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【 大火 】

攫われた奴隷 後編

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 気の毒だとは思うが、何らかの形で処分しないとダメだろうな。

「処分と決まりマシタ」

 首を掴んでいる魔族が死刑宣告を告げる。
 この真っ暗で、死霊レイス達の明かりで照らされた魔族の巣。ここがあたしの死に場所。人生の終点。

「うっ、ううっ、うわああぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」

 溜まらず泣き出すしかなかった。泣いた処で助かりはしない。だが非力な自分の力では、もうどうしようもないのだ。
 いや、たった一つある。残された手段。
 プライドが邪魔をする。だが、今は生き延びたい。どんな事をしてもここで終わりたくない。

「お、お願いします……どうか……殺さないでください……。何でも……何でも致します。この貧相な体ですが……どうぞご自由に使い……下さい……ませ」

 それは奴隷となった時に教わった言葉。母も、姉も、妹も、血族の器量良しは皆そう言って貰われていった。
 まさか自分が口にする日が来るとは思わなかった。だけど今は……仕方がないんだ。




 ――溜息が出る。割りと本気で。
 平和を愛する正義の魔王になるんじゃなかったのか……俺。
 女の子に何て事を言わせているんだ……これじゃ本当に悪の魔王様だわ。

「とりあえず、倉庫に放り込んでおいてくれ……」




 ◇     ◇     ◇




 南方、カレオン王国。ムーオス自由帝国に所属する国であり、約500キロメートルの長い海岸線を有する人口4000万人の海洋国家。
 漁業も盛んに行われているが、現在では海水で生育する麦、通称”海麦”の栽培が産業の中心だった。

 内陸に向けて10キロ以上に渡った海水田。柔らかな砂地の上に10センチほどの深さの海水が静かに波打ち、収穫の季節には、水田の様に一面が小麦色に輝く美しい景色を見る事が出来る。
 この海は領域だ。だが人類は海の領域を解除する事が出来ない。その為、分かっていながらも、その豊かな恩恵にあずかっていた。

 いや、この国だけでは無い。安全な海岸にはどこも海麦畑があり、その食糧輸出は人類の台所を支える巨大産業だった。

「これはだめだ……」
「こちらもだ……全滅だ……」

 一人の農民が、力なく海麦畑に跪く。
 本来であれば、そろそろ海の上にまで生育する頃。来年はどれくらいの量が採れるかを見るためにも大切な時期だ。だが今や、全ての麦が紫色に変色し海の中で揺れている。
 海の領域が不確かになったため、今まで入って来なかった微生物による病気が蔓延したためだった。

「この国……いや、世界はもう終わりだ……」

 地平線の彼方には、かつて見た事も無い巨大な海竜が力強く跳ねている。
 海路は消え、漁にも出られず、海の畑は全滅した。誰の目にも、この世の終わりが映っていた。



 ◇     ◇     ◇



「ホントに何で拾ってきたの?」

 拉致してきた女の子を倉庫に放り込んだ後、改めてエヴィアに聞いてみる。
 俺の為であることは間違いないが、この考えは絶対に間違いだ。

「言った通りかな? 魔王は無駄な魔力は使えないけど、そういった事はしたいでしょ?」

 しょ? と言われるとハイと答えるしかない。
 実際そうなのだ。それに関しては間違いない。

「だけど拉致はダメだぞ、拉致は」

「イエ、別に前例が無い訳ではありマセン。先々代魔王の時は日常茶飯事デシタ」

「それをした先々代の方がおかしいんだよ!」

 だがそう言いながらも、案外間違ってはいないんだろうなとは思う。これはどちらかと言えば性格的な物だろう。手にした力をどうするかは、結局は当人次第だ。
 それに、人類の情報を得るために手頃な人間を拉致って来る……それは、実際に俺の頭の中にあったことだ。

「じゃあやっぱり処分するー? まおーが嫌なら、吾がやっておくのであるぞー」

 スースィリアが提案して来るが、それだと話が一周してしまう。これでは堂々巡りだな。
 と言うか……。

「エヴィア、本当に俺の為だけか?」

「なんの事かな?」

 誤魔化そうとしているようだが、目が泳いでいる。魔人は……少なくともエヴィアは嘘をつけない。
 これでも、それなりに濃い付き合いはしてきたつもりだ。こんな時には絶対に何かある。

「誤魔化してもダメだぞ、ちゃんと目を見て話しなさい」

「人間の交尾に、ちょっと興味があったかな」

 まっすぐに俺の目を見つめて言う。うん、ちゃんと目を見て話せとは言ったが、ここまで正直でキラキラした瞳を向けながら言われるとちょっと困る。
 しかし魔人の興味か。確かに散々そんな気配を見せながらも、俺はエヴィアにそっちの話はしてこなかった。いったい実際にはどんな事をしたいのか、気になってはいたのだろう。

 確かに最近……あの戦いがあってから魔王の子供に関して色々考えていた。
 魔人とは会話が無くても大体の意思疎通は成立する。まるでこちらの思考を読んでいるようにだ。だが百パーセントではない。余計な事を考えていると、曲解することは今までもあった。

「俺の為であることは間違いないんだよなー……」

 頭を掻く。考える。だが結論は出ない。

「本人にその気があるのでしたら良いのデハ?」

「ゲルニッヒ……お前はアレを本人の意志だと思ったのか?」

「ハイ、間違いアリマセン。確実に自分の脳で思考してイマシタ」

 ――そこに至る前提条件が抜けているのか。人類と友好関係を構築する前に、こちらも少し情操教育が必要かもしれない。

「分かった。しばし保留だ。本人の意思が無い限り、俺はそういう事はしない。それに彼女も処分はしない。最終的には何処かへ放すとしても、当面は面倒見よう」

 一応は捕虜として扱う。これで話はまとまった……はずであった。
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