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【 戦争 】
魔王の思惑
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炎と石獣の領域に面する、草原と湿地に囲まれた地。
かつては”鉄花草の領域”と呼ばれていたこの地には、金属を取り込んだ植物が生い茂り、それを食う大型草食動物が住む地であった。
しかしその領域は八割方が解除され、何処にでもあるような普通の雑草が生い茂る荒れ地となっている。
その中にある、近隣から運ばれた木を植林した一角、ハークの森にティランド連合王国の本陣が設営されていた。
「世界連盟会議を開くかどうかを決めるための世界連盟準備会合を開くから、日程を決めるための世界連盟事前準備会合を開くだぁ? 馬鹿にするのもいい加減にしろ!」
カルターは真っ赤な長髪を右手ですきながら、机の上に乗せた両足で天板をガンガンと叩き悪態をついている。不機嫌なのは誰の目にも明らかだ。
「中央は状況を判ってるのか!? 今前線は何処もそれどころじゃないだろうが! 食料は届かない、兵員も運べない。外の連中を見ろ! もう鎧も着ていないぞ!」
そういうカルタ―自身も今は鎧は着ていない。豪華な金の刺繍が施された黒い上下の軍服だけである。だがこれは執務中であることを考えれば当然であった。
だが今、兵士たちの多くは隣接する領域の攻略どころか駐屯地の領域の解除もままならない。それぞれが食料を得るため畑を作り、現地の小動物を狩って飢えを凌いでいる状態である。鎧を着込んで魔族と戦うどころではない。
「それでもまだ我々の状態は良い方だ。ゼビア王国駐屯地の惨状は聞いてるだろう。12万だぞ、あの糞どもが!」
「まあ補給と今回の件とでは管轄も違いますし。それぞれはそれぞれの事をやっていると信じましょう」
カルタ―王付きの魔術師、エンバリ―・キャスタスマイゼンとしても現在の中央の作戦ミスには頭が痛い。一緒になって不平不満を言いたいところだが、立場上そうは出来ない。やればただの太鼓持ちである。
「やってりゃここまで苦労はせんよ!」
そう言って机の上にある書類の束を踵で踏みつける。
補給関連資料の束、束、束。勿論本国からも送られてくるが、中央が指示した分は中央が補填する決まりだ。だがそれは圧倒的に足りず……。
「あの腹黒は元気に動き回っているようだがな」
そこにはコンセシール商国からの物資兵糧の貸付資料の束。炎と石獣の領域に突入する前から準備してあったのだろう。現在、食料医薬品を満載した新型浮遊式輸送板が続々と魔族領に向かいつつある。
「リッツェルネール殿はこういった方面が本分ですしね。しかし腹黒とは旧友に対していささか乱暴ではございませんか?」
――確か随分と仲が良さそうで古い友人といった感じでしたが、案外仲が悪いのでしょうか……。
彼女はカルターとリッツェルネールの関係は知らないが、炎と石獣の領域での様子から深い仲だと察していた。それだけに腹黒とはいささか穏やかではない。
「奴の黒さは奴自身がわかっているさ。軍略の天才なんて異名は誠実な人間には付かんよ。まあ、ミュッテロン」
カルターは少し面白そうに幕僚であるミュッテロンに話を振った。
甲虫の異名を持つミュッテロンは、過去リッツェルネールと何度も戦っており、そのたびに煮え湯を飲まされてきた仲だ。
「正直に言えば、前線司令官等と言う職に就いている限りは、さほど脅威ではなかったと考えます。ですが、その様にお考えでしたらこのミュッテロンめが……」
「いやいい、お前が動く必要はない。今は自由にやらせた方がこちらにとっても都合が良い。あいつの手腕は本物だからな」
ミュッテロン・グレオス。カルターの副将の一人であり攻守併せ持った用兵家であるが、謀略とは無縁な実直な男。
――むしろお前ではリッツェルネールを利するだけだ……。
それにしても、メリオが死んだことはカルターにも少なからず衝撃であった。しかもその後すぐにリッツェルネールが寝室に男を連れ込んだと報告があった時はついに壊れたかと思ったものだ。だが――
「もしコンセシールが我々に牙を立てるようであれば、国ごと潰してしまえばいいだけの事だ」
カルターは本気でそう考えていた。
「それよりも世界連盟事前準備会合の件ですがいかがなさいますか?」
彼女としてはカルター王に直接参加し、出来ればそのまま門の向こうに居て欲しい。そう考えたのだが――
「いや、俺は行かん。シャハゼン大臣が中央にいるはずだ。仔細は奴に任せる」
結局、カルターは壁の向こうには帰らないことが決定する。
今、彼の興味は別の方向を向いていた。炎と石獣で助けたアイワヨシキの件だ。魔王を倒したらすぐに新たな魔王が誕生した。世間ではそう考えられている。
だが、改めて考えれば出来過ぎていた。あの通路と部屋は一本道の突き当りであり、逆から入ってくることはあり得ない。カルター達は先ず檻と、それに入れられた無残な白骨を見つける。そして何度かそれを見させられた後、魔族に捕まった哀れな生き残りを発見したのだ。
「エンバリ―、もしあの時に最初に発見したのが人骨ではなくアイワヨシキだったらどうした?」
「そうですねえ……まあ全ての部屋を確認してから同じ事をしたとは思いますが、どうでしょう。わたくし達はおそらくその部屋に居て、人骨に関しては報告だけだったでしょうし……或いは」
彼女も同じ結論に達していた。自分の目で犠牲者を見る事で、思考が誘導されたのではないか? と言う事に。
魔王の拠点、そこで見つかった所属不明の人間。今考えれば、なぜ殺しておかなかったのだろう。結局、彼はのうのうと正規の身分証を入手し、人類絶対防衛線の壁を越えた。
そもそも魔王が発見されたというのが魔王の策略ではなかったのか。倒したというのが錯覚ではなかったのか。
実際に魔王を倒したと言う者は誰もいない。先ず居場所を餌に人類軍を炎と石獣の領域に集めて一掃する。その後、さも自分が倒されたように演出し被害者として保護され、目的が済んだら今度は白き苔の領域に人間を集めて一掃する。
最初からアイワヨシキこそが魔王であり、魔王という存在は、実は倒されてなどいないのではないか。
空を見上げ考える。そこには油絵の具の空に交じり、微かに太陽の光が見える。
ならばなぜ我々にこの光を見せたのだ、魔王。
かつては”鉄花草の領域”と呼ばれていたこの地には、金属を取り込んだ植物が生い茂り、それを食う大型草食動物が住む地であった。
しかしその領域は八割方が解除され、何処にでもあるような普通の雑草が生い茂る荒れ地となっている。
その中にある、近隣から運ばれた木を植林した一角、ハークの森にティランド連合王国の本陣が設営されていた。
「世界連盟会議を開くかどうかを決めるための世界連盟準備会合を開くから、日程を決めるための世界連盟事前準備会合を開くだぁ? 馬鹿にするのもいい加減にしろ!」
カルターは真っ赤な長髪を右手ですきながら、机の上に乗せた両足で天板をガンガンと叩き悪態をついている。不機嫌なのは誰の目にも明らかだ。
「中央は状況を判ってるのか!? 今前線は何処もそれどころじゃないだろうが! 食料は届かない、兵員も運べない。外の連中を見ろ! もう鎧も着ていないぞ!」
そういうカルタ―自身も今は鎧は着ていない。豪華な金の刺繍が施された黒い上下の軍服だけである。だがこれは執務中であることを考えれば当然であった。
だが今、兵士たちの多くは隣接する領域の攻略どころか駐屯地の領域の解除もままならない。それぞれが食料を得るため畑を作り、現地の小動物を狩って飢えを凌いでいる状態である。鎧を着込んで魔族と戦うどころではない。
「それでもまだ我々の状態は良い方だ。ゼビア王国駐屯地の惨状は聞いてるだろう。12万だぞ、あの糞どもが!」
「まあ補給と今回の件とでは管轄も違いますし。それぞれはそれぞれの事をやっていると信じましょう」
カルタ―王付きの魔術師、エンバリ―・キャスタスマイゼンとしても現在の中央の作戦ミスには頭が痛い。一緒になって不平不満を言いたいところだが、立場上そうは出来ない。やればただの太鼓持ちである。
「やってりゃここまで苦労はせんよ!」
そう言って机の上にある書類の束を踵で踏みつける。
補給関連資料の束、束、束。勿論本国からも送られてくるが、中央が指示した分は中央が補填する決まりだ。だがそれは圧倒的に足りず……。
「あの腹黒は元気に動き回っているようだがな」
そこにはコンセシール商国からの物資兵糧の貸付資料の束。炎と石獣の領域に突入する前から準備してあったのだろう。現在、食料医薬品を満載した新型浮遊式輸送板が続々と魔族領に向かいつつある。
「リッツェルネール殿はこういった方面が本分ですしね。しかし腹黒とは旧友に対していささか乱暴ではございませんか?」
――確か随分と仲が良さそうで古い友人といった感じでしたが、案外仲が悪いのでしょうか……。
彼女はカルターとリッツェルネールの関係は知らないが、炎と石獣の領域での様子から深い仲だと察していた。それだけに腹黒とはいささか穏やかではない。
「奴の黒さは奴自身がわかっているさ。軍略の天才なんて異名は誠実な人間には付かんよ。まあ、ミュッテロン」
カルターは少し面白そうに幕僚であるミュッテロンに話を振った。
甲虫の異名を持つミュッテロンは、過去リッツェルネールと何度も戦っており、そのたびに煮え湯を飲まされてきた仲だ。
「正直に言えば、前線司令官等と言う職に就いている限りは、さほど脅威ではなかったと考えます。ですが、その様にお考えでしたらこのミュッテロンめが……」
「いやいい、お前が動く必要はない。今は自由にやらせた方がこちらにとっても都合が良い。あいつの手腕は本物だからな」
ミュッテロン・グレオス。カルターの副将の一人であり攻守併せ持った用兵家であるが、謀略とは無縁な実直な男。
――むしろお前ではリッツェルネールを利するだけだ……。
それにしても、メリオが死んだことはカルターにも少なからず衝撃であった。しかもその後すぐにリッツェルネールが寝室に男を連れ込んだと報告があった時はついに壊れたかと思ったものだ。だが――
「もしコンセシールが我々に牙を立てるようであれば、国ごと潰してしまえばいいだけの事だ」
カルターは本気でそう考えていた。
「それよりも世界連盟事前準備会合の件ですがいかがなさいますか?」
彼女としてはカルター王に直接参加し、出来ればそのまま門の向こうに居て欲しい。そう考えたのだが――
「いや、俺は行かん。シャハゼン大臣が中央にいるはずだ。仔細は奴に任せる」
結局、カルターは壁の向こうには帰らないことが決定する。
今、彼の興味は別の方向を向いていた。炎と石獣で助けたアイワヨシキの件だ。魔王を倒したらすぐに新たな魔王が誕生した。世間ではそう考えられている。
だが、改めて考えれば出来過ぎていた。あの通路と部屋は一本道の突き当りであり、逆から入ってくることはあり得ない。カルター達は先ず檻と、それに入れられた無残な白骨を見つける。そして何度かそれを見させられた後、魔族に捕まった哀れな生き残りを発見したのだ。
「エンバリ―、もしあの時に最初に発見したのが人骨ではなくアイワヨシキだったらどうした?」
「そうですねえ……まあ全ての部屋を確認してから同じ事をしたとは思いますが、どうでしょう。わたくし達はおそらくその部屋に居て、人骨に関しては報告だけだったでしょうし……或いは」
彼女も同じ結論に達していた。自分の目で犠牲者を見る事で、思考が誘導されたのではないか? と言う事に。
魔王の拠点、そこで見つかった所属不明の人間。今考えれば、なぜ殺しておかなかったのだろう。結局、彼はのうのうと正規の身分証を入手し、人類絶対防衛線の壁を越えた。
そもそも魔王が発見されたというのが魔王の策略ではなかったのか。倒したというのが錯覚ではなかったのか。
実際に魔王を倒したと言う者は誰もいない。先ず居場所を餌に人類軍を炎と石獣の領域に集めて一掃する。その後、さも自分が倒されたように演出し被害者として保護され、目的が済んだら今度は白き苔の領域に人間を集めて一掃する。
最初からアイワヨシキこそが魔王であり、魔王という存在は、実は倒されてなどいないのではないか。
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