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【 戦争 】

中央の紛糾

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 魔王が坑道に入った頃、碧色の祝福に守られし栄光暦217年7月34日。
 この日、世界連盟中央都市では世界連盟準備会合をいつ開くかを決める準備会合が閉会していた。
 世界連盟準備会合は魔族領から帰還した王族を処分するかどうかが議題であり、それ自体は同年8月32日に開催と無事に決まった。
 しかし7月29日から始まった議会は、中央に対する不信とこれまでの侵攻作戦の不手際、新たに浮かんだ補給問題を糾弾する場となり、混乱、混乱、また混乱と酷い有様であった。


「全くあそこまで酷いと逆に笑えるな。元々王政なんぞ敷いている連中に、さあ失敗について話し合えなんてのが逆に無理なのだよ」

 コンセシール商国最高意思決定評議委員長ビルバック・アルドライトは実に面白そうにその筋肉の塊とモヒカン頭を揺らして笑う。

 この世界の政治体制は大きく分けて3つ。君主制、教国制、商国制だ。
 どれも一長一短があるが、世界的に見れば君主制が一番多い。なんといっても、中央集権が戦争に一番適した体制だからだ。その点でいえば教国制も同じである。
 だが同時に、中央集権には当然悪い点も存在する。権力を集めるための権威、それそのものが時に足かせとなる。

「しかもこんな準備会合なんぞに来るのは大した実権も無い事務員だ。責任を取れる奴なんぞおらん。全くこんな仕方のない話にわざわざ呼び出されるとは、いささか我々の立場を軽く見過ぎではないかな」

 そのギラギラした緋色の瞳の先には一人の気弱そうな男が座っている。

 背丈は170センチギリギリ。外見年齢は20歳丁度と言ったところであろうか。少し色が入った白系の肌に、痩せ型で少しひ弱な印象だ。更に極度の撫肩のせいでそれに拍車がかかっている。
 くすんだ金髪は左右で綺麗にカール、片上下の服もピシッとしており、身なりは綺麗に整っている。かなりの金持ちか高い身分の人間だ。
 だが紺色の瞳はおどおどと下を見据え、決して正面を見ようとはしない。
 その男とはティランド連合王国大使シャハゼン・ジェパ―ド大臣であった。


 ――何でこんな状況に追い込まれているのだ! 私は世界四大国の一つティランド連合王国の中央評議大臣であるのだぞ!

 決して無能な男ではない。むしろ十分に有能と言える。頭脳明晰で周辺国に強いパイプを持ち、金にも女にも惑わされた事が無い。仕事熱心で部下や上司の信望も厚い。
 だがその有能さは自らを相手より一つ上に置いた余裕から生まれるモノであり、自分が追い詰められた時の処世術は学んでこなかった。今まで175年の人生で一度も必要が無かったからだ。

 しかし今、彼――シャハゼン大臣の執務室にはコンセシール商国最高意思決定評議委員長ビルバック・アルドライト、同国最高意思決定評議副委員長イェア・アンドルスフの商国最高官の二名。それにゼモントー王国のカリノフ・ゼモントー国王、ボウセール公国のアビデアウ・シン・ボウセール公爵、それに何よりもゼビア王国のククルスト・ゼビア国王が居る。

 ――どれも自分より格下の国家だ!!
 だがコンセシール商国はティランド連合王国の経済に大きく食い込んでおり、またそれを支持する層が大勢を占める。それに何よりこの二人の持つ鬼気とした空気には抗えない何か命令の様なものが含まれている。

 そしてゼモントー王国、ボウセール公国は共に炎と石獣の領域に参戦し、当時の国王他の将兵全てを失う大損害を受けた国だ。当時の総大将であったティランド連合王国との因縁は決して浅くはない。

 極めつけはゼビア王国のククルスト王。クランピッド大臣の名誉ある玉砕突撃は世界でも評判となっており、逆にそれをさせた中央への風当たりは日増しに強くなる一方だ。

 そしてその風は今、シャハゼン・ジェパ―ド大臣に向けて轟音を響かせ吹き荒れている。

「余の話を聞いておるのか! 貴公の国王が魔属領にいるから何をしても許される、そうとでも思っておるのか! ああ!? 我が領民は魔族の手から人類を守るために門を超えたのだ! それがなんだ!! あぁ!? 食料が送れませんだと!! ああぁ!? 自害させたぁ!? あぁ!? 貴様は人道を何だと思っているのか!!!」

 勢いよく叩かれたテーブルが真っ二つに割れる。

 ――貴様の様な人外の罪人が人の道を説くか!?
 声に出して言いたいが口には出せない。

 194センチの巨漢。だが背丈だけではない。人外に盛り上がった筋肉は怒りのボルテージに合わせて膨張し、シルクの高価そうな衣服がビリビリと音を立てて裂けている。それはまるで今にも噴火しそうな勢いで、彼の巨大を更に大きく錯覚させる。
 馬面の長い顔には額から頬にかけての2条の大きな傷跡。それは目にも通っており、彼の両目は水晶の義眼だ。そして左手も上腕中心から斬り落とされており、切り口の周りには刺青が彫られている。どちらも重犯罪人の証である。

「聞いておるのかぁ!? ああぁ!?」

 更にもう一回割れた机を叩くと、それは粉々になって吹き飛ぶ。
 直接本人を殴らないのは、理性の証か本能か。
 ゼビア王国“無眼の隻腕”ククルスト・ゼビアは鶏のとさかの様に揃えた真っ赤な髪を揺らし荒れに荒れている。

「こちらの話も聞いておりますかー? 聞いてくださいよー? こちらもですねー、そろそろ我慢の限界ってやつ、来てるんですよー」

「いい加減に話を変わっていただけませんかね。当方の要件は随分と前に提出した書類の通りです。私も国家の主としての責任がありますので、あまり無用な時間を取られては困るというものです」

 カリノフ王やアビデアウ・シン・ボウセール公爵も話を譲らずシャハゼン大臣に詰め寄るが、目の前に台風がある状況ではどうすることもできない。

「まぁ、いつもであればアレでも良いのだろうがな。状況が判っていない。戦場しか知らない。ティランド連合王国の悪習のツケだな。なあイェア」

 コンセシール商国の二人が大臣の執務室に入ってきたのは最後であり、その時には既にククルスト王の大音響が響き渡っている状態だった。仕方がないので入った扉の前で聞こえよがしに立ち話をしているという状態である。

「本当に……無様。フフ、フフフフフ、ホホ、オォーッホッホッホッホッホ!」

 176センチの長身に深い褐色の肌。太腿にまで延びる漆黒の長髪に怪しげな光を湛える金色の瞳。道で出会えば誰もが注目する美貌と美しい体を踊り子の様な際どい衣装に包んだ女性、コンセシール商国ナンバーツー、イェア・アンドルスフの狂ったような笑い声がこの混沌とした執務室の空気をさらに掻き回す。

 ――早く、一刻も早くお戻りください、カルター王よ。
 だが大臣の願い無虚しくカルター王は遠い魔族領の空の下。
 大臣執務室で起こった悪夢の様な饗宴は、いつまでも終わらなかった。
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