この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR

ばたっちゅ

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【 儚く消えて 】

夜の闇の中で

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 深夜に響き渡る金属と金属のぶつかり合う音。
 相和義輝あいわよしきが戦場に辿り着いた時には、もう先頭集団は戦闘を開始していた。
 亜人の集団に踏み潰されないよう、また騒音で会話が出来なくなっても困るので、少し離れた丘に陣取る。しかし――

「参ったな、何も見えん……ルリア、ちょっと見てきてくれ」

 暗闇の中、大量の命が蠢いているのを感じる。
 遠くに見える灯りは人間の松明か?
 しかしそれは、大きな街の夜景のように広範囲に広がっている。
 もしあれが全て軍容だとしたら、100万を超える数がいるかもしれない。

 まだかなり距離があるが、これ以上近くに行くのは無謀すぎるだろう。
 さりとて亜人達も見捨てられない。かなりのジレンマだ。

「戻りましたー。えーと、結構いますわねー」

 死霊レイスのルリアは呑気そうだ。俺が思ったよりはいないのか?

「大体200万人、それで合っていると思いますわ」

「200ま……!」

 さすがに絶句する。前回は数万相手に何とか対等、10万超えたらもう無謀だ。
 しかも移動してきたばかりでもない、補給も足りているだろうから士気もバッチリ、更にはこちらから攻めたのだから、相手はとっくに布陣済みだろう。
 同じ夜襲でも、ここまで条件が違うとどうにもならない。

「コロセー! ニンゲンヲコロセー!」

「ソノチヲ、マオウニササゲロー!」

 しかもこちらの言う事なんて、まるで聞かない集団である。これで何とかなったら奇跡という物だ。
 大体血なんて捧げられても嬉しくもなんともないぞ。

「戦況はどうなんだ?」

「盾を殴っている間に射殺いころされていますね。でも一部では、死体の山を登って盾を超えている亜人もいますよ」

 そうか、今回は不死者アンデッドと違って人間必殺の矢が効いてしまうのか。
 水分を沸騰させる金属のやじり。絶対に当たりたくねぇ……。
 だが戦闘力は不死者 アンデッド よりも強い。数頼みとは言え、きっちり布陣した人類軍と戦う力はあるって事だ。

 現状、不死者 アンデッド 達は追いかけてきてはいるが、速度が違い過ぎて到着までに一日以上はかかる。他に戦力になるのは死霊レイスが4千人程と……。

首無し騎士デュラハンは今どのくらい来ているんだ?」

 明るいときにはシャルネーゼの他にも数人見えていたが、実際に数えた訳ではない。
 それに元々、姿を見せたい時か、何かに干渉するとき以外は彼女らの姿は見えないと言う。
 我ながらいい加減な軍容だ。やはり懇親会を開いてしっかりとまとめたい。

「そうだなぁ……二千といった所だろう。もう少し魔力あれば、あとちょっとは増えていたかもな。ハッハッハ」

 うーん……そればっかりは、支払いが多くてパンクしそうなんだから仕方がない……。
 残りは、ひっそりと付いて来ている塩の世界で出会った塩の精霊。それに魔人エヴィアと魔人ヨーツケールか。

「よし、朝まで待つ」

 どんな手を打つにしても、俺が見えないのでは話にならない。申し訳ないが、こればかりはどうしようもないのだ。
 さすがに夜明けまであと数時間、それまでに全滅する事は無いだろう。

 それにどうにも先ほどから気になることがある。人類側から受ける視線のようなものだ。
 ねっとりと絡みつき、全身を這いまわるような気持ち。頭の中で何かが警告を発している気がしてならない。




 ◇     ◇     ◇




 ルフィエーナ・エデル・レストン・ユーディザードは、重盾じゅうじゅん部隊の一員としてこの戦いに参加していた。

 重盾は立てかけ式の巨大な物で、左右と連結可能になっている。
 それ並べて作る、防盾壁ぼうじゅんへきと呼ばれる細長い編成。その一枚が彼女の担当だ。

 濃い金色こんじきの長い髪を左右に結い合わせ、少し切れ長の緑の瞳が面壁の細長い覗き穴から見える。
 丸々と太った美貌にユーディザード王国正当王族の血筋。その高貴な美しさは宮廷の花だった。

 だが王族といえども兵役は免れない。むしろ王族だから功績をあげられるように、また王家の体面を守るために戦場に放り込まれるのだ。
 その太い体に金属板を張り合わせたミノムシの様な鎧を纏い、懸命に重盾に魔力を送り続ける。

 左右にもずらりと並ぶ重盾の後ろには、彼女と同様に盾に魔力を送る兵士達。そして横には長槍を構える兵士達。二人一組で担当し、その後ろにも同様の列がある。
 ユーディザード王国の鉄壁の防盾壁部隊は、その名に恥じず亜人達の攻撃を懸命に防いでいた。


「ウゴアーー! コロセーー!」

 オーガやオークが大きな唸り声をあげながら鉄の槌でガンガン叩くが、重盾は微動だにしない。その間に槍隊が攻撃し、その後ろからはボウガンの矢が雨の様に亜人達に射出される。

 矢が風を切る音と共に亜人達から悲鳴が上がる。攻撃は間違いなく効いているのだ。
 だが彼らは怯まず突撃を繰り返す――空気を響かせる唸り声、盾から感じる振動、叩きあう金属の響きで周囲の声もほとんど聞こえない。もう生きた心地がしない……これが戦場なのかと、初陣の彼女はただただ祈るように丸くなる。

 ――神様……早く戦いを終わらせてください。魔族なんて、全部滅ぼしてください……。


 そんな中、突然後ろに殺気を感じて後ろを振り向く。そこに立っていたのは、いつの間にか入り込んだ小さなゴブリン。オーガ達によって、隊列の隙間に投げ込まれたのだ。
 亜人が持つ粗末な剣の刀身には、真っ黒い液体が塗られている。それが何であるかは分からない、だがそれが毒であると本能で直感する。
 悲鳴を上げそうになるが声が出ない。ペアの槍兵は上から槌を振り下ろすオーガに夢中で気が付かない。

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ!」

 ゴブリンの小剣に腿を突き刺された隣の兵士が絶叫を上げ、噴き出した血がルフィエーナの顔を真っ赤に染める。

「入り込んだやつがいるぞ! 応戦せよ!」

 すぐさま背後の盾と盾の間が開き、近接専用の駆除部隊が突入する。

「斬れー! 叩き斬れー!」

「グオオオォォォ! ニンゲン! コロス―!」

 内側に入ってきたゴブリンに殺され力を失った防盾が破られ、そこからオークたちが乱入する。しかし彼女の仕事は自分の重盾の維持だ。恐怖で震え逃げ出しそうになる心を鼓舞し、必死で盾を支えるしかない。

 そんな彼女の後ろからオーガが迫る。体長は3.2メートル。手に持つトンカチの様な巨大な鉄の鎚は、丸々とした彼女の大きさとどっこいの大きさだ。
 それはじろりと目標を見下ろすと、手にした武器を全力で横に薙ぐ。

「危ない! 避けろ!」

 言われてハッとなり振り向くと、そこには味方の兵士が立っている。だが、上半身が無い――オーガの一撃で吹き飛ばされたのだ。
 下半身は血を湧き流しながらもまだ立っていたが、ゆっくりとこちらに倒れ内臓を撒き散らす。

「キャアァァァ――――!」

 悲鳴を上げるが、誰も彼女を助ける余裕はない。次のオーガの一撃を転がって逃げるも、その巨大な武器がミノムシの鎧をかすめ弾き飛ばす。
 吹き飛ばされた彼女の鎧はバラバラに吹き飛び、金具に引っ掛かった服もビリビリに破られてしまった。

「イヤアアァァ! 誰、誰か……誰か助けてぇー!」

 半裸で悲鳴を上げる絶世の美女。だが誰も振り向かない、手を貸さない。彼らは今、それどころではないのだ。

「侵入箇所を重盾で塞げ! 後退!」

 ガシャガシャというけたたましい金属の響きと共に、後部の重盾部隊が侵入されていない前列部隊と再連結する。こうして新しく防盾壁が作られると、今まで前線だった部分は窪んだ壁の外側へと変化する。

「ほら、とっとと下がるぞ!」

 別の兵士に引っ張られ、ようやく死地から脱出する。だが――

「さっさと後衛に行って予備の鎧と重盾を持って来い! 急げ!」

 ボロボロと大粒の涙を流しながら半裸の姿で兵装置き場まで走る。罰ゲームではない、誰もその姿を気にしていない。生きているだけマシなのだ。
 長い戦いは、まだ始まったばかりだった。
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