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【 儚く消えて 】

四大国 後編

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 侵攻以来、魔族領遠征は62年間順調だった。
 だが順調とは言え、成果があるから順調と言って間違いではないだろうと言う程度の状態である。

 北はハルタール帝国が担当し、アルシースの門、ケイ・ラグルの門から進行。
 だがケイ・ラグルの門側は東や中央との合流まで進めたが、アルシースの門側はいきなり広がる”黒き死の領域”にぶち当たり、こちらは1ミリたりとも進めていない。

 東のジェルケンブール王国は中央のティランド連合王国と共にノヴェスコーンの門、アイオネアの門から侵攻し順調であったが、東の端にあるジェルケンブール王国は度重なる大陸横断という大移動で国家の疲弊は隠し切れない。

 南はムーオス自由帝国が残る3門、ラキッドの門、ウィルヘムの門、ミスツークの門を担当し順調な侵攻を行ったが、”白き苔の領域”と西の海岸沿いにある”海竜と砂穴さけつの領域”で完全に足止めを喰らっている。

 そして全ての分岐点ターニングポイントである魔王発見。
 魔王という餌に釣られ、短期間で一気に周辺地域から兵員が集められた。
 そのために各国から浮遊式輸送板が徴収されたが、同時にそれらの多くが失われてしまったのだ。
 おかげで魔族領では進退きわまり補給も滞る事態に陥り、新たに浮遊式輸送板を生産しようにも物資不足と専門職の人員不足によりままならない。

 当然その不満は中央に集まり、今議場は大糾弾会の場と化しているのだ。
 話題逸らしとしては、今回のティランド連合王国の敗北とその理由はまあ良かったのではないか、 オスピア女帝は暗にそう言っている。

 椅子に腰かけたカルターは、正直めんどくせえと思っていた。
 ティランド連合王国は軍事国家であり、その社会のシステムは全て軍事にシフトしている。
 こういった場に対する教育を受けている彼であったが、頭の中自体は軍事に染まっているのだ。この様な面倒くさい席は苦手である。
 だから単刀直入に話を突き出した。

「現在魔族領にいるすべての国家、部隊を壁の内側へ撤収させる。それがティランド連合王国の総意だ」

 薄暗く静かな部屋に響くカルターの声。だがそれよりもその内容。
 その意外性は彼の迫力もあり、本当に中央テーブルに刃物を突き立てたかのような衝撃を与えた。

「それはまた……いや悪いとは思いませんよ。ええ、良い案ではあります」

 東のクライカ王は動揺を隠しきれない。国家の体面を考えれば、敗北したティランド連合王国が主戦論を唱え、その考えに最も遠いと考える国が反論を述べ、残り2か国が意見を調整する。それが外交儀礼だ。
 そのティランド連合王国がいきなり撤退論を出してくるとは思わなかったのである。

「賛成いたします。当方にも撤退の用意があります」

 ――えええー!? 
 今度は北のオスピア女帝までもが撤退論を出してきた。この国は四大国としては最も成果が小さい。ここで魔族領侵攻が終わったら、最も面目を失う国だろう。

 クライカ王としても、一時撤退を進言するつもりであった。東には壁に囲まれていない領域が多数残っている。今は大人しいが、もし魔族領の様に魔族が領域から飛び出して来たら国内は大混乱だ。今は遠い魔族領などに構っている場合ではない。

 しかし魔王が現れたから撤退しますなどという話は世間が許さない。自分たちが煽って来たからだ、魔族を殺せと教育してきたからだ。
 教育と言っても学校で学ぶ勉強などではない。身近に流れる常識のような、社会の風潮、空気と言った流れだ。魔族は滅ぼさねばいけない、魔族と戦って死ぬのは当たり前、そういった社会になるように新聞や広告、書籍や噂話を使って長い歳月をかけ作り上げた。
 その戦う社会が、今自分達が引き返すことを許そうとしない。

「しかしこのまま何もせずに撤退では世論が納得すまい。先ずは魔王ともう一戦やってからでも遅くはないのではないか?」

 ようやく南のザビエブ皇帝が助け舟を出す。
 実際ザビエブ皇帝としては撤退論を唱え、今後の戦闘の責任をどこかに押し付けたい処であった。しかしこのまま全面撤退をしたら責任は全ての国が負わなくてはいけなくなる。ならばもう一つ成果を出してから、と言う事だ。

「しかし貴国は2つの領域に阻まれどうする事も出来まい。大体、魔王は今どこにいるんだ? 俺は見た。空に魔王の印なんて物が無かったのをな」

 吐き捨てるようにカルターが意見を述べる。

「ならばこうしましょう……」

 ようやく出番が来たな、とクライカ王は話を進める。
 全体の折衷案として提示された内容は、当面は魔族領駐屯及び領域解除は行うが、これ以上の侵攻は控える。そして魔王が宣言通り現れたらそれを叩くという内容。
 今はともかく、そのための準備をしましょうと。


 こうして会合の結果を受けて4人が退出すると、そこには一人の男が残される。
 ずっと部屋の隅で書記を行っていた男。名をブーニックと言う。
 そして書き取った書類をこの部屋の地下、保管庫へと運ぶ。

 そこには歴代の会話が全て記録された束が並ぶ保管庫であり、彼の唯一の世界。
 忌憚なき意見――それを実現するために、それを記録するために、そして決して内容を世間に漏らさぬように、彼は生涯をこの狭い世界で過ごすのだった。
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