この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR

ばたっちゅ

文字の大きさ
上 下
51 / 425
【 戦争 】

魔王の思惑

しおりを挟む
 炎と石獣の領域に面する、草原と湿地に囲まれた地。
 かつては”鉄花草てっかそうの領域”と呼ばれていたこの地には、金属を取り込んだ植物が生い茂り、それを食う大型草食動物が住む地であった。
 しかしその領域は八割方が解除され、何処にでもあるような普通の雑草が生い茂る荒れ地となっている。

 その中にある、近隣から運ばれた木を植林した一角、ハークの森にティランド連合王国の本陣が設営されていた。

「世界連盟会議を開くかどうかを決めるための世界連盟準備会合を開くから、日程を決めるための世界連盟事前準備会合を開くだぁ? 馬鹿にするのもいい加減にしろ!」

 カルターは真っ赤な長髪を右手ですきながら、机の上に乗せた両足で天板をガンガンと叩き悪態をついている。不機嫌なのは誰の目にも明らかだ。

中央あいつらは状況を判ってるのか!? 今前線は何処もそれどころじゃないだろうが! 食料は届かない、兵員も運べない。外の連中を見ろ! もう鎧も着ていないぞ!」

 そういうカルタ―自身も今は鎧は着ていない。豪華な金の刺繍が施された黒い上下の軍服だけである。だがこれは執務中であることを考えれば当然であった。

 だが今、兵士たちの多くは隣接する領域の攻略どころか駐屯地の領域の解除もままならない。それぞれが食料を得るため畑を作り、現地の小動物を狩って飢えを凌いでいる状態である。鎧を着込んで魔族と戦うどころではない。

「それでもまだ我々の状態は良い方だ。ゼビア王国駐屯地の惨状は聞いてるだろう。12万だぞ、あの糞どもが!」

「まあ補給と今回の件とでは管轄も違いますし。それぞれはそれぞれの事をやっていると信じましょう」

 カルタ―王付きの魔術師、エンバリ―・キャスタスマイゼンとしても現在の中央の作戦ミスには頭が痛い。一緒になって不平不満を言いたいところだが、立場上そうは出来ない。やればただの太鼓持ちである。

「やってりゃここまで苦労はせんよ!」

 そう言って机の上にある書類の束を踵で踏みつける。
 補給関連資料の束、束、束。勿論本国からも送られてくるが、中央が指示した分は中央が補填する決まりだ。だがそれは圧倒的に足りず……。

「あの腹黒は元気に動き回っているようだがな」

 そこにはコンセシール商国からの物資兵糧の貸付資料の束。炎と石獣の領域に突入する前から準備してあったのだろう。現在、食料医薬品を満載した新型浮遊式輸送板が続々と魔族領に向かいつつある。

「リッツェルネール殿はこういった方面が本分ですしね。しかし腹黒とは旧友に対していささか乱暴ではございませんか?」

 ――確か随分と仲が良さそうで古い友人といった感じでしたが、案外仲が悪いのでしょうか……。

 彼女はカルターとリッツェルネールの関係は知らないが、炎と石獣の領域での様子から深い仲だと察していた。それだけに腹黒とはいささか穏やかではない。

「奴の黒さは奴自身がわかっているさ。軍略の天才なんて異名は誠実な人間には付かんよ。まあ、ミュッテロン」

 カルターは少し面白そうに幕僚であるミュッテロンに話を振った。
 甲虫の異名を持つミュッテロンは、過去リッツェルネールと何度も戦っており、そのたびに煮え湯を飲まされてきた仲だ。

「正直に言えば、前線司令官等と言う職に就いている限りは、さほど脅威ではなかったと考えます。ですが、その様にお考えでしたらこのミュッテロンめが……」

「いやいい、お前が動く必要はない。今は自由にやらせた方がこちらにとっても都合が良い。あいつの手腕は本物だからな」

 ミュッテロン・グレオス。カルターの副将の一人であり攻守併せ持った用兵家であるが、謀略とは無縁な実直な男。

 ――むしろお前ではリッツェルネールを利するだけだ……。




 それにしても、メリオが死んだことはカルターにも少なからず衝撃であった。しかもその後すぐにリッツェルネールが寝室に男を連れ込んだと報告があった時はついに壊れたかと思ったものだ。だが――

「もしコンセシールが我々に牙を立てるようであれば、国ごと潰してしまえばいいだけの事だ」

 カルターは本気でそう考えていた。

「それよりも世界連盟事前準備会合の件ですがいかがなさいますか?」

 彼女としてはカルター王に直接参加し、出来ればそのまま門の向こうに居て欲しい。そう考えたのだが――

「いや、俺は行かん。シャハゼン大臣が中央にいるはずだ。仔細は奴に任せる」

 結局、カルターは壁の向こうには帰らないことが決定する。
 今、彼の興味は別の方向を向いていた。炎と石獣で助けたアイワヨシキの件だ。魔王を倒したらすぐに新たな魔王が誕生した。世間ではそう考えられている。

 だが、改めて考えれば出来過ぎていた。あの通路と部屋は一本道の突き当りであり、逆から入ってくることはあり得ない。カルター達は先ず檻と、それに入れられた無残な白骨を見つける。そして何度かそれを見させられた後、魔族に捕まった哀れな生き残りを発見したのだ。

「エンバリ―、もしあの時に最初に発見したのが人骨ではなくアイワヨシキだったらどうした?」

「そうですねえ……まあ全ての部屋を確認してから同じ事をしたとは思いますが、どうでしょう。わたくし達はおそらくその部屋に居て、人骨に関しては報告だけだったでしょうし……或いは」

 彼女も同じ結論に達していた。自分の目で犠牲者を見る事で、思考が誘導されたのではないか? と言う事に。

 魔王の拠点、そこで見つかった所属不明の人間。今考えれば、なぜ殺しておかなかったのだろう。結局、彼はのうのうと正規の身分証を入手し、人類絶対防衛線の壁を越えた。
 そもそも魔王が発見されたというのが魔王の策略ではなかったのか。倒したというのが錯覚ではなかったのか。

 実際に魔王を倒したと言う者は誰もいない。先ず居場所を餌に人類軍を炎と石獣の領域に集めて一掃する。その後、さも自分が倒されたように演出し被害者として保護され、目的が済んだら今度は白き苔の領域に人間を集めて一掃する。
 最初からアイワヨシキこそが魔王であり、魔王という存在は、実は倒されてなどいないのではないか。

 空を見上げ考える。そこには油絵の具の空に交じり、微かに太陽の光が見える。
 ならばなぜ我々にこの光を見せたのだ、魔王。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

神々の間では異世界転移がブームらしいです。

はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》 楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。 理由は『最近流行ってるから』 数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。 優しくて単純な少女の異世界冒険譚。 第2部 《精霊の紋章》 ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。 それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。 第3部 《交錯する戦場》 各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。 人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。 第4部 《新たなる神話》 戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。 連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。 それは、この世界で最も新しい神話。

知識スキルで異世界らいふ

チョッキリ
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

無限に進化を続けて最強に至る

お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。 ※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。 改稿したので、しばらくしたら消します

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~

ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。 コイツは何かがおかしい。 本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。 目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

処理中です...