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【 儚く消えて 】
会食 前編
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リアンヌの丘。かつては人類がエメラルドドラゴンと呼称する魔族が住んでいた。
だが現在ではリアンヌ・ケルシーによって討伐され、魔族領に駐屯する人類最大の物資集積上になっている。
碧色の祝福に守られし栄光暦217年10月12日。
初めて魔王相和義輝が訪れた時は夏であったが、今ではすっかり冬景色に代わっている。
油絵の具の空で太陽が隠れているこの世界では、冬の寒さは特に厳しい。
凍てつく強風がバタバタと旗を鳴らし、兵士達の使う水樽は昼でも厚い氷が張っている。
「余は領域戦が嫌いだ。そうだろう? あれには戦術も何もない。ただ死んで来いと命じ、配下が死ぬのをただ眺めるだけだ」
声の主が、ゆっくりと立ち上がる。
220センチの巨山の様な体躯。その巨体を包む白金の鎧には、青色で亀甲に孔雀羽の紋章が意匠されている。
「だが今回は向こうから来てくれるそうだ。実に面白い、我々の土俵で戦おうというのだ」
そしてゆっくりと歩きだす。静かで優雅な歩み。鮮やかな青のマントがふわりと揺れる。
兜は左手で小脇に抱えられており。鬣の様な金髪に獅子のような獰猛な素顔が露になっている。
その表情に浮く微笑み。この男は、今の状況を心底から楽しんでいた。
「今更人間の真似事など、千年以上遅かったと魔族共に思い知らせてやろう」
言いながら庁舎の門をくぐる、いやそれはもう庁舎ではなく城塞と呼べるもの。
外に出た彼を兵士たちが歓喜の声で出迎える。
その声援は空気を震わせ、大地をも響かせる。眼下一面を覆う白銀に青の鎧の大集団。その総数実に160万人。
その熱気は冬の寒さを吹き飛ばし、兵士達から登る湯気が大気を白く染め上げる。
ユーディザード王国“歩く城塞”マリクカンドルフ・ファン・カルクーツ王の出陣であった。
更にこの地には他にもハーノノナート公国軍42万人が駐屯し、総兵力は200万人を超える。
そして南南西330キロ地点にはマリセルヌス王国軍52万人。
そこから南に260キロ下ればスパイセン王国40万人が布陣。
北に目を向ければ、巨大山脈である巻貝と天嶮の領域を挟んでアドラース王国110万人。
東にはコンセシール商国の飛行騎兵団、そして更に行けばアイオネアの門がある。
撤収状態にあるゼビア王国軍は参戦出来ないが、ここを攻めれば周辺から一気に人類軍が押し寄せる。物資の集積所とは全軍の中心、すなわち最も集まりやすい場所なのだ。
「こちら024飛行騎兵隊モイビー、亜人の集団は数推定1800万。停止する様子は無し。夜明け前には到達の模様。繰り返す――」
亜人達の様子を確認する飛甲騎兵から、定期的に連絡が入ってくる。
そのたびに地図に印が付けられるが、それは確かにまっすぐにリアンヌの丘を目指している。
ここが目標であることは、もはや疑いようが無い状況だ。
「意外と多いですね。まあラニッサ王国軍が一瞬で飲まれたのも頷けます。我々が先行して割りますか?」
提案したのはハーノノナート公国を指揮する”死神の列を率いる者”の異名を持つユベント・ニッツ・カイアン・レトー公爵だ。
彼には二千万近い亜人を相手に出来るだけの自信と実績、そして戦力がある。
ハーノノナート公国はティランド連合王国軍、それも直轄の国である。
国家は複雑な情勢にあり、現在ハーノノナートの血族が納めるべき地をレトー血族が治める。
一代限りの代理王は決して珍しくないが、レトー血族もまた公爵位にあり、レトー公国を治めている。二つの国に跨った統治は、この世界では稀な状態にあった。
そして現在、本国が撤収したためこの地にて無聊を慰めている。
早く帰還したいところであったが、手ぶらで許可も無くい帰るわけにはいかない。
そのため、ここで一つ戦果を挙げておきたいところであった……だが――
「いや、先ずは様子を見るとしよう。貴国の王を退けた魔神とやらが混じっている可能性も高い。貴公が動くのはそれからでも遅くはあるまい」
マリクカンドルフ王は出撃を止める。別に功を立てられることを嫌っているわけではない。
そんな狭量な男ではないのだ。だが慎重に慎重を重ね、僅かの不安要素も残さない。
獰猛な肉食獣の顔立ちに反し、鉄壁の防備で敵を迎え撃つ。それが彼の戦い方であった。
◇ ◇ ◇
その夜、リッツェルネール・アルドライトは世界連盟中央都市にある小さな酒場で食事をしていた。
コンセシール商国の息のかかった店であり、こじんまりとしてはいるが酒も料理も高品質のものを提供している。
暖房も完備しており、外の寒さとは裏腹に、店の中はかなり暖かい。
同行者は3人。だが彼としては、このメンバーに捕まった事は少々驚きであった。
――どういった経緯でこの三人が揃ったのやら……。
「食事もお酒もあまり進んでいませんね。ご気分でも悪いのですか? ”元”侵攻軍最高意思決定評議委員長殿」
そう言ったのはマリッカ・アンドルスフ。既に3人分は平らげ酒もかなり飲んでいるが、態度には全く出ていない。
小柄な身長に似合わぬ大きな乳房を、テーブルの上にドカンと置いている。
あれはわざとなのだろうか、それとも実際にその方が楽だからなのだろうか。
――それにしてもよく食べ、よく飲む。あれだけの暴食で余り太らないのは体質的な物か、それともその分消費しているのか……もし機会があったら魔力量を測ってみたいものだ。
「”元”侵攻軍最高意思決定評議委員長殿は興味がおありですか?」
突然マリッカから話しかけられる。考えを見透かされたようだ。
「ああ、少しね」
リッツェルネールは普通の人間より魔力が高かった。
しかし体はそれほど大きくはならず、本当に普通の人より少し上といった程度だ。
それでも並の人間からすれば羨ましかったが、コンセシール商国トップのアルドライト家の人間としては落胆であった。
――僕にも女性のように胸があったら、もう少しは魔力が向上したのだろうか……。
だが現在ではリアンヌ・ケルシーによって討伐され、魔族領に駐屯する人類最大の物資集積上になっている。
碧色の祝福に守られし栄光暦217年10月12日。
初めて魔王相和義輝が訪れた時は夏であったが、今ではすっかり冬景色に代わっている。
油絵の具の空で太陽が隠れているこの世界では、冬の寒さは特に厳しい。
凍てつく強風がバタバタと旗を鳴らし、兵士達の使う水樽は昼でも厚い氷が張っている。
「余は領域戦が嫌いだ。そうだろう? あれには戦術も何もない。ただ死んで来いと命じ、配下が死ぬのをただ眺めるだけだ」
声の主が、ゆっくりと立ち上がる。
220センチの巨山の様な体躯。その巨体を包む白金の鎧には、青色で亀甲に孔雀羽の紋章が意匠されている。
「だが今回は向こうから来てくれるそうだ。実に面白い、我々の土俵で戦おうというのだ」
そしてゆっくりと歩きだす。静かで優雅な歩み。鮮やかな青のマントがふわりと揺れる。
兜は左手で小脇に抱えられており。鬣の様な金髪に獅子のような獰猛な素顔が露になっている。
その表情に浮く微笑み。この男は、今の状況を心底から楽しんでいた。
「今更人間の真似事など、千年以上遅かったと魔族共に思い知らせてやろう」
言いながら庁舎の門をくぐる、いやそれはもう庁舎ではなく城塞と呼べるもの。
外に出た彼を兵士たちが歓喜の声で出迎える。
その声援は空気を震わせ、大地をも響かせる。眼下一面を覆う白銀に青の鎧の大集団。その総数実に160万人。
その熱気は冬の寒さを吹き飛ばし、兵士達から登る湯気が大気を白く染め上げる。
ユーディザード王国“歩く城塞”マリクカンドルフ・ファン・カルクーツ王の出陣であった。
更にこの地には他にもハーノノナート公国軍42万人が駐屯し、総兵力は200万人を超える。
そして南南西330キロ地点にはマリセルヌス王国軍52万人。
そこから南に260キロ下ればスパイセン王国40万人が布陣。
北に目を向ければ、巨大山脈である巻貝と天嶮の領域を挟んでアドラース王国110万人。
東にはコンセシール商国の飛行騎兵団、そして更に行けばアイオネアの門がある。
撤収状態にあるゼビア王国軍は参戦出来ないが、ここを攻めれば周辺から一気に人類軍が押し寄せる。物資の集積所とは全軍の中心、すなわち最も集まりやすい場所なのだ。
「こちら024飛行騎兵隊モイビー、亜人の集団は数推定1800万。停止する様子は無し。夜明け前には到達の模様。繰り返す――」
亜人達の様子を確認する飛甲騎兵から、定期的に連絡が入ってくる。
そのたびに地図に印が付けられるが、それは確かにまっすぐにリアンヌの丘を目指している。
ここが目標であることは、もはや疑いようが無い状況だ。
「意外と多いですね。まあラニッサ王国軍が一瞬で飲まれたのも頷けます。我々が先行して割りますか?」
提案したのはハーノノナート公国を指揮する”死神の列を率いる者”の異名を持つユベント・ニッツ・カイアン・レトー公爵だ。
彼には二千万近い亜人を相手に出来るだけの自信と実績、そして戦力がある。
ハーノノナート公国はティランド連合王国軍、それも直轄の国である。
国家は複雑な情勢にあり、現在ハーノノナートの血族が納めるべき地をレトー血族が治める。
一代限りの代理王は決して珍しくないが、レトー血族もまた公爵位にあり、レトー公国を治めている。二つの国に跨った統治は、この世界では稀な状態にあった。
そして現在、本国が撤収したためこの地にて無聊を慰めている。
早く帰還したいところであったが、手ぶらで許可も無くい帰るわけにはいかない。
そのため、ここで一つ戦果を挙げておきたいところであった……だが――
「いや、先ずは様子を見るとしよう。貴国の王を退けた魔神とやらが混じっている可能性も高い。貴公が動くのはそれからでも遅くはあるまい」
マリクカンドルフ王は出撃を止める。別に功を立てられることを嫌っているわけではない。
そんな狭量な男ではないのだ。だが慎重に慎重を重ね、僅かの不安要素も残さない。
獰猛な肉食獣の顔立ちに反し、鉄壁の防備で敵を迎え撃つ。それが彼の戦い方であった。
◇ ◇ ◇
その夜、リッツェルネール・アルドライトは世界連盟中央都市にある小さな酒場で食事をしていた。
コンセシール商国の息のかかった店であり、こじんまりとしてはいるが酒も料理も高品質のものを提供している。
暖房も完備しており、外の寒さとは裏腹に、店の中はかなり暖かい。
同行者は3人。だが彼としては、このメンバーに捕まった事は少々驚きであった。
――どういった経緯でこの三人が揃ったのやら……。
「食事もお酒もあまり進んでいませんね。ご気分でも悪いのですか? ”元”侵攻軍最高意思決定評議委員長殿」
そう言ったのはマリッカ・アンドルスフ。既に3人分は平らげ酒もかなり飲んでいるが、態度には全く出ていない。
小柄な身長に似合わぬ大きな乳房を、テーブルの上にドカンと置いている。
あれはわざとなのだろうか、それとも実際にその方が楽だからなのだろうか。
――それにしてもよく食べ、よく飲む。あれだけの暴食で余り太らないのは体質的な物か、それともその分消費しているのか……もし機会があったら魔力量を測ってみたいものだ。
「”元”侵攻軍最高意思決定評議委員長殿は興味がおありですか?」
突然マリッカから話しかけられる。考えを見透かされたようだ。
「ああ、少しね」
リッツェルネールは普通の人間より魔力が高かった。
しかし体はそれほど大きくはならず、本当に普通の人より少し上といった程度だ。
それでも並の人間からすれば羨ましかったが、コンセシール商国トップのアルドライト家の人間としては落胆であった。
――僕にも女性のように胸があったら、もう少しは魔力が向上したのだろうか……。
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