78 / 425
【 儚く消えて 】
新たなる戦いに向けて~人類 後編
しおりを挟む
だがカルターは、あまりの驚きに壁に背を付きそうになった。ここでの音はご法度、危ないところであった。
だがいつからだ? 簡単な事ではない。いや、出来る事ではない。いつから我々は、領域から魔族が出てこないと思い込まされてきたのだ!?
いや待て、早計だ。領域の一部が解除されていただけではないのか?
白い服の女性がボタンから手を放し、カルターに向かって手を上げる。次の質問をして良いという合図だ。
「なぜ魔族は領域を越えられたのだ? それを聞いてくれ」
白い服の女性は先ほどと同じようにベルを鳴らしボタンを押すと、カルターの質問をそのまま伝える。
「質問ですぅ、なぜぇ魔族は領域を超えぇるぅことが出来たぁのぉですかぁ?」
なぜ? どうしてそんなことを聞くの? 感情の乏しい少女からそんな気配が伝わってくる。
「普通にぃ越えるでしょうぅ? だぁって壁が出来るぅまでぇは、色々なぁ魔族ぅが沢山いたわよぇ」
今度はもう、疑いようがなかった。
確実だ、我々の常識は長い時間をかけて書き換えられている。
では誰が、どうやって? 何のために?
当時の資料は確認した。だが曖昧だ。ならばその時から始まっていたのだ。我々の意識を変える作業が。
それは1500年以上の時をかけ、じっくりと、ゆっくりと、様々な形で社会に常識を植え付けていった。魔族は領域を超えないという常識を。
女性が再び手を上げる。
「君にとって魔王とは何だ。それを聞いてくれ」
「質問ですぅ、貴方ぁにとってぇ魔王とはぁどんな存在ですかぁ?」
「魔王はぁいつも沢山のぉ魔族やぁ魔神をぉ連れて攻めてぇくるのよぉ。だからぁみんな魔王をぉ倒すんだってぇ頑張ってぇいるのよぉ。魔王は悪い人よぉ」
咄嗟に女性の合図を待たずに質問をしそうになったが、慌てて自制する。
そして女性の合図に対して新たな質問をする。
「魔神とはなんだ?」
「質問ですぅ、魔神とはぁ何ですかぁ?」
「魔人は神よぉ、魔族の神様ぁだわぁ。私達のぉ神様ぁと違ってぇ、彼らはぁ魔族の天からぁ降りてくぅるのよぉ、ずぅるいわぁね」
女性が再び手を上げる。だがカルターは今回はこれまでで良いと伝えた。
質問して良い数には制限がある。それにこの百年期間だけでも、少しずつ期間をずらしながら100人の記憶官が用意されていた。今は病気や自殺で減ってしまっているが、まだ41人が残っている。全員に聞いてから、新たな疑問点を聞けばいいのだ。
「どうでしたか?」
外に出ると、正装したエンバリ―が待っていた。
黒と金を基調としたシンプルな軍服に、黒赤のロングコート。これはティランド連合王国の正規の軍服だ。
だが肩にはマントと一体化した、深い緑色の網目ショールを掛けている。
これは、高位の魔法使いの礼装であった。
「やれらた、その言葉しかねぇ……」
カルタ―は茫然とし、疲れ切った感がある。
既に白い服から高価な礼服に着替えている。全体を赤と黒で統一したスーツで各所の縫い目には黒のライン、そしてボタン周囲と肩のモールに金をあしらう。全体的に魔王の服をもっと洗練したような色彩だ。
カルターは正直、伝統あるこの色調を改めようかと本気で悩んでいた。
壁の建設が始まったのは先々暦、紫の静寂に見守られし幸福歴722年2月40日と記録にある。
そして自分が7歳の頃、壁建設完了の祭りが世界規模で行われた。先暦、黒き永遠を打倒する前進歴913年9月15日の事だ。
1191年をかけた人類最大のプロジェクト。今思えば、なぜこの歳まであの境界線に疑問を持たなかった。どうしてあんなに狭い世界を囲う必要があった。
そして同歴、黒き永遠を打倒する前進歴997年5月1日に魔族領に侵攻することが決まった。
そこからは人類同士の淘汰の時代。反対した国や無能な国を滅ぼし、糾合し、戦いに備えた。
人口制限も大幅に解除され、戦争と食糧難に苦しみながらも人類は数を増やした。
そういえば、この84年間でコンセシール商国とは三度戦争をしたのだったな。
あの腹黒は今どこで何をしているのやら。
そして今の歴、碧色の祝福に守られし栄光暦155年1月1日に魔族領への大侵攻が始まる。
こうして今日まで62年間、魔族と戦い続けようやく魔王を倒した。伝説によれば、これで我々は全ての苦しみから解放されるはずだった……だがすぐに新しい魔王が誕生した。
やはり思い返すと長い。これだけの期間を掛けて世界の常識を書き換える。到底個人では出来まい。組織、それも国家レベルだ。
おそらく君主制の国では出来まい。自国は出来ても他国が無理だ。
そうなると比較的国境を自由に移動する教国か商国か……いや、単体と考えるから詰まる。
複数の国や組織が同時にやったと考えるのが自然だ。だが何のために……。
「エンバリ―、お前はあの壁を何のために作ったと思っていた」
「それは……魔族領からの魔族を防ぐからではないでしょうか?」
……やはりそうだろう。普通はそう考えた。
「なら東はどうだ? あそこにはまだ魔族領が残っている。俺たちが子供の頃には他にもあちこち残っていただろう。なぜ全てを囲わない?」
「そうですね……」
エンバリ―はしばし考える。今まであまり考えてこなかった事、常識。それを改めて問われると根拠に詰まる。
「魔王がいたからではないでしょうか? それが強大で危険なものだから封じた……そう考えるのが自然です」
「魔王がいると言うだけで、千年以上もかけて壁で囲う意味があったのか?」
改めて聞かれると、エンバリ―にはそこから先が思い浮かばない。そもそもあの渦の下に魔王がいるという話……伝説。
いつの間にか魔王とは座標であり目標を指す言葉になっている。
結局魔王とは何なのか……魔族の王とは銘打たれてはいるが、それは何を指す言葉だったのか。
「陛下、そろそろ到着いたします」
王族専用のそれが到着したのは世界連盟中央都市の一角。
特別厳重な警備を施したそこに、世界四大国の代表が集まろうとしていた。
だがいつからだ? 簡単な事ではない。いや、出来る事ではない。いつから我々は、領域から魔族が出てこないと思い込まされてきたのだ!?
いや待て、早計だ。領域の一部が解除されていただけではないのか?
白い服の女性がボタンから手を放し、カルターに向かって手を上げる。次の質問をして良いという合図だ。
「なぜ魔族は領域を越えられたのだ? それを聞いてくれ」
白い服の女性は先ほどと同じようにベルを鳴らしボタンを押すと、カルターの質問をそのまま伝える。
「質問ですぅ、なぜぇ魔族は領域を超えぇるぅことが出来たぁのぉですかぁ?」
なぜ? どうしてそんなことを聞くの? 感情の乏しい少女からそんな気配が伝わってくる。
「普通にぃ越えるでしょうぅ? だぁって壁が出来るぅまでぇは、色々なぁ魔族ぅが沢山いたわよぇ」
今度はもう、疑いようがなかった。
確実だ、我々の常識は長い時間をかけて書き換えられている。
では誰が、どうやって? 何のために?
当時の資料は確認した。だが曖昧だ。ならばその時から始まっていたのだ。我々の意識を変える作業が。
それは1500年以上の時をかけ、じっくりと、ゆっくりと、様々な形で社会に常識を植え付けていった。魔族は領域を超えないという常識を。
女性が再び手を上げる。
「君にとって魔王とは何だ。それを聞いてくれ」
「質問ですぅ、貴方ぁにとってぇ魔王とはぁどんな存在ですかぁ?」
「魔王はぁいつも沢山のぉ魔族やぁ魔神をぉ連れて攻めてぇくるのよぉ。だからぁみんな魔王をぉ倒すんだってぇ頑張ってぇいるのよぉ。魔王は悪い人よぉ」
咄嗟に女性の合図を待たずに質問をしそうになったが、慌てて自制する。
そして女性の合図に対して新たな質問をする。
「魔神とはなんだ?」
「質問ですぅ、魔神とはぁ何ですかぁ?」
「魔人は神よぉ、魔族の神様ぁだわぁ。私達のぉ神様ぁと違ってぇ、彼らはぁ魔族の天からぁ降りてくぅるのよぉ、ずぅるいわぁね」
女性が再び手を上げる。だがカルターは今回はこれまでで良いと伝えた。
質問して良い数には制限がある。それにこの百年期間だけでも、少しずつ期間をずらしながら100人の記憶官が用意されていた。今は病気や自殺で減ってしまっているが、まだ41人が残っている。全員に聞いてから、新たな疑問点を聞けばいいのだ。
「どうでしたか?」
外に出ると、正装したエンバリ―が待っていた。
黒と金を基調としたシンプルな軍服に、黒赤のロングコート。これはティランド連合王国の正規の軍服だ。
だが肩にはマントと一体化した、深い緑色の網目ショールを掛けている。
これは、高位の魔法使いの礼装であった。
「やれらた、その言葉しかねぇ……」
カルタ―は茫然とし、疲れ切った感がある。
既に白い服から高価な礼服に着替えている。全体を赤と黒で統一したスーツで各所の縫い目には黒のライン、そしてボタン周囲と肩のモールに金をあしらう。全体的に魔王の服をもっと洗練したような色彩だ。
カルターは正直、伝統あるこの色調を改めようかと本気で悩んでいた。
壁の建設が始まったのは先々暦、紫の静寂に見守られし幸福歴722年2月40日と記録にある。
そして自分が7歳の頃、壁建設完了の祭りが世界規模で行われた。先暦、黒き永遠を打倒する前進歴913年9月15日の事だ。
1191年をかけた人類最大のプロジェクト。今思えば、なぜこの歳まであの境界線に疑問を持たなかった。どうしてあんなに狭い世界を囲う必要があった。
そして同歴、黒き永遠を打倒する前進歴997年5月1日に魔族領に侵攻することが決まった。
そこからは人類同士の淘汰の時代。反対した国や無能な国を滅ぼし、糾合し、戦いに備えた。
人口制限も大幅に解除され、戦争と食糧難に苦しみながらも人類は数を増やした。
そういえば、この84年間でコンセシール商国とは三度戦争をしたのだったな。
あの腹黒は今どこで何をしているのやら。
そして今の歴、碧色の祝福に守られし栄光暦155年1月1日に魔族領への大侵攻が始まる。
こうして今日まで62年間、魔族と戦い続けようやく魔王を倒した。伝説によれば、これで我々は全ての苦しみから解放されるはずだった……だがすぐに新しい魔王が誕生した。
やはり思い返すと長い。これだけの期間を掛けて世界の常識を書き換える。到底個人では出来まい。組織、それも国家レベルだ。
おそらく君主制の国では出来まい。自国は出来ても他国が無理だ。
そうなると比較的国境を自由に移動する教国か商国か……いや、単体と考えるから詰まる。
複数の国や組織が同時にやったと考えるのが自然だ。だが何のために……。
「エンバリ―、お前はあの壁を何のために作ったと思っていた」
「それは……魔族領からの魔族を防ぐからではないでしょうか?」
……やはりそうだろう。普通はそう考えた。
「なら東はどうだ? あそこにはまだ魔族領が残っている。俺たちが子供の頃には他にもあちこち残っていただろう。なぜ全てを囲わない?」
「そうですね……」
エンバリ―はしばし考える。今まであまり考えてこなかった事、常識。それを改めて問われると根拠に詰まる。
「魔王がいたからではないでしょうか? それが強大で危険なものだから封じた……そう考えるのが自然です」
「魔王がいると言うだけで、千年以上もかけて壁で囲う意味があったのか?」
改めて聞かれると、エンバリ―にはそこから先が思い浮かばない。そもそもあの渦の下に魔王がいるという話……伝説。
いつの間にか魔王とは座標であり目標を指す言葉になっている。
結局魔王とは何なのか……魔族の王とは銘打たれてはいるが、それは何を指す言葉だったのか。
「陛下、そろそろ到着いたします」
王族専用のそれが到着したのは世界連盟中央都市の一角。
特別厳重な警備を施したそこに、世界四大国の代表が集まろうとしていた。
0
お気に入りに追加
71
あなたにおすすめの小説
神々の間では異世界転移がブームらしいです。
はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》
楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。
理由は『最近流行ってるから』
数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。
優しくて単純な少女の異世界冒険譚。
第2部 《精霊の紋章》
ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。
それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。
第3部 《交錯する戦場》
各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。
人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。
第4部 《新たなる神話》
戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。
連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。
それは、この世界で最も新しい神話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
無限に進化を続けて最強に至る
お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。
改稿したので、しばらくしたら消します
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語
Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。
チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。
その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。
さぁ、どん底から這い上がろうか
そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。
少年は英雄への道を歩き始めるのだった。
※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。
転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~
ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。
コイツは何かがおかしい。
本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。
目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ
ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。
間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。
多分不具合だとおもう。
召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。
そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます
◇
四巻が販売されました!
今日から四巻の範囲がレンタルとなります
書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます
追加場面もあります
よろしくお願いします!
一応191話で終わりとなります
最後まで見ていただきありがとうございました
コミカライズもスタートしています
毎月最初の金曜日に更新です
お楽しみください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる