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【 戦争 】
ナルナウフ教の司祭 前編
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ナルナウフ教団は、特定の国家に属さない宗教団体である。
この世に迷い出てしまった死者達の魂に安らぎを与え大地に帰すことを教義とし、世界中に散る二百万の信徒達は、死者の安寧の為に世界中を巡礼している。
彼らは自分達の軍は持たず各国軍に交じって行動するが、ごく一部、聖都からの支援で編成された特別部隊が存在していた。
その中でも魔族領に存在するナルナウフ教最大勢力、それが“かつての美の化身”サイアナ・ライナア司祭率いる精鋭部隊六千で編成された、対不死者突撃部隊であった。
「さあ、死者の方々に安息を与えるときが参りましたわよ! 各員、突撃!!!」
◇ ◇ ◇
地響きを立てて不死者の群れに躊躇なく突撃する一団。
全員が騎乗している。しかしあれは馬といっていいのだろうか。
サイの様な太い脚、太く硬質的な体、短い首。頭が馬でなかったら誰も馬とは思わないだろう。
それは、巨大な武具を身に纏って戦う人間達のために、長い時間をかけて品種改良された軍馬であった。
その軍団の先頭にサイアナ・ライナア司祭がいる。
巨大な潜水服を思わせる丸い分厚い兜の根本、ほぼ首の中心には細い楕円の水晶が埋め込まれ、僅かにその鈍色の目を伺い知れる。
体は上に合わせたような分厚い全身を包む鎧。上と相まって見た目は潜水服そのものだ。だが巨大さのスケールがまるで違う。薄い部分でも百ミリはありそうな鎧は、鎧というよりもはやパワードスーツのよう。
肩には三枚重ねをずらした湾曲した鉄板が貼り付けられており、両側にナルナウフ教のシンボルである聖女が描かれている。
そして全身の色もまた、ナルナウフ教司祭の証である深い緑色に統一されていた。
手にはかつて見た聖杖――柄まで含めた全長は200センチ、先端は直系100センチ、長さ140センチの円筒形。ドラム缶にコンクリートを流し込んで柄を付けましたと言った形状だ。
その円筒には格子に溝が彫られており、その表面には”悪霊退散、怨霊退散”と書かれている。
「そーれ! そーれ!」
掛け声とともに進行方向にいる不死者達が炸裂する。いや、決して比喩ではなく本当にバラバラになって吹き飛んでいく。周囲の不死者もまるで近づくことが出来ない状態だ。
「あれは無理だ!! ルリア、何とかならんのか?」
だが死霊のルリアは頭を押さえて座り込み、こちらを見ながら無言でプルプルと頭を横に振っている。不死者にアレの相手をさせようというのはさすがに無理か。
だが手をこまねいている間にサイアナ率いる騎馬隊は不死者の群れを削りまくっている。疲労も全く感じさせない。このままではサイアナ一人に全滅させられる恐れすらある。
「仕方ない、予定よりだいぶ早いがアレをやるしかない! 蠢く死体隊に支度させろ!」
◇ ◇ ◇
「……あれは何ですの?」
サイアナの左前方、小高い丘の上。そこにはずらりと旗が経っている。そしてこれを見ろと言わんばかりに焚かれている赤と黒の発煙筒。
「赤と黒は普通使いませんね。発煙筒の間隔も短すぎて、あれじゃ煙が混ざり合っちまうでしょう。それにあの位置はどう見ても友軍ではありませんよ。いかがなさいますか?」
サイアナに仕える司教、オブマーク・ゾレオも少し困惑する。
既に魔族領で百年以上も戦い続けているベテランだが、不死者がこれほどに沸くのを見たことが無い。
しかもあの怪しすぎる旗と発煙筒は何だ?
何かの罠にしては稚拙すぎるし、そもそも不死者が罠など張るものなのか?
「無視しましょう。今わたくしたちの前には迷える方々が沢山いるのですもの」
サイアナは今、目の前の不死者に夢中だった。
◇ ◇ ◇
「だめだ、無視された。もっと興味を惹かないとだめだ。旗のポールが短かったか? とにかくこっちに注目させないと話にならない。そうだ! お前たち、もっと声を出せ!」
魔王の指示で背後に控えていた蠢く死体や屍肉喰らいが一斉に呻き声をあげる。
肉々と叫んでいるだけだが、多分向こうには意味はわからないだろう。
「それとあの集団の進行方向の不死者を全部こちらへ逃げて来させろ! 急げ!!」
「えー、わたくしが行くんですの?」
死霊のルリアは不満たらたらだ。だが――、
「いいから行けー! お前伝令分の魔力ちゃんと持ってっただろ!」
触れないけど首根っこ掴んででも行かせるしかない。
◇ ◇ ◇
「妙ですね、不死者が向かってこなくなりました。それにあちら……」
オブマークが示した方向は先ほどの旗と発煙筒の地点。如何にも怪しい地点だ。そこへ向かって前方の不死者達が逃げて行く。
本当に誘い込もうとしているのか? だとしたらお子様レベルの作戦だ。
「ええ、それに何やらあちらで不死者達が呻いていますわ。」
サイアナの頭には妙な不安感があった。あまりにも不自然な誘導……しかし。
「もしかしたら、死者を迷わせる元凶、悪魔がいるかもしれませんわね」
結局、サイアナは魔王の陣取る小高い丘へと進路を変えた。トキメキにも似た感情と共に。
◇ ◇ ◇
進路上の不死者を蹴散らしながらサイアナ率いる六千騎が上がってくる。
心臓がバクバクする。いよいよデビュー戦だ。ここでの出来次第で今後の全てが変わってくる。
落ち着けよ、俺。しくじるなよ、俺……来た――。
「これは何ですの?」
サイアナの驚きも無理はない。そこには旗を持ちずらりと並ぶ蠢く死体達。
旗に刺繍されているのは魔王の文字。そして無造作に焚かれている発煙筒。
その中心に、一人の男が立っている。
黒と赤を基調とした服、見るからに怪しい銀の仮面。そしてダサいマント。服にもしっかり魔王と刺繍され、いかにも自分が魔王だと言っているようだ。ではあるのだが――
「随分と威厳が無い魔王ですのね」
サイアナはサクッと相和義輝の心にナイフを突き立てる。
――ああ、判っているさ。服も急ごしらえだし旗はダサいし、それにこの後ろで炊かれる発煙筒。今時これで凄いと思ってくれるのは幼児くらいなものだ。だが、やるしかないのだ。
この世に迷い出てしまった死者達の魂に安らぎを与え大地に帰すことを教義とし、世界中に散る二百万の信徒達は、死者の安寧の為に世界中を巡礼している。
彼らは自分達の軍は持たず各国軍に交じって行動するが、ごく一部、聖都からの支援で編成された特別部隊が存在していた。
その中でも魔族領に存在するナルナウフ教最大勢力、それが“かつての美の化身”サイアナ・ライナア司祭率いる精鋭部隊六千で編成された、対不死者突撃部隊であった。
「さあ、死者の方々に安息を与えるときが参りましたわよ! 各員、突撃!!!」
◇ ◇ ◇
地響きを立てて不死者の群れに躊躇なく突撃する一団。
全員が騎乗している。しかしあれは馬といっていいのだろうか。
サイの様な太い脚、太く硬質的な体、短い首。頭が馬でなかったら誰も馬とは思わないだろう。
それは、巨大な武具を身に纏って戦う人間達のために、長い時間をかけて品種改良された軍馬であった。
その軍団の先頭にサイアナ・ライナア司祭がいる。
巨大な潜水服を思わせる丸い分厚い兜の根本、ほぼ首の中心には細い楕円の水晶が埋め込まれ、僅かにその鈍色の目を伺い知れる。
体は上に合わせたような分厚い全身を包む鎧。上と相まって見た目は潜水服そのものだ。だが巨大さのスケールがまるで違う。薄い部分でも百ミリはありそうな鎧は、鎧というよりもはやパワードスーツのよう。
肩には三枚重ねをずらした湾曲した鉄板が貼り付けられており、両側にナルナウフ教のシンボルである聖女が描かれている。
そして全身の色もまた、ナルナウフ教司祭の証である深い緑色に統一されていた。
手にはかつて見た聖杖――柄まで含めた全長は200センチ、先端は直系100センチ、長さ140センチの円筒形。ドラム缶にコンクリートを流し込んで柄を付けましたと言った形状だ。
その円筒には格子に溝が彫られており、その表面には”悪霊退散、怨霊退散”と書かれている。
「そーれ! そーれ!」
掛け声とともに進行方向にいる不死者達が炸裂する。いや、決して比喩ではなく本当にバラバラになって吹き飛んでいく。周囲の不死者もまるで近づくことが出来ない状態だ。
「あれは無理だ!! ルリア、何とかならんのか?」
だが死霊のルリアは頭を押さえて座り込み、こちらを見ながら無言でプルプルと頭を横に振っている。不死者にアレの相手をさせようというのはさすがに無理か。
だが手をこまねいている間にサイアナ率いる騎馬隊は不死者の群れを削りまくっている。疲労も全く感じさせない。このままではサイアナ一人に全滅させられる恐れすらある。
「仕方ない、予定よりだいぶ早いがアレをやるしかない! 蠢く死体隊に支度させろ!」
◇ ◇ ◇
「……あれは何ですの?」
サイアナの左前方、小高い丘の上。そこにはずらりと旗が経っている。そしてこれを見ろと言わんばかりに焚かれている赤と黒の発煙筒。
「赤と黒は普通使いませんね。発煙筒の間隔も短すぎて、あれじゃ煙が混ざり合っちまうでしょう。それにあの位置はどう見ても友軍ではありませんよ。いかがなさいますか?」
サイアナに仕える司教、オブマーク・ゾレオも少し困惑する。
既に魔族領で百年以上も戦い続けているベテランだが、不死者がこれほどに沸くのを見たことが無い。
しかもあの怪しすぎる旗と発煙筒は何だ?
何かの罠にしては稚拙すぎるし、そもそも不死者が罠など張るものなのか?
「無視しましょう。今わたくしたちの前には迷える方々が沢山いるのですもの」
サイアナは今、目の前の不死者に夢中だった。
◇ ◇ ◇
「だめだ、無視された。もっと興味を惹かないとだめだ。旗のポールが短かったか? とにかくこっちに注目させないと話にならない。そうだ! お前たち、もっと声を出せ!」
魔王の指示で背後に控えていた蠢く死体や屍肉喰らいが一斉に呻き声をあげる。
肉々と叫んでいるだけだが、多分向こうには意味はわからないだろう。
「それとあの集団の進行方向の不死者を全部こちらへ逃げて来させろ! 急げ!!」
「えー、わたくしが行くんですの?」
死霊のルリアは不満たらたらだ。だが――、
「いいから行けー! お前伝令分の魔力ちゃんと持ってっただろ!」
触れないけど首根っこ掴んででも行かせるしかない。
◇ ◇ ◇
「妙ですね、不死者が向かってこなくなりました。それにあちら……」
オブマークが示した方向は先ほどの旗と発煙筒の地点。如何にも怪しい地点だ。そこへ向かって前方の不死者達が逃げて行く。
本当に誘い込もうとしているのか? だとしたらお子様レベルの作戦だ。
「ええ、それに何やらあちらで不死者達が呻いていますわ。」
サイアナの頭には妙な不安感があった。あまりにも不自然な誘導……しかし。
「もしかしたら、死者を迷わせる元凶、悪魔がいるかもしれませんわね」
結局、サイアナは魔王の陣取る小高い丘へと進路を変えた。トキメキにも似た感情と共に。
◇ ◇ ◇
進路上の不死者を蹴散らしながらサイアナ率いる六千騎が上がってくる。
心臓がバクバクする。いよいよデビュー戦だ。ここでの出来次第で今後の全てが変わってくる。
落ち着けよ、俺。しくじるなよ、俺……来た――。
「これは何ですの?」
サイアナの驚きも無理はない。そこには旗を持ちずらりと並ぶ蠢く死体達。
旗に刺繍されているのは魔王の文字。そして無造作に焚かれている発煙筒。
その中心に、一人の男が立っている。
黒と赤を基調とした服、見るからに怪しい銀の仮面。そしてダサいマント。服にもしっかり魔王と刺繍され、いかにも自分が魔王だと言っているようだ。ではあるのだが――
「随分と威厳が無い魔王ですのね」
サイアナはサクッと相和義輝の心にナイフを突き立てる。
――ああ、判っているさ。服も急ごしらえだし旗はダサいし、それにこの後ろで炊かれる発煙筒。今時これで凄いと思ってくれるのは幼児くらいなものだ。だが、やるしかないのだ。
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