この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR

ばたっちゅ

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【 それぞれの未来 】

二人の逃避行 その5

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 マリッカの向こうでバロウズの体が崩れ落ちるのと、いつの間にか彼女の手にあった小剣が、その首から引き抜かれたのはほぼ同時であった。

 ――鎧を着ていなかったのが、幸いしましたね……。

 きちんと鎧を揃えて武器を所持していたら、ここまで不用心に斬りかかって来る事は無かっただろう。そしてマリッカの血にもっと注意を払い、剣聖らしく熟練の技と駆け引きを駆使しただろう。
 だが非武装、それにいきなり名乗った事と、裏切り者の商国人に対する怒り。全てが組み合ってしまったために、何の警戒も無く、単純に殺そうとして動いてしまったのだ。

「どんな達人でも、草を刈る時には普通の人と同じ動きをすると言いますが……」

 小剣を振り、刃に着いた血を払う。その柄は黄金の色。遠くで騎士の一人が、自分の剣が無い事に気づき、慌てている様子が見える。いったいいつ、どうやって手にしたのか!?
 だが周囲の騎士達に分かる事、それは目の前の相手が”百刃の剣聖”を一撃で屠ったという事実のみ。そして、それだけで十分だった。

 鎧が大地を踏みしめる音が鳴る。蹄鉄の音が響く。全員が一斉に、マリッカめがけて殺到した。
 自分めがけて振り下ろされた長柄斧ハルバードを斬り払いなが、らちらりと後ろを確認する。
 騎士達と同じくサイレームの動きも速い。直ぐに農耕用の飛甲板を操り、限界高度まで上昇していた。とはいっても、たったの2メートル弱。だがそれだけでも、当分騎士たちはあちらに行かないだろう。
 逃げれば追うだろうが、それは彼にも分かっている。だから浮遊しただけなのだ。

「下に猛獣がいる間は、自分の方には来ないとか思っていますね……」

 ふう……一つ溜息を吐きながら、背後から迫る剣を騎士の腕ごと斬り捨てる。

「戦闘は全任せですか?」

 一応、声は掛けるが返事は来ない。もう彼は、操縦席で亀のように丸くなっているだろう。

 再び背後から迫るランスを掴み、そのまま騎士を地面へと引き落とす。突然の事に嘶いた馬にふわりと跨ると、その後ろから迫る騎士を目がけてランスを投げる。
 命中と同時に胸の中央から鮮血を上げる騎士の長柄斧ハルバードを掴み取ると、そのまま2名の騎士を葬り去る。
 その動きは流れる様に淀みなく、見ていた騎士達からは恐怖と共に感嘆が上がる。

「一応、確認したいのですが」

 手綱を惹いて馬を止めながら、周囲を見渡す。

「このまま見逃しては貰えませんか? 当方としても、無駄な争いは避けるよう言われていますので」

 ブラウスの赤黒さは新たな血で新鮮に染まり、右手に持つ血塗られた黄金の長柄斧ハルバードがきらりと輝く。騎乗したまま周囲を一瞥するその姿には一切の隙が無く、もしサイレームがちゃんと見ていたのなら、戦乙女が降臨したのかと思っただろう。

 周囲の騎士達がピクリと動く。だがそれは離れるのではなく、戦闘継続の合図だ。
 囲んでいたうちの4騎が、一斉に彼女目がけて突撃する。大型武器で4方から同時。それは最悪同士討ちの危険も孕む。だが、目の前の相手にはそれだけの価値があった。

 ――もう少し、命を大切にすればいいのに……。

 右に振るった長柄斧ハルバードは、鎧など着ていないかのように軽々と2人と騎士を4つの肉に変える。同時にマリッカの乗っていた馬には槍が突き刺さり、大型剣が首を飛ばす。だが居ない――もう彼女は反対側に降りており、別の騎士を屠った処であった。

「化け物め!」
「貴様、魔族か!?」

「お呼びですよ」

 その小さな呟きは他の騎士には聞こえなかった。だが、ちゃんと聞いている者もいる。
 周囲にススーっと霧が掛かり、辺りの視界を遮ってゆく。だが完全にでは無い。まだまだ10メートルほどの視界は十分に確保されている。

「これだけですか? 面倒なので貴方がやって下さいよ」

「やだよう。まだサイレーム生きてるじゃん」

「じゃあいっその事……」

「物騒な事を言わないの! あーん、やっぱり育て方間違ったわー」

 そんな二人のやり取りは周りの騎士には聞こえない。
 だがこの不気味な霧、本当に魔族なのでは……そんな不安を感じながらも、騎士達はマリッカめがけて殺到した。




 辺りから聞こえてくる金属の響き、馬の嘶き、悲鳴、絶叫。サイレームは祈りながらそれを聞いていた。
 もし彼女が死んだら、次は間違いなく自分だろう。だが素手で騎士と戦うなど、到底出来はしない。命令が下ればやっただろうが、幸か不幸か今は兵役には付いておらず、当然ながらそんな命令をする上官もいなかった。

 周囲の音が止んだ事にすら気付かず、農耕機に必死で魔力を送る彼の肩を誰かがポンと叩く。

「うわあああぁぁぁぁ! ご、ごめんなさい! 命だけは!」

「何を言っているんですか。もう終わりましたよ」

 そう言われてようやく周囲を見ると、既に騎士たちは全滅していた。辺りに散らばる血と肉と内臓、そして死臭。だがサイレームは、安堵の方が遥かに大きかった。一応、死体は見慣れているのだ。

 一方マリッカは酷い有様だ。怪我こそしていないが、血で真っ赤に染まったブラウスは肌に張り付き、胸の先端まで形が顕わになっている。紐が切れたブラは、邪魔だったから捨ててしまっていたのだ。
 しかも少し怒っているご様子。当然だろう、援護もせずにぷるぷる震えていただけなのだから。

「え、ええと……そうだ! 街に戻れたら、ブラジャーを買ってあげるよ!」

 そう言ったサイレームの顔面に、マリッカの右ストレートが飛んだ。




「それで、何処へ向かっているんですか?」

 遅くて目立つ農耕機は捨て、騎乗した二人は北東へと向かっていた。
 当初の予定では南のゼビア王国と南西のラッフルシルド王国の国境沿いを越える予定であったが、サイレームの提案で方向を変えたのだ。

「金ぴか連中、敗走中だったろ。ハルタールが勝ったんだよ。今南へ行っても敗走連中とかち合うだけだし、どうせなら近いハルタール領に逃げ込んだほうが早い」

「意外と考えているんですね」

「君にだけは言われたくないよ!」

 このまま北東に行けばケルベムレンンの街がある。連中がそこに籠っていないという事は、確かにハルタールが守り切ったのだろう。なら確かに其方へ行った方が安全ね――マリッカはそんなことを考えていた。



 ◇    ◇    ◇



 山岳都市エルブロシーを包囲していたスパイセン王国軍は、既に殆どがいなかった。壊滅したのではない、まだコンセシールの飛行騎兵隊はここまで到着してはいない。
 この国は、結局戦闘らしい戦闘をせず、エルブロシーを包囲したまま終局を迎えた。そしてすぐさま撤収したのである。

「本当に、これでよろしかったのでしょうか?」

 撤退中の行軍の中、スパイセン国王リーシェイム・スパイセンに、配下の一人が進言してくる。
 リーシェイムは傷一つない全身鎧フルプレートで騎乗し、金色の瞳は楽しそうな色を湛えている。何の成果も無く敗走中とは思えない様子だ。

「ああ、これで良かろうよ。まあ俺は国王を降りて、後は幾許かの賠償金で事は足りるだろう。そうだな……確か魔族領で生き残った軍がランオルド王国にいたな」

「確かクラキア将軍とその配下であったはずですが……」

「よし、では彼女を今後は代理王とする。落ち着いたら、俺が直々に女帝に頭を下げに行くとしよう。なに、女帝陛下は寛大なお方だ。安心せよ」

 周囲の幕僚は少し呆れた様子だが、リーシェイムは元々そのつもりであった。
 ある程度の人間を適度に減らしつつ、ハルタール帝国に言い訳が立たない程の損害は与えない。そしてゼビア王国との長年の確執を解消する。それが狙いであったのだ。

 こうしてスパイセン王国は、正規兵のほぼ全軍を残しこの内乱を終えた。
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