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【 儚く消えて 】
新たなる戦いの幕開け
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「なんだか騒がしいな……」
ホテルまでは結構な距離を残しているが、廃墟の雰囲気が騒がしい。
不死者の安息を乱す何かが来ている、そんな空気だ。
「魔王サマ」
「魔王サマ」
「魔王サマ」
――なんだ? 周辺から俺を呼びながら何かが集まって来る。
ガサガサと草を掻き分け出てきた者達は、どれも皆、人のような姿。
2本の手と2本の足を持つ直立歩行。粗末な革の服を着、人間の扱う物とは違う、粗末な鉄の武器を持っている。
一体は体高3メートルほどで巨大な牙をもつ亜人。そしてそれより微妙に低く細い緑の肌の亜人、最後は1メートルほど小さな亜人。取り敢えず、オーガ、オーク、ゴブリンと呼称しておこう。
「君たちは? ……いや、何があった」
「「我らのセカイに人間が攻めてきました。戦う許可を!」」
俺の問い掛けに対し、三人の亜人は一斉に同じことを答えた。
◇ ◇ ◇
日が暮れたこ頃、カルターは世界連盟中央都市にあるハルタール帝国宿舎を半ば走りながら歩いていた。
宿舎と言っても、佇まいは高級ホテルと言ってもいい。壁も床も天井も美しく飾られ、いかにも一般人はお断りといった風格だ。
だがカルターも服装だけなら負けてはいない。
しかし、元々粗野な性格と行動のせいで、こういう場だと蛮族が入ってきたようにしか見えないのが難点だ。
「どけ! あの妖怪めが、決めた事も守れねぇのか!」
そしてその蛮族は、制止しようとした見張りや大臣を吹き飛ばして一番奥の一室に入る。
「なんだこりゃあ……」
そこは薄暗い半円形の広い部屋。
中央には豪華な内装にふさわしくない粗末なテーブルに椅子、それにベッドも置かず床に敷きっぱなしの布団。
壁には顔に大きな傷のある男の肖像画が一枚飾られているだけで、後は床に無造作に書類が置かれているだけの殺風景な部屋だった。
とても、超大国の皇帝が住むような場所では無い。
――北方諸国は質実剛健だと聞いちゃいるが……。
だが考えるより先に、荒々しい侵入者を咎める声が響く。
「粗暴だの、カルター。猪でも貴殿より礼は弁えていよう」
それは子供の、だが凛とした強い声。
壁際にある窓には一人の少女が立っている。
立っているのに地面に付くほどに長い金髪に、生気を感じない、しかし見る者を凍り付かせるような不気味な緑の瞳。
白い肌にはとても薄い絹の、肌と同じような白いドレスを纏っている。
薄い灯りに照らされたその姿は見る物によっては美しいが、カルターの瞳には不気味なモノとしか映らない。
カルターはこの少女が苦手であった。子供の頃にも何度か顔を合わせているが、この生気を感じさせない、まるで人間を虫か何かを見るような瞳に寒気すら感じる。
だが今はそんなことは言っていられない。
「オスピア、なぜ軍を動かした! 今は様子見だと決まっていただろう!」
その一喝だけで周囲を委縮させるカルターの怒声も、この少女には通じない。
いや、怒声だけではない。もし仮に、この周囲にいる人間全てを殺したとしても、この少女は眉一つ動かさないだろう。
「やりたいと言うからやらせただけの事。好きにさせれば良い。成功しても失敗しても、結局何も変わりはすまい」
カルタ―は目だけで周囲を見渡し座る場所を探すが、どう見てもあの粗末な椅子もテーブルも座ったら砕けてしまいそうだ。
仕方ないので立ったまま話を続ける。
「迂闊に刺激して魔王が壁まで攻めてきたらどうする。何の対策も出来ちゃいないんだぞ」
「ほう……」
僅かにオスピアの瞳に興味の色が混じる。
「ただの阿呆かと思っていたが、それなりに学んできたようだな。環境が人を育てると言うが、いやはや興味深いの」
「今はそんな話をしに来たんじゃねぇ!」
一歩前に踏み出して、相和義輝の魂を震え上がらせた一喝を放つ。だが女帝はそよ風の様に動じない。
「ならばどうする? 我らが帝国の状況は解っておろう。止まっておることなど出来はせぬ。ならば逝きたい者は逝かせるが良かろうて」
四大国の一つ、北の帝国ハルタール。
現在、亜人の住む地への侵攻を開始した国の他、魔族領から着々と撤退中のゼビア公国、マースノーの草原に駐屯するスパイセン王国、リアンヌの丘に駐屯するユーディザード王国などは皆、この帝国の傘下である。
かつて多くの領域が残っていた頃は季節に関わらず多くの作物が実る豊かな土地だったが、領域解除と共にその大地本来の自然に戻っていった。氷に覆われた不毛の地へとだ。
当然ながら領域を残すべきだという意見もあったが、全ての人類の未来の為という大義名分には勝てなかった。
その為、今や名前だけの大国とも揶揄されるのが現状である。
答えに窮するカルターに、畳みかけるように言葉を紡ぐ。
「解らぬか? 今更な話であろう。我らが国は豊かではない。もう戦地へと送る食糧にも余裕がない。戻すならばまだ道はあろう、だが止まれと言うのなら死ぬしかあるまいて。死して得た功績こそが、残してきた血族を助けるのだと信じての」
黙って聞いていたが、カルタ―としても耳が痛い。
実際この魔族領侵攻で、一番割を食っているのがハルタール帝国である。
無理な人口制限解除と長距離の遠征、国土の荒廃、それらは確実に帝国を蝕んでいる。
そしてそれらの行為は、この国だけで決めた事ではない。人類の為にと人類全体が決めた事だ。
結局、カルタ―は手ぶらで帰る事になった。怒りに任せて出てきただけで、何一つ説得する材料を持ち込めていなかったからだ。
これでは交渉の基本すらできていない……反省しながらも、万が一の備えも考えねばならなかった。
カルターが帰った後、 オスピア・アイラ・バドキネフ・ハルタールは全員を下がらせた。
そして一人となった後、見つめる先には一枚の肖像画がある。
顔の左から右へと、一直線の傷がある男……。
「父上殿、今度の魔王は随分と面白そうだの。父上が生きておられたら何と言うか……ふふ、そうであれば、あの魔王はそもそもおらなんだか。栓無き事よの」
外は既に真っ暗な闇に包まれているが、この町は魔力によって灯された人工の明かりで照らされている。その中を、昼夜関わりなく無数に蠢く小さな人間達。あるものは未来を見つめ、あるものは責務に追われ、またある者は悠久の檻の中で日々を過ごす。
様々な思いが過ぎ去りながら、やがて朝がやってくる……。
ホテルまでは結構な距離を残しているが、廃墟の雰囲気が騒がしい。
不死者の安息を乱す何かが来ている、そんな空気だ。
「魔王サマ」
「魔王サマ」
「魔王サマ」
――なんだ? 周辺から俺を呼びながら何かが集まって来る。
ガサガサと草を掻き分け出てきた者達は、どれも皆、人のような姿。
2本の手と2本の足を持つ直立歩行。粗末な革の服を着、人間の扱う物とは違う、粗末な鉄の武器を持っている。
一体は体高3メートルほどで巨大な牙をもつ亜人。そしてそれより微妙に低く細い緑の肌の亜人、最後は1メートルほど小さな亜人。取り敢えず、オーガ、オーク、ゴブリンと呼称しておこう。
「君たちは? ……いや、何があった」
「「我らのセカイに人間が攻めてきました。戦う許可を!」」
俺の問い掛けに対し、三人の亜人は一斉に同じことを答えた。
◇ ◇ ◇
日が暮れたこ頃、カルターは世界連盟中央都市にあるハルタール帝国宿舎を半ば走りながら歩いていた。
宿舎と言っても、佇まいは高級ホテルと言ってもいい。壁も床も天井も美しく飾られ、いかにも一般人はお断りといった風格だ。
だがカルターも服装だけなら負けてはいない。
しかし、元々粗野な性格と行動のせいで、こういう場だと蛮族が入ってきたようにしか見えないのが難点だ。
「どけ! あの妖怪めが、決めた事も守れねぇのか!」
そしてその蛮族は、制止しようとした見張りや大臣を吹き飛ばして一番奥の一室に入る。
「なんだこりゃあ……」
そこは薄暗い半円形の広い部屋。
中央には豪華な内装にふさわしくない粗末なテーブルに椅子、それにベッドも置かず床に敷きっぱなしの布団。
壁には顔に大きな傷のある男の肖像画が一枚飾られているだけで、後は床に無造作に書類が置かれているだけの殺風景な部屋だった。
とても、超大国の皇帝が住むような場所では無い。
――北方諸国は質実剛健だと聞いちゃいるが……。
だが考えるより先に、荒々しい侵入者を咎める声が響く。
「粗暴だの、カルター。猪でも貴殿より礼は弁えていよう」
それは子供の、だが凛とした強い声。
壁際にある窓には一人の少女が立っている。
立っているのに地面に付くほどに長い金髪に、生気を感じない、しかし見る者を凍り付かせるような不気味な緑の瞳。
白い肌にはとても薄い絹の、肌と同じような白いドレスを纏っている。
薄い灯りに照らされたその姿は見る物によっては美しいが、カルターの瞳には不気味なモノとしか映らない。
カルターはこの少女が苦手であった。子供の頃にも何度か顔を合わせているが、この生気を感じさせない、まるで人間を虫か何かを見るような瞳に寒気すら感じる。
だが今はそんなことは言っていられない。
「オスピア、なぜ軍を動かした! 今は様子見だと決まっていただろう!」
その一喝だけで周囲を委縮させるカルターの怒声も、この少女には通じない。
いや、怒声だけではない。もし仮に、この周囲にいる人間全てを殺したとしても、この少女は眉一つ動かさないだろう。
「やりたいと言うからやらせただけの事。好きにさせれば良い。成功しても失敗しても、結局何も変わりはすまい」
カルタ―は目だけで周囲を見渡し座る場所を探すが、どう見てもあの粗末な椅子もテーブルも座ったら砕けてしまいそうだ。
仕方ないので立ったまま話を続ける。
「迂闊に刺激して魔王が壁まで攻めてきたらどうする。何の対策も出来ちゃいないんだぞ」
「ほう……」
僅かにオスピアの瞳に興味の色が混じる。
「ただの阿呆かと思っていたが、それなりに学んできたようだな。環境が人を育てると言うが、いやはや興味深いの」
「今はそんな話をしに来たんじゃねぇ!」
一歩前に踏み出して、相和義輝の魂を震え上がらせた一喝を放つ。だが女帝はそよ風の様に動じない。
「ならばどうする? 我らが帝国の状況は解っておろう。止まっておることなど出来はせぬ。ならば逝きたい者は逝かせるが良かろうて」
四大国の一つ、北の帝国ハルタール。
現在、亜人の住む地への侵攻を開始した国の他、魔族領から着々と撤退中のゼビア公国、マースノーの草原に駐屯するスパイセン王国、リアンヌの丘に駐屯するユーディザード王国などは皆、この帝国の傘下である。
かつて多くの領域が残っていた頃は季節に関わらず多くの作物が実る豊かな土地だったが、領域解除と共にその大地本来の自然に戻っていった。氷に覆われた不毛の地へとだ。
当然ながら領域を残すべきだという意見もあったが、全ての人類の未来の為という大義名分には勝てなかった。
その為、今や名前だけの大国とも揶揄されるのが現状である。
答えに窮するカルターに、畳みかけるように言葉を紡ぐ。
「解らぬか? 今更な話であろう。我らが国は豊かではない。もう戦地へと送る食糧にも余裕がない。戻すならばまだ道はあろう、だが止まれと言うのなら死ぬしかあるまいて。死して得た功績こそが、残してきた血族を助けるのだと信じての」
黙って聞いていたが、カルタ―としても耳が痛い。
実際この魔族領侵攻で、一番割を食っているのがハルタール帝国である。
無理な人口制限解除と長距離の遠征、国土の荒廃、それらは確実に帝国を蝕んでいる。
そしてそれらの行為は、この国だけで決めた事ではない。人類の為にと人類全体が決めた事だ。
結局、カルタ―は手ぶらで帰る事になった。怒りに任せて出てきただけで、何一つ説得する材料を持ち込めていなかったからだ。
これでは交渉の基本すらできていない……反省しながらも、万が一の備えも考えねばならなかった。
カルターが帰った後、 オスピア・アイラ・バドキネフ・ハルタールは全員を下がらせた。
そして一人となった後、見つめる先には一枚の肖像画がある。
顔の左から右へと、一直線の傷がある男……。
「父上殿、今度の魔王は随分と面白そうだの。父上が生きておられたら何と言うか……ふふ、そうであれば、あの魔王はそもそもおらなんだか。栓無き事よの」
外は既に真っ暗な闇に包まれているが、この町は魔力によって灯された人工の明かりで照らされている。その中を、昼夜関わりなく無数に蠢く小さな人間達。あるものは未来を見つめ、あるものは責務に追われ、またある者は悠久の檻の中で日々を過ごす。
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