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【 儚く消えて 】
スパイセン王国の抵抗
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その頃、セプレニツィー平原にあるスパイセン王国駐屯地では、防衛の支度が整えられていた。
北に位置するカルタナ盆地に駐屯していたマリセルヌス王国軍は撤退。
そしてリアンヌの丘からは襲撃に備えて待機、もしくは後退という指示が出たためだ。
「我々には、後退するだけの余力は無いのである……」
震える細く白い手で、伝令文を握りつぶす。
かつては84万人の兵を擁する大規模駐屯地であったが、白き苔の領域への突入戦で輸送手段である浮遊式輸送板は全損。兵員もほぼ半数を失った。浮遊式輸送板は補給物資を運びながら少しずつ補充しているが、現在残っている40万人を運ぶにはとても足りたものではない。
元より、援軍を要請されても徒歩で移動するしかない状態であった。
ただ幸いにもこの領域跡地は水も緑も豊かであり、40万将兵が飢えずに生活できたことが唯一の慰めだ。
周囲から完全に孤立した状態。それがこの“有能ではないが無能でもない“の異名を持つシコネフス・ライン・エーバルガット王と、その将兵が置かれている状態だったのだ。
だが今、この地に漆黒の巨大ムカデが迫りつつあった。
突如として響き渡る雷鳴と閃光。 シコネフスはすぐに、それがなんであるかを理解した。
「各自状況報告である! 慌てず対処するのである!」
純白に金の縦一本線の全身鎧を纏い、同じく白のマントを羽織る。そして手に全長210センチの戦斧を掴むと、他の兵士らと供に外へ駆け出る。
――この雷光は……間違いないのである……。
天幕の外、そこでは兵士達が緊急事態に――いや、あまりの惨事に驚愕している。魔人スースィリアは、彼らの足である馬、そして浮遊式輸送板を最初に破壊したのである。
――コンドハ、ニガサナイ。
「やはり来たか、化け物! 総員攻撃を開始するのである!」
王の号令と共に、巨大ムカデへと一斉に攻撃を仕掛けるスパイセン王国兵士。
しかし、高速で動き回り踏み散らかし蹂躙する巨体に対し、生身の人間では有効打を与える事は困難だ。近くにさえ行く事が出来無い。
運良く近くに行けた者、それは逆に運悪く魔人スースィリアに狙われた者だ。
何とか一撃を当てるも、その武器は易々と砕かれ、肉体は曳き潰されて無残な肉塊へと変わる。
「これでは戦いにもならないのである……」
ただでさえ白い顔面が蒼白になる。だが怯んでいては被害が拡大する一方だ。
こうしている間にも兵士達の絶叫は響き渡り、潰された兵士達が血を詰めた風船を割ったようにあちこちで血飛沫を上げる。
「グレイフォン! クレイマス! アルドニオス! イージャム!」
すぐに近くにいた将達を集め指示を出す。
皆百年以上シコネフスに従ってきた歴戦の猛者であり、スパイセン王国軍の軍事を支えてきた名将達だ。
「近くに必ず魔王がいるはずなのである! 各隊を率いて散開! ここは我が隊で引き受けるのである!」
王の命を受け、すぐさま部隊は四方に散る。一見混乱しているような戦場にありながら、無駄のない完璧な統制だった。
――ワカレタ。
魔人スースィリアは、こういった時の対処法をよく理解していた。
先ず最も大きな群れに近づき――、
「 クレイマス様、ムカデがこちらに! うわあぁぁああ!」
最大の集団を率いていたクレイマス将軍を巨大ムカデが襲う。正確に指揮官を狙い潰されたクレイマス隊は、まるで蜘蛛の子のように散り散りになって四方に分散する。
だがそれには目もくれず――、
「 グレイフォン将軍、今度はこちらに向かってきます!」
「くそ! 反て……」
振り向こうとしたグレイフォン将軍の上半身は噛みちぎられ、下半身は数百メートル彼方まで投げ捨てられる。
――ツギニ、オオキナ、ムレハ。
イージャム将軍の将兵を踏み潰しながら追い抜くと、くるりと反転し襲い掛かる。兵士達の絶叫と飛び散る肉片。細かくミンチにされ、ばら撒かれ、もうどれがイージャム将軍なのかは誰にもわからなかった。
その攻撃の流れを見て、シコネフスは悟った。奴は我々を皆殺しにしようとしているのだと。
魔人スースィリアは人間の群れを率いる者を殺し、指揮系統を破壊して拡散させる。それが終わったら残兵には目もくれず、次ぎに大きな群れで同じことを行う。そうして兵達は次第に収拾を欠き、右も左も分からない状態で一方的に嬲り殺されている。
「だが意図が分かれば読むのもたやすいのである。クラキア!」
シコネフス王の指示を受けたクラキア将軍は散り散りになった兵を糾合すると、魔人スースィリアの襲撃前に素早く分割。それぞれの隊はさらに細分化しながら全方向へと散って行く。その中で最大の集団、クラキア将軍の部隊に魔人スースィリアが迫る。
だが――、
「今なのである! 放て!」
クラキア隊が左右に分かれると、そこにはずらりと並ぶスパイセン王国が誇る攻城用の投擲槍。それが一斉に魔人スースィリアに向けて放たれた。
北に位置するカルタナ盆地に駐屯していたマリセルヌス王国軍は撤退。
そしてリアンヌの丘からは襲撃に備えて待機、もしくは後退という指示が出たためだ。
「我々には、後退するだけの余力は無いのである……」
震える細く白い手で、伝令文を握りつぶす。
かつては84万人の兵を擁する大規模駐屯地であったが、白き苔の領域への突入戦で輸送手段である浮遊式輸送板は全損。兵員もほぼ半数を失った。浮遊式輸送板は補給物資を運びながら少しずつ補充しているが、現在残っている40万人を運ぶにはとても足りたものではない。
元より、援軍を要請されても徒歩で移動するしかない状態であった。
ただ幸いにもこの領域跡地は水も緑も豊かであり、40万将兵が飢えずに生活できたことが唯一の慰めだ。
周囲から完全に孤立した状態。それがこの“有能ではないが無能でもない“の異名を持つシコネフス・ライン・エーバルガット王と、その将兵が置かれている状態だったのだ。
だが今、この地に漆黒の巨大ムカデが迫りつつあった。
突如として響き渡る雷鳴と閃光。 シコネフスはすぐに、それがなんであるかを理解した。
「各自状況報告である! 慌てず対処するのである!」
純白に金の縦一本線の全身鎧を纏い、同じく白のマントを羽織る。そして手に全長210センチの戦斧を掴むと、他の兵士らと供に外へ駆け出る。
――この雷光は……間違いないのである……。
天幕の外、そこでは兵士達が緊急事態に――いや、あまりの惨事に驚愕している。魔人スースィリアは、彼らの足である馬、そして浮遊式輸送板を最初に破壊したのである。
――コンドハ、ニガサナイ。
「やはり来たか、化け物! 総員攻撃を開始するのである!」
王の号令と共に、巨大ムカデへと一斉に攻撃を仕掛けるスパイセン王国兵士。
しかし、高速で動き回り踏み散らかし蹂躙する巨体に対し、生身の人間では有効打を与える事は困難だ。近くにさえ行く事が出来無い。
運良く近くに行けた者、それは逆に運悪く魔人スースィリアに狙われた者だ。
何とか一撃を当てるも、その武器は易々と砕かれ、肉体は曳き潰されて無残な肉塊へと変わる。
「これでは戦いにもならないのである……」
ただでさえ白い顔面が蒼白になる。だが怯んでいては被害が拡大する一方だ。
こうしている間にも兵士達の絶叫は響き渡り、潰された兵士達が血を詰めた風船を割ったようにあちこちで血飛沫を上げる。
「グレイフォン! クレイマス! アルドニオス! イージャム!」
すぐに近くにいた将達を集め指示を出す。
皆百年以上シコネフスに従ってきた歴戦の猛者であり、スパイセン王国軍の軍事を支えてきた名将達だ。
「近くに必ず魔王がいるはずなのである! 各隊を率いて散開! ここは我が隊で引き受けるのである!」
王の命を受け、すぐさま部隊は四方に散る。一見混乱しているような戦場にありながら、無駄のない完璧な統制だった。
――ワカレタ。
魔人スースィリアは、こういった時の対処法をよく理解していた。
先ず最も大きな群れに近づき――、
「 クレイマス様、ムカデがこちらに! うわあぁぁああ!」
最大の集団を率いていたクレイマス将軍を巨大ムカデが襲う。正確に指揮官を狙い潰されたクレイマス隊は、まるで蜘蛛の子のように散り散りになって四方に分散する。
だがそれには目もくれず――、
「 グレイフォン将軍、今度はこちらに向かってきます!」
「くそ! 反て……」
振り向こうとしたグレイフォン将軍の上半身は噛みちぎられ、下半身は数百メートル彼方まで投げ捨てられる。
――ツギニ、オオキナ、ムレハ。
イージャム将軍の将兵を踏み潰しながら追い抜くと、くるりと反転し襲い掛かる。兵士達の絶叫と飛び散る肉片。細かくミンチにされ、ばら撒かれ、もうどれがイージャム将軍なのかは誰にもわからなかった。
その攻撃の流れを見て、シコネフスは悟った。奴は我々を皆殺しにしようとしているのだと。
魔人スースィリアは人間の群れを率いる者を殺し、指揮系統を破壊して拡散させる。それが終わったら残兵には目もくれず、次ぎに大きな群れで同じことを行う。そうして兵達は次第に収拾を欠き、右も左も分からない状態で一方的に嬲り殺されている。
「だが意図が分かれば読むのもたやすいのである。クラキア!」
シコネフス王の指示を受けたクラキア将軍は散り散りになった兵を糾合すると、魔人スースィリアの襲撃前に素早く分割。それぞれの隊はさらに細分化しながら全方向へと散って行く。その中で最大の集団、クラキア将軍の部隊に魔人スースィリアが迫る。
だが――、
「今なのである! 放て!」
クラキア隊が左右に分かれると、そこにはずらりと並ぶスパイセン王国が誇る攻城用の投擲槍。それが一斉に魔人スースィリアに向けて放たれた。
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