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【 大火 】

それぞれの準備 後編

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 皇帝陛下への謁見の間だと言うのに何という態度か!
 皇帝の左右に控える男、それに2名の衛兵が一斉に彼を睨めつける。
 だが、その瞳に映る感情は無礼への怒りだけではない。異質の者、異常な者を見る目。憎悪と侮蔑に満ちた悪意の視線。だが、わずかに恐怖の感情も混じる。この国で、この男はそう評価されている人間だった。
 だが、見られている当人は全く意に介さない。そんな事は慣れている、そう言いたげだ。

「例のモノはいつ仕上がる」

 ザビエフ皇帝は静かに見下ろしながら訪ねる。

「いつ? いつでも、今すぐにでも! 陛下の覚悟さえあれば、今この瞬間にも飛び立ちましょう! 今更そんな事で呼び出したのですか?」

「貴様! 誰に対して物を申しているか分かっているのか!」

 ヘッケリオの吐き捨てるような言葉に対し、左に控えていた男――ハイウェン国防将軍の怒声が響く。
 246センチの長身は、ここにいる人間の中では最も高い。黒い肌に短く刈りあげた黒い髪、それに漆黒の瞳。体にぴったりと合わせた壮麗な軍服と、白、緑、青、黄の4つの三角を四角に纏めた図柄――ムーオス自由帝国の国旗をあしらったマントを身に纏っている。

「誰に? 皇帝陛下にで御座いましょう。貴方ではありません」

「よさぬかぁー!」

 そんな両者のやり取りをザビエフ皇帝が一喝する。
 ハイウェン国防将軍は恐縮し静かに一礼すると一歩引く。だがヘッケリオには変わりなしだ。

「それで、何人必要だ?」

 両手を顔の前で組み、下を向きながら訪ねる。顔を見たくない……まるでそんな感情を表しているかのようだ。

「それはその専門家が考えることでしょう。一応、30万人程度だと試算されていますね」

 謁見の間に沈黙が訪れる。誰も彼の言に応えない。
 その様子に感情を害したのか、今まで冷静にふてぶてしい態度をとっていたヘッケリオの感情が顕わになった。

「たった30万ですよ、たったの! あの蟻ごときに1千万人殺されて、まだ30万程度を惜しむのですか? それとも金の問題ですか?」

 ブチッと――何かが切れる音が聞こえるような幻聴と共に、ハイウェン国防将軍の怒声が謁見室に響き渡る。

「もう許せん! 衛兵、この狂犬をつまみ出せ!」

 こうして不埒者――と言っても呼んだのは皇帝自身だが――が追い出されると、ようやく謁見の間には平穏が訪れた。

「コルキエント」

「ハッ!」

 皇帝は静かに宰相の名を呼ぶと、右に控えていた男が一歩前に出る。
 身長207センチ。黒い肌に、ツインテールにした艶やかな髪。切れ長の目に淡い赤色の瞳。それは赤い白目もあって、遠目には瞳が無いように見える。
 僅かに模様が違うがハイウェン国防将軍とよく似た壮麗な衣装を纏い、同じマントを羽織っている。

「3年間もたせよ」

「畏まりました」

 宰相のコルキエントは深々と礼をしながら短く答える。

「ハイウェン、あちらは予定通りだろうな?」

「はい、予定取り3ヶ月後に完成いたします。ただ完全を期するのなら2年は訓練を行いたいところであります」

「そこまで待っては、我が帝国はもたぬよ……」

 これから夜まで、謁見の間は予約でいっぱいだ。全てが所属各国からの大使たち。皆、祖国の窮状を訴えに来ているのだ。ヘッケリオがこの時間に呼ばれたのも、他に開けられる時間が無いからだった。

 ザビエフ皇帝は深く溜息をつくと、次の者を入れるよう衛兵に指示した。




 ◇     ◇     ◇




「そうか、引退するか」

 ハルタール帝国ケルベムレンの街。石垣で囲まれた商業都市で、オスピア帝は一人の男と面会していた。

 貴賓用の豪勢な部屋には、贅をつくした机や椅子、ベッドなどの家具やカーペットが敷かれ、窓にはレースの優雅なカーテンが風で揺れている。
 だがオスピアは丈の長いTシャツに毛糸のジャンパースカートという、庶民に混じっても何の違和感も無い格好をして、床に胡坐をかいて座っている。
 身長より長い淡い金色の髪は、踏まないようにするためだろうか、椅子の上にまとめて置いてあった。

 そして目の前にいる男は、何もかもが彼女と対照的だ。
 身長131センチのオスピアに対し、220センチの巨漢。大人と子供どころの比ではない。
 丸いほっぺの童顔に対し、男は精悍な獅子の顔立ち。髪は同じ金髪だが、こちらは角刈りと言って良い程まで短く刈り揃えられていた。
 そしてラフな格好で無造作に座る彼女に対し、こちらは白を基調とした立派な礼服を纏い、彼女の前で平伏している。

 ユーディザード王国“歩く城塞”マリクカンドルフ・ファン・カルクーツ元国王は、主であるオスピア帝に退位の挨拶に来ていたのであった。

「ハッ、此度の失策を受け、自ら判断いたしました。今後は本来のユーディザード血族から新しい王が選ばれましょう。通例ならば希望塚へ行くのが筋というものでございますが、あの戦いで我らの血族の多くが失われました。今暫くは、血族の今後を見守りたいと存じます」

 リアンヌの丘に参加していたファン・カルクーツ血族は422名。その内、 マリクカンドルフただ一人を除いた421名は戦死していた。
 前代未聞の失態にして恥辱。それでも生きることを決めたのは、それよりも大切な用があったからだ。

「それで皇帝陛下、私めにいかなるご用命であらせられますでしょうか?」

「慣れぬ言い回しは良い。まるで出来ておらぬぞ。やはり宮廷作法は身につかなんだか」

 見た目ではオスピアの変化は解らない。だがそれなりに付き合いの長いマリクカンドルフは、彼女が少し楽しそうなのを肌で感じ取っていた。

「用というのは簡単だの。この街を守ってもらいたい。実のところ、既に話は付けてあっての。今後ファン・カルクーツ血族はハルタール帝国所属とする」

「守る……ですか?」

 精悍な獅子の顔と、生気溢れるオレンジの瞳に困惑の色が覗く。
 ここはハルタール帝国内陸部であり、周囲全域は味方領で固められている。
 一番近い魔族領との境界はノヴェスコーンの門までの500キロ程。ここから南に200キロ先には所属国のラッフルシルド王国。
 さらに先には小国家群があり、その西は壁の内側にある魔族領周辺国、東はティランド連合王国。
 地形的に考えれば、何かが攻めて来る場所では無い。
 もし魔族がここまで攻めてくるのであれば、既に人類は絶望的な状況に追いやれられている事だろう。

 また街自体も、規模はそれなりに大きな商業都市といった程度であり、特別何かの中心や重要拠点という訳でも無い。
 左遷……そう言った考えも浮かぶが、わざわざ血族一つを引き抜いてこんな場所を守らせる意味が果たしてあるのだろうか?

「ここは要地である。よろしく頼むぞ」

 だが敬愛するオスピア帝の命とあらば、断る理由が無い。だが敵前逃亡者である自分に将兵達はついて来るのだろうか? それだけが唯一の心配であった。
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