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【 それぞれの未来 】
二人の逃避行 その4
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碧色の祝福に守られし栄光暦218年3月18日
ハルタール帝国に反旗を翻した国は、コンセシール商国の飛行騎兵隊によって壊滅的な打撃をこうむっていた。
それは直接的な戦闘だけに拠るものではない。補給や撤退に使用する経路の切断、帝国軍の誘導、そして救護所の襲撃など、とにかく嫌がる事は全てやられたといった結果だ。
特に、コンセシール商国が拠点としていたケルベムレンンに近かったラッフルシルド王国軍の被害は甚大であった。
度重なる襲撃により、既に軍勢の形は取れていない。装備を捨て、分散しての敗走劇。しかも飛行騎兵隊により発見されれば、すぐに帝国民兵が集まってくる。
国王サウル・ハム・ラッフルシルドの部隊もまた例外ではなく、今まさに、王の体を包む黄金の全身鎧からは、飛行騎兵から発射された3本の投射槍が生えていた。
「バロウズよ……後は……すまぬ…………」
「絶対に……奴を、リッツェルネールめの首を墓前に捧げましょうぞ!」
突き刺さった槍により倒れる事も許されない王を見取ると、バロウズは敗残の兵を分割し、自らは少数の近衛兵と共に深い山間へと進軍した。
黄金の鎧は敗走では悪目立ちする。だから平地を行く部隊には、装備を隠しながら敗走させた。
一方で自らは、飛行騎兵が容易に侵入できない山中を、鎧を着用したまま騎馬で進む。味方の為にあえて程度目立ちつつも、被害を押さえて逃げるためだ。
一方この山道には、同様に逃走中の一組の男女があった。マリッカ・アンドルスフとサイレーム・キスカだ。
上空を警戒飛行している飛行騎兵隊は味方である。だが本来ならば味方と言い換えた方が良いだろう。二人ともこの状況では、いわゆる不慮の死が起こり得るものだと重々承知していたのだ。
しかも周りには本来の敵もいる。のこのこ平地など通っていたら、いつどちらの軍から攻撃されるのか分かったものではない。
そこでこうして、山中を奪った農耕機で移動していたのだが……。
「あ……」
マリッカの少し驚いたような呟きに反応し、サイレームはふとそちらの方を見る。
ほぼ真左からやって来る、30騎程の騎馬集団。全員が黄金の鎧を纏い、それがラッフルシルド王国軍であることは一目見て判った。言うまでも無い、敵である。
しかもその先頭を走る一騎。左右垂直に伸びた角が付いた面壁付き兜により顔は見えないが、その鎧の中央には剣、斧、槍、槌、鉤爪が輪になった鞭に囲まれている独特の紋章――如何なる武器を用いても必ず勝利する。”百刃の剣聖”の異名を持つ男、北国の英雄バロウズのマークがついている。
「ちょっ! 冗談じゃないよ!」
肌が白く碧眼のマリッカは、まだゼビア人で通じるかもしれない。だがサイレームの緋色の瞳と少し褐色の肌は、誰が見たって商国人だ。
「そこの二人! とまれぇー!」
既に抜刀し、殺到してくる騎兵隊。こんな農耕機では追いつかれるのは時間の問題だ!
「何でこんな事になるんだよぅ!」
叫びながらも必死で農耕機を操るが――
「え!? 分からないんですか?」
馬鹿ですか? そう言いたげな声が後ろから飛んでくる。
「分かってるよ!」
この状況でも発動されるマリッカの天然が恨めしい。
だが恨んでも呪ってもどうしようもない。ここは商人らしく、口八丁手八丁で誤魔化すしかない。
サイレームは覚悟を決めて、農耕機を止め地面に降りた。
「貴様らは何者だ!」
馬を降りながらバロウズが叫ぶ。
他にも数人の騎士が下馬して不意の事態に備え、騎乗者は素早く囲むように展開する。彼らが熟練の兵士である事は疑いようもない。
「ここで何をしている! 名と所属を名乗れ!」
バロウズは彼らの身なりを見た瞬間、軍人で無い事は察していた。だが一般市民で無い事も明らかだ。
男の方は泥だらけのスーツ……こんな山の中で、あんなものを着ている事が先ずおかしい。
女の方は血まみれのブラウス――いや、そんな生易しいものでは無い。まるで血に漬けて染めたかのようだ。
下はタイトスカートだが、左右ともにウエストラインまで深い切れ込みが入っている。もう前後の布としか言えない状態だ。靴だけは山を歩くにふさわしいものだが、重心から今一つ履き慣れていない様子が判る。誰かから奪ったのか……。
だが二人とも武器は持っていない。殺して奪ったのであれば、武器位は携帯していてもおかしくはないはずだ。
となれば、女の血は死体の山にでも隠れて敵をやり過ごした際に付いたものか……。
観察するバロウズに対し、サイレームは両手を上げ、武器を持っていないことを示しながら頭をフル回転させる。
ここからが渉外担当、サイレーム・キスカとしての腕――いや舌の見せ所だ。なんとかコンセシールの人間である事を誤魔化し、騙し、切り抜けなければいけない。
――そう考えていたのに!
「自分はコンセシール商国、アンドルスフ商家所属警護武官、マリッカ・アンドルスフであります」
「君は馬鹿かーーーー!」
一歩前に進み出て、キリっと敬礼しながら素直に自己紹介をした彼女に対して、つい意識せずに叫んでしまう。
だがその瞬間にはバロウズは無言で突進し、二枚刃の特殊な形状をした大鉈を彼女に対して振り下ろしていた。
絶体絶命! もうおしまいだ! と思ったその瞬間、大鉈は空中でぴたりと停止する。
同時に噴き出す赤い線。それが血である事は、サイレームにも分かる。だが理解が出来ない。
マリッカの向こうでバロウズの体が崩れ落ちるのと、いつの間にか彼女の手にあった小剣が、その首から引き抜かれたのはほぼ同時であった。
ハルタール帝国に反旗を翻した国は、コンセシール商国の飛行騎兵隊によって壊滅的な打撃をこうむっていた。
それは直接的な戦闘だけに拠るものではない。補給や撤退に使用する経路の切断、帝国軍の誘導、そして救護所の襲撃など、とにかく嫌がる事は全てやられたといった結果だ。
特に、コンセシール商国が拠点としていたケルベムレンンに近かったラッフルシルド王国軍の被害は甚大であった。
度重なる襲撃により、既に軍勢の形は取れていない。装備を捨て、分散しての敗走劇。しかも飛行騎兵隊により発見されれば、すぐに帝国民兵が集まってくる。
国王サウル・ハム・ラッフルシルドの部隊もまた例外ではなく、今まさに、王の体を包む黄金の全身鎧からは、飛行騎兵から発射された3本の投射槍が生えていた。
「バロウズよ……後は……すまぬ…………」
「絶対に……奴を、リッツェルネールめの首を墓前に捧げましょうぞ!」
突き刺さった槍により倒れる事も許されない王を見取ると、バロウズは敗残の兵を分割し、自らは少数の近衛兵と共に深い山間へと進軍した。
黄金の鎧は敗走では悪目立ちする。だから平地を行く部隊には、装備を隠しながら敗走させた。
一方で自らは、飛行騎兵が容易に侵入できない山中を、鎧を着用したまま騎馬で進む。味方の為にあえて程度目立ちつつも、被害を押さえて逃げるためだ。
一方この山道には、同様に逃走中の一組の男女があった。マリッカ・アンドルスフとサイレーム・キスカだ。
上空を警戒飛行している飛行騎兵隊は味方である。だが本来ならば味方と言い換えた方が良いだろう。二人ともこの状況では、いわゆる不慮の死が起こり得るものだと重々承知していたのだ。
しかも周りには本来の敵もいる。のこのこ平地など通っていたら、いつどちらの軍から攻撃されるのか分かったものではない。
そこでこうして、山中を奪った農耕機で移動していたのだが……。
「あ……」
マリッカの少し驚いたような呟きに反応し、サイレームはふとそちらの方を見る。
ほぼ真左からやって来る、30騎程の騎馬集団。全員が黄金の鎧を纏い、それがラッフルシルド王国軍であることは一目見て判った。言うまでも無い、敵である。
しかもその先頭を走る一騎。左右垂直に伸びた角が付いた面壁付き兜により顔は見えないが、その鎧の中央には剣、斧、槍、槌、鉤爪が輪になった鞭に囲まれている独特の紋章――如何なる武器を用いても必ず勝利する。”百刃の剣聖”の異名を持つ男、北国の英雄バロウズのマークがついている。
「ちょっ! 冗談じゃないよ!」
肌が白く碧眼のマリッカは、まだゼビア人で通じるかもしれない。だがサイレームの緋色の瞳と少し褐色の肌は、誰が見たって商国人だ。
「そこの二人! とまれぇー!」
既に抜刀し、殺到してくる騎兵隊。こんな農耕機では追いつかれるのは時間の問題だ!
「何でこんな事になるんだよぅ!」
叫びながらも必死で農耕機を操るが――
「え!? 分からないんですか?」
馬鹿ですか? そう言いたげな声が後ろから飛んでくる。
「分かってるよ!」
この状況でも発動されるマリッカの天然が恨めしい。
だが恨んでも呪ってもどうしようもない。ここは商人らしく、口八丁手八丁で誤魔化すしかない。
サイレームは覚悟を決めて、農耕機を止め地面に降りた。
「貴様らは何者だ!」
馬を降りながらバロウズが叫ぶ。
他にも数人の騎士が下馬して不意の事態に備え、騎乗者は素早く囲むように展開する。彼らが熟練の兵士である事は疑いようもない。
「ここで何をしている! 名と所属を名乗れ!」
バロウズは彼らの身なりを見た瞬間、軍人で無い事は察していた。だが一般市民で無い事も明らかだ。
男の方は泥だらけのスーツ……こんな山の中で、あんなものを着ている事が先ずおかしい。
女の方は血まみれのブラウス――いや、そんな生易しいものでは無い。まるで血に漬けて染めたかのようだ。
下はタイトスカートだが、左右ともにウエストラインまで深い切れ込みが入っている。もう前後の布としか言えない状態だ。靴だけは山を歩くにふさわしいものだが、重心から今一つ履き慣れていない様子が判る。誰かから奪ったのか……。
だが二人とも武器は持っていない。殺して奪ったのであれば、武器位は携帯していてもおかしくはないはずだ。
となれば、女の血は死体の山にでも隠れて敵をやり過ごした際に付いたものか……。
観察するバロウズに対し、サイレームは両手を上げ、武器を持っていないことを示しながら頭をフル回転させる。
ここからが渉外担当、サイレーム・キスカとしての腕――いや舌の見せ所だ。なんとかコンセシールの人間である事を誤魔化し、騙し、切り抜けなければいけない。
――そう考えていたのに!
「自分はコンセシール商国、アンドルスフ商家所属警護武官、マリッカ・アンドルスフであります」
「君は馬鹿かーーーー!」
一歩前に進み出て、キリっと敬礼しながら素直に自己紹介をした彼女に対して、つい意識せずに叫んでしまう。
だがその瞬間にはバロウズは無言で突進し、二枚刃の特殊な形状をした大鉈を彼女に対して振り下ろしていた。
絶体絶命! もうおしまいだ! と思ったその瞬間、大鉈は空中でぴたりと停止する。
同時に噴き出す赤い線。それが血である事は、サイレームにも分かる。だが理解が出来ない。
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