラインを施された鋼鉄のケンタウロスが行軍し、蹂躙する。ジェルケンブール王国の人馬騎兵隊だ。


 この国は、元々政治的な混乱の中にあった。
 本来の王位資格者であるケスターマン・バラントが魔属領への遠征中に、国内に残ったシェルズアニー・バラントが王位を継承してしまったのだ。
 その為国内は双方の派閥に分かれて対立。ケスターマンが戦死しカルタ―が本国に戻った事で少しは落ち着いたが、一度分裂した国家の軋轢あつれきはそう簡単に修復できるものでは無い。

 だが一方で、防備は完璧であった。
 首都同様の城塞都市を4つ配し、その連携により他国の侵略を打ち破る。その為に歴史とも言える程の長い時間をかけ、土魔法で根本的な国土の地形すら変えた。
 更にこの国は重甲鎧ギガントアーマーの運用に長けており、防衛戦においてはティランド連合王国でも上位に位置する国家だ。

 もしあの日、相和義輝あいわよしきが奇襲という選択をしなければ、いきなり200以上の重甲鎧ギガントアーマーに追い返され全ての歴史は変わっていただろう。

 だがそれでもやはり、その用兵は人間を相手にする事を前提に考えられてきた。





 碧色の祝福に守られし栄光暦218年3月13日。
 ジェルケンブール王国先鋒隊が140万人の正規兵と200万人の民兵。それに30騎の人馬騎兵がバラント王国の国境を越えた。
 その圧倒的な進軍を止める術は無く、国境沿いの街、そして2つの城塞都市はその日の内に陥落した。

 そして2日後、3つ目の城塞都市が陥落する頃になって、ようやくバラント王国は防衛の支度を整え始める。
 どの城塞都市も、本来なら数十倍の数を相手にしても1か月以上は耐えられる計算だ。政治の対立による遅れがあったとはいえ、バラント王国の動きは決して遅くは無い。だが人馬騎兵が相手では遅すぎた。

 218年3月15日、何一つ戦う支度が整わないまま王都は戦場になった。
 それでも9日間、人馬騎兵の猛攻を耐えた事は称賛に価する。王都守備軍であるバラント重甲鎧ギガントアーマー500人、そして正規兵20万。そして急ぎ搔き集められた数十万の民兵隊。あらん限りの知恵と力と勇気を振り絞り、絶望的な戦力を相手に奮戦した。
 だが結局、それだけであった。

 城門が破られると同時に、黒き殺戮者達は都市内部へと突入した。
 バリケードを破壊し、金属ドームの建物に大穴を開け、そこへジェルケンブール王国の兵士が雪崩れ込む。
 それはもう、戦闘と呼べるような状態では無かった。
 国王であるシェルズアニー・バラントは王宮で最後の抵抗を試みるが、圧倒的な数のジェルケンブール兵を相手に討ち死に。残った者達も、戦死か自害により果てた。




 ◇     ◇     ◇




 闇の中、赤々と燃え上がる炎と立ち昇る煙。一つの国が亡びるさまを、援軍として到着した”死神の列を率いる者”ユベント・ニッツ・カイアン・レトー公爵は装甲騎兵の指令塔キューポラから眺めていた。

「陥ちるのが早すぎだろう、話にならねえな」

「将軍、どういたしますか?」

 淡い金髪の髪を掻きながら業火に包まれた街を見つめる彼に対して、一人の女性が話しかけた。
 見た目の年齢は20より少し下位だろうか。長い栗色の髪は後ろに束ねて留めてあり、右目には水晶の方眼鏡を装着。その奥に光る茶色い瞳と固く引き締まった美貌からは、いかにもお堅い切れ者といった印象を受ける。

 紫色の軍用コートに白の軍服。下はコートと同じ紫の、動きやすいミニのスカートを履いている。コートの両肩には金のフレンジがあしらわれ、襟と胸元の階級章は、ハーノノナート公国公爵家血族であり、同時に将軍職である事を表していた。

 パナーリア・アル・ハーノノナート。公国血族の人間であり、同時にユベントと同じ将軍だ。
 ユベントは本来の公爵家の人間に“公爵閣下”と呼ばれることを嫌ったため、自分の事は将軍と呼ばせていた。それは同時に、政治には関わらないという意思表明でもあった。

 一方で、パナーリアは将軍としては二流だが、政治家としては一流であった。この二人が夫婦にでもなればと周囲は考えていたが、実際はそう簡単な話ではない。

 ユベントは今年で197歳。死別した3人の妻との間に9人の子をもうけ、直系子孫は47人になる。またパナーリアは305歳。先立たれた8人の夫との間に13人の子をもうけており、直系子孫は97人。互いに、自分の子や孫、ひ孫達ら子孫の為にも、自分達の子供はこれ以上増やしたくない立場であった。

「どうもこうも無いな。俺達じゃ、あの数相手に手は出せない。お前には策があるのか?」

「いいえ、ありません。私は人馬騎兵を見るのは初めてですが、それほど厄介なのですか?」

 現在のユベント軍の装甲騎兵は四千騎。本国の防衛隊まで全てかき集めての数であり、魔族領での損失は全く埋まっていない。
 それでも、歩兵を相手にするだけなら十分だ。浮遊しながら高速で移動し、しかも全面重装甲の機動兵器。例え何十万人の兵がいようと、恐れる要素は飛甲騎兵くらいなものだった。

 だが人馬騎兵はこれより早く、また強さも圧倒的だ。装甲騎兵の射出槍では当たり所が良くない限りは倒せないし、ボウガンなどかすり傷も付けられない。
 一方で、あちらの兵装は一撃で装甲騎兵を破壊できる。倒せる可能性がある分”蟹”よりマシだが、そもそもの数が違う。受ける被害は同等と予想されるだろう。

「厄介なんてレベルの相手じゃないな。一応、外に出て来れば戦いようはある。だがそれも、損失を無視すればの話だ。市街戦では、どうあがいたって歯が立たんよ」

「ユベント将軍でもそうなのですか……それでは、出るのを待つしかありませんね。ですが……」

 パナーリアが言葉を止めるのは珍しかった。彼女は、常に全ての事は考えてから話すタイプであった。結果として時に無口にはなるが、口ごもることはめったに無い。

「ですが、どうした?」

「いえ、彼らの保有する人馬騎兵です。報告によれば、各戦線合わせて60騎を超える数が確認されています。一体いつ、どのようにして揃えたのでしょう?」

「そうだな……」

 幸い当面の戦闘は無い。ユベントは熟考し、状況を精査する。
 おそらく――、
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

豪華地下室チートで異世界救済!〜僕の地下室がみんなの憩いの場になるまで〜

自来也
ファンタジー
カクヨム、なろうで150万PV達成! 理想の家の完成を目前に異世界に転移してしまったごく普通のサラリーマンの翔(しょう)。転移先で手にしたスキルは、なんと「地下室作成」!? 戦闘スキルでも、魔法の才能でもないただの「地下室作り」 これが翔の望んだ力だった。 スキルが成長するにつれて移動可能、豪華な浴室、ナイトプール、釣り堀、ゴーカート、ゲーセンなどなどあらゆる物の配置が可能に!? ある時は瀕死の冒険者を助け、ある時は獣人を招待し、翔の理想の地下室はいつのまにか隠れた憩いの場になっていく。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しております。

異世界転生してしまったがさすがにこれはおかしい

増月ヒラナ
ファンタジー
不慮の事故により死んだ主人公 神田玲。 目覚めたら見知らぬ光景が広がっていた 3歳になるころ、母に催促されステータスを確認したところ いくらなんでもこれはおかしいだろ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界魔王召喚〜オッサンが勇者召喚じゃなくて魔王召喚されてしまった件!人族と魔族の間で板挟みになってつらい〜

タジリユウ
ファンタジー
「どうか我々を助けてください魔王様!」 異世界召喚ものでよく見かける勇者召喚、しかし周りにいるのは人間ではなく、みんな魔族!?  こんなオッサンを召喚してどうすんだ! しかも召喚したのが魔族ではないただの人間だ と分かったら、殺せだの実験台にしろだの好き勝手言いやがる。 オッサンだってキレる時はキレるんだぞ、コンチクショー(死語)! 魔族なんて助けるつもりはこれっぽっちもなかったのだが、いろいろとあって魔族側に立ち人族との戦争へと…… ※他サイトでも投稿しております。 ※完結保証で毎日更新します∩^ω^∩

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

Hしてレベルアップ ~可愛い女の子とHして強くなれるなんて、この世は最高じゃないか~

トモ治太郎
ファンタジー
孤児院で育った少年ユキャール、この孤児院では15歳になると1人立ちしなければいけない。 旅立ちの朝に初めて夢精したユキャール。それが原因なのか『異性性交』と言うスキルを得る。『相手に精子を与えることでより多くの経験値を得る。』女性経験のないユキャールはまだこのスキルのすごさを知らなかった。 この日の為に準備してきたユキャール。しかし旅立つ直前、一緒に育った少女スピカが一緒にいくと言い出す。本来ならおいしい場面だが、スピカは何も準備していないので俺の負担は最初から2倍増だ。 こんな感じで2人で旅立ち、共に戦い、時にはHして強くなっていくお話しです。

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。

狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。 街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。 彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)

処理中です...