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【 戦争 】

初めての戦力

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 なにか夢を見たような気がする。昔の、いつかの景色を。

 自分で思っていたより遥かに疲れが溜まっていたんだろう。考えてみればこの世界に来てからまだ十数日しか経っていない。
 ホテルのベッドはスースィリアの頭より硬かったが、それでも野宿よりは遥かに快適だった。
 それでもまだ体が重い。本当に疲れているんだな……。

 ふと見ると、魔人エヴィアが手を握ったまま寝ている。もしかしたら、俺はうなされていたのだろうか。

 そうだ、魔人は寝るのだ。そして食事も必要とする。
 白き苔の領域で見た強さは本物だった。だが軍隊、組織、社会を相手にした時に、単体での強さなど大した影響は与えない。

 ましてや食事や休息が必要となれば尚更だ。それなりの犠牲を出しつつもそれを妨害し、その間に着々と周りを侵略すれば良いだけなのだ。
 本気で戦うのなら、人類を相手にするだけの戦力を整えなければいけない……。

 それにしても、改めて見るとほんと美少女だなコイツ。
 細くふわりとした薄紫の髪を、首の下辺りでざっくりと切った丸みのあるショートカット。シミ一つない滑らかな白い肌。鼻は小さいが鼻筋はスッと通り、少し膨らんだ唇がプルンとしている。

 140センチの体は細くどことなく少年のようにも見えるが、胸の小さな二つの膨らみが女性であることを主張する。下はつるつるだった。
 今は閉じているが、時に見透かすような、時に刺さるような、強い力と感情が込められた印象的な赤紫の瞳。
 いつも無表情なのは、何か理由があるのだろうか……。

 ほっぺたを右手でちょいとつまんでみる。
 うん、柔らかい。ぷにぷにしている。実は動かないって事はなさそうだ。

 それにしても、なんというか体制が。アレだ。
 エヴィアは俺の左手を右手で握ったまま横向きで寝ているので、胸元のボタンとボタンのの隙間から白い肌がチラチラと見えて仕方がない。

 昨日の今日なのに、何を考えているんだ俺は!
 だが昨日よりも少し心に余裕がある。やはり夕べの魚肉と休息で体力が少しは戻ったと言う事なのだろうか。
 ちょっとだけ――触ってもいいかなー。

「ダメかな。淫行条例に引っかかると一生台無しだって誰かが言ってたよ」

「起きてたのか。つかお前にその言葉を教えたヤツの顔を見てみたいよ」

 エヴィアは相変わらずの無表情。そうだ――、

「エヴィアは表情無いよな。動かないのか?」

「魔王を見ながら勉強中かな。でも魔王はマイナス? そんな顔が多いから今一つ参考にならないよ」

 マイナスの顔か、俺ずっとそんな顔してたんだ。
 プラスの顔……笑顔とかかな。幾らかはあったと思うけどそう言えばあまりないな。

「エヴィア、これを真似てごらん」

 取り敢えず精一杯の笑顔を作ると、エヴィアもそれを真似する。

 それは可愛らしくも儚げで、少し寂しい笑顔だった。


 ――よし、押し倒そう。
 こんな顔をされてしまったら後には引けない。児ポ法なんぞ知った事か。
 大体エヴィアは700歳オーバー。俺は見た目が幼いから子ども扱いしろなどと言う差別主義者達共とは違うのだ。
 だか――

「皆様、昼食のご用意が出来ました。どうぞ一階食堂までお越しください」

 まるでタイミングを計ったかのように死霊レイスのルリアがやってくる。つか昼食? 朝食の時間もずっと寝てたのか俺は。

 のそのそと一階まで下りていくと、既に昼食は綺麗に食卓に並べられていた。
 昨日魔人ヨーツケールが持ってきてくれた、スズキのような大きな白身魚の煮つけに白、赤、緑の野菜が入ったスープにサラダ。それにパンまである。

「なんか、久々に人間っぽい気分を味わえそうだよ」

 しっかりと蜜蟻の蜜の入った皿も置かれているのは気づかいであろうか。
 魔人エヴィアの頭を撫でて食卓に着くと、久々に……本当に久々にまともな食事にありつけた。

「なあ、このパン誰が作ったんだ?」

 外は固いが中はしっとりもちもちだ。人類の兵舎で食べた硬いパンとは比べ物にならない。

「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”……」

 厨房の隅で死肉喰らいグールが返事をした。早朝から準備していてくれたそうだ。

 それじゃ、今日から始まるお給料とかも頑張らないとな。




 ◇     ◇     ◇




 ホテルの地下にあるそれは大きな円柱の柱だった。何の飾りもない、陶器のような質感。サイズは俺より大きい位だろうか。周囲にレリーフが彫られているが、読めないという事は意味のある言葉じゃない。ただの飾りだろう。

「ここで良いのか?」

 言われた通り、柱に両手を当てて立ってみる。

「それで良いかな。魔力の調整はエヴィアがやるから、魔王は伝えたい言葉を頭の中で考えて欲しいかな。それじゃ始めるよ」

 ゆっくりと俺が、俺の魔力が滲みだして吸い込まれていく。まるで水に乗って流れるように、広がって行くように、この世界全体に行き渡る不思議な感覚。
 これが不死者アンデット達に流れていくのか。しかし言葉、伝えたい言葉か。

『俺は人間と戦う。最初は降りかかる火の粉は払うしかないと思っていた。でも今は少し違う。この世界の在り方を守りたい。弱き者、小さな者、特別な環境でしか生きられない者もいる。その彼らが生きる世界を守りたい。多くの人を殺すだろう。そして君達も大勢死ぬだろう。だけど、力を貸して欲しい。俺と一緒に戦って欲しい』

 ――突然に響く地響きのような音、いや唸り声。
 急いで3階まで駆け上がり外を見る。
 そこから聞こえるのは、この廃墟の世界全体から響いて来るかのような唸り声。

「うあ”あぅおぉぉぉぉぉぉぉおぉぉ!」

「あ”ばはぁぁぁうぅぅぅぅぅうぅぅ!」

 響く、響いてくる。
 ここは死者のために作られた死者の街。
 人間風に名を付けるのなら、死者の安息の領域だ。

 カラカラに干からびた不死者アンデット達が次々と水路に飛び込み、ふくふくとして艶やかな不死者アンデットへと変わる。
 地面からは彷徨う白骨スケルトンが湧き、空からは死霊レイス集まってくる。

 これは生まれ持った力ではない。努力して得た力でもない。
 だが紛れもなく、人類と戦うために得た俺の力だった。

 町全体に響く唸り声は、次第に一つのリズムを取り始める。
 皆が今、俺という人物に集まって来ているのだ。
 その言葉を聞く――

「にーく! にーく! にーく! にーく!」

「にーく! にーく! にーく! にーく!」

 ――これで本当に良いのだろうか? 一抹の不安を覚える。
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