この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR

ばたっちゅ

文字の大きさ
上 下
105 / 425
【 儚く消えて 】

決断 前編

しおりを挟む
 ――動きは無いな……完全に膠着したか。

 相変わらず亜人達の猛攻は、人類軍の防盾壁の前に防がれている。
 だが人類軍もまた、魔王の位置を見失っていた。

 装甲騎兵隊も再編成のため一度下がり、一方で首無し騎士デュラハン達も魔王の元へと集結する。戦いは多くの犠牲者と魔王の右腕を言う損失を出しながらも、振出しへと戻っていたのだった。

 ――同じことをして良いのだろうか……もっと良い方法があるんじゃないだろうか。




 ◇     ◇     ◇




 そんな相和義輝あいわよしきの悩みに反し、ユーディザード王国は厳しい選択を迫られていた。

「報告によりますと、湧き出た白い物の正体は巨大な軍隊蟻だと確認されました。出現位置は多数確認され、その内2つの群れがこちらに向けて移動中です。双方を合わせた数は、推定3億かと……」

 報告書を読み上げるチェムーゼ・コレンティア伯爵の顔面は蒼白になり、手の震えが止まらない。
 だが彼だけではない。マリクカンドルフ王とケーバッハ・ユンゲル子爵以外は皆、完全にうろたえ浮足立っている。

「それで、蟻共はどのくらいで到着しそうだ」

 マリクカンドルフ王は一切動じていない。少なくとも、言動は何時もの様に静かだ。

「推定で7時間でございます、陛下」

 答えるケーバッハにも一切の動揺は見られない。周囲のざわつきに対し、この両者には焦りと言うものは無いように見える。

「直ちに撤退すべきです! 陛下!」

「要塞を作ったのですから、ここは籠城すべきです!」

「亜人の群れを突破し、大打撃を与えてから北方のアドラース王国と合流してはいかがでしょうか」

 幕僚からは様々な意見が飛び交うが、どれもマリクカンドルフ王としては下策に見える。
 撤退自体がそもそも容易ではない。ここに兵を運んだ浮遊式輸送板の一部は、以後は物資兵糧を運ぶ輸送手段として出払っている。全軍が一度に乗れる程のストックは駐屯地にはない。
 亜人と競争をして人間が勝てるわけがないではないか。
 籠城は論外であるし、亜人を殲滅し安全圏までの移動を7時間で済ますなど不可能だ。

「卿はどう思う、ケーバッハ」

「されば、陛下は急ぎお一人でお逃げください。飛甲騎兵を用意させましょう」

 幕僚席がざわつく。いや、今度はマリクカンドルフ王もまた少しの動揺を見せる。

「これは面白い。この俺に、ティランド連合王国のカルターの様な……いや、それ以上の醜態を晒せと言う事か」

「左様で」

 マリクカンドルフはケーバッハを静かに睨みつけるが、彼の様子は何時もと全く変わらない。

「……それで?」

「現在残っている浮遊式輸送板に、負傷者と待機中のアルマニアス将軍、キテーナ将軍の隊を乗せ、至急アイオネアの門へと撤退させます」

「次は?」

「ハーノノナート公国軍には4時間だけ亜人の相手をして頂き、その後は撤収とします。装甲騎兵の速度であれば、そこからでも問題ありますまい。チェムーゼ将軍にはその間に30万の兵で亜人の一部を切り崩し、そのまま北周りに撤退をしていただきます」

「残りはどうする?」

「私めにお任せください。必ずや、残りの時間内に魔王を討ち取って御覧にいれましょう。さすれば、兵達も決して無駄死になどとはなりますまい」

 幕僚席が静まり返る。誰も意見を述べられない。この男は何を言っているのだ? そんな空気が、寒風の吹くこの場を包み込む。
 今から魔王を探索して討つ――そんなことが出来るならば、最初から苦労などしてはいないのだ。

「面白い策だ。それで行こう」

 だがマリクカンドルフはさも面白そうにそう言ってのける。

「陛下!」
「お待ちください!」

 他の面々は慌てて止めようとするが、右手を静かに上げて静止する。

「だが一つ修正だ。余は残る、当然だろう。俺は所詮代理王だ。普段は余だの卿だの言っているが、本来は貴族ですらない。そんな男が敵前逃亡などしてみろ。俺は死ねば良いが、国に残った血族はその恥に耐えられまい」

 他の国の例に漏れず、ユーディザード王国は本来ならユーディザード血族が治める。マリクカンドルフもまた、スパイセン王国の国王であったシコネフス同様に一代限りの代理王だ。戦場から逃亡したところで行き場などない。
 精々、敗戦の責を負い処刑される事で、国民の留飲を下げる程度だろう。
 それならば、ここで勇敢に戦って死ぬことこそが正しい在り方というものだ。

「これはオスピア帝の命でもあります」

「なんだと!?」

 初めてマリクカンドルフの感情が明確にあらわになる。
 立ち上がりケーバッハを睨めつけるその姿は、いつも冷静なこの男にはあまりにも似つかわしくない姿だ。
 長く共にあった将軍達も、こんな姿を見たことが無い。

 ユーディザード王国はハルタール帝国に属する。その為、ハルタールの女帝たるオスピアの命令は絶対だ。
 だがそれ以上に彼は、かつて戦場で見たオスピア帝の強さに憧れ、魅せられていた。
 国王としてだけでは無く、一人の人間として小さな女帝に絶対の忠誠を誓っていたのである。

「もし魔族領にて敗れることがあれば、一命に変えてもマリクカンドルフ陛下を帰還させる。それが、私がオスピア帝から受けていた密命にございます。こちらが、その書簡となります」

 そう言い、ケーバッハは懐から一枚の金属片を取り出す。片面には内容が、もう片面にはハルタール帝国皇帝の詔勅しょうちょくを示す刻印が押されている。
 その先がいかに恥辱にまみれていようとも、もはやマリクカンドルフはこの命令に逆らう事は出来ない。地位的にも、個人的にもだ。
 そして同時に、幕僚たちも一切の口を挟めなくなってしまった。

「王のご帰還だ。飛甲騎兵を用意せよ」

 結論は出た。そう言うかの様に、ケーバッハは飛甲騎兵を用意させた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

神々の間では異世界転移がブームらしいです。

はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》 楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。 理由は『最近流行ってるから』 数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。 優しくて単純な少女の異世界冒険譚。 第2部 《精霊の紋章》 ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。 それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。 第3部 《交錯する戦場》 各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。 人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。 第4部 《新たなる神話》 戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。 連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。 それは、この世界で最も新しい神話。

知識スキルで異世界らいふ

チョッキリ
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

無限に進化を続けて最強に至る

お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。 ※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。 改稿したので、しばらくしたら消します

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~

ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。 コイツは何かがおかしい。 本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。 目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

処理中です...