この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR

ばたっちゅ

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【 儚く消えて 】

死闘 前編

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「こちらも会うのは初めてですが……結構、私の事は覚えているようですね」

「魔人はヨハンの事は忘れない」

「その名は捨てましたよ。人として生きていくためにね」

 言うや否や、後ろに跳躍して落ちていたフランベルジュを拾う。
 また二刀流に逆戻りだが、針が飛んでこないのはありがたい。

 ――が、フランベルジュから一瞬だけ手を離すと、間髪入れずに投擲針を投げてくる。
 アブねぇ! 器用すぎるだろ!

 だがその針は目の前で切断され、力なく地面に落ちる。
 距離は十分、あの程度ならエヴィアの触手で防ぐのも容易だ。
 取り敢えずは少し膠着したって事だな。こいつには効きたい事が山ほどある。

「人として生きていくってどういう事だよ」

「父が死んだ時にそうなったのですよ。貴方にとって、何代前の魔王かは知りませんがね」

 じりじりとヨーツケールから距離を離すケーバッハ。

「その様子では……貴方は随分無知のようだ。知っていますか? 歴代の魔王がなぜ死んだのかを。そこの魔人共に殺されたのですよ!」

 音も無く跳躍したヨーツケールの左二本の鋏がケーバッハを襲う。
 当たれば即死は間違いない、鉄のケンタウルスさえ葬った必殺の一撃。

「ぬうん!」

 だがケーバッハはフランベルジュを交差してそれを受け止める。
 金属と金属がぶつかり合う衝撃音が響き、押された奴の足が地面を抉る。だが少し妙だ……受け止められた? あの一撃が?

「さありゃー!」

 両手のフランベルジュによる乱打! 乱打! 乱打!
 逆に猛攻を受け、ヨーツケールの黒い艶やかな体に無数の傷が作られていく。
 完全に一方的な攻撃。反撃の暇すらなく、じりじりと後退するだけだ。

 どう見ても劣勢だ。何かがおかしい……いつものキレがない。ヨーツケールはツンデレだから、言動と行動が一致していないのか?

 ようやく猛攻を左の鋏で受け止め、右の鋏による強烈なフックを放つ。重心ごと移動させた強烈な一撃……だがそれは易々と躱され、逆にその巨体は半回転して尻もちをついてしまう。
 その一瞬の隙を見逃さず、ケーバッハがこちらに一直線に向かってくるが――

「魔王!」

 間に割って入るエヴィア。
 しかし――、

「ぬぅん!」

 勢いよく振り下ろしたケーバッハのフランベルジュが、エヴィアの左肩からへそまでを一気に切り裂いた。

「エヴィア!」

 だが出血は無い。白い餅の様な断面も、見えない何かに繋がれているようにじわじわと戻りつつある。
 制止するケーバッハ、それを睨みつけるエヴィア。まるで一瞬時が止まったかのように硬直する。

「なるほど……むんっ!」

 背をそらし両手を広げると同時に、ブチブチと大量の糸が千切れる音が鳴る。そのまま後ろに跳躍し、エヴィアから距離を取る。
 ダッフルコートのあちらこちらに切れ目が見えるが、どう見ても金属質だ。ワイヤーを編み込んだ服。あれも鎧の一種なのか。

「やれやれ、このコートはもう作れる職人がいないのですがね。知っていますか、黒骨病を。あれで全員死んでしまったのですよ」

「悪いが知らないな。病気の事まで責任は持てないよ」

 軽口を叩きながらも状況を確認する。亜人達は暴れるヨーツケールから離れるように周囲を開けているが、キョロキョロしているだけで理解できないと言った顔をしている。

 エヴィアは触手で動きを封じようとしたのだろうが、上手くいかなかったらしい。先ほどの音は触手が大量に引き千切られた音か。

 ヨーツケールもようやく起き上がるが、その口からは白い泡状の液体を垂れ流している。

 ――しまった、疲労だ!
 考えてみれば、ヨーツケールは殆ど休息をしないまま戦いっぱなしだ。しかもたった今まで、巨大な鋼鉄のケンタウロスと戦っていたばかりなのだ。

 魔人と言えども休息は必要。一番最初に考えていた事なのに、いざ実戦で失念するとは何と愚かな事か!

「やはり魔人は強い。2匹も居てはなかなか目的を達成できませんな」

 そう言いながらこちらをチラチラと見てくる。目的が俺の殺害なのは言うまでもないだろう。逃げるか戦うか……どちらの道も厳しいが、おそらくこの状況で逃げられるほど甘くはないだろう。
 それに俺は今、どうしても聞いておきたい事があった。

「エヴィア、歴代の魔王が魔人に殺されたっていうのは本当なのか?」

「そうだ、魔王よ。我ら魔人が殺した」

 代わりにヨーツケールが答える。

「なら俺も、いつかは魔人に殺されるのか?」

 しばしの沈黙。そしてエヴィアがゆっくりとこちらを振り向く。
 そこには、今まで見たことも無いほどに深い悲しみを湛えた瞳。

「もし魔王がそれを望むなら、エヴィアが魔王を殺すよ」

 ……分かった。今はそれだけで十分だ。

「詳しい事は後で聞く。エヴィア、ヨーツケール、その男を殺せ!」

 刹那、ヨーツケールが動く。残った体力を振り絞り、魔人本来の機敏かつ重厚な動き。
 瞬間移動の様にケーバッハの眼前に移動すると、両上腕の巨大な鋏を振り上げ、落とす。
 目で追えない程の速度で叩きつけられる5メートルの巨大な塊。

 だが、ケーバッハはむしろこの時を待っていた。
 左の鋏を交わすと同時に一閃――180度の弧を描くように振られたフランベルジュが、右上の鋏と胴の間、繋いでいる腕を切り裂いた。
 それは完璧に決まったカウンター。今までの様に衝撃で外れたのとは違う、ゴトリと落ちた鋏は黒から白へと色を変える。

 間髪入れずに音も無くエヴィアの触手が攻撃をするが――

「少ないですな。もうネタ切れですか」

 まるで意に介さぬと言うように突進すると、真上から垂直の一撃放つ。修復されたばかりのエヴィアの左肩から左胸までが、再びザックリと切り裂かれる。

「いったあぁぁ!」

「ほう、当たりましたか」

 エヴィアの悲鳴と勝ち誇ったようなケーバッハの言葉。エヴィアが痛がった!?
 普段は魔人同士の体に腕だの牙だの突っ込んでいるが、互いに気にしているそぶりはない。だが一度だけ、エヴィアが痛がったことがある。スースィリアがエヴィアにちょっとお仕置きのようなことをした時だ。
 一回だけ、だが考えるべきだった。魔人には本体……弱点があるのか。

 その背後から再びヨーツケールが攻撃するが、再びカウンターが一閃。振り向きざまに放たれた強烈な突きを左上腕に受け、今度も根元から切断されてしまう。だが――、

 ボキボキと金属と骨が砕ける音が響く。切り落とされた左の鋏が地面に落ちよりも早く、右の鋏がケーバッハの左腹を襲ったのだ。
 咄嗟にフランベルジュで防いでいたが、その強烈な一撃を止める事は出来なかった。
 魔力で強化された左のフランベルジュは砕け散り、小さな人間の体は軽々と吹き飛ばされる。

「ぐお!」

 吹き飛ばされた勢いでオーガの壁に当たると、そのままピンボールのように跳ね飛ばされ大地に叩きつけられる。
 左腕、肩、肋骨を砕かれ、折れた肋骨が灰を突き破る。吐き出された血が大地に大きな染みを作り、大の字の形でうつぶせに倒れたまま動かない。
 これで終わりかと思われた――だが、終わってなどはいなかったのだ。
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