この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR

ばたっちゅ

文字の大きさ
上 下
64 / 425
【 戦争 】

奇襲 後編

しおりを挟む
「上手くいっているな」

 泡のように消え逝く人間たちの命を感じながら、魔王相和輝義あいわよしきは山を下った先……かつては鉄花草てっかそうの領域と呼ばれた地の少し高い丘の上にいた。
 見晴らしが良く、背後は炎と石獣の領域。背後に回り込まれる事の無い絶好のポジションだ。

 数千人毎に分かれた不死者アンデットの軍団は百人やそこらの小規模な駐屯地を次々飲み込んでいく。奇襲は成功だ。
 だが、開始から2時間余りで状況が変わってくる。
 次第に消える人間の命が消え、それぞれに塊を形成し始めたのだ。

「通信機があるんだったな、さすがに早い……だが遅い」

 最初の方で襲われた駐屯地から連絡があったのだろう。人類軍は野生動物を狩る姿勢から集団に対する体制に変わりつつある。しかし最初にあった配置は覆せない。
 武装し隊列を組んでも、その時には四方全てが不死者アンデットに囲まれているのだ。

 夜が明ける事には炎と石獣の領域に接していた大半の駐屯地は壊滅し、今蠢くのは不死者アンデットだけとなる――しかし。

「だよな……。よし、奇襲は終わりだ。 ルリア、散ってる不死者アンデット達を集合させてくれ。本番が来た。」

 最初の奇襲で倒せたのは、あくまでも炎と石獣の領域に接している部分だけ。その後ろは報告と同時に兵を纏め、味方を救うべく進軍してくる。
 数はおよそ五千の集団が5つと言う処だろうか。だがそれは最初に到着しただけであり、1時間2時間と経つうちに倍々ゲームのように増えていく。

「数は揃っていない。相手はまだこちらの数も編成も把握していないはずだ。一気に飲み込め!」




 ◇     ◇     ◇




「どうなっているんだ! ここまでの状況は報告にはなかったぞ!」

 バラント王国軍ユッケム男爵は旗下の兵員二万と、途中合流した王直属の部隊を引き連れ進軍した。
 182センチの長身に少し細長いが精悍な顔立ち。短く角刈りにした金髪と歴戦の輝きを湛える濃い茶色の瞳。
 全身を覆うピンクの金属鎧には祈る乙女の姿が彫られ、刃渡り200センチの両手剣を携えている。
 バラント王国軍として2度の魔族領侵攻戦を経験しているベテランの将軍だ。

 不死者アンデットの群れが急に現れて駐屯地を襲っている。別に魔族領だ、そんな事が有ってもおかしくはないだろう。だが、今彼の目の前には群れと言うにはあまりにも多い、数万の不死者がこちら向かって走ってくる。

「構わん、付いて来い! 突撃ーー!」

 確かに数は多い。だが所詮は武器も防具も使えぬ不死者アンデットではないか。何が原因でこれだけ沸いたのかは知らんが、揉みつぶしてしまえばいいだけの事だ。

 だが天空に目の無い彼には見えていない。数万では無い、数十万の不死者アンデットだと言う事が。
 突撃し、斬り、叩き、踏みつぶす。群れを突き抜けたところで反転し息を整えもう一度、そう考えていた。しかし抜けられない。倒しても倒しても、進んでも進んでも不死者アンデットの群れが途切れない。

「くそ! 一度引くぞ!」

 だが、今彼の周囲には数十人の兵士しか残っていない。

 ――なぜこうなったんだ! もう疲労で足が止まる。だが不死者アンデットは止まらない。
 振り下ろした剣が蠢く死体ゾンビを肩から腹まで切り裂く。だがそこで剣が止まってしまう。周りの不死者アンデットに腕を掴まれる、倒れた不死者不死者アンデットが足にしがみつく。動けない!

「やめろ!! やめろやめろやめろぉ!」

 目の前に迫った屍肉喰らいグールの牙がユッケム男爵の喉笛を食いちぎり、鮮血は噴水のように吹き上がり辺りを深紅に染め上げた。


 人類軍は続々と集結するが、合流が出来ない。
 分散した兵力、把握できない不死者アンデットの数、個々の力では自分達の方が強いという自信、そして何よりも――、

「あれはまさか、集団で行動しているのでしょうか?」

 兵士の一人が進言する。だが――、

「有り得ぬ!! 魔族は軍団を作らない。奴らは領域に潜み我々を襲うだけだ」

 新たに六万二千を率いてきたバラント王国軍ノルビット伯爵であったが、すぐさま周囲を囲まれ、まるで蟻にたかられた砂糖の様にその数を急激に減らしている。

 ノルビット伯爵は巨漢勇猛で知られる将軍であり、手にしたハンマーでこの領域に住む多くの草食動物を葬ってきた。髪は無く、その禿げた頭にはフルフェイスのヘルメットを被り体も全身鎧。腕にも練兵にも自信があり、彼自身の力と鍛え上げた兵は不死者アンデットごとき軽々と粉砕するはずであった。

 だがその精鋭は今や不死者アンデットの海に浮かぶ浮舟のようであり、徐々に沈んでいくようにも見える。




 ◇     ◇     ◇




「思ったよりも戦ってくれているな。不死者アンデット達は予想より強いな!」

 彼らの戦い方は単純だ。自らの体で相手の武器を止め、周りが抑え込み、動けない相手を一方的に屠る。相和義輝あいわよしきは知らないが、これは人間が強敵を相手にする時と同じ戦法であった。

 武器鎧が無いから戦力比は1対10位を予想していたが、実際には1対3。
 3体の不死者アンデットが倒される位で一人の人間を倒せている。
 しかも倒した人間の中には動き出し不死者アンデットの列に加わるものも出てきているから驚きだ。

「そうでしょう、そうでしょう! 魔王はもっとわたくし達を頼ってもいいのですよぉ!」

 まだ反省中の看板を首から掛けたルリアが、胸を張り右手を胸に当てるいつものポーズで自慢げに話す。

「あの混じっているピンク鎧の兵の死体は何だい?」

 不死者アンデットの群れの中に、なぜか動ける程度まで鎧を脱いだ敵兵の死体が混じっている。
 蠢く死体ゾンビに倒されると蠢く死体ゾンビになるようなのはホラーでよく聞くが、喰われている死体と動き出す死体の差が判らない。

「ああ、今までの体が使えなくなったから、新鮮な死体に移っているだけですよ。」

 さも当たり前でしょと言わんばかりに答えてくる。
 なるほど、魂が移動するようなものか――そうすると最初の奇襲で得た死体ストックを考えれば、ここまで不死者アンデットの損害はほぼ無いと考えても良いのか。それは助かるな。

 そんな話をしていると、浮島のように残っていたバラント王国軍の中から赤い発煙筒が次々と焚かれていく。
 既に死体と化し屍肉喰らいグールに喰われているノルビット伯爵であったが、最後にその仕事を果たしていた。
 赤だけの発煙筒、それは対処不能の危機を友軍に知らせるものであった。


 魔王にはその意味はわからない。だが遠くに見えている部隊の動きが止まり集結するような様子は見える。

「警戒されたようだな……」

 ここまではやれた。相手が軍隊ではなくただの武装した集団だったからだ。
 しかしここからは違う。それ行けと命じるだけで勝てる相手ではない。


 ん……? 何だろう。一団が猛然と突進してくる。
 警戒している連中とは違う、別の軍隊か?
 その中に強烈な生命を感じる。だが言葉には見えない、魔人ではない。

 水面に浮く一枚の銀の木の葉。だがそれはそこに固定されているようにビクとも動かない……そんな命。
 知っている。かつて出会った事がある。確か……、

 ――俺の記憶が確かならウチの天敵じゃないか!


 それは“かつての美の化身”サイアナ・ライナア司祭率いるナルナウフ教、対不死者アンデット突撃部隊であった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

神々の間では異世界転移がブームらしいです。

はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》 楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。 理由は『最近流行ってるから』 数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。 優しくて単純な少女の異世界冒険譚。 第2部 《精霊の紋章》 ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。 それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。 第3部 《交錯する戦場》 各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。 人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。 第4部 《新たなる神話》 戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。 連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。 それは、この世界で最も新しい神話。

知識スキルで異世界らいふ

チョッキリ
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

無限に進化を続けて最強に至る

お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。 ※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。 改稿したので、しばらくしたら消します

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~

ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。 コイツは何かがおかしい。 本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。 目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

処理中です...