この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR

ばたっちゅ

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【 大火 】

十家会議 前編

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 巨大な岩を飲み込もうとする蟻の群れ――ラッフルシルド王国軍の様子を遠くから見ればその様に見えただろう。

 今度は民兵だけでなく、金属の鎧、そして盾を装備した正規兵交じりの編成だ。
 石垣を登った民兵たちは次々と数を減らしながらも、落とし穴に梯子を下ろす。そして下に行くと、今度は反対側にも同様に登り梯子を掛けていく。

 だがその過程も簡単ではない。民兵達には正規兵ほどの統率は無く、進み、退き、矢を射られる内に指揮系統を失い混乱する。これでは正規兵も自由に動けないが、防衛陣地の攻略に正規兵だけともいかない。
 混乱する現場と多大な犠牲。だがそれでも戦闘から4時間が経過した頃には、ようやくある程度の兵の支度が整う。
 落とし穴の街側の縁。そこには金属の梯子が外からは見えないように掛けられ、底には完全武装した兵士達が合図を待つ。号令と共に一斉に登り、雪崩れ込み、敵弓兵隊を殲滅するのだ。


「頃合いだな、放り込め!」

 だが先に発せられた守備隊側の合図と共に、簡素な投石機のような機械が丸い塊を射出する。目標は多数の正規兵が下りた落とし穴だ。
 放り込まれたのは巨大な網であった。太いワイヤーで編まれたそれは十数人でなければ運べない程の重量を持つ。空中で広がるように計算して畳まれており、上空で広がったそれが、落とし穴で待機するラッフルシルド王国兵士を襲う。

 一斉に上がる悲鳴と蒸気。ワイヤーで組んだ鋼鉄の網には、所々に茨のような棘が生えている。この網全体が、鏃と同じく水分を沸騰させる人類必殺の武器だ。
 全身鎧フルプレートであれば貫通はされないが、全員がそれほどの装備を整えているわけではない。
 棘が刺さった人間は悲鳴を上げ、またある者は即死し、そして棘を運よく逃れた物も恐怖で動けない。だがどかそうにも、重機でもなけば持ち上がらない重量だ。

「では、少し温めてやれ」

 合図とともに、落とし穴に通った下水管から濁流が流し込まれる。
 極寒の冬の中、流し込まれる冷たい真水。だが、その中から上がるのは悲鳴と――蒸気。

 今まで撃ち込まれた矢、それ以上に彼らが持ち込んだ矢。極めつけは、巨大なワイヤーそのものだ。触れた水をすぐさま沸騰させ、その熱湯が兵士を焼く。動けない者は絶叫を上げ、動ける者も足を焼かれ、立ち上った蒸気は肺を蒸す。

「ぐあああああぁぁぁ!」
「助けっ! 誰か! 誰かぁ! がああぁぁぁ!」

 しかし、防衛隊は侵略者の悲鳴などに耳は貸さない。だが――

「よし、水を止めろ」

 成人の脛程度まで水が貯まった時点で一回水を止める。慈悲ではない、温度を見ていただけだ。
 水を沸騰させる金属は、およそ2時間も沸騰させればぐずぐずの鉛の様になってしまう。そうなればもうただの鉄くずだ。だがそれまでは、十分に熱さを楽しんでもらおうという悪意からであった。

 落とし穴の中は地獄絵図と変わったが、攻撃命令は止まらない。だが下には降りられず橋は罠だ。次々上がってきても、もはやどこにも行き場は無くただただ倒されるだけの無駄死にであった。

 だがその頃、北の石垣では工兵隊により大きな登り口が作られつつある。
 木で組んだ櫓を組み合わせたもので、流石に人馬騎兵の様な超重量級は上れない。だが人間の兵士なら十分だ。そしてそれ以上に……。

「後どのくらいで完成しそうだ」

「21日後の朝までには完成いたします」

 現場指揮をするツェミット・ハム・ラッフルシルド将軍に工兵隊長が答える。
 これが完成すれば浮遊式輸送板を投入できる。そうなれば、もはや落とし穴など関係ない。一気に雪崩れ込み、数で押しつぶせば良いのだ。




 ◇     ◇     ◇




 碧色の祝福に守られし栄光暦218年1月18日。
 ッフルシルド王国軍がケルベムレンの街に大攻勢を仕掛けたこの日、コンセシール商国でも大きな事件が発生していた。ティランド連合王国による、輸出品の検閲が始まったのだ。

 この国は北と東がティランド連合王国に接しており、西は小国家群、南は海だ。
 西の小国家群から行ける先も、北方はティランド連合王国、南はムーオス自由帝国、西はそのまま魔族領となる。7つの門の守護国と壁沿いの国は中央管轄であるが、こちらは許可のない軍事物資は持ち込み自体が禁止だ。
 海路が使えない以上、結局は輸出の多くはティランド連合王国領内を通過する必要があるのだ。

 食料品や日用品は認可されていたが、厳しい検閲により発送は大幅に滞ってしまう。そして軍事物資に至っては、ムーオス自由帝国行き以外は完全に封じられてしまう事になった。

 これは商業国家であるコンセシールにとって、完全に死活問題である。すぐさま大量の大使がティランド連合王国へと出立したが、おそらく門前払いだろう。これは連合王国からの宣戦布告に他ならなかったのだから。

「我らが主は、従属させるだけでは飽き足らなかったらしいな!」

 すぐさま代表10家が集められた会合が開かれた席で、ビルバック・アルドライトが吠える。
 連合王国を刺激しないように兵員も削減し、求められるままに物資や資金を供与してきた。だがこれで、結局は戦争に逆戻りだ。リッツェルネールの嘲笑う顔が浮かぶ。この有様では、主戦論派が正しい事になってしまうではないか。

 連合王国との長い戦いは、散々に国家を疲弊させた。元々、小さな商業国家が軍事大国と争うこと自体がおかしかったのだ。
 更には支援国であった隣国のエバルネック王国が寝返るに至り、遂に降伏を決意する。国家と人民を守るためには正しい判断だった。

 だが主戦派は未だに納得していない。殆どは魔族領へと送ったが、最右翼のリッツェルネールはまだ生きている。奴はこれを機に、一挙に戦いへの道に突入しようとするだろう。
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