上 下
77 / 390
【 儚く消えて 】

新たなる戦いに向けて~人類 前編

しおりを挟む
 魔王とティランド連合王国との戦いから二十日後、碧色の祝福に守られし栄光暦217年8月25日。
 中央では世界連盟臨時会合が開かれていた。もはや32日に予定していた世界連盟準備会合など完全に吹き飛んだ。

 議場は円形のホールとなっており、外側が盛り上がった凹形状。四方に用意された席は1500あり、加盟国全ての大使を収容できる。地球でいう国際連盟の議会場に近いだろう。
 大きな違いとしては、飛行機関を使った四大国の議長席が中央に浮遊しているところだ。

 本来であれば、中央に位置する議長の出した議題に合わせて、粛々と会合が行われる。
 だが今や、議会は紛糾、いや大紛糾で議長の話も全く聞こえない。

「魔王が再び現れたなど誰が信じる物か!」

「ティランド連合王国が失敗したため出まかせを言っているのではないのか!」

「魔族が領域を超えることなど有り得ない! 神が許していないのだ!」

「停戦? 有り得ぬ! 魔族を討伐すべし!」

「軍を集めろ! 第九次魔族領遠征軍を編成するのだ!」

「補給はどうするのだ! 今も前線は補給不足に苦しんでいるのだぞ!」

 これまで魔族領侵攻は順調だった。良い具合に人口も減り、更には魔王を討伐したと知らせが入った時は、皆歓喜して踊り狂ったものだ。
 太陽の光は確かな未来を感じさせ、作物も今まで以上に成長を見せた。
 だがそれも束の間だった。

 魔王復活。これ程の凶報がこの世にあるだろうか。
 全人類、有史以来の悲願が打ち砕かれたのである。
 議場の騒ぎは収まらない。朝も昼も夜も、ただただ実り無き喧騒を繰り返すだけであった。




 ◇     ◇     ◇




 その頃カルターは、中央地下、記憶室にいた。
 共をするのは白磁の仮面を被り、全身を白い服で包んだ女性が一人。
 そしてカルターは仮面こそ被っていないが、やはり全身を白い服で包んでいる。
 二人とも毛皮の靴を履き、金属の金具等は一切身に着けていない。完全に音を断った服装だ。

「壁の建設開始は、紫の静寂に見守られし幸福歴722年2月40日だったな」

 長い廊下を歩き、長い螺旋階段を歩き、さらに先に目的の場所があった。

 ”紫の静寂に見守られし幸福歴700から800年”と記された扉。それは極一部の人間が、特別な理由が無ければ訪れることが出来ない部屋。

 ゆっくりと扉が開き、二人は中へと入る。
 そこは小さな丸いガラス窓が一つだけある壁で区切られた小部屋。そして奥には少し大きめの部屋。
 奥の部屋には沢山の本が並ぶ本棚、そしてテーブルの上には新聞やチラシ、そして無造作に積まれた本。その部屋のイスの上に、一人の少女が座っている。
 全ての色素を失ったような真っ白な長い髪に、同じく病的なほどに白い肌。

「カルター陛下、わたくしが手を上げたら、お聞きしたい事をおっしゃってください。わたくしが記憶官様にお伝えいたします。わたくしが記憶官様と話をする間、決してお話になりませぬよう」

「分かっている」

 記憶官。それはその当時に普通に生活していた人間。書き残した書類資料などではなく、実際に生きていた生の声を聴くための存在。彼女は“紫の静寂に見守られし幸福歴”700年から800年の百年を外で過ごし、今日までの約1500年をこの中で過ごしている。

 記憶が風化しないように当時の本や生活用具が置かれ、当時の生活だけを思い出して生き続ける。そして新たな記憶の書き込みをできる限り減らすため、会話できるのはごく一部の特別な権限を持つ者だけ。それも数百年に一回だけである。食事も毎日同じものが同じ時間と徹底されていた。

「先ずは、魔物は領域から出てくるのか。それを聞いてくれ」

 カルターは聞きたい事のメモを見て質問内容を確認する。当然紙の書類や当時の通信機に残された記録も見た。だが内容は諸説様々で確証を得るものではない。そこで最後の手段として、膨大な量の申請書の束を出して記憶官を使う事にしたのだ。

 白い服の女性はボタンを押すと、部屋の中にベルの音が鳴る。
 それが合図の様に、中の少女は丸い小窓を見る。その薄い翠の瞳は感情が乏しいが、何かを待っているようだ。
 そして別のボタンを押すと、白服の女性はゆっくりとした口調でカルターの質問を伝える。

「質問ですぅ、領域から魔族は出てぇきますかぁ」

 今とは微妙に発音の違う、当時の発音で話しかける。

 小窓を使って会話するのも記憶を風化させないためだ。壁越しで誰か判らないと想像し妄想してしまう。だから常に同じ格好の人間が相手をする。

「ええぇ、そうねぇ。いぃつも領域から沢山の魔族ぅが出てぇきたわ。だぁから壁を作ったぁのよ」

 少女は答えると、自分の記憶を確認するように当時の本や新聞に目を通していた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

豪華地下室チートで異世界救済!〜僕の地下室がみんなの憩いの場になるまで〜

自来也
ファンタジー
カクヨム、なろうで150万PV達成! 理想の家の完成を目前に異世界に転移してしまったごく普通のサラリーマンの翔(しょう)。転移先で手にしたスキルは、なんと「地下室作成」!? 戦闘スキルでも、魔法の才能でもないただの「地下室作り」 これが翔の望んだ力だった。 スキルが成長するにつれて移動可能、豪華な浴室、ナイトプール、釣り堀、ゴーカート、ゲーセンなどなどあらゆる物の配置が可能に!? ある時は瀕死の冒険者を助け、ある時は獣人を招待し、翔の理想の地下室はいつのまにか隠れた憩いの場になっていく。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しております。

異世界転生してしまったがさすがにこれはおかしい

増月ヒラナ
ファンタジー
不慮の事故により死んだ主人公 神田玲。 目覚めたら見知らぬ光景が広がっていた 3歳になるころ、母に催促されステータスを確認したところ いくらなんでもこれはおかしいだろ!

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

妻は異世界人で異世界一位のギルドマスターで世紀末覇王!~けど、ドキドキするのは何故だろう~

udonlevel2
ファンタジー
ブラック会社を辞めて親と一緒に田舎に引っ越して生きたカズマ! そこには異世界への鏡が納屋の中にあって……異世界に憧れたけど封印することにする!! しかし、異世界の扉はあちらの世界にもあって!? 突如現れた世紀末王者の風貌の筋肉女子マリリン!! マリリンの一途な愛情にカズマは――!? 他サイトにも掲載しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界魔王召喚〜オッサンが勇者召喚じゃなくて魔王召喚されてしまった件!人族と魔族の間で板挟みになってつらい〜

タジリユウ
ファンタジー
「どうか我々を助けてください魔王様!」 異世界召喚ものでよく見かける勇者召喚、しかし周りにいるのは人間ではなく、みんな魔族!?  こんなオッサンを召喚してどうすんだ! しかも召喚したのが魔族ではないただの人間だ と分かったら、殺せだの実験台にしろだの好き勝手言いやがる。 オッサンだってキレる時はキレるんだぞ、コンチクショー(死語)! 魔族なんて助けるつもりはこれっぽっちもなかったのだが、いろいろとあって魔族側に立ち人族との戦争へと…… ※他サイトでも投稿しております。 ※完結保証で毎日更新します∩^ω^∩

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

底辺おっさん異世界通販生活始めます!〜ついでに傾国を建て直す〜

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 学歴も、才能もない底辺人生を送ってきたアラフォーおっさん。  運悪く暴走車との事故に遭い、命を落とす。  憐れに思った神様から不思議な能力【通販】を授かり、異世界転生を果たす。  異世界で【通販】を用いて衰退した村を建て直す事に成功した僕は、国家の建て直しにも協力していく事になる。

処理中です...