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【 儚く消えて 】

魔王の息子 前編

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「ヨーツケーーーール!」

 相和義輝あいわよしきはその様子を見て叫んでいた。
 ヨーツケールは崩れ落ち、その白い姿はまるで骨格標本のようだ。

「エヴィア、ヨーツケールが!」

 大丈夫ではなかったのか? そう尋ねたくエヴィアを見るが、エヴィアは今までにないほど好奇心に満ちた瞳でヨーツケールを見ている。
 同じ魔人が倒されてする顔ではない。いや、そんな子ではない。




「後部魔道炉、臨界です」

 限界まで魔力を注がれた魔道炉、それは臨界を迎え、穴を開けたゴムチューブのように急速に力を失ってゆく。こうなってしまうと、幾ら魔力を注いだところで焼石に水。もう数時間は使い物にならない。力を失った後ろ足が畳まれ、馬の尻が地面にドスンと落ちる。

 ――1人の魔力で臨界に達してしまうのは問題点だな……だが、これから改良していけばいい。

 まだこの一点の戦場に決着がついただけで、全体の戦いは続いている。
 人馬騎兵3騎を失ってしまったのは大きな痛手だが、今回最大の標的である”蟹”を倒したのだ。ブレニッツは散っていった戦友達に黙祷を捧げると同時に、心は十分に満足していた。

「ブレニッツ様、早く勝鬨を上げませんと」

「そうだな、ハンス。まあ亜人共相手では意味が無いが、味方の士気は上がるだろう」

 メキョ――。

 それは魔人ヨーツケールの頭を割いた時のように、あまりにも鋭く入ったため殆ど音を立て無かった。
 だがブレニッツは、いきなりコクピットが持ち上がった感触を受ける。

 ――まさか!

 胸部の覗き窓から下を見る。そこには動き出した”蟹”が、そしてその左下の鋏が、馬部分の胴体を貫いている様子が映る。
 そして鋏を内部で広げ更に奥へと押し込むと、メキョメキョと金属の裂ける音を立てながら前部動力士のコクピットごと魔道炉を切り裂いた。
 引き抜かる際に一緒に出てきた金属片の一部は真っ赤に染まっており、前部動力室にいたハンスの運命を雄弁に語る。

「この……魔族め……化け物めが!」

 前足も力を失い、足は畳まれ胴体は完全に地面に落ちてしまう。
 ガチャガチャとレバーを操作するが、もはや全ての魔導炉を失った人馬騎兵は動きはしない。

 白い骨格標本の様だった体が、次第に黒く艶やかな金属質へと戻ってゆく。
 そしてゆっくりと、人間の胴体部分、3番騎のコクピットをがっしりと鋏で掴む。
 ギリギリと切断されていく、コクピットを覆う鉄鋼版。もはや脱出も出来ない。貫通してくる左右の鋏の感覚が次第に狭くなり……。

 だがブレニッツは冷静だ。目前に迫る死を前にしながらもタバコに火をつけると、眼下に見える裂かれた蟹の2つの頭を見ながら告げる――

「今回は貴様の勝ちだな。だが、運用テスト中の騎体がここにあれば、勝っていたのは俺達だ。先に地獄で待っているぞ……次は負けん」

 そして真っ二つに切断された人馬騎兵の人間部分が、ゆっくりと大地に落ちた。


 ――アブナカッタ。

 魔人ヨーツケールは、あまりの気持ちの良さに意識を飛ばしてしまっていた。イってしまったのである。
 キョロっと魔人エヴィアの方を見る。あの好奇心に満ちた目、絶対に記憶を要求されるだろう。
 まあそれは良い、恥とは共有することで笑い話にも出来るのだ。しかしそれでも恥ずかしい気持ちは隠せない。

 ――バンカイ、セネバ。

 魔人ヨーツケールは外れてしまった鋏を急いで戻すと、人間の群れの中へと突入していった。


 その頃、首無し騎士デュラハン達は散々に人間達を蹂躙していた。
 音を立てず高速で移動し、姿を見せず、攻撃するときだけ現れる彼女達は人間には対処できない。
 しかも攻撃は的確だ。無音で駆け抜けながら、魔力を送る重盾兵の無防備な背後から襲い、首を切り飛ばしていく。
 その上、そんなモノが存在していると言うだけで重盾隊は恐怖に駆られ、満足に魔力を絞り出せなくなってしまう。

 首無し騎士デュラハンに襲われた戦線は瞬く間に崩壊し、陣形は砕かれ亜人との乱戦に突入する。こうなってしまえば、もはや人間対巨人の戦い。完全に勝負は決した。

 相和義輝あいわよしきが夜のうちに投入していれば、戦いはもっと順調に進んでいただろう。

「キャアアァァァァァ!」

 だが突如、首無し騎士デュラハンの一体が何者かに斬られる。
 人間が多すぎてどうなっていたのかは解らない。だが――

「全員攻撃停止! 精霊に干渉する人間がいるとはな……」

 シャルネーゼは直ちに全員の攻撃をやめさせ、音も無く移動する。

 ――さすがに戦い慣れていますな……。

 その様子を見送ったケーバッハ・ユンゲル子爵は、静かに移動した……ある一点を目指して。


「シャルネーゼ達の動きが見えなくなったな……」

 ヨーツケールは人間の中に飛び込み大暴れをしてくれているが、防盾壁を切り崩していた首無し騎士デュラハン達の感じが消えている。まさかいきなり全員倒されたのか? 考えられない事ではないが、考えたくない事だった。

「なあ、エヴィ……」

 言いかけた瞬間、背中に冷たいものが走る。死の予感とは違う、もっと別の類……。
 辺りを見渡すが、周囲は亜人だらけだ。当然だろう、その為にここに身を隠したのだから。
 だがその亜人の中に、一人の男が立っていた。

 その命の形はまるで苔。古く積み重なった苔そのものの形。
 フードから覗く黒とは白のメッシュの髪に、窪んだ眼窩。手と足にそれぞれ白と青のカラーリングをされた鎧を付けているが、それ以外は茶色く古ぼけたダッフルコートを纏っている。
 その僅かに狂気をはらむ水色の瞳が、ハッキリと見えるほどに近い。


 2本の波型の剣、フランベルジュを両手に持ち、少し斜め下に構える格好。刀身の長さはおよそ160センチ。長さもそうだが、特に目を引くのはその分厚い刀身幅。およそ40センチ、両手の指を広げたくらいの幅がある。
 持っている男の身長が170センチより少し高いかどうかだけに、あまりにも不自然な姿だ。
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