この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR

ばたっちゅ

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【 儚く消えて 】

失われた右腕

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 切り取られた右手がボトリと地面に落ち、矢が刺さった部分はグツグツと湧き立ちながら赤い蒸気を上げている。

「ぐうぃぃぃってぇぇぇぇぇっ!」

 体側の傷口からは血が勢いよく噴き出し、のたうち回る相和義輝あいわよしきの周りを放水したように赤く染めていった。
 意識が飛びそうになるが、斬り落とされた断面からの痛みが現実に引き留める。

 ――そうか、こういうパターンもあるのか……。

 もしエヴィアが居なければ、死の予感で回避していたかもしれない。
 だが、エヴィアが咄嗟に俺の腕を切り落とせたから死は回避され、結果としてこの状態を視る事が出来なかったのだ。

 しかし、エヴィアを責める話ではない。周りには切断された矢が大量に落ちている。防ぎきれなかったのだ。ならば、ここまで人類軍に接近された時点で詰んでいたのだろう。
 痛みよりも何よりも、最初にそんなことを考えていた。


「目標に命中した模様!」

「よし、各員突撃! 対象を確実に仕留めろ!」

 ケーバッハ・ユンゲル子爵に指示されたメイゴン将軍は、すぐさま旗下兵員を600人ずつの小集団に分けて魔王探索の任に付いた。
 全員音を立てないように鎧を脱ぎ、持つのはクロスボウと予備の短剣のみ。足も毛皮の靴を履くという徹底ぶりだ。
 こうして斥候部隊は放射状に広がり、今その隊の一つが魔王を発見した。

 すぐさま青と緑の発煙筒が50メートル間隔で焚かれる。目標発見の合図だ。
 軽装備の部隊は足が速い。散っていた部隊がすぐさま魔王の元へと集結を始める。

「魔王よ、互いに生きていたらまた会おう! ハッハッハッハッハ」

 ――そんな……縁起の悪い……ことを……言うんじゃねぇ……。

 殺到する人類軍に、シャルネーゼを筆頭とした首無し騎士デュラハンの集団が襲い掛かる。

 幸いなことに首無し騎士デュラハンは相当な猛者であった。
 無防備な兵士の心臓に首無し騎士デュラハンの鋭い剣が突き刺さる。だがその姿は一瞬で掻き消え、次の瞬間には遥か先の兵が悲鳴すら上げられずに血だまりに沈む。
 攻撃するときにしか姿を見せない。浮遊し音もなく高速で移動する。それはまるで、殺意を纏った蜃気楼。
 人類側は対処法を知らない魔族の出現に騒然となる。


「ええい、応戦せよ! 魔族相手に怯むな!」

 現場指揮官が応対型だったことは幸いだった。任務優先型の人間だったら、たとえ首無し騎士デュラハンの攻撃で何人死のうが魔王の止めを刺しに来ていただろうから。





 相和義輝あいわよしきの失った腕の断面に、パキパキと音を立てながら塩の結晶が作られ、傷口を塞いでいく。同時に引いていく痛み……それは塩の精霊が作った結晶だった。周囲の死骸から取り出した塩分が、微かに赤みを帯びた霧のように集まっている。

 これだけ大量の塩分が体内に入ったら死んでしまいそうだが、そこは精霊だけにちゃんとしてくれているのだろう。

「痛い?」

「いや……大……丈夫だ……」

 辺りを見渡すと、いつの間にかエヴィアが俺の右手を抱きかかえて立っている。
 いつもと同じ無表情。だが、その赤紫の瞳には明らかな動揺が見て取れる。
 普段は堂々としているのであまり感じないが、こういった仕草をするとまるで見た目通りの子供のようだ。

 しかしこうやって自分の腕を眺めるのは変な気持ちだ。だがちょっと不快でもある。

「それ……もう喰っちまって……良いぞ……」

 軽い気持ち。半ば本気、半ば冗談のような言葉だったが――

「いやだ!」

 エヴィアが悲痛な声で叫ぶ。
 その両目からは大粒の涙がボロボロと溢れ、他にどうしたらいいのか分からないといった様子だ。
 全く――俺は何をやっているんだ。

「そうだな。じゃあ……どっかにしまっておいてくれ……」

「わかったかな……」

 するとエヴィアは、俺の右手をお腹の辺りににゅるっと取り込んだ。
 白いお腹が、腕の分だけ僅かにポッコリと膨らむ。あれは食べるのと違うのか……そう思うのと同時に、あそこに俺の手が入っていると考えると妙に心がゾワゾワする。吊り橋効果だとは思うが、我ながら奇妙な性癖に目覚めなければよいが……。

 そうしている内に、大分痛みも引いて意識もはっきりしてくる。まさか塩の精霊が、こんな形で役に立ってくれるとは思わなかった。

 周囲に転がる多数の人間の死体。最初に攻撃してきた部隊は、首無し騎士デュラハンの攻撃の前に成す術もなく蹴散らされていた。
 これで周囲の安全は確保されたが、まだ人類軍は続々と集まっている最中だ。しかも後ろの方には、きちんと鎧を着た完全武装の一団も混じる。グズグズとはしていられない。

「魔王、すまなかった」

 いつの間にかヨーツケールが戻ってきている。謝罪されるような事は何一つないが、今はありがたい。

「亜人の群れの中に逃げ込む……。俺を運んでくれ……」

「分かった、魔王。本当にすまなかった」

「もういいって。それより……急ごう」




 ◇     ◇     ◇




「そうか、失敗したか」

 幕僚席で、ケーバッハ・ユンゲル子爵は静かに溜息をついた。
 もう少し考える頭があれば、自分の命などより魔王討伐を優先しただろうに……。

「だがティランド連合王国の報告に合致する特徴だ。魔王が来ていることは明らかになったな」

 マリクカンドルフとしては魔王発見自体が朗報だ。今まではあくまで不明瞭な予想であったが、これで確定事項になったのだから。

「それで状況はどうなっている」

「ハッ、現在亜人の群れはおよそ1千2000万と推測されますが、未だその群れは途切れていません。我が方は戦死者27万人。そのうち6万人はハーノノナート公国のものです。重傷者は7万人、軽傷の者はおおよそ33万人となっています」

 重傷者が少ないのは、確かる見込みが薄い者を全て焼いたからだ。その分、戦死者が増える。こういう時、不死者アンデットはその存在だけで人類の数を減らしてくるのだ。
 だが全体で見れば戦果に対して損害は軽微であり、残りの亜人との戦闘継続には問題はなかった。
 ただそれは、相手が亜人だけに限ればの話である。

「”蟹”の継戦能力は思ったよりもあるようです。最初に現れた時は短期間しか活動できないと思ったのですが……」

 幕僚席のチェムーゼ・コレンティア伯爵が報告書を読み上げる。

「ですが、2回目に出現した時はおよそ3時間にわたって暴れまわりました。その後は魔王発見とともに姿を消しています。更に、魔王周辺で首無し騎士デュラハンらしきものが確認されています」

「ユベントの異名の死神の列とは、伝説にある首無し騎士デュラハンを言うらしい。本家が現れたとあっては、奴の心中も複雑であろうな」

 マリクカンドルフは半ば冗談を言ったつもりであったが、もちろん幕僚席から笑いなど起きない。

「まあ良い。次に”蟹”が現れたら新型を出す。支度はもう出来ているな?」

「そちらは準備整っております。また、飛行騎兵隊も何時でも発進出来ます」

 ――ならば良い、順調だ。このままじっくり亜人を防ぎつつ蟹の対処をし、そして機会を探り魔王を討つ。それでこの戦いは終わるだろう。

 そんな時、勢いよく扉を開け、伝令の一人が飛び込んで来る。その様子がただ事ではないことは、全員が即時に察した。

「し、しろ、白き苔が、あ、あふ、あふれ……」

「報告ははっきりと行いたまえ」

 ケーバッハの静かな叱責を受け、伝令は2度深呼吸してから報告書を読み上げる。

「コンセシール商国より緊急連絡です。白き……白き苔の領域が、あふれ出しました!」

 マリクカンドルフ王をはじめ、全員がその報告に凍り付いた。




 ◇     ◇     ◇




「こちらリウォン・ペルカイナ、駐屯地宛。白き苔の領域が溢れ出した。大地が白く染まて行く。もう領域の境界線が判らない。繰り返す――」

 哨戒中だったコンセシールの飛甲騎兵がそれを発見したのは、まだ昼には少し早い位の時間帯だった。
 領域からあふれ出した真っ白なそれが、荒れ地にペンキを流すように広がって大地を雪の様に染めていく……。
 そしてその知らせは、現在戦っているリアンヌの丘だけでなく中央、そして世界中に送られた。


「早く門を開けてくれ! 緊急事態だ!」

 その頃、リッツェルネールはアイオネアの門で通過申請中だった。
 魔王軍が動いたという報告を受け、すぐさま駐屯地への帰還せよとの命令が下ったためだ。
 それはすなわち、現地の指揮をリッツェルネールに引き継ぐと言う事だった。

 ……また商人から軍人になるのか。

 そう考えながらも飛甲騎兵を飛ばして門まで到着したのだが、事態は彼が考えているより遥かに深刻だった。
 通過申請中に白き苔の領域が動いたという報告が入ったためだ。事態は一刻を争う。

「ここで慌てても仕方あるまい。駐屯地へは連絡した。直ちにアイオネアの門まで撤収するようにな。勿論、これは私の権限でだ」

「すみませんね、ケインブラ殿。埋め合わせは必ずしますよ」

 緊急の案件だったため、飛甲騎兵の動力士はケインブラ・フォースノーが行っている。コンセシール商国の様な小さな国は、中央にそれほど多くの軍人は置いていない。そのため、会食中の4人から彼が選ばれたのだ。
 ケインブラは元々この町に用事があったため、むしろ彼の方から提案したと言っていい。
 そして本来ならここで彼を下ろし、代わりに駐屯地から人員を派遣する予定であった。だが今となってはそうもいかない。

「構わんさ、どうせ撤収は始まっている。暫く飛んで戻るだけだ」

 落ち着いて答えるが、今更魔族領に入ることの意味を知らぬ男ではない。魔族は相手がコンセシール商国のナンバー4だから遠慮するなどと言う事は決して無い。死ぬ時は死ぬのだ。

「門開きます、お気をつけて」

 門番の合図に手ぶりで返答し、リッツェルネールの飛甲騎兵は門を超えた。
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