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【 戦争 】
魔王出陣
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新しいシャツに袖を通す。
色は黒。それに前に3本、後ろに3本の赤い稲妻ライン。
深い左右のポケットはひときわ赤い色で、右側には標準語で魔王の文字。
ズボンも黒。だが後ろからは赤で境界線は炎の模様。
前後ポケットのラインだけは前後色違いだ。
金の髑髏のバックルをあしらった黒革のベルト。そこにはみすぼらしい一本の剣。オルコスの息子の形見の剣を挿す。
ジャケットもまた黒。こちらはシンプルに飾りなき漆黒。
それにカフスには銀の髑髏をあしらう。
背にマントを羽織る。
両面ともに繻子。背面は黒いが内側は深い赤。そして背には共通語で魔王の文字の大刺繍。
ブーツは艶の強い漆黒。13ホールの高シャフトに、金の靴紐が怪しく光る。正面と踵に配置された二本ずつ、計四本の銀の牙が栄える。
「なかなか似合っているかな。馬子にも衣裳って誰かが言ってたよ」
「俺は恥ずかしくて死にそうだよ!」
目立つ必要があるのは十分に理解している。全ての作戦の肝はそこにあるのだから。
だが魔王って文字は何だ? 子供か? これを着ている人間を本当に魔王と思うのか?
「魔王って名乗ればみんな魔王と認めるかな、多分。あと仮面忘れちゃダメだよ」
これも被るのか……。
銀色のつるっとした曲線で表情の無い半面マスク。それに二本のリアルな牙が付いている。
改めて全身鏡を見ると、これを着たままでは死ねないという気持ちが沸々と湧いてくる。
だからきっと、これで良いんだ。
一方で魔人エヴィアも衣装を変えている。
黒い帯の中央を右肩に置き、それぞれ股を通して左肩で結ぶ。
その上から胸と腰にそれぞれ黒布を巻いただけの簡単な服だ。
「少し露出が高過ぎないか?」
凹凸の少ない白い肌に巻かれた、黒い布だけの服。いや服というより水着に見える。
「エヴィアの武器を使う為にはこの方が良いかな。ほんとは服とか無くて良いんだけど、着ていないと人間は恥ずかしいんだよね」
エヴィアの武器……色気か? いやそれは無いなと思うが、それ以上は突っ込まないでおこう。
巨大ムカデの魔人スースィリアは相変わらずのマッパ。
まあ当たり前か……
魔人ウラーザムザザは……あの全身を這いまわっている芋虫は服なのかどうか。こちらも多分あれで良いのだろう。
集まった戦力はエヴィア、スースィリア、ウラーザムザザの三人の魔人。
ウラーザムザザの力は未知数だが、本人曰く戦えるずむらしい。
それにルリア・ホーキスをはじめとした死霊4千人、蠢く死体32万7千人。屍肉喰らい22万4千人。彷徨う白骨61万2千人。総不死者数116万人。
よく集まってくれたと思うが、俺の予測だと戦力彼我は人間1に対して不死者10。
それも期待込みの算出だ。人間10万を相手に戦えるかどうかだろう。
不死者が魔道言葉を使えれば武器防具が扱えるのに……なんて愚痴っても仕方がない。
「それで、どこからどう行けばいいと思う?」
魔人ウラーザムザザが書いてくれた周辺地図を確認する。
ここは多くの領域に隣接している地域だ。通ってきた針葉樹の森の他、寒冷の地域、大穴の地域、塩丘の地域、酸の地域、火山帯に面している。
人類の駐屯地へ行くにはいくつもルートがあり、既に候補の幾つかを魔人ウラーザムザザが書き込んでくれている。
その中でもほぼ一直線へ東。ここに来る前に通った針葉樹の森を抜け、炎と石獣の領域へ。
そこを抜けて人類軍の駐屯地、かつては人間が鉄花草の領域と呼んでいた場所にたどり着くルート。
「これがやっぱり最短距離ですかね」
誰も意見を出さないので、結局俺が選んで魔人ウラーザムザザに聞いてみる。
「それで良いのではないかずゆ。どちらにせよ不死者達を連れて行くなら火山や酸の地域は難しいずな」
――そうか。これから不死者以外の味方が増えた時はルートももっと吟味しなくてはいけないんだな。
「それでこの炎と石獣の領域はどうやって抜けるんです? 俺が知る限りだと、ここは溶岩で埋まっているはずですが」
記憶にあるこの地は、どこからか噴出した溶岩で完全に埋まっていた。あの時は頭に霧がかかったようにボケーっとしていたが、今考えるとかなりの恐怖体験だ。
「あれから時が経ったずい。今ではもう溶岩は消え、元の大地になっているずお。領域は領域である限り時が経てば戻るずん。どんなに壊されてもずは」
それは便利だ。どんなに破壊されて地形が変わっても、時間が経てば元通りか。不死者の街も最初からああ作ったって言ってたな。千年後も一万年後も、あの廃墟は廃墟であり続けるのだろう。
「それに坑道の奥には魔王の居城もあるずえ。通り道だから一度寄っていくと良いずら。何か使えるものがあるかもしれないずろ」
「魔王の居城!」
それは俺の心にクリティカルヒットだ! しかも使える物があるかもしれないというのは朗報過ぎる。
「行く! 行きます! 絶対に行く!」
こうして、魔王軍116万プラス4人は魔王城目指して出発した。
◇ ◇ ◇
何処までも続くように見える魔族領。大体は荒れ地であり、所々に砂漠や沼など、まだ解除されていない領域の欠片が残る。
そんな上空を、コンセシールの青い飛行騎兵が飛行していた。
「それで今回はどこに行くっす?」
「君はスケジュール表も見ていないのかね。シェリンク砂丘のゼビア王国軍駐屯地だよ。」
リッツェルネールとイリオンは、飛甲騎兵であちこちの駐屯地を飛び回り、現在はシェリンク砂丘上空を飛行しているところであった。
「……ああ、あそこっすか」
陽気なイリオンが一気にシュンとなる。それだけあの事件が全軍に与えた影響は大きい。
未だにゼビア王国58万人が駐屯しているが、当初の112万という数からは半減。
しかも輸送手段である浮遊式輸送板のほぼ全てを失っており、進むことも引く事も出来ない状態である。
「そろそろ本国から新たな浮遊式輸送板が到着するからね。今日はそれの受領確認さ。大丈夫、ゼビア王国は持ち直すよ。それよりも君は功績を立てたいんだろう? こんな無官の人間にいつまでも仕えていていいのかい?」
「どうせ駐屯地は訓練と哨戒だけっす。元司令官殿について行った方がチャンスがありそうっす。拾ってくれてありがとうございますー。」
訓練も哨戒も大切な任務なのだがね……とは思うが若いイリオンにはまだ分からないだろう。
「イリオン君は……地名になりたいのかい?」
英雄的行為での殉職をすれば大きな功績となり、その名は地名に残る。
自分はそんなつもりはないし、死ぬなら誰も気が付かない所でひっそりと死んでいたいと思うのだが……
「あははははは。今死んだら名前兄ちゃんの名前が付くだけっすよ。イリオンの名前は消えちゃうっす」
ああ、そう言えば彼女は兄であるカリオン・ハイマーの身分証明書で兵役に来ているのだったな。ならおそらく、本国や他の連中には自分のお付きは彼という事になっているのだろう。だがそれはそれで良いだろう。メリオが死んですぐに新たな女を作ったなどと噂されたら、死者の名誉を傷つける事になる。
だがそうすると――
「それでは君の功績は、どちらにせよ兄の物になってしまうのではないかね?」
「大丈夫っす! 生きてればちゃーんと抜け道はあるっすよー♪ あたしは大功績を立てて、イリオン家初代血族のイリオン・イリオンになるのが夢なんすよ~♪」
「それはまた、大層な夢だね。」
血族とはいわゆる一門。同じ血統で構成された集団であり、厳しい人口制限のあるこの世界では血族ごとに人口制限がある。当然の様に王族などは割り当てが多く、イリオンのような平民はかなり少ない。功績を残せない血統は自然と淘汰されるのだ。
だが、新しい血族になれば以前に所属していた血族からはその数が減り、新たな血族には功績に応じた新しい数が割り当てられる。家族も助けられて一石二鳥だろう。
成程……リッツェルネールは頭の中でそういった裏の業者、それも今回の出征に係わった連中をピックアップしていた。
心当たりは幾つかある。だが当面は動けないし動く必要もない。
今はまだ種蒔きの時なのだから。
「それなら少し危険だが、後で付き合ってもらうぞイリオン君」
無知な未成年を巻き込みたくはないが、どのみち一人では出来ない事だ。彼女の身は出来得る限り守ろう。そう誓いながら、彼の心は遠い空の果てへと飛んだ。
色は黒。それに前に3本、後ろに3本の赤い稲妻ライン。
深い左右のポケットはひときわ赤い色で、右側には標準語で魔王の文字。
ズボンも黒。だが後ろからは赤で境界線は炎の模様。
前後ポケットのラインだけは前後色違いだ。
金の髑髏のバックルをあしらった黒革のベルト。そこにはみすぼらしい一本の剣。オルコスの息子の形見の剣を挿す。
ジャケットもまた黒。こちらはシンプルに飾りなき漆黒。
それにカフスには銀の髑髏をあしらう。
背にマントを羽織る。
両面ともに繻子。背面は黒いが内側は深い赤。そして背には共通語で魔王の文字の大刺繍。
ブーツは艶の強い漆黒。13ホールの高シャフトに、金の靴紐が怪しく光る。正面と踵に配置された二本ずつ、計四本の銀の牙が栄える。
「なかなか似合っているかな。馬子にも衣裳って誰かが言ってたよ」
「俺は恥ずかしくて死にそうだよ!」
目立つ必要があるのは十分に理解している。全ての作戦の肝はそこにあるのだから。
だが魔王って文字は何だ? 子供か? これを着ている人間を本当に魔王と思うのか?
「魔王って名乗ればみんな魔王と認めるかな、多分。あと仮面忘れちゃダメだよ」
これも被るのか……。
銀色のつるっとした曲線で表情の無い半面マスク。それに二本のリアルな牙が付いている。
改めて全身鏡を見ると、これを着たままでは死ねないという気持ちが沸々と湧いてくる。
だからきっと、これで良いんだ。
一方で魔人エヴィアも衣装を変えている。
黒い帯の中央を右肩に置き、それぞれ股を通して左肩で結ぶ。
その上から胸と腰にそれぞれ黒布を巻いただけの簡単な服だ。
「少し露出が高過ぎないか?」
凹凸の少ない白い肌に巻かれた、黒い布だけの服。いや服というより水着に見える。
「エヴィアの武器を使う為にはこの方が良いかな。ほんとは服とか無くて良いんだけど、着ていないと人間は恥ずかしいんだよね」
エヴィアの武器……色気か? いやそれは無いなと思うが、それ以上は突っ込まないでおこう。
巨大ムカデの魔人スースィリアは相変わらずのマッパ。
まあ当たり前か……
魔人ウラーザムザザは……あの全身を這いまわっている芋虫は服なのかどうか。こちらも多分あれで良いのだろう。
集まった戦力はエヴィア、スースィリア、ウラーザムザザの三人の魔人。
ウラーザムザザの力は未知数だが、本人曰く戦えるずむらしい。
それにルリア・ホーキスをはじめとした死霊4千人、蠢く死体32万7千人。屍肉喰らい22万4千人。彷徨う白骨61万2千人。総不死者数116万人。
よく集まってくれたと思うが、俺の予測だと戦力彼我は人間1に対して不死者10。
それも期待込みの算出だ。人間10万を相手に戦えるかどうかだろう。
不死者が魔道言葉を使えれば武器防具が扱えるのに……なんて愚痴っても仕方がない。
「それで、どこからどう行けばいいと思う?」
魔人ウラーザムザザが書いてくれた周辺地図を確認する。
ここは多くの領域に隣接している地域だ。通ってきた針葉樹の森の他、寒冷の地域、大穴の地域、塩丘の地域、酸の地域、火山帯に面している。
人類の駐屯地へ行くにはいくつもルートがあり、既に候補の幾つかを魔人ウラーザムザザが書き込んでくれている。
その中でもほぼ一直線へ東。ここに来る前に通った針葉樹の森を抜け、炎と石獣の領域へ。
そこを抜けて人類軍の駐屯地、かつては人間が鉄花草の領域と呼んでいた場所にたどり着くルート。
「これがやっぱり最短距離ですかね」
誰も意見を出さないので、結局俺が選んで魔人ウラーザムザザに聞いてみる。
「それで良いのではないかずゆ。どちらにせよ不死者達を連れて行くなら火山や酸の地域は難しいずな」
――そうか。これから不死者以外の味方が増えた時はルートももっと吟味しなくてはいけないんだな。
「それでこの炎と石獣の領域はどうやって抜けるんです? 俺が知る限りだと、ここは溶岩で埋まっているはずですが」
記憶にあるこの地は、どこからか噴出した溶岩で完全に埋まっていた。あの時は頭に霧がかかったようにボケーっとしていたが、今考えるとかなりの恐怖体験だ。
「あれから時が経ったずい。今ではもう溶岩は消え、元の大地になっているずお。領域は領域である限り時が経てば戻るずん。どんなに壊されてもずは」
それは便利だ。どんなに破壊されて地形が変わっても、時間が経てば元通りか。不死者の街も最初からああ作ったって言ってたな。千年後も一万年後も、あの廃墟は廃墟であり続けるのだろう。
「それに坑道の奥には魔王の居城もあるずえ。通り道だから一度寄っていくと良いずら。何か使えるものがあるかもしれないずろ」
「魔王の居城!」
それは俺の心にクリティカルヒットだ! しかも使える物があるかもしれないというのは朗報過ぎる。
「行く! 行きます! 絶対に行く!」
こうして、魔王軍116万プラス4人は魔王城目指して出発した。
◇ ◇ ◇
何処までも続くように見える魔族領。大体は荒れ地であり、所々に砂漠や沼など、まだ解除されていない領域の欠片が残る。
そんな上空を、コンセシールの青い飛行騎兵が飛行していた。
「それで今回はどこに行くっす?」
「君はスケジュール表も見ていないのかね。シェリンク砂丘のゼビア王国軍駐屯地だよ。」
リッツェルネールとイリオンは、飛甲騎兵であちこちの駐屯地を飛び回り、現在はシェリンク砂丘上空を飛行しているところであった。
「……ああ、あそこっすか」
陽気なイリオンが一気にシュンとなる。それだけあの事件が全軍に与えた影響は大きい。
未だにゼビア王国58万人が駐屯しているが、当初の112万という数からは半減。
しかも輸送手段である浮遊式輸送板のほぼ全てを失っており、進むことも引く事も出来ない状態である。
「そろそろ本国から新たな浮遊式輸送板が到着するからね。今日はそれの受領確認さ。大丈夫、ゼビア王国は持ち直すよ。それよりも君は功績を立てたいんだろう? こんな無官の人間にいつまでも仕えていていいのかい?」
「どうせ駐屯地は訓練と哨戒だけっす。元司令官殿について行った方がチャンスがありそうっす。拾ってくれてありがとうございますー。」
訓練も哨戒も大切な任務なのだがね……とは思うが若いイリオンにはまだ分からないだろう。
「イリオン君は……地名になりたいのかい?」
英雄的行為での殉職をすれば大きな功績となり、その名は地名に残る。
自分はそんなつもりはないし、死ぬなら誰も気が付かない所でひっそりと死んでいたいと思うのだが……
「あははははは。今死んだら名前兄ちゃんの名前が付くだけっすよ。イリオンの名前は消えちゃうっす」
ああ、そう言えば彼女は兄であるカリオン・ハイマーの身分証明書で兵役に来ているのだったな。ならおそらく、本国や他の連中には自分のお付きは彼という事になっているのだろう。だがそれはそれで良いだろう。メリオが死んですぐに新たな女を作ったなどと噂されたら、死者の名誉を傷つける事になる。
だがそうすると――
「それでは君の功績は、どちらにせよ兄の物になってしまうのではないかね?」
「大丈夫っす! 生きてればちゃーんと抜け道はあるっすよー♪ あたしは大功績を立てて、イリオン家初代血族のイリオン・イリオンになるのが夢なんすよ~♪」
「それはまた、大層な夢だね。」
血族とはいわゆる一門。同じ血統で構成された集団であり、厳しい人口制限のあるこの世界では血族ごとに人口制限がある。当然の様に王族などは割り当てが多く、イリオンのような平民はかなり少ない。功績を残せない血統は自然と淘汰されるのだ。
だが、新しい血族になれば以前に所属していた血族からはその数が減り、新たな血族には功績に応じた新しい数が割り当てられる。家族も助けられて一石二鳥だろう。
成程……リッツェルネールは頭の中でそういった裏の業者、それも今回の出征に係わった連中をピックアップしていた。
心当たりは幾つかある。だが当面は動けないし動く必要もない。
今はまだ種蒔きの時なのだから。
「それなら少し危険だが、後で付き合ってもらうぞイリオン君」
無知な未成年を巻き込みたくはないが、どのみち一人では出来ない事だ。彼女の身は出来得る限り守ろう。そう誓いながら、彼の心は遠い空の果てへと飛んだ。
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