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【 儚く消えて 】

魔王の息子 後編

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 ――何でここまで接近されたんだ!

 だが考えるよりも早く、ほんの一瞬で目の前まで跳躍して来る。顔が近い、互いの鼻が当たりそうなほどに!

「さようなら、魔王」

 だが男の剣は、見えない何かにガクンと引っ張られ、ギリギリ左右の脇腹を斬られる程度で済んだ。
 だが痛い! もう少し深かったら内臓が飛び出して死んでたぞ!
 すぐに互いに距離を取りにらみ合う。

「随分な挨拶だな……気が付かなったよ」

 だが周囲の亜人達は、この状態に気が付いていない。
 目の前に人間がいるのに、一切攻撃をしないのだ。余りにも異常だ。
 だがエヴィアは気が付いている。たった今も俺を救ってくれた。いつの間にか俺の前に出ているので後ろ姿しか見えないが、普通の人間相手にエヴィアが後れを取る事は無いだろう……いやまて!

「ヨーツケーーール!」

 頼むから聞こえてくれ! 落ち着け俺、どう見ても普通の人間じゃないだろ!

「ああ、それがあの蟹の魔人の名前ですか。それとも目の前のそれですか。私は見るのは初めてですが、どうもそちらはよくご存じのようですね」

 どういう事だ!? 目の前の男の言っている意味が解らない。
 魔人……そう言ったのか? 知っているのか?

「初めまして、私はケーバッハ・ユンゲル。貴方の知らない魔王の……息子ですよ」

 言うなり一閃。しかしその刃は見えない何かによって逸らされ、隣でうろうろしていたオークを横薙ぎに真っ二つに切り裂く。しかし、亜人はきょろきょろするばかり。目に入っていないのか!?
 それに……。

「どうしたらいい……かな」

 こちらを振り向くエヴィアには、明らかな動揺がある。こちらへの攻撃を防いではくれたが、相手を攻撃する事も躊躇ちゅうちょしている。マズいな……。

「邪魔をしますか……結構。魔王の命を優先するのが当たり前でしょう」

 言いながらも突進し、右手のフランベルジュを振り下ろす。だがそれは、やはりエヴィアの見えない触手に絡まれ一瞬止まる。
 だが、気を抜いた瞬間に走る左脇からの激痛。

「いでえぇぇぇぇ!」

 体制を変えながら猛烈な勢いで振りぬいてきた左のフランベルジュはまたも脇、先ほどより少し上に食いこんだ。
 それだけで済んだのはエヴィアの触手のおかげだが、相変わらず精彩を欠いている。
 このままでは遅かれ早かれ……。

( こちらに投げた右のフランベルジュをエヴィアの触手が止める )
( だがすぐさま左のフランベルジュが上から来て避ける )
( その瞬間、左胸に刺さる2本の針。傷口から蒸気が吹き出し絶叫し世界が暗くなる )

 これはまずい! 既にケーバッハは右のフランベルジュを投げる態勢だ。あの針は何処に仕込んでるのか今は見えないが……仕方がない!

 見えたとおりに飛んでくるフランベルジュ
 柄に触手が巻き付き途中で力なく落下するが、こちらの頭上には既に跳躍しているケーバッハ。

「ここで滅びよ!」

 その左手に持ったフランベルジュが大気を切り裂き地面をえぐる。
 ここか! まくられたコートの内側、ベルトに多数の投擲針が装備されている。他にちらりと見えたのは、昔見た水の入った瓶……あれは!?

 だが思考を回す余裕はない。奴は一瞬の早業で投擲針を抜くと、流れるような動きでこちらに飛ばしてくる――だがそれは、キキン! と硬い音と共に弾かれ地面へと落ちた。

「ほお、意外と良い体術ですな」

「お褒め頂き光栄だぜ」

 何とか左手で抜いた剣で受け止める。ここだと判っていたから何とかなったが、少しでもずれたら死んでるぞ!

「貴方は見た事でしょう、魔族領の内側を。楽しかったですか? 魔族の動物園は」

 ゆっくりと回り込むように移動するケーバッハ。一瞬も目が離せない。

「動物園だと!?」

 しかし言っていることが気になるのも事実だ。
 動物園……こいつはどこまで知っているのか。

「そうですよ。こいつら魔人が、自分達の退屈しのぎに勝手に別の世界から召喚した生き物達。そしてそれを囲う檻」

 言いながらも左から右へと横薙ぎにしてきたフランベルジュが頬を掠める。
 間一髪、かすり傷程度で躱したが――次の瞬間、失った右手に一瞬熱さを感じる。

「ぐっ!」

 たまらず覚悟した声が漏れる。だが幸いにも、投擲針が当たった部分は塩の精霊でがっちりガードされていた場所だ。完全には刺さらず、キィンと硬い音を立て針は地面に落ちる。しかしこのまま後どれだけ防げるか……。

( 一直線に向かってきた奴のフランベルジュが腹部中心に突き刺さる )
( 引き抜かれると共に血を吐き倒れ、頭を踏み潰されて意識が断たれる )

 これは防ぎきれない!
 死ぬよりマシだの僅かな抵抗。後ろに飛んで腹部に剣を構える。

「てりゃあぁー!」

 先端を向け、まっすぐこちらに向かってくるフランベルジュの切っ先。

 ――パキン!

 何の魔力も入っていない剣は殆ど抵抗らしい抵抗もせずに簡単に砕かれるが、その一瞬で助かった。

「早いですな、もう少しかかると思っていましたが、甘かったですね」

「ヨハン、ヨーツケールはエヴィアほど甘くはない」

 間一髪、ヨーツケールの鋏がケーバッハのフランベルジュを防いでいた。
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