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【 儚く消えて 】
逃亡者
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ほぼ同時刻、カルタナ盆地。
リアンヌの丘から南南西に330キロ下った先にあるこの場所には、現在マリセルヌス王国軍52万人が駐屯していた。
ここから西へ160キロ行けば炎と石獣の領域。西南西に380キロ行くと酸の領域。南へ260キロ下ればスパイセン王国の駐屯地だ。さらに南へ下れば白き苔の領域に入る。
松明の明かりに照らされたその軍は、たった今移動しようとしている。
だが援軍に向かうのではない――
「全軍撤退? リアンヌの丘には行かないんですか? 我々はあの国から要請を受け、ここで新型のテストをしていたんですよ? アンタ馬鹿ですか? あ、いや……陛下はお馬鹿であらせられますか?」
部下の一人が、血相を変えて自らの君主に詰め寄っている。当然だ、味方の救援をせず、我らが国王は逃げると言うのだ。
進言中の男は、幾つもの勲章の付いた豪華な軍服を纏い、その上からしっかりと胸甲、肩甲、手甲に脛甲を身に着けている、手にも大型の槍を持ち、戦う準備は万端と言った様子だ。
黒に近い濃紺の髪に黒い瞳、見た目の年齢は15歳ほどか。整った顔立ちは黙っていれば美少年だろうが、今はまるで狂犬のように歯を剥き出しながら、主君に向けるとは思えない発言を吠えている。
だが、国王であるロイ・ハン・ケールオイオンは決定を変えない。
鎧も纏わず平素の軍服のまま、次々と配下達に指示を出している真っ最中だ。
指示と点検に忙殺されているが、オレンジの髪にはきっちりと櫛を入れて整えてある。軍服も下ろしたての新品であり、身だしなみには気を遣う様子が伺える。
「今ある浮遊式輸送板の数ではとてもじゃないが運びきれんな。よし、全員防具は捨てていけ。どうせ後で回収屋が拾う。新型は騎乗させて自分で走らせろ! 分解整備中の奴は優先して運べ! 乗れないやつもとりあえず走れ!」
「いやマズいですって! 絶対に後で怒られますよ。上同士の話に巻き込まれたら、うちみたいな国は簡単に吹き飛んじゃうんですよ!」
彼らの所属するマリセルヌス王国は、中央の大国であるティランド連合王国に属する。
一方で、リアンヌの丘に布陣するユーディザード王国は北の大国であるハルタール帝国に属している。
中央を介して互いに援助しあう取り決めであり、それを一方的に破ったら双方の国から攻められかねない。
「ハハハ、アスターゼンは真面目だな。だが俺の勘が、ここは逃げろと言っている。任せておけ!」
「そんなあやふやなモンに国家の命運を任せられますか! このままだとアンタ、いや陛下は”逃避行”から”逃亡者”になってしまいますよ!?」
ロイ・ハン・ケールオイオンは”逃避行”の異名を持つ。
かつてコンセシール商国と戦った時に、その国土1200キロメートルを縦断し、リッツェルネールを散々に苦しめた。
だが言うほど簡単ではない。全土に張られた防衛線を的確に見抜き、ダミーを無視し、要地を素早く落とし、追撃を振り切る。
それは、地形を読み、補給を読み、相手の考えを読み、更には経済力から周辺国との外交関係までを計算出来る、類稀なる戦略眼あっての事だ。
だがその困難な旅路の果てに、追随した兵は数十万から数百人まで減らされた。
そして最後はコンセシール商国と同盟を結んでいた隣国エバルネック王国を、ティランド連合王国が外交で切り崩したためそこへ逃げ込めたのだ。
彼個人としては、逃げ回っただけの大惨敗だ。
だが結果、それによりコンセシール商国は外交的降伏を余儀なくされ、彼の名声は大いに高まった。
しかしこの逃亡行為で、その名声も地に落ちるだろう……彼が王位を継ぐ前からの副官であり、また長年の盟友であるアスターゼンとしては肩を落とすしかない。
「アスターゼン、さっさと乗れ! 俺の勘ではそろそろ来るぞ!」
「陛下! 西60キロ地点に石獣の群れを確認したと報告がありました!」
通信兵からの急報が届く。
ほらな――と、おどけて見せるが、その金色の瞳は笑っていない。
「急げ! ティランドのようになりたくなかったらな!」
――魔王とやらの人となりは判らない。だが最後に強力な個体が出てきたとはいえ、不死者だけでバラント王国を壊滅させティランド連合王国本隊と互角に戦った手腕は決して無視できない。それなり……いや、かなりの戦術家だ。
それに魔族が領域を越えると分かった以上、ここはもはや安全な場所ではない。どうせ遅かれ早かれ襲われていただろう。そしてそのタイミングとは、リアンヌの丘が襲撃された今しかない。もし自分が魔王なら、必ずそうする。
「しかし本当にいいのですか? えっと陛下、兵装つけてリアンヌの丘へ行った方が良くないですか?」
アスターゼンは食い下がるが、ロイ王は一蹴する。
「兵装満載した時の速度を考えろよ。追いつかれて死ぬか、リアンヌの丘に石獣の群れを呼び込むかどっちかにしかならん。判ったらさっさと走れ! 急げ!」
「いや、リアンヌの丘に石獣が向かったらどうするんですか?」
「では質問だ、アスターゼン。我々はかの石獣と何時間戦える? ここで奮戦しても、大勢は何も変わらんよ」
実際の所、マリセルヌス王国軍は52万人とは言え全員が戦えるわけではない。彼らの任務はコンセシール商国から受領した新型機の運用テストであり、多数の技術者や整備士、地形を変えるための工兵や魔術師が多い。
彼らを逃がし護衛も付けたら、実際にここに残れるのはせいぜい20万と言った数だ。
新型機は既に運用テストの為のデータが満載されており、実戦で失う愚は絶対に犯せない。
ティランド連合王国の戦闘記録から推測する石獣の戦闘力を考えれば、たとえ足止めしたとしても数時間で壊滅してしまうだろう……。
石獣達がカルタナ盆地に到着した時、そこにはもう誰もいなかった。
彼らをここまで誘導した魔人スースィリアは顎肢をカチカチと鳴らし、人間が残していった食料を食べたら適当に帰るようにと伝える。
そして自らは、更に南へと転進する。スパイセン王国の駐屯地へと向かったのだった。
◇ ◇ ◇
「状況はどうなっている」
マリクカンドルフは、兵の配置図を見ながら戦況を確認する。
現在の陣形は重盾隊による防盾壁でぐるりと半円の陣を作り、それを波紋のように何重にも重ねた布陣だ。
彼は今、作ったばかりの要塞ではなく、陣幕に囲まれた野外で幕僚達と共に指揮を執っていた。
中央には大きなテーブルが置かれ、その上には白いシーツ。更に上には兵の配置図が置かれている。
周囲には、将軍や参謀などの幕僚が20数名。更に周囲には松明が激しく燃え、全員を赤々と揺らめく炎で照らしている。
確かに、亜人達だけが相手であれば要塞に入るのも手だ。だが万が一ドラゴンのような強大な敵が現れた場合、石の要塞などただの巨大な墓にしかならないからだ。
元々あれは暇をしていた工兵部隊に作らせただけで、マリクカンドルフ自身は魔族領で要塞を築く必要性を全く感じていなかった。
「現在フォルネ将軍、ミザード将軍、カーキネウス将軍の隊が応戦しています。全体としては押されながらも順調に支えています。ただミザード将軍の重盾部隊は120メートルほどの後退を余儀なくされ、重症者も多く出ております」
重盾隊による防盾壁。亜人達はそこへと殺到しては槍で追い返される。その間に撃てば当たる程密集した地点への矢による一斉掃射。戦闘としては完全に圧勝しており、人間一人が倒される間に亜人は200人以上が倒されている。
「押されている部分の防盾壁を密にしろ。後衛の槍が届くまで密集して構わん」
王の指示の元、防盾壁がゆっくりと配置を変える。片寄った波紋、そう形容するのが相応しいだろう。亜人と戦っている部分は、それぞれの防盾壁が張り付きそうなほどに密集していく。
――噂の魔神とやらの強力な個体はいないか……これは魔王が操っているのか、それともラニッサ王国が仕掛けたことに反応しただけか。どちらにせよ、もう魔族が領域を超える事は当たり前になったか。
マリクカンドルフもまた、魔王討伐戦以来の魔族領の変化を危惧していた。この変化は、やがて壁の内側にも影響を与えるのではないかと。だが、先ずはこの地で勝利を収めることが第一である。
「陛下、我々は孤立の危機に陥りつつあります。重々にご注意ください」
臆病者の異名を持つケーバッハ・ユンゲル子爵は静かに進言するが、周囲の彼を見る目は冷ややかだ。
――ここを何処だと思っているのか。全軍の中心で孤立とは笑わせてくれる……まったく”臆病者”は……。
――まだ始まったばかりだと言うのに、士気を落とす様な事を口にして何になる。なぜ王はこのような輩を重宝するのか……。
だがケーバッハは周囲の幕僚たちの視線などお構いなしだ。
「私の予測が正しければ、おそらく各駐屯地は襲撃を受けている事でしょう。そして、夜明けからが本当の戦闘となりましょう」
――これは用意周到された作戦だ。私には解る、魔王を感じる。すぐ近くだ。遂に動き出したと言う事だな……魔人共。
ケーバッハ子爵の水色の瞳が、松明の灯りを受けて怪しく輝いていた。
「飛甲騎兵、重甲鎧ともに出撃可能です。ただ新型は魔道炉の起動まであと少しかかるそうです」
部下からの報告を受けるマリクカンドルフだが――、
「いや、まだ出さぬ。それとコンセシール商国の駐屯地には、周辺の警戒と索敵を密にさせろと連絡せよ。特に、各領域の境界線をだ」
マリクカンドルフも予想していた。ここだけではない……大規模襲撃だと。
そろそろ各駐屯地から連絡が入るだろう。魔王の本命は解らないが、地理上の重要性を考えれば、おそらくここだ。そうなれば、魔神とかいう強力な魔族が現れる可能性が高い。
どちらかと言えば、それ以外を考える必要が無いのだ。
もし本当に亜人だけであるのなら、もとより援軍など不要。ユーディザード王国軍だけで十分だ。考えすぎであっても、何の痛手もない。
だがそれより一つ――、
「”夜明け”からが本当の戦闘とは、何を根拠に言った……ケーバッハ」
「長年の勘でございます、陛下」
しばしの沈黙の後、 ケーバッハはそう返答した。
リアンヌの丘から南南西に330キロ下った先にあるこの場所には、現在マリセルヌス王国軍52万人が駐屯していた。
ここから西へ160キロ行けば炎と石獣の領域。西南西に380キロ行くと酸の領域。南へ260キロ下ればスパイセン王国の駐屯地だ。さらに南へ下れば白き苔の領域に入る。
松明の明かりに照らされたその軍は、たった今移動しようとしている。
だが援軍に向かうのではない――
「全軍撤退? リアンヌの丘には行かないんですか? 我々はあの国から要請を受け、ここで新型のテストをしていたんですよ? アンタ馬鹿ですか? あ、いや……陛下はお馬鹿であらせられますか?」
部下の一人が、血相を変えて自らの君主に詰め寄っている。当然だ、味方の救援をせず、我らが国王は逃げると言うのだ。
進言中の男は、幾つもの勲章の付いた豪華な軍服を纏い、その上からしっかりと胸甲、肩甲、手甲に脛甲を身に着けている、手にも大型の槍を持ち、戦う準備は万端と言った様子だ。
黒に近い濃紺の髪に黒い瞳、見た目の年齢は15歳ほどか。整った顔立ちは黙っていれば美少年だろうが、今はまるで狂犬のように歯を剥き出しながら、主君に向けるとは思えない発言を吠えている。
だが、国王であるロイ・ハン・ケールオイオンは決定を変えない。
鎧も纏わず平素の軍服のまま、次々と配下達に指示を出している真っ最中だ。
指示と点検に忙殺されているが、オレンジの髪にはきっちりと櫛を入れて整えてある。軍服も下ろしたての新品であり、身だしなみには気を遣う様子が伺える。
「今ある浮遊式輸送板の数ではとてもじゃないが運びきれんな。よし、全員防具は捨てていけ。どうせ後で回収屋が拾う。新型は騎乗させて自分で走らせろ! 分解整備中の奴は優先して運べ! 乗れないやつもとりあえず走れ!」
「いやマズいですって! 絶対に後で怒られますよ。上同士の話に巻き込まれたら、うちみたいな国は簡単に吹き飛んじゃうんですよ!」
彼らの所属するマリセルヌス王国は、中央の大国であるティランド連合王国に属する。
一方で、リアンヌの丘に布陣するユーディザード王国は北の大国であるハルタール帝国に属している。
中央を介して互いに援助しあう取り決めであり、それを一方的に破ったら双方の国から攻められかねない。
「ハハハ、アスターゼンは真面目だな。だが俺の勘が、ここは逃げろと言っている。任せておけ!」
「そんなあやふやなモンに国家の命運を任せられますか! このままだとアンタ、いや陛下は”逃避行”から”逃亡者”になってしまいますよ!?」
ロイ・ハン・ケールオイオンは”逃避行”の異名を持つ。
かつてコンセシール商国と戦った時に、その国土1200キロメートルを縦断し、リッツェルネールを散々に苦しめた。
だが言うほど簡単ではない。全土に張られた防衛線を的確に見抜き、ダミーを無視し、要地を素早く落とし、追撃を振り切る。
それは、地形を読み、補給を読み、相手の考えを読み、更には経済力から周辺国との外交関係までを計算出来る、類稀なる戦略眼あっての事だ。
だがその困難な旅路の果てに、追随した兵は数十万から数百人まで減らされた。
そして最後はコンセシール商国と同盟を結んでいた隣国エバルネック王国を、ティランド連合王国が外交で切り崩したためそこへ逃げ込めたのだ。
彼個人としては、逃げ回っただけの大惨敗だ。
だが結果、それによりコンセシール商国は外交的降伏を余儀なくされ、彼の名声は大いに高まった。
しかしこの逃亡行為で、その名声も地に落ちるだろう……彼が王位を継ぐ前からの副官であり、また長年の盟友であるアスターゼンとしては肩を落とすしかない。
「アスターゼン、さっさと乗れ! 俺の勘ではそろそろ来るぞ!」
「陛下! 西60キロ地点に石獣の群れを確認したと報告がありました!」
通信兵からの急報が届く。
ほらな――と、おどけて見せるが、その金色の瞳は笑っていない。
「急げ! ティランドのようになりたくなかったらな!」
――魔王とやらの人となりは判らない。だが最後に強力な個体が出てきたとはいえ、不死者だけでバラント王国を壊滅させティランド連合王国本隊と互角に戦った手腕は決して無視できない。それなり……いや、かなりの戦術家だ。
それに魔族が領域を越えると分かった以上、ここはもはや安全な場所ではない。どうせ遅かれ早かれ襲われていただろう。そしてそのタイミングとは、リアンヌの丘が襲撃された今しかない。もし自分が魔王なら、必ずそうする。
「しかし本当にいいのですか? えっと陛下、兵装つけてリアンヌの丘へ行った方が良くないですか?」
アスターゼンは食い下がるが、ロイ王は一蹴する。
「兵装満載した時の速度を考えろよ。追いつかれて死ぬか、リアンヌの丘に石獣の群れを呼び込むかどっちかにしかならん。判ったらさっさと走れ! 急げ!」
「いや、リアンヌの丘に石獣が向かったらどうするんですか?」
「では質問だ、アスターゼン。我々はかの石獣と何時間戦える? ここで奮戦しても、大勢は何も変わらんよ」
実際の所、マリセルヌス王国軍は52万人とは言え全員が戦えるわけではない。彼らの任務はコンセシール商国から受領した新型機の運用テストであり、多数の技術者や整備士、地形を変えるための工兵や魔術師が多い。
彼らを逃がし護衛も付けたら、実際にここに残れるのはせいぜい20万と言った数だ。
新型機は既に運用テストの為のデータが満載されており、実戦で失う愚は絶対に犯せない。
ティランド連合王国の戦闘記録から推測する石獣の戦闘力を考えれば、たとえ足止めしたとしても数時間で壊滅してしまうだろう……。
石獣達がカルタナ盆地に到着した時、そこにはもう誰もいなかった。
彼らをここまで誘導した魔人スースィリアは顎肢をカチカチと鳴らし、人間が残していった食料を食べたら適当に帰るようにと伝える。
そして自らは、更に南へと転進する。スパイセン王国の駐屯地へと向かったのだった。
◇ ◇ ◇
「状況はどうなっている」
マリクカンドルフは、兵の配置図を見ながら戦況を確認する。
現在の陣形は重盾隊による防盾壁でぐるりと半円の陣を作り、それを波紋のように何重にも重ねた布陣だ。
彼は今、作ったばかりの要塞ではなく、陣幕に囲まれた野外で幕僚達と共に指揮を執っていた。
中央には大きなテーブルが置かれ、その上には白いシーツ。更に上には兵の配置図が置かれている。
周囲には、将軍や参謀などの幕僚が20数名。更に周囲には松明が激しく燃え、全員を赤々と揺らめく炎で照らしている。
確かに、亜人達だけが相手であれば要塞に入るのも手だ。だが万が一ドラゴンのような強大な敵が現れた場合、石の要塞などただの巨大な墓にしかならないからだ。
元々あれは暇をしていた工兵部隊に作らせただけで、マリクカンドルフ自身は魔族領で要塞を築く必要性を全く感じていなかった。
「現在フォルネ将軍、ミザード将軍、カーキネウス将軍の隊が応戦しています。全体としては押されながらも順調に支えています。ただミザード将軍の重盾部隊は120メートルほどの後退を余儀なくされ、重症者も多く出ております」
重盾隊による防盾壁。亜人達はそこへと殺到しては槍で追い返される。その間に撃てば当たる程密集した地点への矢による一斉掃射。戦闘としては完全に圧勝しており、人間一人が倒される間に亜人は200人以上が倒されている。
「押されている部分の防盾壁を密にしろ。後衛の槍が届くまで密集して構わん」
王の指示の元、防盾壁がゆっくりと配置を変える。片寄った波紋、そう形容するのが相応しいだろう。亜人と戦っている部分は、それぞれの防盾壁が張り付きそうなほどに密集していく。
――噂の魔神とやらの強力な個体はいないか……これは魔王が操っているのか、それともラニッサ王国が仕掛けたことに反応しただけか。どちらにせよ、もう魔族が領域を超える事は当たり前になったか。
マリクカンドルフもまた、魔王討伐戦以来の魔族領の変化を危惧していた。この変化は、やがて壁の内側にも影響を与えるのではないかと。だが、先ずはこの地で勝利を収めることが第一である。
「陛下、我々は孤立の危機に陥りつつあります。重々にご注意ください」
臆病者の異名を持つケーバッハ・ユンゲル子爵は静かに進言するが、周囲の彼を見る目は冷ややかだ。
――ここを何処だと思っているのか。全軍の中心で孤立とは笑わせてくれる……まったく”臆病者”は……。
――まだ始まったばかりだと言うのに、士気を落とす様な事を口にして何になる。なぜ王はこのような輩を重宝するのか……。
だがケーバッハは周囲の幕僚たちの視線などお構いなしだ。
「私の予測が正しければ、おそらく各駐屯地は襲撃を受けている事でしょう。そして、夜明けからが本当の戦闘となりましょう」
――これは用意周到された作戦だ。私には解る、魔王を感じる。すぐ近くだ。遂に動き出したと言う事だな……魔人共。
ケーバッハ子爵の水色の瞳が、松明の灯りを受けて怪しく輝いていた。
「飛甲騎兵、重甲鎧ともに出撃可能です。ただ新型は魔道炉の起動まであと少しかかるそうです」
部下からの報告を受けるマリクカンドルフだが――、
「いや、まだ出さぬ。それとコンセシール商国の駐屯地には、周辺の警戒と索敵を密にさせろと連絡せよ。特に、各領域の境界線をだ」
マリクカンドルフも予想していた。ここだけではない……大規模襲撃だと。
そろそろ各駐屯地から連絡が入るだろう。魔王の本命は解らないが、地理上の重要性を考えれば、おそらくここだ。そうなれば、魔神とかいう強力な魔族が現れる可能性が高い。
どちらかと言えば、それ以外を考える必要が無いのだ。
もし本当に亜人だけであるのなら、もとより援軍など不要。ユーディザード王国軍だけで十分だ。考えすぎであっても、何の痛手もない。
だがそれより一つ――、
「”夜明け”からが本当の戦闘とは、何を根拠に言った……ケーバッハ」
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