134 / 390
【 大火 】
領域の復元 前編
しおりを挟む
荒れ果てた大地に、僅かに残る湿地帯。そこに生えている植物は、まるで鉄の様な鈍い光沢を放っている。
そこら中に散乱する人骨を見れば、嫌でもかつての激戦を思い出してしまう場所だ。
「ついこの間の事なんだよな……」
そこはかつて鉄花草の領域と呼ばれていた地。そして、魔王相和義輝の初陣の地。ティランド連合王国軍と激戦を繰り広げた戦場跡だ。
そこに彼は、魔人エヴィアと魔人スースィリアを伴ってやってきていた。
「ポストに手紙は……ないよな、やっぱり」
分かってはいるが、肩から力が抜ける。やっぱり誰かの悪戯かと思われているのだろうか。人類と本気で話し合うのなら、やはりそれなりの事をする必要があるのだろう。
だが、今日ここに来た目的はそれではない。
「じゃあエヴィア、頼むわ」
「無理そうだったら、そう言って欲しいかな。言えば止めるよ」
そう言うエヴィアは、微妙に心配そうな表情を浮かべている。ユニカから学んでいるのだろうか? 最近のエヴィアはちょっとした表情や仕草に感情が現れるようになっている。元々人間との交流に興味があった魔人だ、彼女をしっかりと観察しているのだろう。
だが、そんなしみじみとした考えは、エヴィアの魔法と共に一気に消し飛んだ。
その小さな体に幾つもの光る鎖の輪が浮かぶと、それに合わせたように空に広がる油絵の具の空に渦が出来る。それは真っ直ぐ俺のところまで下りてくると、今度は魂を掃除機で吸い出すように、ぶわっとエヴィアに向けて引っ張られる。
――ちょっ! ちょい待ち! タンマ!
今まで味わった事の無い、奇妙な感覚に翻弄されてしまい言葉が出ない! 心の中で叫ぶが、エヴィアは目を閉じ動かない。多分あれは詠唱に夢中だ!
――ス、スースィリア……。
体も硬直して動かないので、目だけでスースィリアを探す。
いた――少し離れたところで、子犬ほどもあるダンゴムシを掘り起こして食べている。こちらも食事に夢中だ!
そうしている間にも、グイグイ魂が引っ張り出される感覚が続く。
だが成すがまま……諦めるしかない。多分、物凄い危険があるようだったら、スースィリアはあそこまで呑気ではあるまい。そう信じよう。信じるしかない……そんなことを考えながら、俺の意識は暗い闇に飲み込まれていった……………。
「う……うーん……」
柔らかい……ここはスースィリアの上か。
いつの間にか気を失っていたらしい。俺はスースィリアの頭、フワフワクッションの上に乗せられていた。そして頭の下にはエヴィアの太腿がある。どうやら膝枕をしていてくれたようだ。
「起きたかな。お疲れ様」
「お疲れなのである」
見上げるエヴィアは、柔らかな笑顔を浮かべてこちらを覗いている。なんだかその表情に、今更ながらドキリとした。
明るさはあまり変わっていない。1日以上眠っていたのでなければ、俺の体への影響はあまり考えなくても良いという事になる。
「どのくらい眠っていた?」
「1時間くらいかな。可愛い寝顔だったよ」
そうか……それなら大丈夫だ。
「それで領域は?」
頭をエヴィアの太腿に置いたまま辺りを見渡すと、そこは一面の湿地に姿を変えていた。
おー……と感心しそうになるが、何か違う。いや、何かじゃない不自然さ。そこにあるのはただの湿地。生物が何もいないのだ。
「そうか……生き物が増えるのはこれからなんだな」
なぜここを選んだか? それはこの領域にはまだ、この地に住む生物が生き残っていたからだ。領域が少しでも残っていれば、修復が出来る。それを聞いて真っ先に思い浮かんだのがここだった。正確には、残念ながらここしか知らないと言っていいだろう。
この次の段階。完全な荒れ地を真っ新な領域にするには俺の魔力、記憶や意志といったものを無作為に削り取る必要がある。その決断は暫くは先送りにしたいところだ。
だが実験は成功し、目的は達した。
今後も領域が欠片でも残っていれば、こうやって修復できるという事だ。今度リアンヌの丘にも行ってみよう。あそこやその周辺にも、僅かでも領域が残っているかもしれない。
「じゃあ帰るか」
起き上がりそう言いかけたとたん、湿地から女性の白く細い手がぞわっと生えてくる。それも一本や二本じゃない、何千何万本が一斉にだ。
完全な意識への不意打ち。そしてホラー。余りの驚愕に声の無い悲鳴が上がる。
「お、魔王やん」
「魔王やん」
「魔王やん」
なんだ? 男と子供の声がする。男の声が主体で、子供の声は遠距離通話の様に微妙に遅れて聞こえてくる。
「まあ、こんな事が出来るのは魔王以外はおらんよな。久しぶりやん」
「やん」
「やん」
手か!? 沼から生えてきた手が話しかけてきている。こいつらもしかして……。
「沼の精霊かな。精霊は環境さえ整えば一気に出てくるよ」
「休眠中の種に水をやるようなものか」
なんにせよ、心臓に悪い連中だ。出る時は一声かけて欲しかった。
よく見ると大体50本前後で一つの塊になっており、ワシャワシャと蠢いている。それが湿地中に無数に出ているのだからやっぱり怖い。
しかしこういったのが居るという事は……。
「あるの? 魔王魔力拡散機」
「壊されていなければ、どこかに埋まっているのであるー」
どこかって言われても、このだだっ広い湿地帯を探すのは一苦労……いや、一大発掘プロジェクトだ。
「沼の精霊よ、魔王魔力拡散機が何処にあるかわかるか?」
「分かるぞ、少し離れたところに埋まっている。深さはそうだな……30メートルくらいだやん」
「だやん」
「だやん」
……まあ、話が早くて助かった。スースィリア、悪いが掘り出して来てくれ。
そこら中に散乱する人骨を見れば、嫌でもかつての激戦を思い出してしまう場所だ。
「ついこの間の事なんだよな……」
そこはかつて鉄花草の領域と呼ばれていた地。そして、魔王相和義輝の初陣の地。ティランド連合王国軍と激戦を繰り広げた戦場跡だ。
そこに彼は、魔人エヴィアと魔人スースィリアを伴ってやってきていた。
「ポストに手紙は……ないよな、やっぱり」
分かってはいるが、肩から力が抜ける。やっぱり誰かの悪戯かと思われているのだろうか。人類と本気で話し合うのなら、やはりそれなりの事をする必要があるのだろう。
だが、今日ここに来た目的はそれではない。
「じゃあエヴィア、頼むわ」
「無理そうだったら、そう言って欲しいかな。言えば止めるよ」
そう言うエヴィアは、微妙に心配そうな表情を浮かべている。ユニカから学んでいるのだろうか? 最近のエヴィアはちょっとした表情や仕草に感情が現れるようになっている。元々人間との交流に興味があった魔人だ、彼女をしっかりと観察しているのだろう。
だが、そんなしみじみとした考えは、エヴィアの魔法と共に一気に消し飛んだ。
その小さな体に幾つもの光る鎖の輪が浮かぶと、それに合わせたように空に広がる油絵の具の空に渦が出来る。それは真っ直ぐ俺のところまで下りてくると、今度は魂を掃除機で吸い出すように、ぶわっとエヴィアに向けて引っ張られる。
――ちょっ! ちょい待ち! タンマ!
今まで味わった事の無い、奇妙な感覚に翻弄されてしまい言葉が出ない! 心の中で叫ぶが、エヴィアは目を閉じ動かない。多分あれは詠唱に夢中だ!
――ス、スースィリア……。
体も硬直して動かないので、目だけでスースィリアを探す。
いた――少し離れたところで、子犬ほどもあるダンゴムシを掘り起こして食べている。こちらも食事に夢中だ!
そうしている間にも、グイグイ魂が引っ張り出される感覚が続く。
だが成すがまま……諦めるしかない。多分、物凄い危険があるようだったら、スースィリアはあそこまで呑気ではあるまい。そう信じよう。信じるしかない……そんなことを考えながら、俺の意識は暗い闇に飲み込まれていった……………。
「う……うーん……」
柔らかい……ここはスースィリアの上か。
いつの間にか気を失っていたらしい。俺はスースィリアの頭、フワフワクッションの上に乗せられていた。そして頭の下にはエヴィアの太腿がある。どうやら膝枕をしていてくれたようだ。
「起きたかな。お疲れ様」
「お疲れなのである」
見上げるエヴィアは、柔らかな笑顔を浮かべてこちらを覗いている。なんだかその表情に、今更ながらドキリとした。
明るさはあまり変わっていない。1日以上眠っていたのでなければ、俺の体への影響はあまり考えなくても良いという事になる。
「どのくらい眠っていた?」
「1時間くらいかな。可愛い寝顔だったよ」
そうか……それなら大丈夫だ。
「それで領域は?」
頭をエヴィアの太腿に置いたまま辺りを見渡すと、そこは一面の湿地に姿を変えていた。
おー……と感心しそうになるが、何か違う。いや、何かじゃない不自然さ。そこにあるのはただの湿地。生物が何もいないのだ。
「そうか……生き物が増えるのはこれからなんだな」
なぜここを選んだか? それはこの領域にはまだ、この地に住む生物が生き残っていたからだ。領域が少しでも残っていれば、修復が出来る。それを聞いて真っ先に思い浮かんだのがここだった。正確には、残念ながらここしか知らないと言っていいだろう。
この次の段階。完全な荒れ地を真っ新な領域にするには俺の魔力、記憶や意志といったものを無作為に削り取る必要がある。その決断は暫くは先送りにしたいところだ。
だが実験は成功し、目的は達した。
今後も領域が欠片でも残っていれば、こうやって修復できるという事だ。今度リアンヌの丘にも行ってみよう。あそこやその周辺にも、僅かでも領域が残っているかもしれない。
「じゃあ帰るか」
起き上がりそう言いかけたとたん、湿地から女性の白く細い手がぞわっと生えてくる。それも一本や二本じゃない、何千何万本が一斉にだ。
完全な意識への不意打ち。そしてホラー。余りの驚愕に声の無い悲鳴が上がる。
「お、魔王やん」
「魔王やん」
「魔王やん」
なんだ? 男と子供の声がする。男の声が主体で、子供の声は遠距離通話の様に微妙に遅れて聞こえてくる。
「まあ、こんな事が出来るのは魔王以外はおらんよな。久しぶりやん」
「やん」
「やん」
手か!? 沼から生えてきた手が話しかけてきている。こいつらもしかして……。
「沼の精霊かな。精霊は環境さえ整えば一気に出てくるよ」
「休眠中の種に水をやるようなものか」
なんにせよ、心臓に悪い連中だ。出る時は一声かけて欲しかった。
よく見ると大体50本前後で一つの塊になっており、ワシャワシャと蠢いている。それが湿地中に無数に出ているのだからやっぱり怖い。
しかしこういったのが居るという事は……。
「あるの? 魔王魔力拡散機」
「壊されていなければ、どこかに埋まっているのであるー」
どこかって言われても、このだだっ広い湿地帯を探すのは一苦労……いや、一大発掘プロジェクトだ。
「沼の精霊よ、魔王魔力拡散機が何処にあるかわかるか?」
「分かるぞ、少し離れたところに埋まっている。深さはそうだな……30メートルくらいだやん」
「だやん」
「だやん」
……まあ、話が早くて助かった。スースィリア、悪いが掘り出して来てくれ。
0
お気に入りに追加
62
あなたにおすすめの小説
豪華地下室チートで異世界救済!〜僕の地下室がみんなの憩いの場になるまで〜
自来也
ファンタジー
カクヨム、なろうで150万PV達成!
理想の家の完成を目前に異世界に転移してしまったごく普通のサラリーマンの翔(しょう)。転移先で手にしたスキルは、なんと「地下室作成」!? 戦闘スキルでも、魔法の才能でもないただの「地下室作り」
これが翔の望んだ力だった。
スキルが成長するにつれて移動可能、豪華な浴室、ナイトプール、釣り堀、ゴーカート、ゲーセンなどなどあらゆる物の配置が可能に!?
ある時は瀕死の冒険者を助け、ある時は獣人を招待し、翔の理想の地下室はいつのまにか隠れた憩いの場になっていく。
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しております。
異世界転生してしまったがさすがにこれはおかしい
増月ヒラナ
ファンタジー
不慮の事故により死んだ主人公 神田玲。
目覚めたら見知らぬ光景が広がっていた
3歳になるころ、母に催促されステータスを確認したところ
いくらなんでもこれはおかしいだろ!
転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜
犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。
馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。
大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。
精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。
人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
異世界魔王召喚〜オッサンが勇者召喚じゃなくて魔王召喚されてしまった件!人族と魔族の間で板挟みになってつらい〜
タジリユウ
ファンタジー
「どうか我々を助けてください魔王様!」
異世界召喚ものでよく見かける勇者召喚、しかし周りにいるのは人間ではなく、みんな魔族!?
こんなオッサンを召喚してどうすんだ!
しかも召喚したのが魔族ではないただの人間だ と分かったら、殺せだの実験台にしろだの好き勝手言いやがる。
オッサンだってキレる時はキレるんだぞ、コンチクショー(死語)!
魔族なんて助けるつもりはこれっぽっちもなかったのだが、いろいろとあって魔族側に立ち人族との戦争へと……
※他サイトでも投稿しております。
※完結保証で毎日更新します∩^ω^∩
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
底辺おっさん異世界通販生活始めます!〜ついでに傾国を建て直す〜
ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
学歴も、才能もない底辺人生を送ってきたアラフォーおっさん。
運悪く暴走車との事故に遭い、命を落とす。
憐れに思った神様から不思議な能力【通販】を授かり、異世界転生を果たす。
異世界で【通販】を用いて衰退した村を建て直す事に成功した僕は、国家の建て直しにも協力していく事になる。
Hしてレベルアップ ~可愛い女の子とHして強くなれるなんて、この世は最高じゃないか~
トモ治太郎
ファンタジー
孤児院で育った少年ユキャール、この孤児院では15歳になると1人立ちしなければいけない。
旅立ちの朝に初めて夢精したユキャール。それが原因なのか『異性性交』と言うスキルを得る。『相手に精子を与えることでより多くの経験値を得る。』女性経験のないユキャールはまだこのスキルのすごさを知らなかった。
この日の為に準備してきたユキャール。しかし旅立つ直前、一緒に育った少女スピカが一緒にいくと言い出す。本来ならおいしい場面だが、スピカは何も準備していないので俺の負担は最初から2倍増だ。
こんな感じで2人で旅立ち、共に戦い、時にはHして強くなっていくお話しです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる