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【 大火 】

凌辱

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 何だろう? 寝付けない。
 結局、彼女をホテルへ連れて行って良いのかの思案がまとまらず、今日も魔王の居城で一泊する事になった。
 寝る場所は魔王の私室。やたら粗末な古いベッドだが、幸いにも人間の重みに耐えるだけの丈夫さは備えていた。

 だが、今日はなかなか眠りに入れない。それどころか、俺の下半身は超元気。
 多分、あの彼女のせいだ。

 大きな紺色の目に青色の髪。ちょっと童顔で可愛いタイプの顔つきだが、実際には俺よりずっと大人なんだろう。あの強烈な瞳……俺を殺す、必ず殺す、絶対に殺す、そういった強い意志を感じた。
 手足は棒のように細くお尻も小さかったが、胸はちょっとは有りそうだった。

 そしてあのセリフ。

「この貧相な体ですが、好きなようにお使い下さい……か」

 そっちの趣味があるわけだは無い。むしろ、あんな言葉を言わせてしまったら男として――いや人間として失格だ。
 しかし澄んだ愛らしい声であんな台詞を吐かれては、グッと来ない方がおかしい。でもやっぱり、あの瞳は本気で怖い。

 そんな複雑な感情に体が反応してしまっているのだろうか。
 だが快楽の為だと軽く考えていたが、いざ繁殖用と言われるとドン引きしてしまう。
 本来なら確かにその為の行為だ。だが俺には……。

(人の親になんて、なる資格は無いだろ……)

 それとも久々にエヴィアが蜜蟻の蜜を持ってきたので、最初の頃を思い出していたからだろうか。
 そういえば自分が封じられていた頃、女性の体に過剰に反応していた気がする。あれは人間として生きていくために、パートナーを作れと言う意味合いがあったのだろうか……。
 ぼんやりとした頭でそんな事を考えていると、なにか聞こえている気がする。
 扉の向こう……玉座がある大ホールの方か……?


「判っているわよ。覚悟は……出来ているわ」

 これは……女性の声か?
 エヴィアやスースィリアではないし、ルリアでもないな。もっと澄んだ声だ。

 他の死霊レイス同士の会話か何かだろうか? そんなことを考えていると、バンっ! と勢いよく扉が開く。

 ――なんだ!?

 異変を感じて咄嗟とっさに起きようとするが、体が痺れた様に動かない。
 入ってきたのはエヴィアが拉致ってきた少女。倉庫に放り込んであったはずだ!
 身の危険を感じる。だが死の予感はしない。そもそも、この状況を魔人が許すのか!?

 少女はゆっくりと歩き、ベッドの横に立つ。
 武器の様なものは持っていない。だがこの状況だ、紐一本あれば女性でもたやすく殺せる。
 誰か!? 誰かいないのか? そう目だけで見渡すと……居た、エヴィアだ。
 扉の隅で、じっとこっちを見ている。だがどう見ても、助けようとする姿じゃない。
 しまった、こいつが主犯か!

 ――とにかくストップだエヴィア。状況の意味が解らん!

 分かった様に、コクコクとうなずくエヴィア。だが状況は変わらない。
 ダメだ、意識がぼんやりとする。絶対に通じていない!

 そうこうしている内に、少女は衣服がはらりと落ちる。やばい、見てはいけないような、見たいような……。

「何を……する……つもりだ……」

 全力で会話しようとしても、蚊の鳴くような小さな声しか出ない。
 これは間違いなく、一服盛られた感じだ!

 だが少女は答えない。何も言わず全ての衣服を脱ぎ去ると、俺の上に馬乗りになる。
 想像していたよりも、だいぶ大きく形の良い乳房、丸みを帯びたお腹。そしてその下までもがハッキリと見える。

 一糸纏わぬ姿の胸元に、首から下げた卵のような形の首飾りが揺れている。
 そこに描かれた黄色と緑の鱗模様……見覚えのある文字だ。悠久の希望を求め、永劫の明日の世界へ。オルコスと同じ……!
 彼を殺したトラウマが、冷たい刃となって心臓に刺さる。

「馬鹿な……考えは……やめ……ろ」

 手を伸ばして退けようとするが、まったく力が入らない。微かに動いた手は痺れた様に震えるだけだ。これではどうしようもない。

「話し……合おう。要求が……あるなら……聞く……」

「ぐだぐだうるさい! これからアンタを、犯す!」




 ◇     ◇     ◇




 その1時間ほど前、倉庫に放り込まれたユニカ・リーゼルコニムは、目の前に置かれた物を見て愕然となった。
 意識ははっきりしているのに、体は糸が切れた人形の様に、ガクンと膝から崩れる。

 目の前にあったのは粗末な木の看板。それ自体は普通の物だ。だがそこに張られた一枚の白い布。
 ナイフを突き立て張られたそれには『死ね!』と書かれた文字が見える。見間違えるわけがない、自分が書いたものだ。

 今まで悪い事は全て魔族のせいだった。気に入らない事があれば魔族を罵り、いつか魔族を殺すんだと豪語した。反論も反撃も無かったからだ。そこが人間領だったからだ。
 だがここは違う、魔族領だ。魔族に対する悪意も敵意も、そのまま自分に戻って来ると何故分からなかったのだろう。
 あの魔族は自分を探しに来たのだ。自分の軽はずみな行動が、仲間を殺してしまったのだ。


 腰が抜けて動けない彼女の背後で扉が開き、魔人エヴィアが入って来る。

「食事かな。一応は生かす事が決まったから、当面は殺さないよ」

 そう言って、上から顔を覗き込みムカデの串焼きを2本渡す。
 その顔は完全に無表情で、何を考えているのかは分からない。
 さっきこの魔族は自分を食べると言った。串刺しにされたムカデの姿が、自分の姿と重なって見える。

「当面は……よね。ねぇ、ここは何処なの? 私をどうしたいの!」

 勇気を振り絞り声を出す。
 ユニカは必死だ。なんと言っても、これからの命運が掛かっている。
 自分の仲間を殺してさらってきた相手に聞く自分が愚かしい。だがそう思いながらも聞かずにはいられない。

「それは答えられないかな。繁殖用に持ってきたけど、魔王はいらないって。エヴィアもいらないから、決定は魔王に任せたよ」

「それって結局殺すって事じゃない!」

 外見上は何の変化も無いが、これにはエヴィアは驚いていた。殺さないと宣言したはずなのに、この人間はどうしてそう思ったのだろうかと。
 魔王とコミュニケーションが取れていたのは、魔王が合わせてくれていたからなのだろうか?
 かなり人間に近いと自負していた言語力に齟齬そごがあるのだろうか?
 エヴィアの頭に疑問が湧く。

「違うかな。処分が決まるまでは生かしておく……で良いのかな?」

「かなかなじゃないわよ! それじゃ同じじゃない!」

 だがエヴィアには理解できない。ユニカにもどうする事も出来ない。
 エヴィアは混乱し、ユニカは生きるために知恵を絞り、最初に話を持ち出したのはユニカであった。

「ねえ、魔王の子供は強力な力を持つって言うのは本当なの?」

「それは本当かな。魔王の子供は強力な力の一部を引き継ぐよ」

 ――あれ? 今の魔王って引き継ぐ程の力は無かったかな?

 一瞬そんな考えがよぎるが、既にユニカは思考に入っている。生きるために道……いや、それだけじゃない。人類の為に出来る事、反撃の手段。

「良いわ、産んであげようじゃない。魔王の子供を!」

 起死回生の一案。魔王の子供に魔王を殺させる。勿論、邪悪な魔族と交わったとなれば、自分は同じ人間達に殺されるだろう。だがそれが何だと言うのだ。
 救世主などになるつもりはない。魔女として殺されても構わない。人類の義務として、生きる手段として、自分は魔王を殺す毒を手にするのだ。




 ◇     ◇     ◇




 最初は、身の丈よりも少し上の、オシャレなレストランで食事。
 場所は、出来る限り有名なホテルの部屋。綺麗な夜景か砂浜が見えれば更に良い。
 そして互いの愛を確かめ合いながら、心から相手を尊重し、優しく結ばれる。
 そんな日を秘かに夢見ていた……。

「犯された……」

 相和義輝あいわよしきは放心しながら泣いていた。めそめそと……。

「男がいつまでもメソメソ泣いてるんじゃないわよ! それでどうなの?」

 一喝する少女の横では、エヴィアが下腹部に手を当てて何かを調べているようだ。
 そんなんで何かわかるのか……?


 ずぶり――それは、自分の体にナイフを突き立てるかのような行為だった。
 涙を流し、歯を食いしばり、片手で首飾りを握り締め、そして俺を憎しみの瞳で睨みつけたまま、彼女は体を動かした。
 そんな彼女の姿を、麻痺して動けない俺は混濁した思考の中で眺めていた。
 互いに愛は無く、こちらは何も理解できず、そして彼女は憎しみだけを抱いていた。

(どうしてこんな事になったのだろう……)

「多分ダメかな? 上手くいっていないよ」

「多分じゃないわよ! 本当にダメなの!?」

 エヴィアの暢気そうな声と、彼女の怒声は実に対照的だ。
 だがそんな感慨は許されない。

「もう一度するわよ!」

「ま……待て……冷静に……なれ……」

「うるさい! あんたは天井のシミでも数えていればいいのよ!」

 ――何を盛られたか分からないが体が動かない……エヴィア、なんとかしろ!

「亜人達が交尾の時に食べるコロアネの実かな。3日間は続けることが出来るから大丈夫だよ」

 ――そっちじゃねぇ!


「今度はどうなのよ!」

「多分大丈夫かな。でもここからは運しだいだと思うよ」

「運!? 確実性は無いの!?」

「無いかなー。でも運命は頑張る人の味方だって誰かが言ってたよ」

 ヒステリックな少女とのんびりとしたエヴィア。
 ようやく俺が解放されたのは、6回目が終わった後だった。

「まあいいわ、帰る!」

「お布団用意するかな」

 ――いやまてエヴィア! お前はまず、この状況を何とかしていけ!

「あ、そうだったかな。忘れていたよ」

 そう言うと、俺の大事なところに変な生物をスポっと被せる。
 ぶよぶよした白い体。鮮やかな青い縦縞が入っているが、尾の部分は真っ白だ。

「なん……だ、これ……」

「アオシマオジロチンコスウオオナマコかな。こういう時に人間が使うんだって、ゲルニッヒが持ってきてくれたよ」

 ――やっぱりあいつも一枚噛んでいたのか!

 無情にも閉まる扉。もそもそと動き出す大ナマコ。天井で、あらあらまあまあとこっちを見ている死霊レイス
 いやだ! これはいやだぁー!
 頼む、せめて……せめてサキュバスを呼んでくれぇ―!

 だが、相和義輝あいわよしきの心の叫びに応える者は、誰もいなかった。
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