この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR

ばたっちゅ

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【 戦争 】

ティランド連合王国との戦い 後編

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 左翼軍前衛隊は400人集団を横を33個列に並べ、奥行きは20列。合計26万4千人の大軍勢だ。だがそれ以上に厄介なのは……。

「全騎突撃! 動くもの全てを蹴散らせ!」

 少女の澄んだ高い声が響くと同時に、最前列にいた前列33列、奥行き5列の集団が一斉に前進を開始する。
 それらは全て馬鎧バーディングを施した軍馬に騎乗し、頭から足の先まで全身鎧を纏った騎兵達。武器は右手にランス、左手に大盾、予備兵装に馬上でも使える軽量の大型剣を持つ。
 総勢6万6千騎。ティランド連合王国軍突撃騎兵隊であった。

 率いるは“串刺し姫”ティティアレ・ハイン・ノヴェルド、ティランド将軍。
 身長は160センチ。鍛え上げた細く白い体には傷一つついていない。見た目は少し幼さを感じさせるが、紅蓮の瞳には一切呵責の無い厳しさを秘めている。桃色の長髪は今は編まれ後ろに垂れているが、その様子を外から見ることは出来ない。

 いま彼女はその全身を、角ばった赤紫の重甲鎧で完全に覆っているからだ。
 頭には乙女を食い散らかしそうな、凶悪な顔を模したユニコーンの兜。その胸上には四角く水晶の窓がはめ込まれている。
 肩に付いている鉄板は頭の上から腿の下までの長さがあり、さながら畳んだ翅のよう。
 両手にそれぞれ盾と一体化した大型ランスをそれぞれ装備している。

 それは角のある馬面の巨人。それが馬と呼んでは詐欺に当たるような微妙に馬っぽいサイのような動物に跨っている

 騎馬隊と歩兵隊の連携運用では連合王国軍隋一とされ、その実力で幼い頃から幾多の戦場で功績をあげてきた傑物。ティランド連合王国王位継承権代四位の実力者だ。

「突貫! 踏みつぶせ!」

 雄たけびと共に猛然と土煙を上げて突進する一団。ぶつかった不死者アンデットの群れを弾き飛ばし、また踏みつぶし、一切速度を落とさずに相和義輝あいわよしきの立つ丘に迫る。

 ティティアレの長大なランスには幾体もの不死者アンデットが突き刺さり、まるで焼き鳥の櫛のようだ。もうこれ以上は刺すスペースが無い――その途端、突き刺さった不死者アンデッドの死体が炸裂し飛散する。煙を割って出てきたそのランスはピカピカの新品状態だ。

 彼女自身が炸裂の魔法の使い手であり、またランスも普通の武器とは違い、魔道路を搭載した重甲鎧専用武器。
 現在の不死者アンデッドや魔人エヴィアには、サイアナに匹敵する魔力を持つ上に専用装備で身を固めた彼女を止める術はない。

 更に相和義輝あいわよしきから見て左側からも、再び脅威が迫ってくる。
 飛甲騎兵隊の編隊だ。今度は上空からでは無く、それ本来の使い方――地面をこするように飛び突撃戦法を仕掛けてくる。

「魔力注入開始!」

「魔力注入開始!」

 操縦士の命に動力士が答える。
 それに応じ、先端の円錐状の槍、そして左右に取り付けられた三角定規のような翼刃よくじんが赤みを帯びた輝きを放つ。これもまた人類の武器と同様、魔力により硬質化する兵器だ。

「全騎突入! 不死者 アンデッド 共を蹴散らしてやれ!」

 もしカルタ―が集合指示をかけなければ彼女の軍は昨日の内に到着しており、また飛甲騎兵は戦闘を続行していた。そうなれば相和義輝あいわよしきはその場で切り札を切らざるを得なかっただろう。そして全ての予定は瓦解していた。

 だが運は味方をしている。ティティアレの到着は今日であり、人類軍は集まりすぎた為、あの場所に布陣するしかなかった。
 そしてまた、飛甲騎兵が突撃飛行をするスペースもまた、そこしかなかったのである。




 ◇     ◇     ◇





「あの位置なら大丈夫だな。むしろ今が使いどころだ。頼むぞ!」

 相和義輝あいわよしきは両手で大きく丸を書くポーズをとる。ちょっと恥ずかしいが、今は他に意思疎通の方法が無いから仕方がない。




 ◇     ◇     ◇





 ティティアレ将軍は相和義輝あいわよしきの軍に対して右手にいた。つまり彼女の左には、いま炎と石獣の領域が広がっている。だがそれが何だと言うのだろうか。不死者アンデットが領域を超えている可能性有りとは軍議でも話し合われたが、もしちょろちょろと出てくるのなら後ろの歩兵隊と連携して揉みつぶせばいい。

 ――見えてきた。あれが報告にあった謎の人物のいる丘……。

 ごうっ……一陣の風が吹く。それは熱風を伴った嫌な風。左から迫る真っ赤な旋風。

 昔の事を思い出す。それは遠い昔、子供だった頃。

「ママ―、どうしてわたしたちは壁を作ったの?」

「魔族たちが、この人間の世界に入ってこないようにするためよ」

「だけど、まぞくは領域をこえないよね?」

「でもね、いつか人間が壁の向こうを解除した時に魔族が出てきちゃうでしょう?それを止めるためなのよ」

 ――それは間違い。長い年月のうちに捻じ曲がって伝えられた情報。
 壁が作られてから1495年。もはや何の為にこの小さな世界を壁で覆う必要があったのかを知る者は少ない。
 建設後に産まれた人間はもちろん、当時生きていた人間も昔過ぎて、曖昧な記憶の中で交わされた話に紛れ忘れている。
 それでも覚えているのは極々一部の特殊な職に就いている人間か、周囲の噂や風聞に一切惑わされない不動の精神を持つ者くらいだろう。

 だがその真実を知る事も無く、ティティアレの体は炭となって虚空に舞った……


「なんだあれは……」

 カルタ―の本陣、いやティランド連合王国軍全てがその光景に驚愕し、茫然と立ち竦む。
 炎と石獣の領域から、幾本もの炎の竜巻が降りてきたのだ。

 それは唸りを上げて左翼騎馬隊、右翼飛甲騎兵隊を飲み込むと、そのまま左右に転身し、後方の歩兵隊をも飲み込んでゆく。そして巻き上げられた巨大な武器や鎧、飛甲騎兵の残骸は火山弾の様に降り注ぎ、更なる二次被害を生み続けた。

「左翼部隊を下がらせろ! 飛甲騎兵の生き残りもだ! 急げ!」

 人間を狙って動き、巻き上げた物を人間に向かって吐き出す。まるで意志ある生き物のように竜巻は人間の陣を縦断すると、数分の内に元いた炎と石獣の領域へ進路を変える。
 だがその僅かの間だけで左翼は崩壊、およそ3割が即死し2割が重症と大損害を被った。最初にぶち当たった騎馬隊に至ってはほぼ壊滅だ。

 飛甲騎兵隊も上空へと進路を変えたが、炎の竜巻の高さはそれよりも高い。
 投入された50騎のほぼ全てが、まるで狙い撃たれたかのように墜とされていた。

 たまたまか? しかし偶然などで、あれほどの被害が出てはたまらない。もう炎と石獣の領域に接している位置には部隊を展開できない。




 ◇     ◇     ◇





 「もう無理―、あそこ寒いー」

 「つーかーれーたー!」

 遠くで聞こえる竜巻の音、炎の精霊に対して手を振って答える。もう炎の精霊は使えなくなったが、これで右翼から攻められる事は無いだろう。人類軍には相当な被害が出たが、あくまで自然現象としてだ。ここで全軍撤退はやめてくれよ。




 ◇     ◇     ◇




 そんな心配をよそに、ティランド連合王国軍は下がる事など考えてはいない。不死者アンデッドの群れが発生したが理由は判りません、領域を超えた自然現象が起きたが理由は不明です。あれほどの被害を出しながら、これでむざむざ帰る事は許されないのだ。

 だが幕僚は大揉めだ。今目の前で起きたことが信じられないと言った意見が大半で、中には神の試練だと言い始める者もいる。
 徹底した軍事政策に周辺国との絶え間ない紛争。ティランド連合王国には、1500年も昔の事を正確に知っている人間はいないのである。

「もう良い。少し早いが兵達に補給を取らせよ。次は俺も出る。各員支度せよ。」

 カルタ―の指揮で、ティランド連合王国軍は休憩に入った。
 空には切れ間の見える油絵の具の空。伝説の魔王の印は見つからない。だがいるのだろう、この空の下の何処か……いや、直ぐ近くにな。

 だがカルタ―の精神的な疲労は予想外だった。まさかこの短期の間に二人も血族の将を失うとは思ってもいなかったのだ。
 ホーネル将軍は鋭利な刃物で攻撃されて戦死。だが攻撃者も方法も不明。
 一方ティティアレ将軍は自然現象により死亡。だが、あれを本当に自然災害と言って良いのか? あまりにも出来過ぎている……情報が足りな過ぎている。




 ◇     ◇     ◇





「向こうは休憩に入ったみたいだな。さすがに全軍一斉ではないみたいだけど……こちらも少し休もう」

 とは言え、実際に休息が必要なのは俺くらいだろうな……と自嘲する。
 肉体的にも精神的にもきつい。特に先ほどの騎馬突撃がやばかった。あと数分決断が遅れたら、今頃は蹄の跡をつけて地面にめり込んでいるか、串刺しとなって高々と掲げられる未来しかなかった。

「スースィリアは今どのへんだ?」

「そうですねぇ……」

 ルリアはキョロキョロと辺りを見渡すと、あの辺りですと指で示す。
 しかしそこは赤紫の兵士達で埋まっていて、こちらからはさっぱり見えない。

 現在、魔人スースィリアは地下を掘り進んでいた。死霊レイスが一人付いており、たまに地上にコッソリ出ては手信号ハンドサインで位置情報を確認する。そして再び地下に戻ってスースィリアに身振り手振りで進行方向を伝えるといった状況だ。
 そして今、おおよそ予定の場所に潜んでいる。
 魔人エヴィアと魔人ウラーザムザザの準備も万端だ。

「エヴィア、あっちの方は大丈夫か?」

「大丈夫かな。覚悟が決まったら言ってくれればいいよ」

 いつもと同じ様子だが、その声からは気遣いを感じさせる。

「ああ、覚悟は決まっているよ。タイミングを見ているだけさ」

 サイアナに迷っている顔だと言われた。だが俺はもう、今更迷ってはいない。ただ怖いのだ。失敗が、そして殺される事、殺す事、死なせる事も……。
 この気持ちに慣れてはいけない。常に持ち続けなくてはいけないのだ。そうでなければ、俺はもう人ではなくなってしまう。

「動き出したずげ」

 魔人ウラーザムザザの言うように、ずっと後ろ開きの箱のような陣形だった部隊が後方へ下がって行く。
 そしてそれと入れ替わるように、ティランド連合王国軍の本陣が前進を開始した。
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