上 下
169 / 390
【 それぞれの未来 】

二人の逃避行 その4

しおりを挟む
 碧色の祝福に守られし栄光暦218年3月18日
 ハルタール帝国に反旗を翻した国は、コンセシール商国の飛行騎兵隊によって壊滅的な打撃をこうむっていた。
 それは直接的な戦闘だけに拠るものではない。補給や撤退に使用する経路の切断、帝国軍の誘導、そして救護所の襲撃など、とにかく嫌がる事は全てやられたといった結果だ。

 特に、コンセシール商国が拠点としていたケルベムレンンに近かったラッフルシルド王国軍の被害は甚大であった。
 度重なる襲撃により、既に軍勢の形は取れていない。装備を捨て、分散しての敗走劇。しかも飛行騎兵隊により発見されれば、すぐに帝国民兵が集まってくる。

 国王サウル・ハム・ラッフルシルドの部隊もまた例外ではなく、今まさに、王の体を包む黄金の全身鎧フルプレートからは、飛行騎兵から発射された3本の投射槍が生えていた。

「バロウズよ……後は……すまぬ…………」

「絶対に……奴を、リッツェルネールめの首を墓前に捧げましょうぞ!」

 突き刺さった槍により倒れる事も許されない王を見取ると、バロウズは敗残の兵を分割し、自らは少数の近衛兵と共に深い山間へと進軍した。
 黄金の鎧は敗走では悪目立ちする。だから平地を行く部隊には、装備を隠しながら敗走させた。
 一方で自らは、飛行騎兵が容易に侵入できない山中を、鎧を着用したまま騎馬で進む。味方の為にあえて程度目立ちつつも、被害を押さえて逃げるためだ。

 一方この山道には、同様に逃走中の一組の男女があった。マリッカ・アンドルスフとサイレーム・キスカだ。
 上空を警戒飛行している飛行騎兵隊は味方である。だが本来ならば味方と言い換えた方が良いだろう。二人ともこの状況では、いわゆる不慮の死が起こり得るものだと重々承知していたのだ。
 しかも周りには本来の敵もいる。のこのこ平地など通っていたら、いつどちらの軍から攻撃されるのか分かったものではない。
 そこでこうして、山中を奪った農耕機で移動していたのだが……。

「あ……」

 マリッカの少し驚いたような呟きに反応し、サイレームはふとそちらの方を見る。
 ほぼ真左からやって来る、30騎程の騎馬集団。全員が黄金の鎧を纏い、それがラッフルシルド王国軍であることは一目見て判った。言うまでも無い、敵である。

 しかもその先頭を走る一騎。左右垂直に伸びた角が付いた面壁付き兜フルフェイスにより顔は見えないが、その鎧の中央には剣、斧、槍、槌、鉤爪が輪になった鞭に囲まれている独特の紋章――如何なる武器を用いても必ず勝利する。”百刃の剣聖”の異名を持つ男、北国の英雄バロウズのマークがついている。

「ちょっ! 冗談じゃないよ!」

 肌が白く碧眼のマリッカは、まだゼビア人で通じるかもしれない。だがサイレームの緋色の瞳と少し褐色の肌は、誰が見たって商国人だ。

「そこの二人! とまれぇー!」

 既に抜刀し、殺到してくる騎兵隊。こんな農耕機では追いつかれるのは時間の問題だ!

「何でこんな事になるんだよぅ!」

 叫びながらも必死で農耕機を操るが――

「え!? 分からないんですか?」

 馬鹿ですか? そう言いたげな声が後ろから飛んでくる。

「分かってるよ!」

 この状況でも発動されるマリッカの天然が恨めしい。
 だが恨んでも呪ってもどうしようもない。ここは商人らしく、口八丁手八丁で誤魔化すしかない。
 サイレームは覚悟を決めて、農耕機を止め地面に降りた。




「貴様らは何者だ!」

 馬を降りながらバロウズが叫ぶ。
 他にも数人の騎士が下馬して不意の事態に備え、騎乗者は素早く囲むように展開する。彼らが熟練の兵士である事は疑いようもない。

「ここで何をしている! 名と所属を名乗れ!」

 バロウズは彼らの身なりを見た瞬間、軍人で無い事は察していた。だが一般市民で無い事も明らかだ。
 男の方は泥だらけのスーツ……こんな山の中で、あんなものを着ている事が先ずおかしい。
 女の方は血まみれのブラウス――いや、そんな生易しいものでは無い。まるで血に漬けて染めたかのようだ。
 下はタイトスカートだが、左右ともにウエストラインまで深い切れ込みが入っている。もう前後の布としか言えない状態だ。靴だけは山を歩くにふさわしいものだが、重心から今一つ履き慣れていない様子が判る。誰かから奪ったのか……。

 だが二人とも武器は持っていない。殺して奪ったのであれば、武器位は携帯していてもおかしくはないはずだ。
 となれば、女の血は死体の山にでも隠れて敵をやり過ごした際に付いたものか……。

 観察するバロウズに対し、サイレームは両手を上げ、武器を持っていないことを示しながら頭をフル回転させる。
 ここからが渉外担当、サイレーム・キスカとしての腕――いや舌の見せ所だ。なんとかコンセシールの人間である事を誤魔化し、騙し、切り抜けなければいけない。
 ――そう考えていたのに!

「自分はコンセシール商国、アンドルスフ商家所属警護武官、マリッカ・アンドルスフであります」

「君は馬鹿かーーーー!」

 一歩前に進み出て、キリっと敬礼しながら素直に自己紹介をした彼女に対して、つい意識せずに叫んでしまう。
 だがその瞬間にはバロウズは無言で突進し、二枚刃の特殊な形状をした大鉈を彼女に対して振り下ろしていた。
 絶体絶命! もうおしまいだ! と思ったその瞬間、大鉈は空中でぴたりと停止する。
 同時に噴き出す赤い線。それが血である事は、サイレームにも分かる。だが理解が出来ない。
 マリッカの向こうでバロウズの体が崩れ落ちるのと、いつの間にか彼女の手にあった小剣が、その首から引き抜かれたのはほぼ同時であった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

豪華地下室チートで異世界救済!〜僕の地下室がみんなの憩いの場になるまで〜

自来也
ファンタジー
カクヨム、なろうで150万PV達成! 理想の家の完成を目前に異世界に転移してしまったごく普通のサラリーマンの翔(しょう)。転移先で手にしたスキルは、なんと「地下室作成」!? 戦闘スキルでも、魔法の才能でもないただの「地下室作り」 これが翔の望んだ力だった。 スキルが成長するにつれて移動可能、豪華な浴室、ナイトプール、釣り堀、ゴーカート、ゲーセンなどなどあらゆる物の配置が可能に!? ある時は瀕死の冒険者を助け、ある時は獣人を招待し、翔の理想の地下室はいつのまにか隠れた憩いの場になっていく。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しております。

異世界転生してしまったがさすがにこれはおかしい

増月ヒラナ
ファンタジー
不慮の事故により死んだ主人公 神田玲。 目覚めたら見知らぬ光景が広がっていた 3歳になるころ、母に催促されステータスを確認したところ いくらなんでもこれはおかしいだろ!

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界魔王召喚〜オッサンが勇者召喚じゃなくて魔王召喚されてしまった件!人族と魔族の間で板挟みになってつらい〜

タジリユウ
ファンタジー
「どうか我々を助けてください魔王様!」 異世界召喚ものでよく見かける勇者召喚、しかし周りにいるのは人間ではなく、みんな魔族!?  こんなオッサンを召喚してどうすんだ! しかも召喚したのが魔族ではないただの人間だ と分かったら、殺せだの実験台にしろだの好き勝手言いやがる。 オッサンだってキレる時はキレるんだぞ、コンチクショー(死語)! 魔族なんて助けるつもりはこれっぽっちもなかったのだが、いろいろとあって魔族側に立ち人族との戦争へと…… ※他サイトでも投稿しております。 ※完結保証で毎日更新します∩^ω^∩

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

底辺おっさん異世界通販生活始めます!〜ついでに傾国を建て直す〜

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 学歴も、才能もない底辺人生を送ってきたアラフォーおっさん。  運悪く暴走車との事故に遭い、命を落とす。  憐れに思った神様から不思議な能力【通販】を授かり、異世界転生を果たす。  異世界で【通販】を用いて衰退した村を建て直す事に成功した僕は、国家の建て直しにも協力していく事になる。

Hしてレベルアップ ~可愛い女の子とHして強くなれるなんて、この世は最高じゃないか~

トモ治太郎
ファンタジー
孤児院で育った少年ユキャール、この孤児院では15歳になると1人立ちしなければいけない。 旅立ちの朝に初めて夢精したユキャール。それが原因なのか『異性性交』と言うスキルを得る。『相手に精子を与えることでより多くの経験値を得る。』女性経験のないユキャールはまだこのスキルのすごさを知らなかった。 この日の為に準備してきたユキャール。しかし旅立つ直前、一緒に育った少女スピカが一緒にいくと言い出す。本来ならおいしい場面だが、スピカは何も準備していないので俺の負担は最初から2倍増だ。 こんな感じで2人で旅立ち、共に戦い、時にはHして強くなっていくお話しです。

処理中です...